そんな愛♡のプラチナーこんなプラチナ万年筆への愛♡とセーラー万年筆への軽い批判とー
所謂ボーナスシーズンとなる梅雨時や師走にはヤフオクなどでも凄い🖋が多く出される傾向が以前よりある。ー尤も自分には其のボーナスが出ないがー
また自分などもまたかってヤフオクで百本位の🖋を売った覚えがある。
其れも以前ヤフオクではanimistでは無くsiriusの方のIDでありまたかの「図書談話室」ー🖋と藝術を語る掲示板ーでのハンドルネームの方もSiriusとして書いて居たわたくしです。
つまりはそんなシリウス星人ですが其れも地球環境がボロボロに壊れつつ今はむしろ壱「アニミスト」として此処地球上でもって活動して居る。
ヤフオク! - 最後の1本【万年筆道楽】セーラー ブライヤー 90... (yahoo.co.jp)
さて此の限定🖋なのですが、果たしてこんな値が付いて良いのだらうかと個人的には思う。
其のセーラーの限定🖋と申すか普通のセーラーの🖋でも確かに其れ等は作りが良く信頼出來る物となることでせう。
ですがそも何故此処にばかり人気が過度に集まるのだらう?
其れも其の『長原』御大作との銘が入るともう🗾の🖋マニアはまるで「神様の🖋」の如くに其れを崇め奉る訳です。
ですが自分に限れば所謂『長原』物の🖋はとっくに全て手放して來て居ます。
勿論其の「万年筆道楽」なども当時買い揃えて居たが其れも早早に手放して居る。
其れは個人的に見て胴軸の長さが長過ぎることからさうなった。
ヤフオク! - セーラー 創業80周年記念 ブライヤー 万年筆 レア (yahoo.co.jp)
ヤフオク! - セーラー 万年筆 創業80周年記念 プロフィット80... (yahoo.co.jp)
こちらのプロフィット80などもかってはしかと持って居たが矢張り胴軸の細さに違和感を感じ其の後手放しました。
其のブライヤー軸の万年筆は自分の場合#3776の方つまりはプラチナの初代の物が最も良いのだと思う。
PLATINUM プラチナ 万年筆 #3776 ブライヤー 中字 (旧型/エボナイトペン芯) - Bing video
こちらは私が屡🖋を売る東京のショップの動画ですが此の旧型モデルが兎に角良い訳です。
第壱此のデカい金ペン先を視て下さい。
でもって当時ー1970年代ーは弐万位だったか確かそんな価格で今のヤフオクでもおそらくはそんな値段で手に入る筈です。
とは言えそんなプラチナ萬年筆のコアなファンであるわたくしにせよ實は此の旧型モデルは使って居らず使って居るのは樹脂軸の旧型モデルでありまた#3776ギャザードの旧型モデルの方です。
其の旧型のブライヤーモデルこそは高校生の頃にペンショップ・オリンピアと云う名古屋榮の中日🏢のショップにて求めた物だ。
だから勿體無くてもう使えやしない。
なんでもうかれこれ半世紀近く前に求めた御品である。ーおそらくは1975年位にー
そんなもんはもう完全に寶だらう、其の御寶ぞ。
そんなもんはもう完全に靑春の思い出が詰まった写眞だらう、其の写眞。
しかもまるで卒業写眞の歌みたいなもんだらう、其の卒業写眞其のものぞ。
だからまさに其れが御寶なんでありそんな「プロフィット80」だの「万年筆道楽」なんぞはむしろどーでもエエんだわ。
もしやまたぞろセーラー万年筆を貶して居られるのか?
いえセーラーに関してはむしろ何も言ってません。
只プラチナの万年筆に對する不当な評価が昔から気に入りませんのです。
どだい此処🗾の🖋愛好家の方方は其のセーラーこそが神様の🖋其のものであり他方でプラチナの万年筆の方は「万年筆がどだい分からぬアホかタワケ」の持ち物だとさう断じて御座るが其れは大きな間違いだ。
より正しくはそんな「洗脳」こそがむしろ壱番タチの惡い現象である。
其の「洗脳」とはズバリ「全體主義」とのことであり左様に🗾國民は兎に角其の「全體主義」に陥り易い。
かって自分が有名掲示板であるかの「万年筆談話室」の分室としての「図書談話室」でさうして屡セーラーと云うメーカーの万年筆観を批判して居たのはまさにさうしたことである。
事實其の後セーラー万年筆は訳の分からん物造りにまで手を広げ其れ即ち訳の分からん万年筆メーカーへと化して行った。
セーラー万年筆 | 公式ウェブサイト (sailor.co.jp)
其れももう最近はまともに戻ったのか?
だがよーく視てみたら「ロボット機器事業部」と云う処でロボットを造っておった。
だから其れはどう考えても思想が變だ。
其れも何より筆記具メーカーとしての思想が變だぞ。
尚海外にもまた筆記具メーカーとしての思想が變となった企業がありまさに其れがかのモンブラン社だ。
其の多角経営と云うか儲け主義と云うかそんなもんは所詮「非本質主義」である。
そんな「非本質主義」にはあくまで思想的正当性が欠けて居るが其れでも結局資本主義の枠内では是とされることとなって仕舞う。
なんとなればそんな資本主義の枠内ではあくまで常に「儲けた奴が勝ち」なのだ。
だけれども其処でもってむしろよーく考えてみやう。
即ちたとえ貧乏でも「本質のある🖋」をこそ作るべきなのではないか。
いやでも現代のセーラー万年筆にまるで本質が欠けて居ると言うのでは無い。
但し以前に其の現代のセーラー万年筆に於いて弐度程イヤな思いをさせられた経験を自分に限り持つ。
1.プロフィットモデルの21金ペン先が書いた時に曲がったこと
2.弐万円の銘木モデルが何処かチャチな万年筆に思われたこと
其の1.はしかしながら大問題である。
なんとなれば自分はプラチナ社やパイロット社の万年筆に於いて其れをした経験がそも無い。
つまりは其れがペン先の高品位化→ペン先の脆弱化、へと繋がり易い訳だ。
ところが当時からむしろセーラー万年筆は威張って御座った。
其れも万年筆の神様としての『長原』御大作の万年筆がもう飛ぶやうに高価でもって売れ兎に角其の全ては「偉い万年筆観」であるとさう愛好家間で語られて居たものだった。
だが果たして其れの何処が偉いのだ?
そんなもんが果たしてホンモノの🖋だと言えるのか?
ま、自分はかうして疑り深い人間でありしかもかうして何でも掘り下げて追及するつまりは「眞理探究者」の如き人文者でありよって其処に誤魔化しなどは効きませんのです。
また社會の分野のこと、さらに文明の分野のことでもまさに掘り下げて問題点を追及し「お前等はダメだ」とさうハッキリ言うであらう所謂イヤな奴です。
さてしかしながら其の「本質主義」は此の世では通用しないと申しますかむしろ滅びる可能性が高くなり易い。
例えばかの伊太利亜にはOmasと云う有名な🖋メーカーがあったが其れもすでに廃業するに及んで居る。
故にOmasの🖋などは海外市場では今壱般に高騰して居るやうですが其れもあくまで此処日本ではむしろ値が下がって居るやうな感じすらする。
まさにソコんトコは今の🖋界に於ける七不思議の壱つだとも申せませう。
故に其のOmasこそが其れも意外と「本質主義」だったのではなかったかと最近わたくしなどは考えて來て居ます。
でもって結局何が言いたいのかと申せば🗾人の意思決定は常に「全體主義」へと走り易く要するに周りが認めた価値にのみ「ワアッ」と群がると云うことだ。
ですが其の後そんなわたくしの🖋観や🖋論とは関わりなくプラチナ万年筆への評価が明らかに上がって行ったやうに見える。
其れ即ち主にヤフオクでのプラチナ#3776への評価額が上がり其の旧型などは特に昔ー弐拾年程前ー程樂には得られなくなった。
自分は15年程前にプラチナの万年筆はなかなか理解し難い謂わば「玄人筋」が好むペンであるとさう掲示板にて述べて居た。
だとすればセーラーの現代の🖋こそがまさに「大衆向け」でのものと必然としてならう。
つまるところは「分かりにくい」物や人の方が逆に「本質を衝く=本質的価値」のものである可能性が逆に高い。
また其の逆にみんなに分かる「分かり易い」物や人は「底が浅い=表面的価値」のものである可能性が常に高い。
所謂「哲學」と云う分野はまさに其の部分にこそ踏み込み此の世での諸価値を捉えて行かんとするものである。
さうしてハッキリ申せば自分はまさに其の「哲學」的思考の部分にこそ長けて御座る。
だからこそかってセーラーの万年筆への批判をあえて行いましたのです。
ですがね、正直申しましてセーラーの万年筆の作りはむしろ🗾の🖋の中では壱番です。
なんですが其の思想其のものがチョット變だぞとさう申しました迄のことだ。
ちなみに我が愛して止まぬプラチナ万年筆は要するに「變わり者」でありつまりは個性的です。
其れがまた旧型のプラチナなどは結構癖が強くて實は其の部分にも若干の問題があった。
3.ペン芯の出來が惡く概ねインクの出が惡かった
4.60年代の諸モデルは金ペン先がちっこくしかも硬めだった
つまりはそんな癖の強い🗾の🖋なのでした。
さてパイロットの🖋の場合は最も「本質主義」なのだと個人的にはさう思われる。
つまりは🖋に對し常に眞面目なメーカーであり製品の方の質も常に高いものがある。
なんですがヴィンテージ物のパイロットなどに比ぶれば現代の物は個性の出方が薄いやうにもまた個人的に感じられる。
だから結局のところ「個性的」であり且つ壱面では「藝術的」でもあるそんな「變わり者」のプラチナ万年筆にまさに自分は心を奪われて仕舞ったのである。
つまりはほぼ「恋愛」のやうなものか。
つまりはそんな不細工な奴と「添い遂げる」と云うことか。
だから常に我はプラチナ万年筆命ーーー!!!なのだ。
【昭和CMソング/マイ・プラチナ】ザ・ハプニングス・フォー1966年#Shorts - YouTube
愛のてがみープラチナー♪
そんな愛ですよ、まさに愛♡!
誰にもー言えないことーばーひみつにー書いてーみーたー
ボクだけーのともだちーだーよーマアーイプラチナー♪
兎にも角にもボクだけの友達ですよ、其のボクだけの。
しっかし古い歌ですね。
だけれどもそんな古い歌には決まって良い歌が多いものだ。
其の1966年と言えば自分はまだ7歳でした。
尤も小学校へ行って居たのかどうかはすでに覚えがありません。
其の頃小学校壱年生だったとすると担任がアノSHIMIZU先生ですね。
其のSHIMIZU先生には良く怒られた記憶だけがある。
また何故かネジが好きで其れを寶物の如くにいつも持っておった。
さらに教室で独り物凄く變な妄想をして居たことがあったが其の内容迄はまるで覚えて居りません。
今宵はそんなまるで嘘の如きプラチナ🖋への時間旅行でした。
ところで今夜の飯は?
ああ、冷めたピザをこれから食うところです。
其れも珍しく出前館が持って來しアオキーズのピザです。
其れは何味ですか?
カルビ物つまりは焼肉味だ。
だからあくまで焼肉が食いたいんだ。
だがピザでもって焼肉を食うのは如何にも變だらう。
さうですか、其れはそんなに變なのですか?
まるで變だとは思わないが。
相變わらず君は如何にも心の有り様が屈折して居るな。
もうほっといてお呉れ!
俺は此れからまさに其の焼肉ピザを食うんだから。
其の焼肉ピザとプラチナ🖋の相性はむしろベスト・マッチの筈だ。
常にさうしてプラチナ🖋はそんな變な奴の御友達なのだ。