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文明批判と美と心の探求と

萬年筆の本質的性質に就いてー参本の🖋に就き語るー

萬年筆の本質的性質に就いてー参本の🖋に就き語るー

 

 

 

 

 

では本日はまた総論的に「🖋に於ける本質的価値」とは何かと云う御話をさせて頂きたい。

 

まず本日わたくしが行ったことが弐つあり其の壱つが「外國産の標本の整理」でありいま壱つが「本質的価値に長けた🖋との對話」であった。

其の本質的価値に長けた参本の🖋とは、

 

1.酒井軸の細身モデルー赤軸ー

2.「SWAN」萬年筆ー國産ー

3.「QSHIP」萬年筆ー國産ー

 

である。

 

其の全てが所謂「細身で長い」万年筆となる。

 

此れ等もまた五年振りに使った訳ですがまずは其の書き心地での「切れの良さ」に改めて驚いた。

なんとなれば此れ等の🖋の14金ペン先は所謂「鍛造ペン先」であり現代の万年筆に於ける「合理化された鍛金工程」とは根本的に異なる製法によるものなのだから。

 

但し其の「鍛金工程」に関し特に自分は詳しい訳では無く従って推測の域を出ぬことをまずは知って置いて頂いた上で以下の意見を読んでみて頂きたい。

 

 

尚ズバリ申せば現行の万年筆の金ペン先は概ね「弱い」ニブとなって居る。

また其れは何故かと言えば「手間暇をかけたところでの鍛金工程」其のものを合理化し「プレス鍛金」などの謂わば簡易的なつまりは「手抜き」をした製法をメーカー側が好んで行うが故にいつしか万年筆の金ペン先が概ね「弱い」ニブとなったのである。

 

従って現行の万年筆の金ペン先を自分の如き「筆記感覚に鋭い人」が使うとまずは「ふにゃっ」とした感じがし其れが何やら軟弱であり即ち至極気持ちが惡いのである。

 

尚昔は自分もまたさうでは無かった。

ですが🖋の蒐集の方向性を百八十度變えた2007年辺りからだらうか兎に角現行の万年筆の金ペン先が「ふにゃふにゃ」の物に感ぜられるやうになったのだった。

 

もしやアンタ病気なのか?

いや病気なのはあくまで「現行の万年筆の金ペン先」の方だ。

 

 

ふーん、すると相變わらず「現代物は須らく✖」とのアナタの其の偏屈でもって且つ狂った思想がさう言わしめるところでの話なのですね。

別に狂ってなど居らんわい。

 

自分はかうして常にまともであるが只感覚がみんなとは違うダケなんだ。

ほれほれさうしてまたすぐに威張る。

 

…全然。

全然威張ってなど居りませんよ。

 

ならば結局現代の品は皆ニセモノだとさう言いたいのだらう?

…事實ニセモノがほとんどなのですもの。

 

でもってまさに其のことこそがこと「本質面」から捉えし場合での「現代の万年筆」への評価の部分となる。

さらに言えば其のペン先の作りを合理化した分逆に軸に凝りつまりは其処に様様な意匠を凝らし「付加価値」を付け価格を引き上げて行く訳だ。

 

だが其れはあくまで「付加価値」なんでありしかも其の「付加価値」の部分が🖋を惡くして居たりもまたするのである。

例えばクソ重い貴金属軸の万年筆をまたよりによりメーカー側は屡作りたがる。

 

自分はかってそんな「文鎮級」の限定万年筆を常時拾本位は持って居たものだ。

但しそんな「文鎮級」の限定万年筆こそが御好きな愛好家もまた居られる訳で故に其れを全否定することは出来ない。

 

ではあるが其れが「奇奇怪怪」な筆記具であることはほぼ間違い無いことである。

 

 

現行の万年筆の問題点

 

1.ペン先が弱いつまりは「鈍ら」ニブ

2.軸の意匠ばかりに凝る

3.値段がバカみたいに高い

 

だが当初自分はむしろ現代の万年筆の擁護派だったのだ。

だけれども流石に拾五年も古典の🖋を使えば現代の万年筆のアホらしさがもうコレ以上見えぬ程に見えて來る。

 

4.そも頭ーペン先ーが惡い

5.そんなピカピカの馬鹿

6.まさに肥溜めに落ちたかのやうなペン

 

まあ酷い言い方をすればさうならざるを得ぬ。

 

でも古典の🖊はペンポイントの合金が取れるのでせう?

 

但しL.E.WATERMANやSWANではほとんど無いがごくたまにはそんなこともまたあらう。

自分の経験では戦前の國産の両ベロペン芯のタイプが壱番危ないやうだ。

 

其れも此れ迄に参本の両ベロペン芯のタイプの🖋のペンポイントの合金が取れて居る。

ペンポイントの合金が取れたらもう筆記具としては使えないでせう?

 

いえ普通に使えますよ。

まさに其れが「上級中の上級」の技であり要するにペン先の先端部をあえてカットし「金直書きでの🖋」にして仕舞うのだ。

 

でもって其れがどうなるものか分かりますか?

いや分かる訳が無い、そんな變なこと誰もやらないので…。

 

其れが何と「毛筆級」の筆記感がする🖋へと次第に變わって行く。

兎に角さうして壱種毛筆化致しますのです。

 

はあー、確かにそんなことを言う奴は他に居ませんね。

もしやアナタは🖋の神様ですか?

 

いや佛様でせう。

でも佛にはとてもなれないので「声聞であり縁覚」です。

 

「万年筆の声聞であり縁覚」ですか、其れは凄い。

いえ大乗佛教では「声聞であり縁覚」であることが凄くバカにされるのです。

 

じゃあ「万年筆の声聞であり縁覚」とは「万年筆のバカ」と同じことなのですね?

まあ違うと思いますがね、そんなんでは無く「本質主義者」とのことでせう。

 

でもって今やいつもアナタは現行の万年筆をコキ下ろしつつ観られて居るのですね?

まあ基本はさうなりますがあくまで其れを「全否定」は致しません。

 

どだい此の世に於いて「全否定」し得る価値などは無い。

其の部分を認識上把握出來ぬからこそ現存在は決まって「苦しむ」のだから。

 

 

逆に申せば、

 

7.兎に角汚い

8.兎に角臭い

9.エボナイトの軸がすぐに變色し醜い茶色となる

 

などと戦前の萬年筆の方にもまた「どーしやうも無い」類での弱点がまた有るのです。

故に他方を全否定しない姿勢こそがまずは其処に求められやう。

 

現行🖋⇔戦前の🖋

 

と其処に不即不離の関係性が「有る」ものとさう見て置く方が良い。

 

例え話で言えば信長公→秀吉公→家康公の権力掌握の流れに於いてまさに其れ等は不即不離であり誰が壱番で偉いと云うことでは實は無い。

要するに此の参英傑が居て初めて「太平の世」が訪れたのだ。

 

故に現行🖋が如何に「本質」を欠く筆であれ其れはあくまで古典の🖋の子孫でありつまりは「可愛い孫」なのです。

其の孫は確かに出來が惡いがとりあえずは其れ以外に古典の🖋の子孫は無い。

 

なのであえて頭をナデナデしてあげませう。

だが他方ではむしろ「愛の鞭」として思い切りに貶してやりませう。

 

 

酒井軸の細身モデルー赤軸ー


さて1.とは上の画像での赤い万年筆である。

但し此のペンは所謂「擬古典調」の現代の「手作り万年筆」なのであり特に古い物なのでは無く四半世紀程前の御品である。

 

酒井軸の所謂「復刻万年筆」は現在至極値上がりして居り大抵は五萬円以上もして居る。

程度が良ければ此のやうな細身の品でももしや其の位はして居るのやもしれぬが自分はかって此れを名古屋丸善にて壱万五千円程で求めて居る。

 

さて手作り万年筆であれ金ペン先に現行の物を使う限りは其の筆記感は現行の万年筆と大差無いのだと言えやう。

 

例えば植原作品にせよまた万年筆博士にせよさらにアノ頑固なマサヒロ万年筆にせよ金ペン先に現行の物を使う限りは其の筆記感は現行の万年筆と大差無い。

ところが酒井軸の場合には其の多くが「兜木鍛金ペン先」となるが故に其の書き心地は戦前の萬年筆と大差無いのだと言える。

 

故に極端な話「兜木鍛金ペン先」付きの酒井軸を壱本だけもって居ればまさに其の「万年筆としての本質的性質」をしかと味わうことが可能となる。

だけれども「現代の消費社會」ではまさに其の「本質的性質」に欠ける万年筆の方がむしろ多いのだ。

 

故に其処には常に審美眼ならぬ「心眼」の如き「研ぎ澄まされた感性」が是非必要とされる。

なんだけれども逆に古典の萬年筆をバカにしバリバリの現行万年筆の愛好家であったとしても其のこと自體を非難する謂われなどは無い。

 

ですけれども其れが「本物の🖋」では無いこともこと「本質主義」に徹すればさうなり得るとの御話である。

 

さてあくまで画像は無いですが、

 

2.「SWAN」萬年筆ー國産ー

3.「QSHIP」萬年筆ー國産ー

 

の使用感に就き以下に述べます。

 

2.に就いて

 

ズバリ其の「SWAN」とはニセの「SWAN」です。

本「SWAN」とはあくまで英國のブランドでありつまりは世界の壱流品のことです。

 

ところが戦前の頃には本「SWAN」は高価でありなかなか🗾の庶民には手が届かなんだ。

故にかうして國産のニセの「SWAN」が結構出たものと思われます。

 

が、問題は此処からです。

 

其のニセ「SWAN」がまた結構良い。

其れは細長いセルロイド軸でインク止め式のペンである。

 

其のセルロイド軸はズバリ🗾の製品が最も優秀です。

壱番イカンのがイタリアンのセルロイドで此れは高温多湿の此処🗾の環境では拾年位で分解し最終的には軸がボロボロとなる。

 

さらに分解により瓦斯を発生し其れがペンの金属部などを腐食し且つ最惡の場合には自然発火するに到る。

つまりは火事を引き起こすのだ。

 

が、自分の場合は其のイタリアンのセルロイドとの付き合いがかれこれ参拾年となる。

よって奴等の弱点を知り尽くして居りなのでまずヘマをすることはありません。

 

まあ其の点に関してはまた後日詳しく御話致します。

 

ついでに言えばヴィンテージ・モンブランセルロイド軸も結構ヤバくほとんど軸がぐちゃぐちゃになったりもまた致しますものです。

 

でもって此のニセの「SWAN」がむしろ素晴らしい。

但し金ペン先を戦前の米國製の物に替えてあるので此の評価も参考程度の話にしかならない。

 

 

3.「QSHIP」萬年筆ー國産ー

 

こちらはエボナイト軸の細長い萬年筆です。

戦前なのかまた戦後すぐ位の物なのかはまず分かりません。ーニセの「SWAN」の方もまたさうなるー

 

其のエボナイト軸ですが水に浸けただけで變色します。

さらに湯に浸けると余計に變色します。

 

ですが自分の場合は冷水にてお構いなしに洗います。ー無論のことミューズ石鹸付きでー

其れもキャップの中や軸の中迄兎に角徹底して洗うのです。

 

自分は兎に角汚いのが嫌いな石鹸人間ですので兎に角何でも洗います。

でもってさうして洗って滅茶苦茶に變色したことは案外少ない。

 

が、變色は兎に角します。

ですが其の變色の色が問題です。

 

最も好ましいのは「オリーヴ・グリーン」系に變色することだ。

其れは薄くてもまた濃くても結構美しい色合いです。

 

でもってQSHIP萬年筆はまさに其の「オリーヴ・グリーン」系に薄く變色して居る。

 

 

14金ペン先をルーペにて眺めますとー石と萬年筆の両方に使えるのが其の鉱物用のルーペだー其処に「QSHIP」マークがしかと刻印されて居る。

其れでもって書いてみますと兎に角「非常に強い」金ペン先です。

 

むしろL.E.WATERMANやSWANの金ペン先以上に其れは強い。

尚自分は何せ万年筆の筆記に慣れて居ますので数文字を書いた途端に其のペン先の強さ又は弱さがすぐに分かります。

 

兎に角恐るべき古いペンだ、此のQSHIP萬年筆は!

 

要するに今回自分が何を言いたかったのかと申せば「万年筆の本質を見詰める」行為は万年筆の金額の多寡や世間での評価とはまた別箇に追及されるものであるとのことだ。

故に「御金」をかけずとも其れは出来ることだ。

 

勿論金銀装飾の萬年筆の価値はまた常に高い部分がある訳ですが其れ以前にかうして「強い軸」であったり「強いペン先」であることこそがまさに其の「本質的な意味」での万年筆としての価値である。

 

 

じゃあ現行の万年筆は皆零点ですか?

いやでも7、8点位はあげた方が良いですよ。

 

何せ余り厳しいと大事な「孫」に逃げられますので。

では早速に1.と2.と3.の万年筆のテストの結果を100点満点で御示し下さい。

 

分かり申した。

ではズバリ採点させて頂きます。

 

1.酒井軸の細身モデルー赤軸ー 77点

2.「SWAN」萬年筆ー國産ー 79点

3.「QSHIP」萬年筆ー國産ー 80点

 

です。

 

ふーん、矢張りと言うべきかアナタは「戦前物贔屓」なのですね。

「戦前物」は何せ「大🗾帝國」製ですからまずは総じて「眞面目」に作ってあります。

 

何せ下手な物を作ると憲兵に引っ張られますのですから。

 

 

ちなみに最後にこんなことを言ってはなんですが今日のウドちゃんの「旅してゴメン」の再放送の回が大垣市の回で万年筆の方では有名な「川崎文具店」が紹介されて居ましたが其処はあくまで自分に取り興味が涌かなんだ。

 

万年筆とインクの専門店 川崎文具店 (kawasaki-bunguten.com)

 

ですが此処を覗いてみたところ百周年記念の「アカニシキ」と云うのがつまりは伝統の「金魚柄」でもって少しだけ気になった。

だが現代の「付加価値」付きの限定🖋は兎に角高価でしかも本質的には「弱い」訳です。

 

2.「SWAN」萬年筆ー國産ー 79点

3.「QSHIP」萬年筆ー國産ー 80点

 

例えば此の弐本で多分五千円位だった筈です。

よってシンプルな戦前の萬年筆は兎に角安価でしかも本質的には「強い」萬年質となる訳だ。