目覚めよ!

文明批判と心の探求と

是非わたくしは作家適菜 収氏を支持致します

元社會の先生の詩人さん、最近の調子は如何ですか?

 

まあ気温も少しずつ下がって来て愈愈思考が絶好調になりつつあるところでせう。

其れとコロナ禍にて催しものに行く気が失せて居ますので余計に外に惑わされず思考を深化させられるやうな気さえ致します。

 

ところで思考は最終的には檻ですか?

またイキナリ難しいことを仰る。

 

思考は最終的に錯誤であり失敗です。

でも人間の生其れ自體が錯誤であり失敗です。

 

 

またそんな如何にもインテリのやうな難しいことを言われましても我我庶民には意味不明なこととなりますのでもう少し噛み砕きものを言って下さい。

 

さうですか、では此の際ズバリ申しませう。

君等の其の考えこそが間違いだ。

 

アンタ何が言いたいのですか、壱體。

もしやアンタは読者をいびることだけを考え今コレを書いて居るのだな?

 

 

其の通りです。

ソコはどうもすみませんでした。

まさにそんな天邪鬼でにくたらしい奴こそが我の本性だ。

 

でも重要なことは現代社會が「破壊」としての本質を発揮し始めたことです。

なのでそんな私の性格上の癖、其れも嫌らしいイビリの癖のことなどは實際取るに足らぬことなのだ。

 

さうして今わたくしは其の「破壊」を内的破壊と外的破壊に分類することにして居ます。

ですが其れは宗教的なつまりは佛教に於ける内外に於ける相対認識の問題とはまた別の社會學的な視点のことです。

 

さうした眞理への本質主義では無くしてもっと現實に即した意味での思想的合理化のことに就き考え始めて居る。

其れが所謂左翼思想的な展開だな、此のアカ教師、であると同時にクロ詩人めが!

 

 

いや思想もクソも無く日本が破壊されて行くのを只黙って見て居る訳にはいかない。

其れは誰しも同じことではないですか。

 

すると日本は極右か極左の立場でこそ立ち直れるとさう述べて居られるのか?

まあさうなのやもしれません。

 

ですが其の「立ち直る」だの「治す」だのと云うことはおそらくは理性的には出来ぬことでせう。

元より理性にはそんな限界があり、従って理性的に全てを解決したり規定したりすること自体に無理が生じむしろ其の事により破壊が生ずる訳だ。

 

 

じゃあどうするのですか、壱體全体?

 

まあ御勉強する以外に無いと我は見て居ります。

其れも個のレヴェルに沿った御勉強が大事です。

 

其れを「今」やるのですか?

まあ今やるにせよいつかはやるにせよ其れは自由なのですがいつかはやらねばならぬとさう思って置く方が良いことだらう。

 

文人さん方は其れを今やって居るのですか?

まあほんたうの文人さん方は勿論さうでせう。

 

 

でもプロのライターさん方は實際大変ですよ。

又は評論家だの大學教授だの何だのとほんたうの知識層の方々は實際大変ですよ。

 

其の「知識の世界」で生きやうとすればまるで甘えは許されずしかも逃げ場が無いと云うことだ。

でもアンタはさうして適当に逃げる。

 

まあさう云うことだ。

但し何を書いても一銭も貰えず名声や権威ともまるで無関係なのが其の自称の文人なのだ。

 

つまりはほんたうのライターさんになりたかった?

まあなりたいやうななりたくないやうな…。

 

要するに僕は自然と交感して居る精神的、物理的余裕が無いとダメになるタイプの壱種繊細な文人ですので要するに其処を壱言で申せば型には嵌められたく無い。

 

 

でもってまた何か本を読んで居ますね?

うーん、今参冊を同時に再読して居ます。

 

其れは「ごまかさない仏教」と現代思想「仏教を考える」及び「ミシマの警告」です。

 

ですが、アンタ、例の堤氏の本の内容に就いては果たしてどうなって居るのですか?

まあソコはまた違った形にて論じるつもりです。

 

何だか気まぐれだなあ。

いやまさにコレが私のやり方です。

 

 

其の「ミシマの警告」は早稲田出の作家適菜 収氏の著作ですがまさにコレが物凄い本です。

再読と申しましたが昔買って読んで居ない本でしたのでまずは少しだけ読んだが適菜氏程過激でしかも面白い論理の持ち主は居ないやうに思う。

 

此の方の話が面白いのは理詰めでは来ずにまさに子宮思考的な文体でもってドーンと読者の心を掴む点にこそある。

ところが其の結論は明快に論理的である。

 

だから適菜 収氏もまた両性具有者なのではないかと個人的に思う。

適菜氏と我の考えは同調する部分が多いのですが特に同じなのが保守思想としてのあり方の部分です。

 

其の保守思想其のものがグズグズに壊れて来て居ると云うのが氏の論理であり其処は私もまるで同感な訳だ。

私はかって此処で左翼政策を喜んでやる日本の保守政党ーつまりは自民党ーの異常性を我なりに暴き出したつもりです。

 

構造改革と云う左翼の政治手法をあえて實行に移す其の矛盾政策の恐ろしさをしかと語って来た筈です。

ですから、其れを左派政党がやるなら其れは其れで辻褄が合って居ます。

 

なんですがまた何で其れを自民党があえてやるのでせうか?

 

 

でもって其の日本の体制の上での破壊こそが眞實なので危機の時には余計に対応が取れず次第にお先が眞っ暗になっても来ざるを得ない。

其れは要するに日本と云う國の國力がむしろ衰えて来て居るからなのだ。

 

要するに自民党の政治とはもはや理念無き🐶畜生としての政治であるに過ぎない。

壱言で評せば其れは米國と云う革新主義國家の🐕と成り果てて居る訳だ。

 

であるからこそ其れを三島先生は第壱義的に問題として捉えられああして行動を取られたのだと思われる。

三島先生は古今東西の知識や智恵を吸収された当代壱の知識人であらせられた筈。

 

 

つまりは我が國を代表する知性を持たれた方であった。

そんな知性が何故自衛隊にて腹を切りしかも首を落とされたのですか?

 

また其の師匠であるノーベル賞文豪川端先生がガス管を咥え死ななければならなかったのか?

 

其れは作家が悪いのでは金輪際無かったのだ。

まさに其れは社會が悪かったのだ。

 

 

其の社會の悪いのが兎に角我が國の知性をさうしていたぶっても参りました。

其の末席に連なる自称の文人の我も兎に角もうやられ放題にやられずっと青息吐息でした。

 

ですが大衆は至って鈍感ですのでまさかそんな風にはなりません。

だから僕がなりたいのはそんな鈍感でもってしてヘラヘラと笑いつつ日々を過ごせる人々のことなのだ。

 

だから僕等はもう苦しいんですぅ。

 

でも適菜 収氏は偉いなあ。

實際さうして闘う文人の姿を見ること程我に勇気を与えて呉れるものはありません。

堤氏などもさうだがヤッパリ本物のジャーナリストの方々は違うなあ。

僕は結局万年筆ライター位がせいぜい性に合って居るのかなあ。

 

實際万年筆のことなどはもう何処までも書けませう。

でも今は万年筆以外のこともかうして何でも書けるやうにようやくなったのですが。

 

 

其の保守思想としてのそもそもの破壊と云うことが日本沈没の原動力となって居ることだらう。

では何故彼等自民党の歴代総理はそんなウソコキの政治をまた間違いだらけの政策を常に實行に移して来たのか?

 

結局其れは戦後民主制と云うことの欺瞞の姿其のものだった筈です。

天皇制と云う精神的な意味での封建体制を存続させる代わりに民主制と云う革新的近代主義米國の圧力に屈し推進して来たことの其の大矛盾のツケがまさに今回って来て居ると云うことだ。

 

ですから其処はまさに英國の置かれた状況とも似て居る訳だ。

なのでダイアナ妃の事件以降英國の王室もどうもオカシイですね。

 

今回のアノ何とか云う男、さても誰だったか、嗚呼、小室 圭とか云う👨も何やらオカシイです。

 

 

ところが其のオカシイ流れを自ら作った張本人が自民党の歴代総理だったと云うことです。

其の中でも特に悪い奴が小泉と安倍だと云うこととなりませう。

 

ところがさうした悪の流れのことを分かって居ない人々の方が實は多いのです。

だから其の馬鹿を治しませうと堤氏や適菜氏は述べて居られる訳だ。

 

またボクも所詮はウソの文人ですがウソコキを見抜く其の力にだけは自信があるのでかうして日々眞實の言葉を書き連ねて参りました。

 

で、イキナリまた宗教つまりは佛教の方へと話が飛びますがどうも日本の佛教のあり方も何やらウソコキです。

何故こんなに何処もかしこもウソコキになりつつあり要するに不潔と申しますかウンコを垂れしかも其の後始末が出来ないと云うか兎に角自立出来ぬ様のことです。

 

 

其れは明らかに戦後民主制としての行き詰まりの態でせう。

 

重要なことは其処にもかうして眞實を語るライターさんは必ず居ると云うことなのだ。

眞實を語るライターは概ね其の価値尺度に大きなバイアスがかかって居ない。

 

要するに公正な判断に基づきものを述べられると云うことです。

 

適菜 収氏は保守を標榜される訳ですが其の批判力は群を抜くものがありつまりは理性的な保守派と目される我が國を代表する知性の壱人です。

 

堤 未果氏もまた我が國を代表する知性の壱人なのだらうが保守なのか其れとも革新なのか今の時点ではどちらとも判断がつかぬ。

いずれにせよ両氏共に日本が破壊されつつあると云う其の大問題を引っ提げ意見表明をされ続けて来て居られる。

 

 

また其の点ではわたくしもまさに同類なのだ。

尤も我の場合は宗教的なバイアスがかかり易い体質なので今はなるべく其処からは離れあくまで理性の範疇として日本國の抱える問題を論じて来て居ます。

 

 

それでもバカとは戦え|適菜収|日刊ゲンダイDIGITAL (nikkan-gendai.com)

適菜収のコラム記事一覧|日刊ゲンダイDIGITAL (nikkan-gendai.com)

 

適菜 収氏はこれだけものをハッキリ言う方ですので敵もまた多いのだと云うかネット上で批判されて居たりも正直致します。

ですが我に限れば兎に角其の言説からはいつも勉強させて頂いて居ります。

 

元より近代的國家ではものをハッキリ言う力こそが重要なのだ。

逆に申せば事勿れ主義でもって意見が無いと云うのは人格的にまるで認められぬと云うことだ。

 

自分の頭でもって考え意見表明することの出来ることこそが其の近代的精神の上での自立性なのだ。

 

尚わたくしが最近左傾化して居るのは其の近代的精神の上での自立性が日本人に認められないことが余りに哀しいからなのだ。

さうして世の雰囲気、風潮に対し逆のことが言えずに訳の分からぬバイアスに只洗脳されて居るだけの日本人を見て居るのが兎に角辛い。

 

なので次回は其の日本人の意思決定の根本としての基本的原理のやうなものに就き是非考えてみたい。

要するに其の民族としての洗脳のし易さ及び全体主義への親和性に就き抜本的に考えてみたいとさう思う。