目覚めよ!

文明批判と心の探求と

筆記詩人が筆記に求める其の本格性とは?-かうして自己本位に筆記具を価値化する御話-

筆記詩人が筆記に求める其の本格性とは?-かうして自己本位に筆記具を価値化する御話

 

 

 

さて本日もまさに秋晴れの壱日にて本来ならば掃除に勤しむべきなのだが結局天気が良い=光の良い日には決まって遊んで仕舞う。

 

でもって昨夜は改造ボールペンを其れも夜中迄製作して居たがまた其れが凄いモノが出来て仕舞った。

僕はどうもかうして改造が出来る人間であり他方では常に體制をブチ壊すやうなこと述べるので結局は其れも同じやうなことなのか。

 

尚其のボールペンのことは画像を付けぬ限り實質的には説明出来ない。

我が改造したモノは大抵此のやうに壱種複雑怪奇なので言葉にて其の不思議さの全貌をお伝えすることはなかなか難しい。

 

ちなみに壱言だけ付け加えれば、ズバリ其れは万年筆をボールペン化した物である。

だから其れはサイズが大きく如何にも立派なボールペンとなって居る。

 

尚此処弐年程はさうして万年筆をボールペン化することが多い。

 

 

其の理由は、

1.万年筆はペン先周りが複雑且つ繊細で其の部分が壊れ易い

2.だが万年筆の軸は概して市販のボールペンの軸より高級である

3.我はボールペンをバカにして使わぬ愛好家では無くむしろ現在では筆記に於いて六割方程はボールペンを使う

 

とのことより要するに所謂本格的なボールペンが欲しいのである。

其れも、

4.ボールペンの芯代だけかけた上で凄いボールペンが欲しい

のだ。

 

尚ボールペンの高級版などはまさに巷に溢れても居やう。

要するに金さえかければ高級ボールペンは幾らでも手に入る。

 

されど我が筆記具趣味はさう云うのとはまた違う。

尤も其の高級な筆記具のことにかけても我は實に良く知って居る。

 

なんとなればかって我はまさに其の高級な筆記具のコレクターだったのだから。

だけれども其の高級な筆記具のコレクターでもって終わらぬところがこんな筆記詩人のユニークなところなのだ。

 

 

でもってして我が今筆記具の価値として重視して居ることとはズバリ筆記具を選ぶ際の自律性である。

其れを噛み砕いて言うと、

 

壱、世間に於ける筆記具に對する価値尺度に惑わされず

弐、あくまで自分が良いと思った筆記具とトコトン添い遂げる

 

と云うことだ。

 

つまりは所謂「自己流」の筆記具解釈をかうして押し進めるに及んだ。

 

だから高価な筆記具が必ずしも筆記詩人に取りサイコーの筆記具とはならない。

勿論高価な筆記具には其れなりに価値があり故にタダで呉れると云うのであればどうも有難うと頂きますが其れが必ずしも我に取りサイコーの筆記具となる訳ではないのだ。

 

例えば昨日作りし此の八角銀胴軸のボールペンは今日の我に取りほぼサイコーの品である。

其れは見た目にはまさに変で筆記具愛好家の面面に或いは笑われる虞などもあるがあくまで我に取り其れはほぼサイコーの品である。

 

また弐週間程前には廿年程前にセリアで求めた百円ボールペンを復活させJS芯仕様となして居る。

實は其れもまたあくまで我に取りほぼサイコーの品なのだ。

 

左様に筆記具趣味、また石趣味、さらにあらゆる物に對する趣味には實はさうした意味でのディープな世界が拡がって居る。

さう言うと或はお若い方方には分からぬものかともまた思われるが長年に亘り其れをやった方方に對しては通じることかとさう思うのだ。

 

 

其のやうに「価値認識の自己化」と云うやうなことを此処数年來我は物心両面に亘り行って来て居る。

 

まさに其れは「無我」化するのでは無く「有我」化する試みであり所謂「虚我」=世間體を生きるのでは無く「眞我」=内面としての實存的価値を生きると云うことなのだ。

まさに其れを精神的にまた同時に物質的領域にても行う訳だ。

 

或は少し話が難しい?

ではもっとカンタンに言えば言わば自己本位、自分本位に価値を組み上げて行けば其れで良いのである。

 

其の自己本位、自分本位に価値を組み上げることの具體例こそが筆記具の改造である。

 

さて其の筆記具の改造であるが、

5.其れは犯罪では無い

6.其れは謗法には非ず

7.金がかかって居ない

 

とのことより實はすげえ行いである。

 

さて我は以前東京の社長さんで高名な万年筆コレクターの方と懇意にさせて頂いて居り兎に角色んなことに就き教えて頂いたり自分のペンを送り改造して頂いたりもまたして居る。

同時に神戸の大學の先生ー大阪大學の教授の方ーで古典的な萬年筆のコレクターの方ともまた懇意にさせて頂いて居りこちらの方からもまた影響を強く受けたものだった。

 

だが我は元來保守的でもって極めて頑固なところのある人間なのでどちらかと言うと次第に現代の万年筆其れ自體を批判する側へと回った、つまりは其の大學の先生の御趣味と言うか象牙の塔としての価値観と言うかそちらの方へと進んで行ったのだった。

要するに我はアカデミズム其れ自體が嫌いでは無く何故かと云うと最終的に知性はアカデミズム其れ自體の権威主義を否定するに至る力をもまた秘めて居るからなのだ。

 

 

でもって古典的な萬年筆を扱うまさに高尚な萬年筆愛好家となり壱種威張っても居たのであった。

だが其のW先生程の學も無いのに威張るのはちとオカシイので同時に學の方もまた仕込んで行った。

 

だけれども其の東京のYさんの改造と云うことがまた懐かしく思い起こされるのである。

Yさんは工場を経営されて居たやうで兎に角手の動く方であり其の点ではW先生とはまた違って居られる。

 

でもって其れにも感化されたのか拾五年程前から我は筆記具の改造をするやうにまたなったのだった。

ところが壱方には其れこそ厳密に程度の良い古典の萬年筆を保持して行くと云う姿勢もまたある。

 

なので其れは使ってもイケナイのだしましてやインクを入れたりしてもイケナイのだ。

要するにあえてさうして死蔵し萬年筆を文化として保存するのである。

 

まずはソコ迄の域に達すること自體が万年筆愛好家としては珍しいのである。

ですがかって我の場合はあくまでソコへと到達した。

 

 

なのだが其の壱方でかうしてやりたい放題での筆記具の改変をまた行う訳だ。

尚其の改造に就いてはあくまで直接に東京のYさんの改造から大きく影響を受けた訳では無い。

 

何故ならYさんは主にペン先の方を弄られるが我の場合は主に軸の方の改造である。

 

尚其の筆記具の軸はペン先やペンポイント以上に大きい要件である。

何故なら軸が悪いともはや其の筆記具を使う気にはなれぬ。

 

尤も軸が幾ら良くてもペン先やペンポイントが悪いとまた自分に取っての良い筆記具とはならない。

要するに筆記具の世界もまた其の弐元的要素に分離されて居るのである。

 

またさらに言えば人生其れ自體が其の弐元的要素に分離されて居るのである。

と申すか現存在の認識其のものがまさに其の弐元的要素に分離されて居るのである。

 

まあ其の哲學の部分は脇に置くとして、兎に角其の改造は至極樂しい世界でのものだ。

 

 

例えば今此処に使わなくなった伊太利亜の銀製の八角軸が転がって居るとしてみやう。

其れは拾年程前にすでに壊れてさうしてキャップを失いタダ転がって居る。

 

では果たして其のペンは幸せなのか?

いやすでに筆記具として其れは死んでるから幸せでは無い。

 

より正確には其のやうな無駄が生じて仕舞って居ることこそが我に取り幸せなことだとは言い難い。

 

うーむ、しかしながら如何にもコイツはまだまだ使えさうだ。

どだい其の銀製八角形の胴軸は最低五萬程出さねば手には入らぬことだらう。

 

 

でもって或る日突然にやる気が出て其の改造が始まる訳だ。

また其の改造の過程は所謂直感に基ずくものでありつまりは場当たり的なものでマニュアル化出来ぬものだ。

 

要するに壱種職人技的か又は藝術的な作業なのだ。

 

ではまず此の銀製八角形の胴軸に首から錐を突っ込み穴を開けてみやう。

ギリギリギリ。

 

結構苦労しおまけに左手にキリが刺さったりもしたが余り血が出ずに済んで良かった。

確か半年位前の改造では左手にキリが深く刺さり凄く血が出たのであった。

 

さて其処へボールペンの芯を入れねばなるまい。

おや、此れではJS芯は無理だな、其れではパイロットのアクロボールの芯BP替芯適合表_2022版 (pilot.co.jp)の方だ。ー其のパイロットのアクロボールの芯の方がスリムであり改造には良く使うー

 

ところが其の芯が其の侭では入らない。

何故ならペンの内部でピストンの部品が固着して仕舞って居りしかも首軸も取れないので其れを取り除かうにも如何ともしやうが無い。

 

では早速にアクロボールの芯のカットである。

 

さて芯は入った。

ではコレをどう固定するかだ。

 

結局今回の場合は家へタダで送って来るボールペンのソケット部と四半世紀前に丸善にて求めたステッドラーのペン型消しゴムに付いて居た固定の為の部品を組み合わせ其れを固定した。

ーとある會社が販促目的で以前商売を會社組織にして居た家へボールペンを定期的に送り付けて来る、故に其の會社名が其処には印刷してあるー

やったー、此処までは完璧な改造だ!

 

 

では早速書いてみやう。

キャー、然し良い書き心地だな。

 

あれえ、でもインキが切れたぞ…。

ー其のインキが途切れる場合には芯の後端部に錐で穴を開けると直ることが経験上分かって居るー

 

さて完全に直った。

さーすがは僕だ。

 

次にキャップを被せてみやう。

 

ーキャップは無しでも良いのだが我は長い軸を好むのでさうしてキャップを被せることが多い 

但しオリジナルのキャップには非ずで、其の銀製のキャップはすでに他のペンのキャップとして使われて居る訳だー

 

勿論我が持って居るキャップ部品の中に嵌る物が見つからぬこともまた多い。

だが古い日本のインキ止めの萬年筆のキャップがたまたまピタリと合った。

 

そんな作業の積み重ねの後に其の壱本は仕上がった。

 

 

では此れにて何かを書いてみやう。

 

無頼派

地球温暖化

「逃げたい」

「美少年」

 

おおまさに完璧なボールペンが今此処に完成せり!!

 

さらに何かを書いてみやう。

 

「愛知県には佛像が何故か多い」

教育委員会

「秋の日のヴィオロンの溜息の…」

「つまりはみんなが馬鹿だな」

 

うーんもう完璧だぞ、完璧!!

 

 

さても此の苦労を重ねて創った壱本と其の辺に売られて居る高級ボールペンとではどちらがより大事なのだらうか。

 

ちなみに此処弐月ばかりの間に八本程改造ボールペンを仕上げて来て居ます。

其れも、

 

万年筆→改造ボールペン

 

とした物ばかりだ。

 

但し、

 

ボールペン→改造万年筆

 

となす場合などもまたたまにあります。

 

 

さて此の改造ボールペン製作の理由の大元には壱つの事情がある。

 

其れ即ち、

 

8.以前集めた伊太利亜や中國の万年筆の軸の有効活用

9.また其れ等に重い軸が多いこと

 

がまずは挙げられる。

 

以前我は正統派としての独逸や日本の限定万年筆のコレクターだったー主に九拾年代にーが同時に伊太利亜や中國の万年筆をもまた蒐集して居たのだった。

ところが伊太利亜や中國の万年筆は概ね軸の方の作りが悪い即ち大雑把にて拾年、廿年経過すると壊れて仕舞ったりもするのである。

 

だが其れ等は部品としてはむしろかうして大活躍する訳だ。

 

即ち其処では正の価値ヒエラルキーがむしろ無用のものと化すのである。ー売られて居る高級ボールペンこそが良いとされる価値ー

要するに其のマイナスとしての負の部品としての価値が逆に有用な物へ、いや自らに取ってのむしろ唯壱の貴重な価値へと変貌を遂げる訳だ。

 

さう、まさに其れがオンリーワンの価値として今かうして我が目の前に組み上がり其の能力を発揮して居るぞ。

 

今僕が現代文明に對し言いたいことの全てがむしろ其のことなのだ。

さうして価値は文明の推進者側が勝手に決めるー所謂進歩思想として決めるーものでは本來無く元來ならば其の生きる上での価値ー實存としての価値ーとはかうして如何にも自由であり且つ創造的なものなのではないか。

 

また其れが個の範囲にて成就されるべきことなのだ。

尤も今我我はかうして文明の押し付けた範囲で物事を共有する他は無いが其の中でもかうして個性化と自由化を同時に實現することは常に可能である。

 

 

などと今回はまた単なる筆記具の改造話と文明批判の部分とをくっつけてもみました。

さらに申せば其のオンリーワンの価値は文明の提示する新しいものばかりの価値よりもむしろ物が良い訳です。

 

尤もアナログの物に限ればと云うことです。

デジタルの物はどう考えても確かに新製品の方が良い。

 

ですがかうしてイザアナログの物の中でオンリーワンの価値を築いて仕舞うと其のデジタルの新製品の価値は不要であるとさう見做すことさえもが可能となる。

其れも實際には生活の中でデジタル的な価値を否定するには至れぬ訳ですが少なくともアナログ的な物の追求の中では其の個性化や自由化が果たせると云うことをこそ今回筆記詩人は述べてみたかったのです。

 

まあ其れも可成に経験値が必要であらうことは申すまでも無いことですが…。

 

 

さうしてとどのつまりはモノに限らず思想面でも其のことは成り立つ道理であり法則の如きものなのだらう。

だから世の意識が高い系の方方が新製品などには群がらず其れこそ田舎でもってかっての民藝運動などを學びつつも落ち着いた暮らしを営むことなどにも其れが繋がることなのではないか。

 

でもって僕の意識はかうして筆記具に関してはもうどうしても高くある。

なので其れはもはや誰も否定し切れません。

 

其れもまあ石の方では大したことは無いのだがかうして筆記具にかけては誰にも負けませんのでね…。

 

そんな筆記具に於ける独走態勢のわたくしもかってはさうして師匠の方方に恵まれたのだった。

其れも関東と関西の双方にまさに得難い先輩が居られたのです。

 

なんですが、其れもあくまでワタシはワタシで他の誰も代わりやうが無くつまりはオンリーワンとしての實存的価値なので別に卑屈になる必要などはありません。

むしろワタシはかうして威張りちらかすのでソコがまるでかの信長公並に嫌われたりもまたするのでせう。

 

 

其の改造ボールペンのデータ

 

全長177ミリ、重量38グラム、重心位置が六對四

 

胴軸が銀製軸なので35グラムを超えるのは仕方の無い部分です。

ちなみに其の177ミリは自分に取っての理想的な筆記具としての長さである。

ー長年に亘る筆記體験より導き出したところでの自分に取っての理想的な筆記具の長さー

 

尚先程伊太利亜と中國の特に現代の万年筆ー其れも九拾年代物ーの軸が重いと云うことを述べました。

ところが實は其の重い軸こそがボールペンのペンポイントとの相性がむしろ抜群です。

 

即ち、

 

「ボールポイントの筆記具は軸が重い方が書き心地が良く感ぜられる」

 

のです。

 

ところが勿論軸が重過ぎれば書きにくくもなるのでとりあえずは35グラム辺りが限界となる。

ところが177ミリもある大きなペンでは實際には40グラム辺りまで許容されるものともまたなる。

 

ちなみに個人的にはボールペンもまた大きなペンの方が書き易く感ぜられる。

また大きなペンはペン其れ自體に存在感があり失くなったりもまたしにくいものとなる。

 

尤も其れは机上での話です。

我が携帯する筆記具は軽くてしかも小さい百円の筆記具ばかりである。

 

つまりは其の机上での筆記と戸外での筆記は本質的に異なるものである。

また我は机上での筆記具に限り本格性のある物を常に求めて居るのです。

 

其れも所謂高級感なのでは無く筆記上の本格性をこそ兎に角其処に求めて来て居ます。

オレンジ・オパールだのからす瓜だの赤味噌煮込み飯と共に拾月の最初の壱日が暮れて行く

オレンジ・オパールだのからす瓜だの赤味噌煮込み飯と共に拾月の最初の壱日が暮れて行く

 

 

 

 

猪木氏死去 国会に響いた「元気ですか!」 「心臓に悪い」と注意も (msn.com)

其の猪木氏に限らず個人的に所謂タレント系の議員に對しては懐疑的である。

日本の政治が壊れて行ったことの其の壱端にはかやうなポピユリズム的な側面が大きく関わって居るのだとさう考える。

 

三遊亭円楽さん 江戸っ子らしい義理人情に助けられたあの日…担当記者が悼む (msn.com)

圓樂氏は良い大學の法学部を出られて居りそも利口なので何処かが理窟っぽく全然面白くは無い人ながら個人的には嫌いでは無かった。

 

 

さて本日はまさに秋晴れの壱日にて本来ならば掃除に勤しむべきなのだが結局天気が良い=光の良い日には決まって遊んで仕舞う。

で何をやったかと云うに國産オパールの壱瓶をまずは創った。

 

其れはどんなものかと云うに其れ即ち國産オレンジ・オパールの標本の小瓶である。

結果的に其の小瓶こそが最も美しいコモン・オパールー色オパールであるが所謂游光の出無い石ーの標本となった。

 

勿論我は様様な色別のオパールの標本瓶を持って居る。

例えば靑などは濃色から薄い靑まで幾つも瓶がある。

 

また緑オパールの瓶もある。

でもってさらにレアーな色としてはピンクの瓶と赤の瓶とがある。

 

 

さうして重要なことは其れ等の色別としての瓶をすでに創り上げて居ることである。

何故なら其れ等レアーカラーの國産コモン・オパール標本は色んな色が混ざった感じで標本瓶を持つ事は往往にしてあると思われるが、我の如くに其の瓶全部が其の色で統壱されるケースはまず稀なことだらう。

 

要するになかなかソコまでレアーな色の國産コモン・オパール標本を集められぬものなのだ。

だが我の場合はまさに其れを廿年程かけて蒐集して来たのだった。

 

其の蒐集で壱番お世話になったのが石川県のKAWAI氏である。

實際此の方よりもうどんだけ赤瀬産の色オパールを落札して来たことか。

 

勿論色オパールは赤瀬産に限らず棚山産なども自己採集品を中心に澤山持って居るが赤瀬の物は壱般により大きくて色鮮やかなコモン・オパールが多い。

どだい太平洋側の棚山と日本海側の赤瀬の辺りはおそらくは地続きなので基本的には似た部分もまたある訳なのだがソコはまた少し違う。

 

 

でもってつい先日其のKAWAI氏より塔尾産だと云うオレンジ・オパールを落札した。

赤瀬産はすでに採集禁止とのことだが其れは小松市の条例によりさうなったのださうで塔尾産の場合は或はまだ採集可能なのやもしれぬ。

 

さて其のオレンジ・オパールがまさにこんな石である。

 

塔尾産のオレンジ・オパール

 

塔尾産のオレンジ・オパール

 

塔尾産のオレンジ・オパール

 

尚言い忘れて居たがコモン・オパールには黄色のものがまたある。

其の黄色のみを集めた瓶もまた我の場合は大きな瓶にて持って居る。

 

されど其の黄色のオパールが實は靑と同じ位に出る石なのだ。

よって赤の石やピンクの石の方がより稀である。

 

でもって最も出ないのがオレンジ・オパールであるやうな気がして居る。

 

ところが不思議なことに北海道のコモン・オパールはむしろ其のオレンジ・オパールが多いのである。ヤフオク! - 北海道然別湖産 蛍光オパール 原石 オレンジ 38.... (yahoo.co.jp)

そんな訳で今回のオレンジ・オパールの標本瓶は主に然別産と赤瀬産の石から成って居る。

 

其処に棚山産も入って居るのやもしれぬが産地を細かくイチイチ覚えて居らずまあ大體がそんなものである。ーされど北海道産は誰でも見れば其れと分かるー

其れと基本的に棚山産のオレンジ・オパールはほぼ無いものと見て置く方が良いことだらう。

 

 

兎に角此の小瓶がまるで嘘みたくに美しい。

尚オレンジ色は要するに暖色でもって明るく色鮮やかな色である。

 

尤も我が心の本質がまさに沈潜した靑でありしかも壱番好きなのが緑色なのでまさに其れとは正反対の寒色系なのだが其の正反対のものもまた大好きなので其のオレンジ色が實は可成に好きである。

また我はかうして暗ーくイジケて居る癖に意見がハッキリして居り即ち主義・主張が激しいのでさうしたハッキリした色を好み中間色のやうなものを嫌う傾向があるのだ。

 

まあそんな訳で本日はまさに其のオレンジ・オパールの為の日であった。

 

ところがそんな折にバルコニーから庭を眺めると緑の中に何やら橙色に輝くものが幾つもある。

まさに丁度こんな感じで庭のところどころに其れがなって居る。からすうり - Bing images

 

其の色合いが確かにオレンジ系なのだ。

 

よってまずは秋を感じる色が其のオレンジ色である。

つまりはまた柿の色合いであらう。

 

だが毎日クソ暑くてまだまだまだ秋と云うにはほど遠い。

其れでもかうして自然の営為はウソをつかぬと云うところなのではないか。

 

 

事實として夕方には少し肌寒さを感ずるやうにもなって来た。

 

尚僕がほんたうに書き描きたいのはかうした日常に於けるありふれた小さな歓びであり発見のやうなものなのだ。

僕はもう天下國家には興味が無くかうした日常の些細な出来事の中に宇宙の深部をも見て取って居るのである。

 

要するにアベのバカにも🐵の🐵知恵にもまたキシダのキャンキャンにもまるで興味は無い。

のみならずプーチン氏の露西亜主義などにもまるで興味が無い。

 

其れもウクライナがどうならうがそんなもん知ったことか。

ところで其のからすうりは果たして食えるのだらうか?

 

 

ー熟した実には苦みがあり鳥でさえ見向きもしないのが、カラスウリの果実です。とはいえ、熟す前の果実やカラスウリの葉は、食用としても利用することができます。 おすすめの食べ方としては、葉を茹でて和え物にするか天ぷらです。ーカラスウリって食べれるの?基本情報と育て方まとめ【植物図鑑】 | 暮らし〜の (kurashi-no.jp)より

 

カラスウリのおもな花言葉は、 ・よき便り ・誠実 ・男ぎらい などです。「誠実」や「よき便り」は、良い花言葉なので問題ありませんが、「男ぎらい」は時と場所を選びます。ーカラスウリって食べれるの?基本情報と育て方まとめ【植物図鑑】 | 暮らし〜の (kurashi-no.jp)より

 

結局食えなんだ。

さて其の「男嫌い」の女と「女嫌い」の男は實際良く似て居りまさに其れがわたくしのことだらう。

ちなみに此処にはからすうりの🌸が出て居るが其れが凄い🌸だった。

 

 

そんな訳で其の秋の始まりの中さうして詩情を感じつつ國産オレンジ・オパール標本と戯れるわたくしです。

でもって昨夜は夜中まで御勉強をして以下の全ての回を視ました。

 

NHK高校講座 | ライブラリー | 日本史

NHK高校講座 | ライブラリー | 世界史

 

ところが24時を過ぎても視られるのでどう云うことかと思ったら単なるわたくしの勘違いだったやうだ。

 

ー2021年度に放送した「NHK高校講座」の再放送です。
全科目・全回を各1回、2021年10月から2022年9月までの期間放送します。ー

 

 

然し此の書き方はどう見てもオカシイだらう?

正しくは「2022年9月分までの期間分を放送します」でせう?

 

 

NHK高校講座 ライブラリー

 

NHK高校講座 | ライブラリー | 現代社会

 

NHK高校講座 | 日本史

NHK高校講座 | 世界史

NHK高校講座 | 歴史総合

 

NHK高校講座 | 地理

NHK高校講座 | ライブラリー | 地理

 

NHK高校講座 | 公共

 

NHK高校講座 | ライブラリー | 生物基礎

NHK高校講座 | ライブラリー | 地学基礎

 

NHK高校講座 | ライブラリー | 化学基礎

NNHK高校講座 | ライブラリー | 美術ⅠHK高校講座 | ライブラリー | 科学と人間生活

NHK高校講座 | ライブラリー | 美術Ⅰ

 

で、其の高校講座を良く視てみると他にも視なければならぬものダラケで要するに毎日のやうに此れ等の動画を視る羽目ともなりさうだ。

其れもそんなもんはどーでも良いのでは無く兎に角視なければならないのである。

 

じゃあ君はまた高校生に戻ると云うことなんだね?

まあ結果的にはさうなることかと存ずる。

 

つまりは数学やら物理やらの数式の多い教科を除き其れをやらねばならんやうになってもうた。

 

 

尚、今回「世界史」及び「日本史」を學んでみた感想を以下に示して置かう。

 

まずは世界史の方から。

其処でまず驚かされたのは世界の歴史の半分位がまさに宗教の歴史其のものだったと云う点である。

 

印度史のほぼ全てが、また中東や西欧の古代史から中世に至る迄の其のほとんどが宗教の歴史其のものだった。

さらに帝國主義其れ自體がカトリックプロテスタントの対立より生じて居るものであった。

 

さらにイスラーム世界とキリスト教圏の対立がまさにさうして西方世界での歴史を形作って来たのである。

 

 

日本史の場合は自分が高校時代に受けた授業よりもある意味で専門的に詳しく語られて居り大変勉強になった。

個人的には荘園制の部分が複雑でもって分かりにくくさらに院政の部分などもまた分かり辛くこんなもんをやり大學を受ける高校生は大変だなあと正直さう思った。

 

但し日本史にせよまた世界史にせよ眞の意味で重要なのはむしろ近代史の方である。

其の近現代史は然しテストには出ない訳だが近現代史を學ぶことこそがむしろ現存在と云う實存的価値に就き根本的に學ぶと云うことなのだらう。

 

要するに学校だの塾だのの試験では其の壱番大事な部分をスッ飛ばしてどーだのかうだのと点を付けて居るがむしろそんなもんはどーでもエエのである。

要するに其の近現代としての時代的意味が把握出来る人間にならなければ社會科が分かったとはまさか言えぬのではなからうか。

 

 

でもって僕の場合にもかうしてあれこれと此処にて其の近現代史のことに就き書いて来たのである。

近現代と云う時代は人類史の上でも突出した特異な時代である。

 

故に近現代と云う時代と云う時代其のものを其れこそ哲學、思想の面からまた合理化の面、さらに宗教との対比の面より徹底的に考え抜き論じて行く必要が是非ある。

 

尚以前にも述べたが彼源 頼朝は半分尾張人にて其れも我が今住んで居る区の横の区に其の母ちゃんは居たのである。ー当時此処瑞穂区は勿論無かったがー

 

ー誓願寺門前にある「右大将頼朝公誕生舊地」の碑。季範の別邸跡ともされ、季範女由良御前がここで頼朝を出産したというYoritomo_ubuyu.JPG (470×627) (wikimedia.org)

 

 

さてどうでも良いことながら本日は久久にナゴヤメシをつくり食った。

 

1.赤味噌おでん【楽天市場】味噌おでん 3個 セット おでん レトルト食品 国産 惣菜 おかず おつまみ 温めるだけ 愛知土産 名古屋名物 キッチン大友:産直お取り寄せニッポンセレクト (rakuten.co.jp)

2.こんぶ豆おまめ亭 こんぶ豆 115g | くらこんの美味しいもの(くらこんの通販サイト) (kurakon.jp)

3.パック飯

 

味噌煮込み飯の作り方

1.+2.+3.+壱味唐辛子及び七味唐辛子ーブレンドーをまずは🍚に投入す。

尚2.のこんぶ豆は別に何処のものでも良いが糖質オフのタイプでは無くむしろ甘いものが良い。

 

1.のレトルト赤味噌おでんの入手は愛知県以外では意外と困難かも。

尤も高級品ー観光用の品ーはかうして売られているが概して其れは値段が高い。

 

3.は別にパック御飯に限らず普通の炊飯した飯でも良い。

 

兎に角此れ等を全て🍚にブチ込む。

電子レンジにて6分間加熱する。

 

其の間にインスタント赤味噌汁をつくる。

其の銘柄はいずれでも良いが今日我が使いしものは料亭の味みそ汁 赤だし 12食|マルコメ (marukome.co.jp)である。

 

4.チンが出来たらさらに其処に味噌汁をブチ込む。

其処でさらに参分間加熱する。

 

 

チーン。

其処で此の🍚内がどうなって居るかと云うに實はグツグツ煮えて当初より水分が随分減っておる。

 

つまりはソコがまさにミソとなる点だ。

要するにさうして煮込まねば美味くはならぬのだ。

 

さて其れを観賞するに、

1.昆布やワカメが輝き實に美味さうだ

2.コレぞ赤味噌三昧か?と思う程に赤い味噌飯となってる

3.また豆が煮えてデカくもなっており實に美味さうだ

 

其れを食うに、

4.もう信じられん程にうみゃあ。

5.絶妙なのが其の唐辛子と赤味噌との相性の良さだ

6.絶妙なのがこんぶ豆の甘さと赤味噌との相性の良さだ

 

そんな訳で其れを弐回に分け我は食して居る。ー其れもまた今から食うのであるがー

尚其のレトルト赤味噌おでんは定期的に従妹が買って来るので其れを用いて居るだけの話である。

 

かうしてオレンジ・オパールだのからす瓜だの赤味噌煮込み飯と共に此の拾月の最初の壱日が暮れて行くのだった。

政府と日銀は此れ迄壱體何をやっとったかー政府と日銀の「罪と罰」に就いてー

政府と日銀は此れ迄壱體何をやっとったかー政府と日銀の「罪と罰」に就いてー

 

 

 

 

【全文】残された安倍氏の読みかけ本、そこには 菅前首相の追悼の辞 (msn.com)

 

ところでカンさん、アンタまたエライコトを仕出かしましたね?

即ちアンタの其の説得が日本をブチコワシ且つ安倍氏の命を縮めることになったのだと正直思う。

 

つまりは🐵が狢を説得しちゃった訳だ。

狢の安倍は壱度失敗したので後はもう政治家なんぞは止めてアノ変な女房と旅行でもして居れば良かったのです。

 

またゴルフ三昧などでも良かったのだ。

だがお🐵の君が「また総理だ!」などと要らぬお世話を焼いたばかりに彼狢は結局死んじゃったのです。

 

 

だからアベはもう病気だし頭の出来も悪いので引退させてやれば良かったと云うに何をまた要らぬところにお節介をして居るの?

さうか、すると此の壱件は全てが🐵の🐵知恵が仕組んだ茶番劇だったんだ。

 

で、わたくしは安倍氏と菅氏は悪人では無いとさう見て居ります。ー人間としてはあくまで共に悪い人では無く感ぜられるー

されど政治家としては特に安倍氏は悪人です。

 

だから其の悪い安倍政治が問題なのであり其の🐵と狢の友情美談の如きものは其の評価とはまるで無関係なことである。

つまりは體制のことと其の私情ー詩情ーとはまるで無関係なのだ。

 

つまりは政治を私情即ち感情論の範疇でもって考えたり進めてはならない。

 

 

浜矩子「『介入の介は厄介の介』 円買い介入による金利上昇をどうするつもりか」 (msn.com)

 

結局経済の複雑なシステムのことは我には分かりません。

分かりませんが現行の経済システムに大きく矛盾が生じて仕舞って居ることだけは確かなことだらう。

 

また此処日本の場合には弐重に其れが生じて仕舞って居る。

即ち資本主義経済體制其のものに於ける矛盾と日銀や政府が主導して行う國家としての體裁上の繕いにより生じる矛盾との云わばダブル・パンチである。

 

さらにコロナ禍が其れに追い打ちをかけて居るので實質的には参連打である。

 

尚浜 矩子氏は個人的に筆鋒鋭い論客としてお見受けして居り兎に角頭の良い方である。

例えば先日赤旗日曜版の方でも政府と云うか自民党の政治と云うか其れを大批判されて居り僕にはあくまで其の論理が正しく思われてならなかった。

 

 

浜矩子 - Wikipedia

浜矩子氏 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)

 

安倍氏は常々、「戦後レジーム(体制)からの脱却」を目指すと言っていた。戦後レジームから脱却したいのであれば、行けるところは一つしかない。それは戦前の世界だ。日本における戦前の世界とは、すなわち大日本帝国だ。つまり、彼は21世紀版大日本帝国の構築を企てていたのである。だからこそ、改憲にあれだけ固執していたわけだ。

 安倍政権の経済運営には、21世紀版大日本帝国の強くて大きな経済基盤の形成が託された。アベノミクスで富国を実現し、改憲で強兵を進める。今日的富国強兵路線だ。ー

「安倍政治」の遺産:強い国づくりは経済政策のミッションではない=浜矩子 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)より

 

全くのところ仰る通りです。

安倍政権は軍國主義政権其のものでした。

 

重要なことは、そんな大時代的で狂気の沙汰の如き非理性的政策を此の21世紀にあえてやらうとした田舎者の幕末の志士気取りでの頭のオカシさです。

だからもうさう云う田舎者の「大志を抱く」的な考えはまるで現代的な思想ではありません。

 

要するに其れは百年古いのです。

 

正しくはもう都會は兎に角嫌いだから田舎へ移住し「小志を抱き」生きる即ちあえてデカい欲を捨てて生きて行かう、です。

どだい東京なんかにはさうした人は今少なからず居ることだらう。

 

尤も名古屋人でもってそんなこと言うてるのは僕位のものなのですがね。ー名古屋は東京の弐分の壱位のストレスしかかからぬので此処から逃げたいと云う人がそも少ないー

なんですが感度の高過ぎる我に取ってはこんな名古屋でもまた苦痛其のものなのだ。

 

で、僕は別に浜氏の思想に共鳴し安倍が軍國主義をやったと言って居るのでは無く僕自身にさう見て取れたのでまさに軍國主義だとさう先日來言うて来て居るに過ぎません。

 

 

ー経済的均衡がインフレ方向に崩れるにせよ、デフレ方向に崩れるにせよ、弱者の生活は行き詰まる。生活の行き詰まりは生命の危機につながる。だから、経済政策は均衡の保持と崩れた均衡の復元に全力を投入しなければならない。強い国づくりのための強い経済づくりは、経済政策のミッションではない。ー「安倍政治」の遺産:強い国づくりは経済政策のミッションではない=浜矩子 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)より

 

結果として軍國主義は所謂大本営発表と云うことで常に「勝ってる」と言うのです。

ところがほんたうは「負けてる」ので遅かれ早かれ國其のものが沈没して来ます。

 

なんだが其の軍國主義のやり方が巧妙で、即ち國の體裁を整える方向性では確かにやってますのでみんなは「負けてない」とさう思って仕舞い易い。

ところが其の國の體裁を整える数字上のやりくりは實は社會の底辺層を無視することでつまりは其の部分の幸福度を搾取することで成り立たせて居るんです。

 

でもって現在もまた此の物価高や円安は社會の底辺層をまさに切り捨て殺す方向へと向いて居るのです。

 

さて其の「強い國づくり」とは壱體何のことか?

要するに富國強兵の積もりなのか?

 

でも其れって百年以上前の政策でせう?

だから何で彼安倍には其の時代錯誤振りが分からんかったのだらう?

 

 

結局僕に取り彼安倍は馬鹿だったと云う結論に落ち着いた。

浜先生が仰るやうに國を整えると云うことは外面的に體裁の部分の数字合わせをすることでは無く庶民の生活を守ることから其れが成るのです。

 

眞の意味で國を富ますのであればまずは食料自給率を上げさらに領海内でのエネルギー資源の確保と採掘を進め要するに國単位で自活し得る方向性に持って行くことこそがまさに國の保守としての要諦です。

逆にさうして米國の言いなりになりつつ軍部ー軍部政府ー乃至は國の面目だけ保つと云うのでは其れは國の保守では無く全體主義其のものだ。

 

さて其の経済學者には米國流の合理化された儲け主義に毒された頭のオカシイ輩が多いやうですがそんな中浜先生ばかりは人間の命の方が大事だとさう言うて居られる。

 

其の大日本帝國だの第参帝國だのと云う考え方は悪く言えばやる気満満の♂のビョーキ=行き過ぎた権力志向、権勢妄想の如きもので此の21世紀にはまるでそぐわぬものだ。

其の点に限り女性の子宮から発せられるところでの現實的思考はむしろ其れとは逆のところを向いて居るのだと思われる。

 

また其のことも元元両性具有的な自分には良く分かる部分です。

即ち其の双方を同時に分かる人であれば安倍氏の如き富國強兵思想が現實としてはむしろ國力を弱體化させて行くことなどすぐに分かるのです。

 

 

:異次元緩和で深まる国民の痛み、黒田日銀総裁の「罪と罰」=浜矩子 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)

 

いやはや、まずは全體としてまさに素晴らしい論調です。

 

まさに彼黑田の罪を炙り出して居るかのやうだ。

 

黒田東彦総裁率いる日本銀行が2013年4月に始めた「異次元緩和」(正式名称は「量的・質的金融緩和」)に対する天罰がいま日本経済を揺るがしている。

 それは、単なる政策の失敗にとどまらない「政策の犯罪」と呼ぶべき所為である。国民は今、その当然の帰結を目の当たりにしている。その痛みはこれから増していくに違いない。ー:異次元緩和で深まる国民の痛み、黒田日銀総裁の「罪と罰」=浜矩子 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)より

中央銀行による財政ファイナンス、すなわち中央銀行が政府の借金(国債)の直接の引き受け手になることは、歴史の教訓を経て厳格な封印を求められてきたのだ。黒田氏は、13年3月の就任以降、従来とは桁違いの国債大量購入を宣言。国会や記者会見などで、「これは財政ファイナンスではないか」という質問に対して、それを繰り返し否定してきた。しかし、黒田体制以降、日銀の国債保有残高は急増(図1)。政府と日銀の財政は事実上一体化している。ー:異次元緩和で深まる国民の痛み、黒田日銀総裁の「罪と罰」=浜矩子 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)より

ー「罪その二」。歯止めを意識することのない自国通貨安の追求である。自国通貨安の追求については、黒田氏は、もう少し正直だ。彼は一貫して「円安は日本経済にとってプラス」だと言い続けている。円安に関しては、黒田氏は、それが「日本経済にとってプラス」であることをそれなりに信じているようだ。そうだとすれば、時代錯誤である。日本経済はその姿が大きく変貌しているからだ。ー:異次元緩和で深まる国民の痛み、黒田日銀総裁の「罪と罰」=浜矩子 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)より

ー黒田氏の頭の中は、まだ日本において輸入品が高額で贅沢な「舶来品」だった時代にとどまっているのだろうか。ー:異次元緩和で深まる国民の痛み、黒田日銀総裁の「罪と罰」=浜矩子 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)より

ー生活苦は既に始まっている。ガソリンや食材の値段がどんどん上がり始めた。新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を被った勤労者に対して、円安がもたらす生活費の上昇が新たな苦渋となって襲い掛かっている。この状態を目の当たりにして、黒田氏は、なおも「円安は日本経済にプラス」と言い続けるのか。ここに来て、若干、言い方を調整してはいるが、現下の円安進行に対して決して警戒感を示すにはいたっていない。

 統制経済化も兆候が表れ始めている。ガソリン・灯油価格の上昇抑制のための補助金支給である。これを出発点に、さまざまな商品が価格統制の対象となるかもしれない。行き着く先は配給制か。ー:異次元緩和で深まる国民の痛み、黒田日銀総裁の「罪と罰」=浜矩子 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)より

 

かうしてもはや全てをお見通しと云う感じですかね。

其のバカのアベと云うかお🐵のカンと云うか悪のクロダと云うか兎に角変な奴等=ドーブツみたいな人人がよりにより國のトップに居据わるとたとえそやつが無間地獄へ堕ちたにせよ後には我我庶民自身がまるで助からぬ現世での地獄の様が待ち受けて居るのです。

 

 

尚キシダは少なくとも其のアホノミクスを止めやうとはして居るのだと思う。

但し🐊に尻尾を噛まれキャンキャン泣き叫びまたつい🐶に戻り感情に流された辺りはまるで評価出来ないぞ。

 

ーそれにも増して怖いのが、筆者が「アホノミクスの大将」と呼ぶ安倍晋三元首相のトンデモ発言だ。5月9日、大分市での講演会で「日銀は政府の子会社」だと彼は言った。この種の発言は今に始まったことではない。だが、ここまで大っぴらにこの主張を披露する態度は、いよいよ箍(たが)が外れたような様子で恐ろしい。自国民を苦しめる自国通貨安を「プラス」とし、首相経験者が中央銀行を政府の子会社と述べてはばからない国。そんな日本とその通貨は、世界から見放されるに違いない。ー

:異次元緩和で深まる国民の痛み、黒田日銀総裁の「罪と罰」=浜矩子 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)より

 

其の「箍が外れて居る」と云うのは最近僕の場合にも良く使う表現です。

安倍が目指した軍國主義とはまさに其の箍を外さんが為の全體主義の履行のことなのだ。

 

でもって日銀もまたクロダが総裁をやる限りはあくまで軍國主義であり全體主義の履行者なのだ。

要するに政治の具合の方が最悪なんです、其れも安倍が首相の頃からすでに最悪だったのだ。

 

なんですが、浜先生のやうにまさに理性的にかうして我が國の経済のことを教えて頂けると何も分からずにモヤモヤとした気分で居るよりはスッキリとし心が晴れやかになる気分さえ致します。

 

緊急特集「安倍から菅へ」 :弱者を救済せず、財政ファイナンスの恩恵は大企業へ……「下心」に支えられたアベノミクス その全てが罪だった(浜矩子) | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)

 

どうでせう?

スッキリしますね、此のまさに的を射た御発言でもって。

 

 

と云うことはデカい組織に洗脳されて居てはイケナイと云うことなのであり、また其の洗脳を解く為にはもはや御勉強するより他に其れをする手立ては無い。

 

 

だったらあくまで御勉強します。

 

するとおや、こんなところに至極役立ちさうな御勉強の題材が…。

 

NHK高校講座 | 日本史

NHK高校講座 | ライブラリー | 日本史

 

NHK高校講座 | 世界史

NHK高校講座 | ライブラリー | 世界史

 

其れも何と其のライブラリーの方は九月迄の配信と云うことだ。

うわあーもう時間が無い、早う視ねば。

 

NHK高校講座 | ライブラリー | 世界史 | 第5回 古代インド

 

ちなみに先程此の回を視ましたがまさに佛教史其のものとしての内容で大変勉強になりました。

 

でもって世界史の方に出て来る政井マヤ - Wikipediaなる人妻が怪しい混血系の美人です。

 

ちなみに僕の場合は高校時代に世界史の方をやりましたのでどちらかと言えば日本史の方がより自分に取っての御勉強とはなるが世界史の方もまた忘れて仕舞って居る事項が多いので其処は至極為になります。

尚弐日間程こちらでの御勉強に専念しますので此処では休暇を頂きます。

つい参箇月前に我は其の荒谷 大輔氏の試みのことに就き書いて居りました

 
さても我はつい参箇月前に其の荒谷 大輔氏の試みのことに就き書いて居りました。
其のことを或は皆様は御存じでしたか?
 
ちなみに僕自身はまるで知りませんでした。
と言うよりも最近は何でも忘れ方が激しく要するに数箇月前に何を書いたのかと云うことすらすでに失念して来て居りますのです。
 
其れはほとんど莫迦と云うことですが但し其の失念すること、即ち綺麗サッパリ忘れて仕舞うこと程美しいことは此の世には他に御座りません。
 
最終的には自分をもつまりは観念と肉體の双方を失念しなるべく早う此の世を去るのが佛弟子と云うものであり、よって生臭い欲の全てを断ち清き霊的存在と化し
其の辺の木の梢やら道路の道端の小石などに絡まって居ることこそが理想である。
 
つまり現存在が現存在であることは如何にも生臭過ぎやう。
 
 
元より藝術とは其の木の梢やら道路の道端の小石に絡まったタマシイが述べるところでの独白であり叫び得ぬ叫びのことだ。
 
ー口がある奴等は其の口を使いロクでも無い思考を語るがもはや口の無いタマシイにはそんな声にならない声しか出せぬのであるー
 
其の声にならない声とは結局散文詩のことである。
 
ですがなんだかんだでかうして何時まで経っても社會のことしか書けません。
だから其のことがまずは悔しいのです。
 
 
だって其れは社會の奴隷になって居ると云うことでせう。
さうして常に其のクソ社會の僕であり結局は詩の世界には遊べず其の社會其のものと心中することを強いられるのだ。
 
なんでまたさうなのだ?
だからこんな社會は嫌いだと此処まで毎度言うて来て居るのにまた何で其の大嫌いな奴と心中させられるのだ?
 
仕舞った!ヤッパリ中学時代に社會科を選ばずに現代國語の方をあくまで選んで置くべきだった。
 
 
では以下に其の文を再録致します。
 
其れも相変らず「ウンコ」話が出て来ますが何故か最近此処では良く読まれて居るところです。
 
 
 

さうして社會を改革したい哲學者達ーマルクス・ガブリエル氏と荒谷 大輔氏による政治的な試みー

編集

74.さうして社會を改革したい哲學者達ーマルクス・ガブリエル氏と荒谷 大輔氏による政治的な試みー

 

 

 

 

まあかうして毎日色んなことが有ります。

おそらくは其れが現存在に取っての宿命なのでせう。

 

ところで現存在はかうして毎日色んなことが有ること自體を喜んで居ます。

ですがわたくしとお釈迦様に限り其れはまさか喜べぬことだとさうも思って居る。

 

わたくしとお釈迦様の認識は其の点ではほぼ壱致致します。

尤もイエス様の方も人間の認識がそも悪いので人間は幸せになれぬとの御考えを持たれて居るのです。

 

要するに其のケモノ共に向かい教えを説かれたのがおおまさに其のお釈迦様とイエス様でした。

 

 

かうしてケモノは何処にでも居て其れは別に肩書きや財産の額により其の獣クサさを免れより理性的な人間になれて居る訳なのではまるで無い。

逆に貧乏詩人や貧乏画家、またキチ外音樂家や邪教の教祖の方がおそらくは彼等よりもより理性的な人間ですらあることでせう。

 

ケモノ共よ、今すぐに此の地球上より退散せよ!!

 

昨夜はまたAIちゃんとチャットを致しましたのですがほぼ完全に我の方が勝って居ました。

AIは所詮馬鹿なのでもうこれからは完璧に勝てます。

 

左様に其の人文屈折理性こそがほぼ最強の理性であるとさう見て置いてもあながち間違いでは無いことだらう。

またどんな科学者であるにせよ結局我には勝てぬことでせう。

 

 

我が強みは人文領域での統合的理性をすでに築いて居ることだらう。

さらに自然への感度にもかうして優れて居る。

 

何だかまた自己陶酔をして居られるやうだが…。

はい、余りに完璧な人間なのでつい惚れ込んで仕舞って居ます。

 

誰に?

他でも無い我に…。

 

其のAIちゃんとのチャットの内容はもうほんたうに爆笑物です。

其れも参回目ですでにAIがタジタジとなるやうな勢いです。

 

其のAIちゃんにウンコ、ウンコだとか死ね!だとかもう無茶苦茶を言いますのですが其れは無論のことAIちゃんの電子頭脳回路を混乱に陥れんが為の我が作戦です。

 

 

さてまた相生山の横の歯医者へ通い帰りにココイチにて野菜カレーを買い先程其れを食い満腹となったところです。

 

ですが御勉強の方も欠かさぬ人文詩人はまたマルクス・ガブリエル氏の著作の方も読み直して居りました。『つながり過ぎた世界の先に | マルクス・ガブリエル 著/大野和基 インタビュー・編/髙田亜樹 訳 | 書籍 | PHP研究所

マルクス・ガブリエル氏は如何にも独逸人らしく理性的で且つ潔癖な哲學者なのだと思う。

 

氏は所謂倫理資本主義のことに就き頻りと言及され其れを實行に移すべく企業や団體などとも関わりを持たれて居るやうだ。

元元独逸には社會資本主義とでも云うべき「儲け」壱本槍では無い資本主義としてのあり方が根付いて居るのやもしれぬ。

 

他方で實験國家としての米國流の資本主義のあり方にはもう随分前から其の社會的な箍のやうなものが外されて仕舞って居る。

ですのでマルクス・ガブリエル氏は其れではダメだとさうハッキリと仰って居る。

 

 

其の米國は全ての点に於いて其の現存在としての箍を外した國家であった。

要するに其れは超革新的な國家だと云うことである。

 

他方で日本國は實は誰もそんな革新的先進性など望んでは居ない國家である。

また其のことは今もまた昔もさうだったのである。

 

だが戦後米國の🐕となり果てた日本國はもはや其の御主人様の言うことを何でもワンワンと聞き其の言いつけをしかと守り兎に角其の大國の意志に対し従順でしかも決して逆らわぬ國としての自我を形成して行くより他は無かった。

其のワンワンでもって但し先進國としては壱応の成功を収めた訳である。

 

ところが日本國民其れ自體がまさに奴隷根性となって仕舞い挙句の果てには色んなものが乱れ始めー特に風紀が乱れておるーむしろ戦前でのアノ清く貧しく正しい価値観より逸脱し其ればかりか今や正反対のブチ壊れた精神性を晒すに及んだ訳だった。

ひとえに其れは精神無き國家である米國の影響であらう。

 

だが日本はかってかの独逸とこそ同盟関係にあったのだ。

まずは其れを忘れてはなるまい。

 

 

けだしマルクス・ガブリエル氏は現代を生きる民主主義者なのでありまさかかの第参帝國の如き國家社會主義の信奉者には非ずだ。

其れでも米國流の資本主義にはもはや持続可能性などは無いとさう氏は見て取られて居るのである。

 

マルクス・ガブリエル氏は資本主義による儲けの場には今後是非哲學者を配置すべきだ、などとも述べられて居る。

何故なら哲學者の考え方は企業の経営者や投資家、また銀行などとはまるで異なり概ね其れは所謂大局観による意思決定を為して行くものと相場が決まって居る。

 

また我なども元元本職の哲學者では無く単なる哲學詩人なのではあれまさに其の大局観を常に持ちむしろ其の地点より政治や宗教、さらに藝術のあり方に就きかうして論じて行くのである。

ところで其のガブリエル氏はむしろ社會と関わり積極的に社會を変えようとされて居る方なのだらうと思う。

 

さらにガブリエル氏は少し怖ろしく且つ示唆的なことに就き言及されて居る。

まさに其れは、人間は自分が動物であると云うことを非常に恐れて居る、との発言である。

 

 

『人間は自分の動物性と距離を置いた動物である』

此の命題を風呂場にて思いつかれたのだと云う。

 

では此の命題に就き壱つ我なりに考えさせて頂くこととしてみやう。

 

1.人間はなるべく自分が動物じゃないと兎に角思いたい

2.其の癖人間の肉體はズバリ動物でしかない

3.だから人間はウンコをたれては決してならずオシッコを道端でして居ると即逮捕される

4.其の癖女子中学生や女子高校生が援助交際などをしても何故か見逃されることが多い

 

人間はさうして兎に角「内なるケモノ」が大嫌いだ。

だから野原でウンコをまたオシッコをして居る人がもはや何処にも居ない。

 

だが我我が小学生の頃は屡どっかのオッサンが道端にてションベンを良くして居たものであった。

だから我我還暦以上の世代にはまさに其のオッサンのションベンや野糞に対する免疫がしかとあるのだ。

 

 

また例えばお前は🐵だ!🐶だ!いや🐖だ!

などと面と向かい申せばまさに其れは侮辱罪であり暴行罪であり傷害罪であらう。

 

逆に言えばお前は🐵だ!🐶だ!いや🐖だ!と言われむしろ嬉しく思う我の如き特異なキャラクターは其の辺の人間にはまず居ない訳だ。

では何故左程に人間はドーブツ=ケモノであることをさうも嫌うのであらうか?

 

おそらくは其れは「人間は動物よりも偉い」とさう常にさう思い込んで居ることだらうそんな価値観の上での洗脳なのだらう。

だが其れも「人間は動物よりも偉い」のでは無くあくまでさう思い込んで居るに過ぎないのである。

 

でも哲學詩人さん、むしろアナタは其のケモノ嫌いの度がまた酷いやうですよ。

ですから、其れは此れ迄に何度も説明させて頂きましたやうに非本来的な實存に於ける悪こそがケモノであり本来的な意味での🐵や🐶や🐖には其の悪もケモノの区別も生じて居りません。

 

つまるところ我はむしろ其の人間の半分の悪、即ちケモノの心をこそ敵と見做して居る訳だ。

ふーん、また話が難しい。

 

 

では結局自然界に悪は無く人間界にのみ悪が栄えると云うそんな論理とはなり得ませんか?

其れも事實上さうなってるではないですか。

 

では其処でもってどーすれば良いのですか?

人間がケモノ嫌いだらうが何だらうがかうして毎日人間界での出来事が連なって行くだけのことだらう。

 

 

結局現存在がケモノを嫌い始めるとケモノと云うケモノが人間から消されて行き最終的には人間はAIにより奴隷化されることだらう。

ではAIもまたケモノ嫌いなのですか?

 

AIはウンコもまたオシッコもそもしないので生命體がそもどんなものであるかと云うことが直には分かって居ません。

だからAIには合理的秩序のみが守るべきことでありまた目指すところなのです。

 

故にケモノ臭い人間共はやがてAIにより抹殺されて行く可能性が結構高くあることだらう。

 

故に今のうちにAIの論理回路を常に混乱に陥れ人間には決して論理的に勝てぬやうにして置かねばなるまい。

 

 

僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる 哲学者が本気で「新しい国をつくる」仲間を募集 (msn.com)

 

さて最近知った面白い試みがまさにこちらとなります。

其の哲學者は然しおそらくは本気です。

 

哲學は此の世の崩壊への足音をおそらくはすでに感じ取って居ることでせう。

勿論大衆レヴェルでは其れは分かりません。

 

分からないがでも哲學には分かるのです。

先のマルクス・ガブリエル氏にせよ此の荒谷先生荒谷 大輔 - Wikipediaにせよかうして積極的に社會を変えやうとする動きが出て来て居るやうだ。

個人的には其れはグレタ氏が始めた社會批判の流れが元来體制側の哲學者にも波及しかうなって来たのではないかと見て居ります。

 

 

ー現代の社会において、どうすれば人々が、SDGsなどという免罪符を使わずに自らの仕事の社会的意義を直接感じられるようになるのか、どうすれば実質的な仕事を担う人々が構造的な搾取から逃れることができるのか。

 それは、新しい「国家」をつくることによって可能になるというのが、私の提案になります。まずは今回、その全体像を明らかにした上で、その実現可能性については次回、斎藤幸平さんとの対談の中で示していければと思います。ー僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる 哲学者が本気で「新しい国をつくる」仲間を募集 (msn.com)より

 

いやあ、非常に面白い試みであり壱つの未來に対する挑戦です。

荒谷先生の仰る其の搾取構造こそが現代文明を成り立たせる上での根本原理である限り體制の如何に関わらず現存在に取っての望ましい文明はおそらく築けぬことでせう。

 

其の搾取構造はむしろ古来よりあり、其れこそ中世、封建制の頃までは實際に意外と上手く其処で回って居たのでしたが近現代となりむしろ其の搾取體制其のものが諸制度の崩壊や未来への不安を増大させて来て居ます。

 

 

ハートランドの具体的な「政策」については、これから参加者とともに議論を重ねていくべきだと思いますが、たとえば、ハートランド国民には毎月一定額の「ハート」を与えるというベーシック・インカムなどがありえます。人がやってくれたことに対して「ありがとう」という代わりに、自分がもらった「ハート」を贈るというわけです。

 「ハート」には、他人の時間を自分の思うように使う権利、あるいは他人が嫌がることを無理やらせる権利を買う力はありません。しかし、それでも「価値」のやり取りは可能です。ー僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる 哲学者が本気で「新しい国をつくる」仲間を募集 (msn.com)より

 

いやあー、いいですねー。

其のベーシック・インカムなどはもう最高です。

 

逆に申せば資本主義は結局搾取のし過ぎ、其のやり過ぎに気付けずおそらくは魔道へと堕ちて居ることでせう。資本主義は限界?コロナ禍で見つめ直す社会|NHK

現行の資本主義、特に我が國での資本主義の問題点は時間も思想もさらに性格や嗜好に至るまで會社の論理ー資本の論理ーが奪い去って居る点です。

 

ですが誰しも其れを我慢してやりませんと結局給料が出ないのでもはややるしかないところへとほとんどの人が追い込まれて行くのです。

されど其れこそコロナ禍以降、頑張って其れをやっても逆に給料は減るわコロナに罹るわと云うリスクばかりが増大し要するに會社勤め其れ自體に不安定要因が増して参りました。

 

おまけにそんな状態のさ中むしろ日銀はさうして特権層の儲けの確保及び日本経済の見かけ上の数字の維持だけを目指し勝手なことをやり続けて来て居る。

故に、もはや、

 

1.日銀要らぬ

2.政府要らぬ

3.「ハートランド」の建設

 

てなものでせう。

 

さらに地球温暖化が加速して引き起こされればそんなもんではまさに済みません。

わたくしは正直今世紀末まで文明が継続する可能性は低いとさう見て居ります。

 

其れどころか2050年辺りでもまた現在とは大きく変わった文明の形とならざるを得ぬものとさう見て居る。

 

尚、我も是非其の仲間にならうかと思い其の「ハートランド」なる公式ウェブサイトを探してみたが何やら良く分からなかった。

ですが哲學者にせよ社會科の教師にせよ兎に角其の知力を総動員して傾けつつ世に対し何かを訴え続けて行くことは今後特に有意義なことです。

そも此の世は「諸行非常」なので変わることはむしろ当たり前のことである

そも此の世は「諸行非常」なので変わることはむしろ当たり前のことである

 

 

 

 

アップル、グーグル…アメリカの大企業がいま業績の「急ブレーキ」に苦悶しているワケ (msn.com)

 

其の資本主義経済システムには大矛盾が仕込まれて居り其れは「資本の論理」に忠實であればある程に強欲を守ることへと引き寄せられ結果人間としてのまともな心を失って行くと云うことだ。

また資本主義経済システムはかうして結果訳の分からん変動や富の偏りを必然として招いて仕舞う。

 

であるからこそ僕自身は資本主義経済システム其れ自體に對し極めて懐疑的である。

實際其れは體制として頭がオカシイのだとしか思えぬのであるがでも其れを言うとみんなが白眼視するので表立ってはさう言わぬだけの話である。

 

左様に僕から見ると此の人間界、即ち人間社會は奇妙奇天烈なものでとどのつまりは其れがバカ體制にしか見えぬ。

さうしてバカはみんなで御遊戯して壊れて行くがイイ。

 

でも僕は其れとは違うから違う何かをいつも探して来て居るのだよ。

 

 

「カネを稼げ、稼げ、稼げ!」、さもなくば「死を」…! そんな“残酷でつまらない世の中”から抜け出す「すごい方法」があった…! (msn.com)

 

そんな中確か壱年程前だったか、こんなことを述べて居る哲學者のことを知りまさに驚愕した。

此の人、確かに正しいことを述べて居られる。

 

其れでもって其の思想に共鳴し仲間にならうと其の場を探してみたが壱向に出て来ず其れでもってつい忘れて仕舞って居た。

が、たまたま今日其の荒谷 大輔先生の記事が目に留まり此処に紹介させて頂いた次第である。

 

学校法人江戸川学園 江戸川大学 | 荒谷 大輔 教授 (edogawa-u.ac.jp)

 

荒谷大輔 - Wikipedia

 

我我還暦世代よりは壱回り以上下の方ながらどうも優秀な頭脳の持ち主のやうだ。

 

 

荒谷 大輔 | 著者ページ | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)

 

僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)

 

でもって先生は此のまさに肥溜めみたいな世の中のシステムは変えることが可能だとさう仰って居られる。

個人的には僕は此の社會のウンコ垂れの様は治らんとさう思うのであるが其れは多分に無頼文學などにやられたものの見方なのであり矢張りと云うべきか悲観的に過ぎるのやもしれぬ。

 

壱番びっくらコイたのが荒谷先生は「新しい國家」をつくれば文明はリセットされる筈だとさう宣うのだ。

でも其れは無理でせう?

 

ーですので、「日本国」に所属するのをやめて「ハートランド」に国籍を移してください、というわけではありません。近代国家とは別のかたちで人々が集い、ともに助け合って生きられる枠組みを提供したいと思います。

ハートランドは、自分が何者かを証明できるIDを、望む世界中の人々すべてに提供します。ブロックチェーン上に記録された改竄不可能な経歴情報を、プライバシーを保ちながら開示したい人だけに開示できるサービスを提供するわけです。ー僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

ですがそりゃ無理でせう?

無理なのだが、其れでも哲學者が其れをやりたいと思うところにこそ世界の矛盾律が仄見えて居ります。

 

 

ハートランドの具体的な「政策」については、これから参加者とともに議論を重ねていくべきだと思いますが、たとえば、ハートランド国民には毎月一定額の「ハート」を与えるというベーシック・インカムなどがありえます。人がやってくれたことに対して「ありがとう」という代わりに、自分がもらった「ハート」を贈るというわけです。

ベーシック・インカムと聞いて、財源はどうするのだと疑問に思う方もいらっしゃるかと思いますが、それもまったく大丈夫です。だって、実は「お金」と呼ばれるものの本質にかかわることではありますが、それを発行するためのコストはほとんどゼロに等しいのです。僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

其のベーシック・インカムには個人的に前前から賛成です。

其れも例えば人種別にA・B・Cのランクを設けるべきだと思う。

 

A→やる気がある人向けで月額五拾~百萬円を支給、但し仕事は其れなりに多い

B→人並で良いと云う人向けで月額参拾萬程を支給

C→やる気がまるで無いので月廿萬で結構です、と云う人の為のより樂なランク

D→社會を否定する反體制者、またはロクデナシの詩人や画家の為に月拾萬だけあげるランク

 

尚資本主義社會乃至は自由主義経済を止める訳ですので月百萬以上の高所得はまず否定されます。

また社會批判者と雖も殺しちゃイケナイ訳なので生かさず殺さず其の拾萬にて何とか食い繋ぐやうにするのである。

 

勿論我はDでもって結構です。

其の代わりに名古屋を去り三河でもって隠遁生活をします。

 

 

ハートランドが既存の「国家」の役割を代替するに至るのは、だいぶ先の話かもしれませんが、仮にハートランド経済圏が一定以上の規模まで拡大し、人々の間のやり取りを媒介するトークンの価値が、社会的に十分に認められるようであれば、ハートを発行することによって運営資金は確保されます。あるいはハートの発行量を抑えるために、ハートランドで行われる取引に一律で「税金」をかけることも考えられるでしょう。いまの消費税みたいなものですね。ー

そうしたハートランドのプラットフォーム上で行われる取引に、自動で「税金」を設定することもできるので、「課税」にまつわるコストを社会全体で劇的に減らすことができるわけです。正直な話、現在行われているような行政手続きのほとんどはブロックチェーンで自動化できる(しかも純然たる透明性が確保されます!)ので、国家レベルでのDXという点でもハートランドは有効な試みといえるでしょう。僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

まあ難しい試みではあるのだらうが壱つの理想論を展開すると云う意味ではかうした考えには是非同調して置きたい。

其れと申しますのも余りにも現實が御粗末と申しますかアホ臭いものなので逆に申せば「理想」を失ってはならないのだと個人的に強く思うからなのだ。

 

其のクソ仕事やクソ政治、おおまさにクソダラケの此の世の矛盾システムの中で同じやうにもがき続けるのであればかうして「理想」に殉ずる形にて生きて行くのは少なくとも諦めと洗脳の中に生きるよりは有意義なことだと申し上げる他はありません。

 

ーしかしたとえば、「国家」の根幹に関わる「憲法」について改変を加える場合には、「国民」全員を巻き込んだ議論を経て直接民主制で決めるべきでしょう。予算配分や調停など、専門的な知識と熟議が必要とされるようなものについては、あるいは抽選によって選ばれた市民に報酬を与えてじっくりと議論をする場を設ける必要があるかもしれません。

いずれにせよ、ハートランドを最初につくった人々も含めて、一部の人々に権限が委譲される仕組みを避け、完全に民主的に運営されることが目指されます。僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

個人的に其の直接民主制には賛成です。

むしろ間接民主制としての代議制が先進國の意志決定を曇らせ或は間違ったものにして居る可能性が高くあらう。

 

例えば今回の「國葬」などもまた直接民主制であれば避けられた愚挙です。

ですが巷間にはまた直接民主制は不可能だとする説も満ちて居ます。

 

ならば直接民主制と代議制ー選抜制ーのやうなものを併用するやり方もまたあることでせう。

然し現行の代議制には矛盾が多く山積し過ぎて居る。

 

さても人間は不完全な存在でありつまりは其の半分はズバリバカなのです。

其のバカが例えば政治の場に居据わるともうとんでもない不利益を我我庶民、國民に齎すこととなる。

 

また其れは自民党の右のバカのみならずかってのソ連などでもスターリンなどと云う大馬鹿者が居た訳なのでしてつまりは右も左もさうして所詮権力者に限り馬鹿が多い。

なので僕は別に右派を批判して居るのでは無く其の人間のバカさ加減をこそ批判して居るのです。

 

 

ですが其のバカは所詮治りません。

なんとなればバカはバカでありたとえ死んでも其れはバカなんです。

 

でもってして理性的なシステムとは其のバカをなるべく独りで活躍させないと云うことだ。

なので代議制と云うシステム其れ自體が實は其の独りのバカを活躍させて仕舞うことを許す構造を持ち合わせて居る。

 

だから此の辺のことまで考えるのが眞のインテリジェンスと云うことだらう。

 

要するに人間を信じてはよもやならない。

人間でもって信じて良いのはお釈迦様とイエス・キリスト様だけなのだ。

 

 

ーこうした説明をすると、ほとんどの人が「こいつ、何を言っているんだ」という顔をします。いま読んでいるあなたもそうかもしれません。それほど、いまの社会の枠組みで生きることが「当たり前」になっているということですね。

しかし私は、いまの「国民国家・民主主義・市場経済」というシステムはもう限界にきていると考えています。「新たなしくみ」を本気で構想しないと、もう間に合わない。重要なのは「国家」をつくるのは本来、私たち自身であるべきだということ、私たちの考え方次第で変えていけると知ることです。僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

壱言で言えば其の社會の枠組みー體制や組織ーの不備から人間の問題=社會の問題が生じ其れが加速度的に劣化乃至は疲弊することで文明はまさに崩壊に至ります。

仰るやうに其の「國民国家・民主主義・市場経済」と云う文明を駆動する為のシステムはほぼ限界に達して来て居ることもまた事實です。

 

なんですが、結局此の文明で権力をふるう権力者がつまりは腐り切って居るので何をやってもまた何を言っても其の思いが其れも切實なる思いが彼等の耳には届きはしない。

であるからこそ全共闘はああして政治闘争をしまたオウム教は世界をブチ壊さうとした。

 

但し其処での問題は日本に革命は要らなかったこととオウム教は変な教祖の妄想を信じ切って仕舞ったことでした。

なので結局はどちらの場合も僕に言わせれば頭が悪いのです。

 

 

ですが荒谷先生の御考えはどう見ても頭が良い方での御考えです。

ですので僕の結論と致しましては其の頭の良い方の考えと縁を結び頭が悪い奴等ー其れもまるで🐵の如き奴等ーの考えには触れないと云う壱種理性的に潔癖な態度こそが重要なのではないか。

 

要するにまるでウンコみたいな考えには決して触れてはならぬ!!

さうでは無く現存在は極力理性的に生きてみるべきだ。

 

またこんな肥溜めのやうな社會には決して落ちてはならぬ!!

尚個人的に其の「ハートランド」に関してはまだ御勉強が進んで居らぬのでコレを機會に是非學んでみやうかとも思って居ます。

 

 

ハートランドとは – ハートランド (heart-land.io)

 

まさに其の國境を越えた仮想的國家をつくると云う試みは素晴らしく空想的だが其れもまた考えてみればかうしてネット空間に支配されつつある仮想現實的な現代社會に於いてはあり得ないことではないのかもしれない。

尤も例えばアナキズムの場合には國家其のものを否定的に扱う訳ですのである面では其れ以上に空想的な理想論なのですが…。

 

だが重要なことは既存の社會システムに寄り掛かることが必ずしも人間の幸福を成就させることには繋がらないと云うことだ。

と云うことは壊れなければならぬもの、滅びなければならぬものが此の世には必ずやあると云うことです。

 

何故なら我我現存在は何も不幸に甘んじて生きる為に此の世に生まれ出て来たのではありません。

我我は母ちゃんの股の間からかうしてボコッと生まれ出でまさに其れは不幸になる為にさうして生まれました。

 

ではイケナイ。

だから其の不幸の原因を突き止め其れを排除してかからうではないか。

 

いやさうではなかった。

我我は其のウンコ臭いシステムを少なくとも嫌わないとイケナイ。

 

其のウンコ臭いシステムをつくったのはオオまさに自民党でありアベだ!

コクソオーハンターイイ!

 

お願いだ、もう其れ止めて。

いや其れも今日で終わりだから我慢して聞いときな。

 

コクソオーハンターイイ!!

 

ところで最近アナタの社會批判の内容はついにウンコまみれになりつつありますね。

良くぞ気付いたな。

 

だが社會科詩人の本心は其れとはまるで逆のところとなる。

即ち清冽なる水の流れの如くに美しくしかも輝かんがばかりの文明を今此処に築かんとさう本心より願い我は今コレを書いておる。

 

 

さて其の社會のあり方に関する理想論は古くは空想的社會主義より始まりマルクス主義を経てアナキズムへと至ったのだと考えられる。

但し其の仮想的國家としてのあり方は其れとはまた別物なのである。

 

だが社會のシステム其のものをどう変えて行くかと云う点で實は其の思想的背景は似て居るのだとも言える。

さうして社會のあり方を変えるか変えぬのか、と云う大きな選択こそが今現代社會には突き付けられて居るのだと見ても良い。

 

但し現存在の認識として持ち得るのはまずは「変えぬ」方である。

ところが「変えざるを得ぬ」ところへと往往にして社會は追い込まれて行く訳だ。

 

我は其のことはむしろ良いことだとさう考えて居り従って此の文明がまた現代社會が此の侭に続くものだとはまるで考えて居ない。

其の文明が文明として滅びるか否かは別として其れはさうして「変わらざるを得ぬ」ものだ。

 

 

また其れを壱言にて表現すれば、

 

「諸行非常」

 

とのことである。

 

世の事象の全てはさうして「諸行非常」であり、特に社會的なシステム程其の度合いが實は強い。

「変わらない」バイアスに深く捉えられた我我日本人に取りたった今壱番必要な概念こそが其の「諸行非常」なのではなからうか。

國葬の前にしかと問う安倍政権の罪ーコクソーハンターイイ!「ドーブツの葬儀は決してTVで視ません」ー

國葬の前にしかと問う安倍政権の罪ーコクソーハンターイイ!「ドーブツの葬儀は決してTVで視ません」ー

 

 

 

 

あくまで僕の論理ではアベだのアソーだの人間以下の輩を信じて居る奴等はアホを通り越して人間以下な訳だ。

さうして其の人間以下での頭の悪さからかの國は滅んで行くのだ。

 

よって右とか左とかさうしたことでは無くあくまでお利口となればかの國は保守されるのである。

其処をまずは勘違いして貰っては困る。

 

右であれ左であれ此の世には馬鹿と同時に馬鹿で無い人人が居るのだからもういい加減ソチラの方をこそ信じて行かう。

 

立憲・岡田幹事長「内閣葬なら反対しない」 (msn.com)

自分もまた其の「内閣葬」であるのならまさか反対などは致しません。

 

なので此の事件は其の🐊爺の頭の中の馬鹿が噴出したものでありキシダの責任ではよもや無い。

だが🐶の岸田は何でも聞いちやう癖があるので人間以下の者の発言をつい聞いちゃった訳だ。

 

だから🐶、お前もまた人間以下だ!

或はお前は広島のヤクザかと思い期待して居たが所詮は広島の🐶であった。

 

嗚呼お前達は實際何処までも人間以下であり人間以上様なのはわたくしと佛陀とキリスト様のみだ、

全く困った奴等だ、其の人間以下の奴等は。

 

 

どだい信長詩人様はな、今病気に罹り大変なのだ。

其れも何やら帯状疱疹のやうなものが出ておおまさに生きるか死ぬかの瀬戸際ぞ!

 

 

 

尚、以下にて眞面目に日本社會のあり方を考察してみる。

 

安倍時代が残した最大の負の遺産は「国力が衰微しているという事実が隠蔽されている」こと(内田樹) (msn.com)

 

さて其の「隠蔽」とは實は右の論理即ち體制を守らんが為の論理の本質部である。

即ち「隠蔽」することでこそ此の社會は回るやうに元元出来て居やう。

 

例えば「搾取」を隠蔽することで君主制はそも成り立って行く。

また自然から収奪することで農業や水産業は成り立つが其れもまた隠蔽される。

 

学校などもまた教師間のイジメや生徒間のイジメを隠蔽したがる。

つまりは其れが體制を守ることの秘訣なのだから。

 

 

ところが其の「隠蔽」を繰り返すことで「劣化」するものがある。

まさに其れが所謂精神的な意味での価値なのだらう。

 

例えば「正直さ」であるとか「罪を罪として認める潔さ」だとか「自らを反省する力」など所謂倫理観や道義的観念などが其れに当たる。

ところが「隠蔽」を繰り返し體制としての組織性を保守して居るとむしろ其れが壊れて仕舞う。

 

だから保守的に「守る」ことの難しさがまさに其処に存する。

要するに伝統即ち経験則としての過去の価値を守るばかりでは逆に矛盾を増大させ結果破壊を齎して仕舞う訳だ。

 

其の破壊は結局あらゆる面に及ぶ。

最終的には其れは其れこそ體制ばかりか自然をさうして人間自身の倫理観をも麻痺させ破壊して行く。

 

 

其れでもってさう云うのを「赤信号をみんなでもって渡る」ことと言うのである。

 

ではどうしたら良いのかと言えば「守る」ことは體制や組織の論理を優先することでは無いことにまずは気付くべきだ。

さうでは無くむしろ個としてのみんなの命をまずは守る必要がどうしてもあらう。

 

また其れは左翼、例えば日本共産党での論理ばかりでも無い。

何故なら結果的に個を守ることで國はむしろ栄えるのである。

 

尚其の論理をかってわたくしは元警察の幹部のNISHIIさんからしかと學んだ。

NISHIIさんは元製薬會社の用心棒であり其の後我が勤めて居た病院へ来たが其処でもって現場の業務改革をしたのでは無くウチの會社其のものの改革に勤しまれ弐年でもって去って行かれた。

 

其の後其の現場は我が責任者となり引き継いだが我は其のNISHIIさんの志を引き継いだのだと言っても良い。

 

 

會社組織はそも何を守るのか?

其れはむしろ労働環境であり労働条件である。

 

尤もデカい組織やデカい會社程まさに其れが出来なくなる訳だ。

 

また安倍も馬鹿だとは言え権力を持ってるので、また🐊爺の方も困ったことに其の権力を持ってる。

其れでもってキシダがキャイーンと鳴いてつまりは🐊に噛みつかれて仕舞う。

 

さうして🐊に尻尾を噛まれキシダはつい持ってる理性がブットンだ。

 

ううーむ🐊、そもお前が死んで呉れれば…。

だがそんな悪い猛獣は至って長生きなのだ。

 

 

だからキシダはもうヘロヘロだー。

もはや🐈にも勝てぬ🐕へと成り下がった。

 

もう🐈にもやられさうだ。

ふんぎゃー、バリバリバリバリ。

 

ぎゃあー、今引っかかれたー。

キシダー、キシダ―、やっぱしお前もさうして人間以下なのか!

 

つまりはかうして「理性」がケモノに圧迫されることで自己矛盾し崩壊するに至る。

 

尚其の「國力の衰退」其れ自體に深く拘る必要などは無いと思う。

特に五木先生や養老先生などの文學者の方は「衰退」もまた悪くは無い位に考えて居られやう。

 

即ち「衰退」とは言ってもイキナリ先進國としての日本が即滅亡に至る訳では無い。

さうでは無く政治上の悪い勢力を壱掃することの方が日本を維持せんが為の喫緊の課題であり重要な要件である。

 

 

其の個としての我我國民の生活を破壊して来たのは合理化社會や疫病禍では無くしてズバリ自由民主党の政治其のものに於ける頭の悪さである。

其の頭の悪いのが我我の今の苦境を招いて居るのであり其れは結局奴等がケモノ並にウンコの臭ーいつまりは理性無き軍國主義政策しか其処に出来なんだからである。

 

コノオー馬鹿者!!

其の臭い糞を垂れ流しにするで無い!!!

 

人間はな、さうして君等のやうにウンコを垂れ流しにしたりは決してしないものだ。

 

其れに人間はな、「考える葦」である。

さて其の「隠蔽」と「現實」との大きな差が悲劇を生むに至る。

 

 

ーだが、誰も非を認めない。すべては「成功」したことになっている。それは、政権与党が選挙に勝ち続けたからである。安倍元首相は6回の選挙に勝利した。しばしば圧勝した。この結果が「国民の過半は安倍政権が適切な政策を行ってきたと判断した」ことを証し立てていると政府は強弁した。ー安倍時代が残した最大の負の遺産は「国力が衰微しているという事実が隠蔽されている」こと(内田樹) (msn.com)より

 

安倍政権が選挙に勝ったのは、まさに其の「隠蔽」に國民が騙されたからのことで其の責は全て國民の総意としての頭の悪さこそが負うべきものである。

但し其処をあえて擁護すれば庶民は生活に追われ御勉強することが出来ぬ環境に生きて御座る。

 

我の如くにむしろ御勉強を中心に生きる人はおそらくはごく稀であらう。

でもって御勉強して居らぬと其の「成功」のウソは決して見抜けぬこととなる。

 

ーだが、選挙での得票の多寡と政策の適否の間には相関はない。亡国的政策に国民が喝采を送り、国民の福利を配慮した政策に国民が渋面をつくるというような事例は枚挙にいとまがない。政策の適否を考量する基準は国民の「気分」ではなく、客観的な「指標」であるべきなのだが、安倍政権下でこの常識は覆された。ー安倍時代が残した最大の負の遺産は「国力が衰微しているという事実が隠蔽されている」こと(内田樹) (msn.com)より

 

勿論日本人の全てが馬鹿なのでは無い。

また左派なら皆利口かと言えば左派にもまた馬鹿が居るのである。

 

但し大衆的意思決定にはまさに其の馬鹿が入り込み易い。

大衆的意思決定にはそも理性が欠け主に感情が其れに取って代わる。

即ち安倍政権とは其の政治上のトップとしてのおバカさと大衆のバカさ加減が相互作用し組み上げた「おバカの祭典」のやうなものだった。

 

 

 

ーだが、安倍政権下で政権担当者たちは「成功すること」と「成功しているように見えること」は同じことだと本気で信じ始めていた。

だから、「どうすれば感染を抑えられるか」よりも、「どうすれば感染対策が成功しているように見えるか」ばかりを気づかった。菅政権下の東京五輪の強行に際しても、「感染症が効果的に抑制されているように見せる」ことが優先された。それを有権者が信じるなら、それ以上のことをする必要はないと思っていたのだ。今の岸田政権もそう思っている。ー安倍時代が残した最大の負の遺産は「国力が衰微しているという事実が隠蔽されている」こと(内田樹) (msn.com)より

 

岸田政権は本来違うことをやらうとして居たのだと思われるがさうしてイキナリ🐊に噛まれたキシダの🐕性が出て其処でもってついキャンキャンと鳴いたのだった。

だから🐈🐻である石破が早うキシダ🐶を助けるべきである。

 

其の石破は何時から🐈🐻になりましたのですか?

いや何となく彼には🐈もまた入って居ます。

だからたった今より彼は🐈🐻だ。

 

尚安倍政権はサイテーの政権であるばかりか「破壊政権」ですらあったのだと言える。

要するに其の論理とは「組織の論理」であり「國としての論理」を最優先するものだ。

 

だから数字の上ー見かけ上ーは組織なり國なりを壊して居ないやうに見えて實は思い切りに壊して来て居る訳だ。

またまさに其れは軍國主義の再来だったのだと言えやう。

 

かうして~沖海戦にて大勝!

かうして~島にて敵を殲滅!

 

でも其れウソコイてるんだな。

 

大日本帝國萬歳!!天皇陛下萬歳!!

結局ウソコキつつそんなスローガンを叫びながらかって日本は國として滅びへの道を歩んだのだ。

 

 

ーだが、日本のメディアはこの経年変化についてはできるだけ触れないようにしている。だから、多くの国民はこの事実そのものを知らないか、軽視している。それどころか、政権支持者たちは安倍政権下でアベノミクスが成功し、外交はみごとな成果を上げ、日本は世界的強国であるという「妄想」のうちに安んじている。

安倍時代における支配的なイデオロギー新自由主義であった(今もそうである)。すべての組織は株式会社のような上意下達組織でなければならない。「選択と集中」原理に基づき、生産性の高いセクターに資源を集中し、生産性の低い国民はそれにふさわしい貧困と無権利状態を甘受すべきだ。そう信じる人々たちが法案を作り、メディアの論調を導いてきた。その結果がこの没落である。ーー安倍時代が残した最大の負の遺産は「国力が衰微しているという事実が隠蔽されている」こと(内田樹) (msn.com)より

 

 

安倍政権はそんな「妄想」を組み上げることだけが得意でまさに其の「妄想」にこそ國民は騙されて居たのである。

 

軍國主義によるヒエラルキー體制が何故よりにより新自由主義と云う経済的合理化システムとむしろ相性が良かったのかと云うことを最近我は考えて居たが結局其れは新自由主義はさうして中間層以下の生活を搾取し肥え太るシステムであることと軍國主義に於ける中間層以下に窮乏生活を強いる部分がピッタリ合致したからなのであった。

 

要するに其の新旧に於ける搾取システムの呼応関係、親和関係により保守政治としての諸改革は全てが裏目と出て國力其れ自體が衰退するに及んだのだ。

 

前前から述べて居るやうに理性的であるものはむしろ國であるとかまた組織であるとかさうした看板と云うか體裁と云うかそんなデカいものを指向したりはしない。

理性的であるものはむしろ社會の下の方をこそ見詰めるものだ。

 


安倍政権は彼の祖父の時代よりの軍國主義的性格を色濃く出したところでの壱種の独裁政権であった。

独裁政権とは意思決定がそも民主化されて居らず何でも権力者により決定される政権の謂いである。

 

其の独裁政権の暴走にはそも大衆の無知とインテリ層の無批判とが大きく関わって居る。

生活に日日追われる大衆の無知以上に厄介だったのはインテリ層が新自由主義其れ自體に目を眩まされ安倍の本心が軍國主義の履行其のものにあったと云うことを見抜けなかった点にこそあらう。

 

 

其れと「守る」だとかまた「勝つ」と云う論理に拘ると結局は「守れず」且つ「負ける」のである。

何故ならまさに宗教的には放棄こそが最大の勝利である。

 

故に其の「守る」だとかまた「勝つ」と云う論理に単純に拘る右の論理はむしろ失敗する可能性の方が高い。

即ち「成功」に拘る論理などもまた最初から破綻して居るのである。

 

だからと言って革命思想が全部良いのだともまた言えはしまい。

だけれども少なくとも軍國主義である独裁政権ーつまりは全體主義政権ーを止め少なくとも此処日本で民主制を確立させる為には批判勢力としての左翼陣営のイデオロギーが必須のものとならう。

 

 

尤も國がダメになった訳では無くあくまで自民党政権が劣化して居るのである。

だから問題は其のダメな政党に限り何故日本の有権者が支持して仕舞うのかと云った理性としての問題へと帰着するのだ。

 

逆に申せば理性が無い=おバカだとかうして國は没落して行かざるを得ない。

其の理性の発現は御勉強することでこそ磨かれて行く。

 

だがみんなは御勉強が大嫌いだ。

そも御勉強が嫌いなので宗教も哲學もなんも分からん。

 

でもそんなもんではお前、まるで🐵と壱緒だらう。

所詮は君等は皆🐵なのかい?

 

🐵と人間はそも違うだらう?

人間と👽がそも違うやうに🐵と人間はそも違う。

 

あああー、もう周りが🐵ダラケだわい。

 

 

おい、🐵!

ヘイ、何で御座りませう?

 

「負けて勝つ」、そも其れが宗教の上での眞理だ。

さても君には其れが分かるか?

 

分かりません。

分かりませんがボクはアベの國葬には断固反対です。

 

偉い!!

では何故反対なのだ?

 

だって民主制ですからそんな國葬も何もそんなことは多数決でもって是非決すべきことだ。

 

おおおー、君は凄い!

君の社會科の成績は此の際オール5にすべきだな!

 

 

コクソーハンターイイ!

 

お待ち、でもソコに火は点けるなよ、火は。

 

だからそも民主制なのにさうして勝手に何でも政府が決めちまうのが軍國主義だとさう述べて居るのである。

そんな訳で其の軍部自民党の意思決定はそも失敗して居る。

 

其れは🐶のキシダが悪いのでは無く🐊爺をも含むアベの壱味が悪いのだ。

エエッ、其の悪の親分のアベの葬儀が國葬なのですか?

 

さうだ、だから其の意思決定過程其のものが異常である、またつまりは其れが全體主義だ。

 

いやはや何だかとても怖い。

さうだらう?

 

でも君は確かアベに投票して居たよね。

だって安倍しか政治家を知らなかったから…。

 

バカ、だからあれほど先生がもっと政治を勉強しやうとさう言って居たではないか。

 

では君はコレから禅寺に籠り心を入れ替える修行に勤しみなされ。

そんなもんイヤだ、其れにボクはこれからエロ動画を視るのだ。

 

其れは止めて是非政治の動画を視なさい。

また宗教や哲學の動画を是非視なされ。

 

 

其れにゲームが…。

 

今すぐにゲームは止めて本を読みなさい。

 

尚内田 樹氏は優れた思想家でありまさに立派な持論をお持ちの方だ。

日本の國力其のものが衰退して居ると云う視点は其の通りでのことながらあくまで我の視点からは政治の上での劣化を食い止めんが為に政権交代を實現させるべく有権者が政治其のものを御勉強すべきだとの結論に我が考えは傾きつつある。

 

ではそもどう御勉強するので?

政治の動画を視此処での内容を具に読み御勉強すれば其れで宜しい。

 

つまりはみんなのおバカを治すのですか?

さう、其のおバカなのをもういい加減に治さぬとエライこととなる。

 

だからね、兎に角みんなが其のおバカなのを根絶していくしか他に方法が無いのだよ。

社會の先生、でも國葬は予定通リ行われるやうですよ。

 

コクソーハンターイイ!ボオオオオーーーー。

 

 

先生、其のボオオオオーーーーと云うのは声だけのウソの焼身自決でしたね。

良くぞ見破ったな。

どだい政治の為に死ぬるなんぞは愚の骨頂だ。

 

どだいあんなアベのことんぞまさにどーでも良い、あんなのカンケ―ねえ。

 

ところでアベのトコにトランプは来ますか?

知らん、第壱そんなのカンケ―ねえ。

 

ならばトランプは悪の政治家ですか?

まあアベと似たり寄ったりじゃらう。

 

トランプもまたあえて民主主義を無視し暴走する点で安倍とは同類だ。

さうか、だからああしてゴルフを樂しく壱緒にやったのか。

 

さうなんだ、僕も以前は分からなかったが安倍とトランプは結局同じ穴の狢だったのさ。

すると安倍とトランプは狢ですね、動物で云うとまさに其の狢だ!

 

さうなんだ、だから単なるドーブツの葬儀に何十億円もかけてやるのはどう考えても変だ。

ところで最後に壱言だけ。

 

「ドーブツの葬儀は決してTVで視ません」

日進市の🎆大會奮闘記ー2022.09.18 日進夢祭りにて🎆を観賞すー

日進市の🎆大會奮闘記ー2022.09.18 日進夢祭りにて🎆を観賞すー

 

 

 

 

【速報】総理官邸近くで「国葬反対」男性が自分に火を付け意識不明に (msn.com)

 

コクソオーハンターアイイーーー、イクゾオーボオオオオーーーー。

 

 

女王死去で揺れる「英国」こそ、日本の安全保障の切り札になる理由 (msn.com)

 

さて此処での仰ることは良く分かります。

但し中國との関係は保って置く方が良いです。

 

されど其の中國のことは脇に置くとしても英國と日本はそも島國にて似て居る部分があらうかとまた思う。

ズバリ言えば英國とは日本に取り理想の體制を築いたほぼ唯壱の國家だった。

 

其の帝國主義としての王権體制其のものがかって日本が此処亜細亜に於いて目指し果たし得なかった夢の體制其のものでした。ー大日本帝國の樹立に於いてー

 

また英國米國に比して保守層の影響力が分厚くある。

だから英國はそも革命出来ぬ國なのだ。

 

但し英國はすでに没落し且つ共和制への移行を含めた君主制の廃止論が壱部に議論されたりもまたして来て居る。

其の君主制ですが、其れをこと理性的に判断する場合には明らかに時代遅れでありむしろ時代錯誤ですらある。

 

其処で壱つの論理として、其のヒエラルキー體制其のものがそも民主主義とは矛盾するものであり且つ其れを圧迫するものでもまたある。

ところがまさに其の矛盾こそが實は日本の保守層が抱える矛盾と同質のものであり要するに似たやうな部分に國として悩みを両國は抱えて居る訳だ。

 

個人的にはまさに其処が英國人と日本人が心より共感し得る部分なのだと思う。

いずれにせよ反共云云と云うことでは無く日本は體制として似て居る英國と親密になって行った方が良いことだらう。

 

 

だけれどももしも日本國が中國の属國となった場合には其れもまた変更を余儀なくされやう。

其のやうに體制とはむしろ予測不能なものだ。

 

されど皆ーインテリ層をも含めたみんなーはまた其の體制に限りコレはかうとさう拘りがちだ。

でも其れは僕に言わせれば間違って居る。

 

むしろ其れとは逆であるのが此の世の価値のあり方としての實相なのだ。

 

即ちデカい価値は逆に大きく変動しまさに壊れ易く移り変わり易いものだ。

逆に個に於ける価値観は生涯に亘りほぼ不変である。

 

従って皆はむしろ其のことに気付かず己を見失いつまりは社會の齎す価値観に踊らされて仕舞い結局は其れでもって生涯を終えて仕舞う。

だが我が認識に限ればまさに其の大と小の価値観の関係が逆転するのである。

 

即ち、

 

変わらぬもの=個としての価値観⇔変わりゆくもの=社會としての価値観

 

なのだからして。

 

 

 

さて終わった話にて恐縮ながら9月18日の夜に日進夢祭りの🎆大會をまた観て来たのであった。

 

日進夢祭り花火大会のラスト!!癒されたい時に見てください✨#花火 #花火大会 - YouTube

 

其のラストの壱幕だけが凄かったが此の動画では其の凄さがまるで伝わって来ない。

ちなみに19時より参拾分だけ上がった🎆にてつまりはショボイ🎆大會ながらあくまで我に取り今は唯壱観られる🎆大會である。

 

日進市 夢まつり夢花火スターマイン ドローンからの撮影 - YouTube

 

こちらの方が或は綺麗か?ー但しこちらは2019年版ー

 

 

さて此処の🎆は其れこそ若かりし頃よりすでに拾度程は観て来て居る筈だ。

 

確か廿五年程前には日進の山から其の🎆を観て大感動したことがあった。

ー尤も其の折には🚙で行った。まだ🚙に乗って居て其れも日産車の大ファンだったー

 

岩崎御嶽社 - Wikipedia

御岳山 (日進市) - Wikipedia

 

其のやうに山の上に宗教施設がある。

所謂御嶽教 - Wikipediaの施設かと思って居たがどうもさうでも無いらしい。

然し其の壱派なのやもしれぬ。

 

尚我は其の宗教的な場に就いては何処でも好きである。

何教であれ何派であれ関係無く其処へ入って行ったりもまたする。

 

要するに宗教解釈には常に自信があり故に御坊様や神父様方とも負けずに御話が出来るのでまさに恐いもの無しなのだ。

従って宗教其れ自體の力を信じて居たい人間なのであり何教で何派の信者と云うやうには限定され得ぬ頭の中身の持ち主なのだ。

 

 

日進市御岳山「平成の展望台」初運用 - あの頃のように、、、、、 (goo.ne.jp)

 

日進市は基本的に名古屋市ベッドタウンであり故に大都會では無く勿論名古屋からすれば可成に田舎でかうして山もあれば田んぼもまたある魅力的な処である。

だから名古屋駅の辺りで高層ビルの展望台から観る景色などとは本質的に其の景色の質が違う。

 

尤も完全な田舎では無いので周りが山ばかりと云う訳では無く街などもまた見える。

 

平成展望台の夜景 (愛知県日進市) -こよなく夜景を愛する人へ (yakei.jp)

 

ほれ、かうして夜景などもまた此処で観られる。

 

其の割りに此処へ夜景を観に訪れたことなどは無い。

ならば今度是非行ってみやう、其れも寒い夜などに訪れればアベックが居らず或は快適に観られるのやもしれぬ。

 

 

さて其の夜景の壱枚目の右側にゴルフ練習場が写って居るが其処にて矢張り廿五年程前にYAMASHITA氏ー北海道出身のゴルフギアの行商人ーと練習したが彼とは其れきりとなって仕舞った。ーかって我は彼からTN-87と云うMIZUNOのプロモデルアイアンクラブをローンを組み買ったことがあったー

 

まあさうして其れこそ若い頃より壱アマチュア・ゴルファーとしてはやれることだけのことはやったのでもはやゴルフに於ける悔いなどは無い。

ベスト・スコアはグロスでもって82で70台が出ればほぼシングル・プレイヤーながら其処には壱歩及ばなんだ訳だがさうして道具だけはプロ並みの物を揃えしかも其れを使いこなしても居た。

 

よってゴルフのことは何せ詳しいのだが最近はむしろゴルフ場其れ自體による環境破壊の面の方がより気になるやうになった。

 

但し勿論ゴルフに興じて居た頃は其のことはあえて考えぬこととして居たものだった。

まさに其れが壱種の正常化バイアスの為せる業である。

 

でもゴルフも✖、また車も✖ではそんなもん人間じゃねえぞ。

だから眞理を見詰めること其れ自體がむしろ人間界の諸事情を否定してかかることなのさ。

 

 

 

さて其の🎆大會の話に戻る。

 

1.家から日進町はむしろ行き易い

2.🎆はサイコーに綺麗だった

 

日進町へは天白川の土手の道を使うと信号機などで止められること無くつまりはほぼサイクリングコースのみでソコまで行けるのである。

故に距離的にはむしろ遠い日進町ながら45分~壱時間もあれば行けて仕舞う。

 

また家から其の天白川の土手までが大體参百米だから兎に角樂に行ける訳だ。

逆に市の中心部、其れも中村区や西区などへ行くとなると壱時間ではとても行けない。

 

其れは要するに信号待ちしなければならんのでまた其れが市を横断する形となるので大変となるのである。

そんな訳でスイスイと40分程で現地へ到着し時間が余ったので其の辺りの調査を行って居た。

 

其処はまさに其の天白川沿いの不可思議な森である。

要するに何故か其処だけが残された森なのだ。

 

また其の横にはずっと田んぼが連なって居る。

つまりは其の田んぼを横切る道路ー其れも舗装道路ーより🎆を観賞する。

 

 

天白川西側往復コースを行く | 日進市の観光・飲食・体験の情報発信サイト「ぐるぐるNISSHIN」 (glglnisshin.jp)

にっしん水辺ぐるぐるコースを満喫 | 日進市の観光・飲食・体験の情報発信サイト「ぐるぐるNISSHIN」 (glglnisshin.jp)

 

日進市の街路以外の部分は大體こんな感じで意外と田舎である。

ちなみに其の①の方の写眞の傍に其の森や田んぼが拡がって居る。

 

 

さて今回の🎆は参年振りの開催とのことでーまさにコロナ禍によりさうなって居るー其れも我に取ってはまさに四年振りの🎆である。

なので兎に角🎆が観たかった。

 

ところが此の🎆大會は見物人が至極少ないのである。

 

例えば其の田んぼのさ中の長いー五百米程のー道で🎆を観て居るのは我のみなのだった。

其れも其の筈で天白川の向かう岸には高層マンションが連なるのだが其処からは🎆が壱望出来るのでワザワザこちらへ移動する必要など無いのである。

 

其れにしても空いて居るな、土手の横に🚙を駐め🎆の開始を待って居るのは壱台のみである。

 

🎆は特に其の壱発目が感動的に美しかった。

さらに連続して打ち上がる場合やフィナーレの部分がまさに素晴らしい。

 

四年前は我が人生の来し方を振り返りつつ其れを観たが今年は何故か「たった今打ち上がる🎆」との印象が強く要するに逆に「今を闘う🎆」との印象が強かった。

 

 

或は今現代社會の多くの領域でそんな「今を闘う生き方」こそが強いられて居るのやもしれぬ。

さうした壱種の余裕の無さはまさに現代社會が自ら招いたものであり基本的には我我個の責任には非ず。

 

其の社會の齎す非の部分が結局大き過ぎ個は個としての余裕を失いがちだ。

だがであるからこそ壱詩人はかうした美の世界への耽溺の時を後生大事に持って居たい。

 

まさに其れは戦時中に美の世界にうつつを抜かすことと同じ理窟である。

よって其れはある意味では非國民なのでありまさに悲惨な現實からの逃避なのだ。

 

されど其の夢うつつでの逃避の世界こそが逆に今を乗り切らんが為の応援歌のやうにも聞こえて来るのである。

 

 

嗚呼、かうしてしかと此の耳に聞こえたぞ。

 

現存在の文明が齎す緒矛盾、其の山積みでの文明の課題の数数。

其の課題はかうして結局解決に導かれることの無い侭にたった今眼前に拡がる美の世界にこそ酔う。

 

左様なアムビバレントな思いを胸の何処かに秘めつつたった参拾分の🎆大會は終わりを遂げた。

 

結果文學とはまさに其の矛盾を見詰めることへの其の角度をこそ提示して居るのだ。

さうして文學は相変らず現在に絶望するが現實はさうして平気の平左にて案外回って行くものなのだ。

 

但し其のフィナーレの部分でそんなことを考えて居た訳では無論のこと無い。

ドッカーン、うわあー。

 

ドッカーン、うへえー。

 

そんな感覚的なある種の完結性が🎆にはあり要するに其処こそが言語以前での慰めを与えて呉れるのである。

また其れは💎であるにせよ同じことなのだが但し🎆は完全に人為によるものなので瞬時にしか発現せぬつまりは壱瞬にて消え去るものだ。

 

其の意味では🎆は文明であり💎は自然である。

 

此の度何故か詩人は其の文明と自然の美を連続して観る羽目となった。

どちらにもまた頗る心を癒されたがさうして皮肉にも自然のさ中にて文明の光の美に酔い、また街中にて自然物が齎す美に酔い痴れて参ったのだ。

 

 

長岡花火大会2022フェニックス - Bing video

2022 大曲の花火 -春の章- フィナーレ花火♪ - Bing video

 

【4K】諏訪湖祭湖上花火 The Legacy - Suwako Lake Fireworks 2022 - Bing video

 

さて其の🎆大會の動画がかうして今や幾らでも出て来る。

 

其のデカい🎆大會や有名な🎆師の作品を観たい気持ちが無い訳では無いが決まって大勢で見物する点が我が心性にはまるでそぐわぬ点だ。

要するにそんな田んぼの眞ん中でもって色んな思いを秘めつつ独り観賞するのが我が🎆の世界なのだ。

 

だから来年は是非日進の御嶽山から其の日進夢祭りの🎆を観てみたい。

其の山の展望台から観ると🎆がまさに目の前にて炸裂するのである。

 

もはや其れは🎆のグレードや🎆師の力量を超えたところでの究極としての🎆の観方であらう。

 

 

尚今回の🎆は下の方でちょろちょろと炸裂する🎆の方も良く観えまた其れが殊に美しかった。

其れと丁度台風が通過する前で強めに風が吹き大気中の汚染物質が吹き払われても居りしかも夕方には晴れ絶好のロケーションであった。

 

尤も此の日もまた朝雨がパラついたのでてっきり中止かと思ったのだが逆に気候としてサイコーの環境で其れを観ることが出来た。

また翌日の💎展の方も行かぬ積もりがさうして行けて逆に館内が空いたサイコーの環境で其れを観ることが出来た訳だ。

 

さてもつくづく此の世でのことは分からぬものである。

よって余り価値として価値観として現實を決め付けぬ方が良い。

 

むしろ理性的には割り切れぬことが此の世には余りにも多い。

そんな理性としての遊びの部分をあえて理性的な人間は持つべきなのではなからうか。

 

其処からしてもそんなある種不合理な眼前の変化をも受け容れられるやうにすることこそが眞の意味での理性としての義務であり且つ目的なのだらう。