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文明批判と美と心の探求と

連休スペシャル 四  まさにディープな都市部での自然との対話ー「みどりの日」に「うるおいの森」を訪れるー

四 「みどりの日」に「うるおいの森」を訪れる

 

 

 

其の今世界的に大事だとされて居る自然環境の健全さ、自然が人為にて破壊されぬことの大事さをおそらくは七、八割方の現代人が心から分かっては居ないことだらう。

ですが其のことがむしろ強烈に分かって居る少数の人人が居て我も何故か其処に含まれて居る。

 

と言うか我は都會にもまた人間にもほとんど興味は無い。

では何に興味があるのかと申せば其れはひとえに自然である。

 

人間には興味が無いが例えば職人が創る素晴らしい物であるとか藝術作品のやうなものだけには逆に興味が深くある。

我はすでにそんな壱種のはぐれ者であり異常者なのではないが人間としての興味、趣味が壱種偏向して居るのである。

 

 

そんな我は自然との交流が得意かと言えば案外さうでも無い。

其れでもかうして我は屡山に入るのだしとりあえずは其処でもって気を付けて行動したりすることは出来る。

 

例えば都会の低山では屡スズメバチやヤマカガシ、マムシなどに遭遇することもある。

ですが其れはこちらが慌てなければ襲って来たりはしないものなのだ。

 

もっと恐ろしいのが🐻や🐗だが此の辺の低山には其れが出ない。

尤も深い森や山へ入る時は其れとの格闘を考慮せねばならぬ場合などもあらう。

 

 

さて我は小学生の頃カブスカウトにて始終山に入って居た。

今我が親に感謝することは塾へ行かせて呉れたことでは無くまさに其のカブスカウトをやらせて呉れたことである。

 

我は其のカブスカウトの組長として朝霧高原にて開かれた第13回世界ジャンボリー - Wikipediaへも参加したことがあった。

まさに其れが小学六年生の頃であった。

 

ところが其の頃我は左程自然には魅力を感じて居らず代わりに主に👩の方に興味があり其れも社長令嬢だの歯科医の娘だのを口説かうと兎に角熱心だったのだった。

其の頃の恋心は人間に対する我が最期の情熱として今も心の片隅で仄かに燃えては居る。

 

 

其の後利口となり兎に角御勉強に勤しむやうになった訳だが同時にモノマニアとなり主に百貨店巡りを熱心にすることとなる。

だから其の頃は相生山なんぞ壱度も訪れては居ないのである。

 

参拾を過ぎた頃より当時付き合って居た👩とあちこちへドライヴすることが趣味となり約拾年に亘り兎に角色んな所へ出向いた。

其の折に気付いたのが森や山の静けさと空気の良さである。

 

其れでもってハードな山遊びに限り単独でも其れを行うやうになった。

其の頃に主に訪れて居たのが付知峡の奥に拡がる巨木の森である。

 

四拾を過ぎ鉱物採集をし始めると余計に其のアウトドア―生活が好きになり屡三河の段戸原生林を訪れたりもして居た。

 

ところがこんな哲學者なので別に其処にてキャンプをしたり煮炊きするのでは無いのである。

つまり僕は其のキャンプなるものにはほとんど興味が御座らぬ。

 

 

さうでは無く森の中、山の中を只独り歩き「人間とは何か?」、「果たして人間は何をやってんだ?」と云う哲學的根本命題に就き考えて居ることが只好きなのだった。

 

なのですが鉱物採集の時ばかりは其の哲學では無く主に物欲だけだ。

其れと自然との會話、感覚的交流の如きものが元元我は得意である。

 

だから別に考え込んで居るばかりなのでも無い。

只半分位はさうして常に考え込んで居るのである。

 

さて文明が今抜き差しならぬ課題として抱え込んで居るのが其の自然と文明の乖離の問題だ。

だが其のことを實感として捉えられる感覚の持ち主は常に少数派である。

 

 

そんな我は四拾位から👩に対する興味が次第に無くなって行った。

其れはむしろ良いことであったと正直今は思う。

 

 

さて我は本日の「みどりの日」に東山の森を歩いて来た。

 

名古屋東部・裏山めぐり ー東山公園の裏に深い森が広がる | 岡部の海外情報

其れはかうした所である。

此の森の際には高級住宅地が拡がって居る。

 

要するに昔は大金持ちの別荘のやうなところであったのだと思う。

其れは所謂山の手である。

但し住宅地だけでは無く山ー森ーも拡がって居るのである。

 

そんな山の手だけに自転車で移動するのが大変で特に長い坂を登るのが難儀である。

だが其れもまた大したことは無い。

即ち其れはほんたうの山では無く大都會名古屋の低山なのだからして。

 

 

裏山散策

 

さても其の「うるおいの森」である。

ちなみに此処の北側に名古屋市東山公園テニスセンターがありどうもセレブ御用達のテニスクラブらしい。

 

尚セレブはゴルフなどでは無く主にテニスに勤しむものと相場は決まって居る。

我もゴルフを参拾年やったがテニスなどやったことが無い。

其れ即ち我はセレブでは無いのである。

 

 

そんな訳でそんな高級なテニスクラブだの豪邸だののすぐ際に其の「うるおいの森」が拡がって居る。

ちなみに東山には此処の他にも様々な森があるのだが此処は東山の南端にあり最も原生林の雰囲気を残して居るところでもある。

 

實は我自身此処を昨年初めて訪れたのだった。

其れも我はかうして森や山が好きで始終其処を訪れ歩いて居るにも関わらず。

 

其処からしてもおそらくは此の森を知らぬ名古屋人はむしろ多く居ることであらう。

おそらくは家の周りの人人もさうであらう。

 

 

人間地獄 八事史跡散策路と「うるおいの森」(昭和区・天白区) / prius7936さんの名古屋市の活動データ

 

こちらにもあるが其の「人間地獄」なる崖を昨年知り物凄いインパクトを受けたものだった。

 

もしや人間が釜か何かで煮られたりするところなのか?とさう思いどうしても行きたくなる。

實際に其れを見るとまさに地獄的な崖である。

 

またガレ場なのでもある。

だが相生山のガレ場などよりもこちらの方がずっと怖い。

 

おまけに昨年は此の崖の上で真っ赤な石を拾ったのである。

うわあー、もうコレは血の池地獄の石だぞとさう思い酷く喜んだのであるが家に帰り調べてみたところ其れは赤いペンキが付いたタダの石であった。

 

 

しっかしよりによりセレブな東山に何でまたイキナリ地獄が出現するのであらうか?

でもってさらに細い林道を奥へと進み山を下りて行くと「天白渓湿地」なる樂園が現れる。

 

裏山散策

此処での4、5枚目の画像が其の美しい「天白渓湿地」である。

ですが此処の全体像としての美しさを写した画像が出て来ない。

 

其れは言ってみればほんたうの意味での都會のオアシスのやうなところである。

昨年四月に此処にも大感動して其の後秋にも壱度訪れたやうに思う。

 

其の「人間地獄」+「天白渓湿地」だけでもはや此処は壱級の都會の自然を有する場所だ。

しかしながらほとんど誰も知らぬのである。

 

其の地元の方方も何せセレブなのでさうしてテニスをやったり高級料理を食ったりはするがまさか歩いて地獄を見に行ったりはせぬ筈である。

こいつらは決まってクソ高い外車、其れもBMWだのメルセデスだのそんなありふれた🚙では無くまさにジャガーだの、またアストンマーチンだのもう田舎の奴等がまるで見たことも聞いたことも無いやうな超高級車を乗り回して御座る訳だ。

 

だが我はあくまで其の超高級車に興味は無くあくまで中國製の自転車+足にて「人間地獄」+「天白渓湿地」巡りをする。

 

 

名古屋自然観察会(愛知県自然観察指導員連絡協議会名古屋支部)|名古屋の生物調査・保全活動【なごビオ/なごや生物多様性保全活動協議会】

尚此処の壱番下にー定例東山自然観察会2016.7(天白渓湿地)ーなる画像があり其れが比較的現地の状況を伝えても居る。

 

でもって、其の「うるおいの森」では石も採れる。

本日も幾つかを拾ったが「人間地獄」をまだ攻めては居ない。

 

何故なら余りにも恐ろしい処で第壱下り方が分からぬのである。

何なら此の崖から投身すれば谷へは下りれやうが無論のこと無事では済むまい。

 

おそらくは骨折は免れまい。

さらに岩にぶつかり半身不随となるのやもしれぬ。

いや其ればかりでは無い。

 

其の後数日はいや壱箇月位は発見されずいえ壱年程も発見されずさうして詩人はいつしか白骨化するのである。

 

 

うーわあー、もう此れ以上は望み得ぬ、まさに最高の都會の森であったことよ!

 

尚此の「うるおいの森」を知ったのは元元東山動物園のコアラのエサとして栽培されて居る「ユーカリ林」を訪れたことからそも始まったことである。

 

ユーカリ林 山荘倶楽部開催!!うるおいの森

 

此のユーカリ林であるが、名古屋市内に何箇所かある。

ですが此処のユーカリ林は非常に静かでまた周囲の木木の緑が色鮮やかで美しい。

 

さらにユーカリの香りをしこたま嗅ぐことも可能である。

また本日は此処にて百円🍙を食った。

 

つまりはさうして散策もまた可能な林なのである。

ちなみにユーカリの剪定などの作業を見たことは無く何時訪れてもたまに人が散歩して居る位の感じである。

 

 

さて本日は「みどりの日」であるにも関わらず「うるおいの森」で出遭ったのは壱組の夫婦だけだった。

其の点では些か拍子抜けがしたものだった。

 

其処で「うるおいの森」を歩きつつ何故現代人は「美しく静かな森」よりもウルサくて汚くて人間臭いつまりは人間が多いところを好むのかと云うことに就き考えた。

結局其れは👩の価値観に同調されて仕舞って居るのではないかと思う。

 

勿論🚺でも自然が大好きな人間は常に少ないが居るものだ。

だがより多くの👩達は「美しく静かな森」よりも「賑やかな観光地」の方を好むものだ。

 

 

つまりは何時の間にか其の子宮の嗜好に合わせて来て仕舞って居るのである。

だが父ちゃんの方に限れば買い物や観光が大嫌いで山の中でもってソロキャンプをして居たりするのが好きな人などは案外多いのではなからうか。

 

要するに其の孤独への向き合い方がそも男性と女性では違うやうに思われてならぬ。

 

ですが其の🚺の求めとはまるで関係無く自然其のものが矢張り壱番大事である。

よってそんなもんは打っ棄って置け。

 

 

さう思いつつ東山を後にし参拾分程で家に戻りしがどうも酷く疲れTVを視つつ暫し寝込んで仕舞った。

だがまたすぐにでも「人間地獄」を攻めねばなるまい。

 

其のことには理由があり、結局我が山歩きをするのは梅雨が始まる前までに限るのだ。

其れと山には次第に虫が多く出て其れが血を吸ったり体液を舐めたりしに来るのである。

 

なのでまさに今こそがベストシーズンなのだ。

決して其処を逃してはならない。

 

故に皆様にとっての連休が終わらうがどうしやうがあくまで我にとっては其の自然との対話はむしろこれからなのだ。