目覚めよ!

文明批判と心の探求と

世の中は変わったねー


まさに此の世は玉石混交でありまた或は清濁併せ呑むといった印象が強く致します今日この頃です。

本日はまたベートーヴェンピアノソナタなど聴きに行って参りましたが、わたくしが今日述べたいのは其のことに非ずで、結局またぞろ目に付きました世間のひどい体たらくのことです。



兎に角最近は地下鉄に乗るのが怖い。

何が怖いと言って、スマフォ病に罹って居る大衆を眺めて居ること程怖いものは無い。



まあ兎に角気持ちが悪い。

しかもそんなわたくしの周りにばかりスマフォ病のアホ共が寄って来るものと来てる。



何と本日はわたくしの対面側の席全てとわたくしの側の席に座った全ての人々が皆最初からーつまり地下鉄へ乗った時からー最後までーわたくしが地下鉄を降りるまでーずっとずっとスマフォの画面を見ながら頻りに手などを動かして居りました。

然し一体こいつらはどういう気分でこういう現実との没交渉な空間に遊んでばかり居るのでしょうか。

いや、其れはわたくしもPCの世界にはドップリ浸かって居るのだし其れももう長きに亘りそうなっては居る。

多分もう二十年位にはなろう筈。



されどわたくしはこいつらとは違う。

わたくしはPCの世界を戸外へ絶対に持ち出したくはない。

なんとなればそんな世界をお外に持ち出したらもう其れは至極危ないではないですか。



それこそ側溝にハマるわ、車にはねられるわ、ホームに落ちるわで、実際命の危険さえあるのではないですか。

だからそんな危ないものは家の中だけで沢山である。



其れで実に冷ややかな視線を送りつつ彼等を眺めかつ確りと観察をしておきました。

すると何かこう彼等がロボットのようにも見えたのだった。

つまりスマフォに洗脳された人間ではないものにも見えたのであった。



しかもその中に50代と思しき女性と60代と思しき男性が何と含まれて居た!

オイオイ、幾らなんでも其れはあってはならないことなのじゃないでしょうか。



50歳以上の年寄りは世の乱れを糾弾しそうした風潮をむしろ叱っていかなければならない筈である。

ならばお前は彼等を叱ったのか?

いいえ、叱ってなどは居りませんのですよ。


ただただ冷ややかな目でもってして其のアホ共を眺めて居ただけなのです。

別に睨んで居た訳でも御座いません。



喧嘩になればどうなるか分かりませんのでー実はわたくしは意外と喧嘩っ早くつまりは瞬間湯沸かし器なのである。ー喧嘩はしないことにして居るのです。


で、他人の行動のことなんざ結局どうでもよろしいのでは御座いますがどうしてもそういうのが目障りなので気持ちが悪いと申しますか気分が悪いと申しますか兎に角そんな感じなので御座います。

其れで冷ややかにスマフォ人間達を眺めつつあれこれ考えてみたのでしたが、要するにここまで合理主義の悪癖が進むとこれはもう本当に人間の精神というものが壊されかかって来て居るのではないか。

しかも本人達は其のことに全く気付いて居ない訳なのです。



ですが人間というものは近代以降、そうして徐々に徐々に壊されていって居たのかもしれません。

第一自動車というもの、あれは乗るのを止めて初めて分かるものなのですが物凄く暴力的な乗り物です。

もう怖くて怖くて仕方がありませんね、車が走って居るのを見るだけで怖いのです。


ところがわたくしは其の自動車に三十五年も乗って居たのです。

其れもエンジンの音の大きい速い車が好きでそういうので高速道路やワインディングロードを攻めるのがむしろ趣味だったのです。

ところが今やそういうのはもう止めじゃ、という感じなのですね。

もう車なんぞ要らないから徒歩と自転車でもって生活することこそが何より平和で良いのです。



そんな訳で伊藤 わか奈さんの最後の地元お披露目公演で感動した分の藝術的感懐がスッカリ其のスマフォ人間達のアホらしさのお蔭で破壊されて仕舞いました。


第一わたくしの横ーと言っても席が離れて居るがーに居られた若い女性ー三十歳位か?ーなどは最後のソナタを涙を流しつつ聴いて居られました。


矢張り女を馬鹿にするのは良くないから止めようと其の時に思いました。

矢張り彼女との縁も大事にしよう。

そうだどこまでもいつまでも彼女を愛そう。

そう思わされたのです。



然しそんな愛の賛歌のただ中でこのたったひとつの特別な愛を、かのルートヴィヒが願っても果たせなかった其の唯一の愛を、我が代わって果たしてやろうとの其の高尚な思いの全てを、其の地下鉄に巣食うスマフォ人間共が木っ端みじんに打ち砕いて仕舞ったのです。


其れで泣く泣く地下鉄を降りスーパーへ向かいました。

然し其処は個人商店に毛の生えたような小さなスーパーで要するに雑貨屋兼生鮮食料品店です。

ところが、其の店が何処にも無い!



あらねばならぬ其の店がもはや消えて居たのだ!

其処はわたくしの好きなシーチキンをとても安く売って居たというのにもう其れが食べられない!


しかも弁当が安くて沢山あった。

お菓子も変わったものが沢山あった。



余りにショックだったので向こうから歩いて来た孫を連れたおばさんに尋ねてみたところ、すでに五月にクリーニングショップに変わったとのことであった。

其のおばさんは同い年位か。

昔は主婦の店というのもあったし、エイワストアというのもあったのに全部無くなり其の店ひとつが頼みの綱であったというのにコレも無くなって仕舞った。



世の中は変わったねー。

不便で困りますねー。ー所謂買い物難民だろうー



という訳で藝術はスッカリ現実に敗れ惨憺たる気分でもってして家路についた。

しかもキャーキャー言いながらスマフォを抱えわたくしの横に座った三人組の中学生が振り撒きし悪夢のことを思い出しつつ家に帰った。



中学生A キャーキャー、コレだ、コレ。
中学生B ヘロヘロ、コレだ、コレ。



へっ?とわたくしのすぐ横のスマフォの画面を見ると何やら危ないH画像が!ーとどうも其の様に見えたー

うわー、こっりゃあいかん、本当にイカン、このままでは人類は滅びる、しかし続きはどうなるのだろうか?



怖かったのだが再びスマフォの画面を覗くといつのまにやらゲームの画面となっておった。

中学生B ピロピロ、ペロペロ、ドカーン。
中学生A キャーキャー プリンプリン、ボッコーン。


しっかし、本当の本当に、教師にならなくてつくづく良かったと今は思う。