自分が若いと思って居るということは、体の中身を若くすることの秘訣である。
でも人間は同じ年齢でも老けて見える人と若く見える人の双方のタイプがある。
そして実際に若く見えるタイプの人の方が長生きする傾向があるものらしい。
ちなみにわたくしは若く見える方のタイプで、客観年齢が大体45歳位である。
勿論実年齢では還暦前なのだけれど、一世代分位は若く見えるのである。
しかしながらわたくしは精神の方が老成して仕舞って居るゆえ、精神年齢が現在90歳程である。
即ち客観年齢の倍ほども年寄りなので、此のアンバランスは一体何だろうと実際屡思うのであるが、結局は其れももはや如何ともし難いことだ。
尚、わたくしは少しだけながら両性具有的なので、男にしては肌がきめ細やかでスベスベである。
そして顔に凹凸が無くシワやシミなどもほとんど無い。
ところが男性ホルモンは意外と多いらしく無論のこと女に対する性欲はありしかも脛に毛は生え最近は頭の方も薄くなって来た。
元々そういう良く分からないタイプの人間なのでわたくしが長生き出来るタイプの人間だと一概に決めつける訳にはいかない。
第一一番危ないのは精神年齢が突出して高いことで、これによりわたくしの寿命はあと数年もないのではないかとそう思わざるを得ない部分さえある。
重要なことは、男性はこのやうに男性らしくつまり男性ホルモンみっちりでつまりムラムラで生きて行くことこそが望ましいといふことなのである。
其れを何を勘違いしたものか、現代社会に於ける思想では、男性が男性らしく女を組み伏せ防衛の為の戦闘を行うことをやりにくくして仕舞った。
男は男らしく戦闘を行う為の筋力をつけ外敵をしていてこますことこそが古来より連綿として続く人間の現実統治の仕方であるといふのに。
其れで近代リベラル思想乃至は近代主義がこのやうに男が立たぬ社会を拵えしことから、実は諸の矛盾、問題、其れも大矛盾や大問題が噴出して居るのである。
男が立たぬ世の中ではまず其の立つ男への尊敬が失せその結果ソフトバンクの宣伝でお父さんが犬になって仕舞ったりもするのである。
さらに、女が兎に角強くなる。
社会が女を立場的に強くさせて仕舞う訳である。
其れであの民進党の党首とやらの女が、自分の夫を蔑んで居るらしいということである。
この馬鹿者!
お父さんを尊敬しないで一体何を尊敬するのだ。
ゆえに男女平等は、其の平等という概念の意味の根本をそもはき違えた倒錯思想である。
無論のこと正しくは神仏の前に男女共人間としての負債の持ち方の平等性が存して居るだけだ。
人間としての生命の不具性が皆ひとしなみに備わって居るだけのことなのだ。
今人間は皆自由でしかも平等でおまけに利口だ。
でも本当は人間は皆不自由でしかも不平等でおまけに馬鹿である。
馬鹿といふのは、理性があって自分が利口だと思い込む其の様こそが馬鹿なのである。
なんとなれば本当に利口なものつまり理性的なものは常に自らの馬鹿さ加減を自覚しているものなのだから。
お前らはバカか?
ハイ、其の通りで御座います。
私共はもう本当に馬鹿です。
其れで、つひこんな風に世界を理性化して仕舞ったのです。
つまり合理化ですね。
でも合理化はたとへば掃除や洗濯、家事や育児などの、所謂小の範囲でこそすべきだったのです。
其処で合理化して居る分には、人類は皆平和で兄弟です。
ところが近代は逆に大の範囲で合理化し、そしてあろうことか小の範囲の合理化を疎かにして仕舞いました。
すると合理化された自然は壊れていくこととなりました。
すると合理化された性や家庭は壊れていくこととなりました。
即ち合理化の適用の範囲を、其の適切な合理主義の範囲を見誤ったばかりに全体をぶち壊す羽目に陥ったのです。
であるので、合理化は、まず掃除や洗濯でこそ行われるべきです。
或いはテストの問題などは合理主義でないと解くことが出来ません。
然し大きな部分は合理化してはいけません。
いけないのです。
其れが分からないバカ理性だから、其の馬鹿理性により我々は今破壊のただ中に追い詰められて居るのです。
だから夫を馬鹿にすることなど金輪際ダメです。
性は独立してあり、二辺としてくっきり存して居るべきです。
即ち男はより男らしくあることが望ましく、女はより女らしくあることこそが望ましい。
そして寿命は心の持ち方でもあるのです。
即ち周りから若く見られ尚且つ自分は若いと思って居れば其れで長生きは出来ます。
対して周りから老けて見られ尚且つ自分は老けたと思って居ると早死にをします。
ちなみにわたくしは明らかに前者のタイプなのですが、先に申したやうに精神年齢が異様に高いといふ詩人としてのアンバランスを擁し生きて居りますのでいつ野たれ死ぬものか知れたものではありません。
尚、真理からすれば、長生きはあくまで意味のあることではありません。
逆に此の世に長く存在するといふことは悪い傾向を帯びて仕舞うことなのです。
以前にも申しましたやうに、存在するといふこと自体が真理レヴェルではむしろ悪なのです。
対して存在しないものの方が善であり、二辺を超越するものであり、其れが謂わば神仏であるといふこととなります。
存在というのはそうした完全性、絶対領域からの分解ですので、必然的に其れは相対化されし意味のないもの、実体の無いもの、どう転ぶか或はどう変化するか予測がつかない、即ち理性的には規定し得ないものの集積とならざるを得ない。
然し其処で理性が機能しないといふことではなく、あくまで分解されし理性として、即ち不完全な理性として其れは現象界で顕現していくのです。
ですが、よーく考えてみませう。
其の理性はあくまで不完全なものなのですぞ。
だから馬鹿です。
ハッキリバカだと言って居るのです。
バカ理性だからこそ其のバカの方向性を正すべきなのです。
分かったか、バカ社会よ。
で、我我人間はそんな馬鹿ですのでついJKにムラムラしたり長生きしたいなどと思って仕舞いますがわたくしは其れを止めよと言って居るのではありません。
JKにムラムラするのは其れは男性として当たり前のことであり至極健全である。
そんな風に男性ホルモンがムラムラで一種毛深く生きて居るアナタ様はむしろ偉い。
然し犯罪だけは行わないやうにしよう。
むしろそのやうに二辺を二辺としてくっきり捉え生きていくことこそが大事だ。
此の世を上手く回す為には其れが大事だ。
ただし真理に対しては其のムラムラは常に悪だ。
長生きしたいのはまさに本能であり其のムラムラと全く同じことだ。
こちらも生命と非生命といふ二辺をくっきり分ける意味では至極健全な欲望である。
ただし真理に対しては其の長生きこそは常に悪だ。
なので真理と現実、真理と現象といふのは異なる尺度、異なる価値観で歩んで居るものであるといふことがお分かり頂けたことではないでせうか。
真理方向へ寄れば本能的指向は皆無意味となりましょうが、真理ではない世界即ち現象界、存在の世界に於いては其の本能的指向こそが推進力でありかつ均衡を齎す力でもある。
ゆえに何処の地点で世界を捉えて行くかという認識論の問題ともなりましょうが、いずれにせよ至極現実的にお話をすれば以上の如くとなるのです。
即ち長生きをしたければ自身が常に若くあり続けなさいといふこと。
また男性は男性らしくし、かつ女性は女性らしくしていることこそが現象界を均衡させ得る秘訣なのです。