目覚めよ!

文明批判と心の探求と

ドキュメンタリー パンデミックのとある日ー大日如来様がウヒルスを灼き尽くす夏の始まり+GPIFの落とし穴ー

西村大臣発言に吉村知事「勘違いしてない」 国に緊急事態宣言“出口戦略”求める

どーでも宜しひのですが家康ー東京ーと秀吉ー大阪ーの喧嘩など聞ひて居る余裕は今何処にも無ひ。

どだひアノ大阪の若ひ知事はワヒワヒと兎に角ウルサヒのう。

 

また東京の政府も何かとワヒワヒとウルサヒ癖に無能だのう。

愛知を見よ、とても静かだ、其れもわたくし以外は。

兎に角静かなところがわたくしは好きだ。ーつまりは蚊帳の外でもってしてつひでに感染者も零にー

 

 

さて合理化が何でイケナヒことなのかと言へば其処でもって抽象化されし価値が暴走して仕舞ふからなのです。

つまり合理化はあくまで具象的に行はれねばならぬものです。

抽象的な合理化は諸の破壊を生み出します。

 

尚わたくしは経済の分野のことに元々疎ひと申しますか興味が御座らぬ。

即ち藝術的感性の持ち主なので其の種の計算高さが無く金銭に対しシヴィアでは無ひ。

 

むしろどちらかと云へば金など無ひ方が良ひとさうもずっと思って来た。

何故なら其の金銭的価値観即ち経済による利潤追求の領域こそが人間を圧迫するとさう思って居るからなのだ。

 

先にも述べたが如くに個としての人間を圧迫する要素を最小限として行くことの方が結果として楽な社会を形成して行くであらうことはまずは間違ひ無い。

即ち自己幻想の世界で生きられたなら誰しも社会的な苦を受けずに生きて居られやう?

 

社会的な苦?

むしろ社会があるから幸せなのでは?

 

1.社会があるから幸せ

2.社会があるからむしろ不幸せ

 

と云ふ対立の立場が實は存して居て1.の場合がおそらく八、九割程度居て2.の場合はインテリ的考へにておそらく壱、弐割程度しか居なひことだらう。

勿論わたくしは2.の方である。

 

 

現在わたくしは人間の苦を須らく「社会苦」であるとさう捉へて居る。

社会が用意する抽象的な価値こそが幻想である。

 

と云ふやうな一種アナーキーな考へ方を其処ではとる訳だ。

 

但し社会が無ければ個が生きられぬことも確かな訳で、よって共同幻想は自己幻想と相剋し且つ相即する関係の上に築かれる訳だ。

此の個と社会との最適解としてのバランスを求めることこそが社会科学の意義であり國家の意義なのでもまたあることだらう。

 

より多くの人々は1.の立場にて価値ー共同幻想としての価値ーを決めて御座るので逆に社会的な問題に関する突破口を見出せずに居る。

ところが2.の立場にて価値ー自己幻想としての価値ーを構築して居るとまさにわたくしの如くにかうして五年も前から文明が危なひと云ふことが社会問題として捉へられたりもするのだ。

 

実際には文明は共同幻想としての虚的で抽象的な価値に邁進するばかりで2、の立場とはまさに逆方向のことばかりを仕出かして来ても居やう。

ところが其の価値観とは實は洗脳なのだ、大衆性と云ふ一つの洗脳的な価値観なのだ。

 

謂はば大衆が抽象的欲望としての社会を形作りー民主主義にてー其処での欲望を具象化する為に自ら其れに隷属し洗脳されて居るのである。

其の洗脳こそが自ら尻尾を振り欲望の奴隷となることなのだ。

 

わたくしは其の自発的洗脳こそが現代社会の陥った最大の問題点だと捉へて来て居る。

つまりは大衆による精神の放棄ー精神の破壊ーであり思考の放棄ー思考停止ーの様だ。

 

其れを一言で言へば欲望に対する自己催眠だと云ふこととならう。

兎に角何かが欲しひからじぶんでもってじぶんを洗脳し兎に角何でも欲しひ、欲しひ。

 

 

そりゃ、欲しひ。

兎に角我も石だけは無限に欲しひ、其れと食ひ物も。

 

尤も其れ以外はもう全部カットした。

 

 

兎に角さうして人間の苦とは社会的に齎されるものだ。

 

何故さうなって仕舞ったのか?

ズバリ其れは近代以降社会による抽象性が増して行ったからだ。

 

ところが、其れが増せば増す程に個への圧迫が大きくならう。

 

派遣社員ー究極としての労働の人的合理化の様。尤も究極としての労働の合理化とはロボット化のことだ。ところが現實的には全労働をロボット化することなど出来ぬ。だから人間以下の待遇の派遣社員が増へる。つまりは其処で究極的な搾取構造がむしろ常態化する。

教育ー現代の人間は偉ひ。其の偉ひ人間になるには教育が必要だ。するといつしか教育も高等化しつまりは金がかかる。だから子供など要らぬ。まあ其れも合理化だよ。また違った意味で社会が悪ひから子供が要らぬ人も居る、まるでわたくしのやうに。

結婚ー現代の👩は生意気で猶且つふしだらだ。だから利口な人はもはや結婚にはまるで関心を持てなくなった、まるでわたくしのやうに。

 

とのことで、結局其の抽象的な社会価値の嵩上げにより逆にかうして人間への圧迫、人間性への不信、社会への絶望などが引き起こされて参ります。

 

ところが實は社会から離れるとつまり社会を意図的に断ずればかうした苦悩からはフリーになれる可能性もまた高くならう。

故に所謂引き籠もりとは其の社会の個に対する圧迫からのある意味では自然な拒否反応なのです。

 

尚、かってわたくしは二人の登校拒否の小学生と中学生の家庭教師をし彼等を学校へ復帰させたと云ふ経験を持ちます。

だから其れが偉ひだらうと云ふことでは無ひのだが兎に角社会が全面的に良からう筈も無くむしろ其処にこそ問題は存して居ると云ふ視点が是非必要かと其処では思はれる。

 

其処での重要なことは個は教育出来るのだし治ると云ふことですが、こと社会での病の面は治しやうが無くむしろ時の流れと共により組織は強欲にさうして意固地になっていくと云ふことだ。

ですから、精神的に余力のあるインテリの方々は兎に角まず社会、此の人間の社会と云ふどうしやうも無ひ魔殿に対し闘ひを挑むと云ふことでなくてはなりませぬ。

 

 

尚、先に宗教もまた社会としての共同幻想だとのことでしたが、キリスト教と佛教に於ける社会との関はり方はまた違ふものです。

キリスト教共同幻想としての社会を一度全否定しーハルマゲドンにてー具象的にー最後の審判にてーに抽象的社会領域ー神の國ーとして再構築して行く。

 

佛教は共同幻想としての社会ー抽象性ーを全否定しさらに自己幻想としての個ー具象性ーさへをも消し去って行く。

要するにキリスト教には社会性は残るが佛教ー釈迦の佛法ーでは社会性は結果として其処に絶たれやう。

 

結果的には其れが有無の差を生むのだと思はれる。

キリスト教は具象性を放棄し抽象的には有るのだが佛教では具象的にも抽象的にもあり得なひ。

 

さうして最終的にキリスト教は有の宗教となるが佛教は無の宗教とならざるを得ぬ。

 

 

さて、此処からは極めて現實的打算的に其の経済の問題のことを追求してみませう。

新型コロナで年金が消える?GPIF「21兆円超」損失で日本が世界最大の被害国へ

国民の税金「161.7兆円」を運用する「GPIF」、知られざる罪

 

はあ?一体何の話でせうか?

繰り返し読んでもほとんど意味が分からぬのですが、果たして何でこんなあぶく銭での儲けの追求が公的な資金にて行はれて居るのだらう?

 

ーGPIFは、公務員の共済年金を除いた、サラリーマンや個人事業主などの公的年金を管理運用する機関です。

 

最も人口の多い「団塊の世代」が経済成長を牽引していたこの時代は、年金保険料を納める現役世代の人数が、年金を受け取る年金世代よりも格段に多かった時代でもありました。国が発表している資料でも、年金福祉事業団が設立された直後の1965年は、20〜64歳の現役世代の人口は、年金世代である65歳以上の人口の9.1倍だったと記されています。

現役世代が年金受給世代の9.1倍もいましたから、現役世代から徴収した年金保険料から年金給付をしても、当然の如く多額の資金が残ることになりました。こうして残された資金が年金積立金としてプールされていったのです。

 

現在安倍総理が、GPIFを「世界最大の機関投資家」と自画自賛するほどの多額の運用資産を管理運用しているのは、これまで年金世代が少なく、現役世代から徴収してきた年金保険料が貯まってきたからにほかなりません。

つまり、厚生年金保険料率はもう引き上げることが難しい水準まで引き上げられているのです。それは、今後増え続ける年金給付の財源を確保するためには、税金を投入するしかないということでもあります。

ともあれ、基礎年金給付額の2分の1を税金で賄うことになっていることで、「年金特別会計」は収入が支出を上回る形を保っています。そしてこの「年金特別会計」の黒字部分がGPIFへ寄託されることで、GPIFの運用資産は膨れ上がっているのです。ー

 国民の税金「161.7兆円」を運用する「GPIF」、知られざる罪より

 

 

かくしてGPIFの運用資産が膨れ上がることとなったものらしひ。

 

ーGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が未曽有の損失を出して2019年の4~12月までの累計収益すべて失い、その倍返しにあたる損失を出していることが見えてきます(編注:原稿執筆時点3月18日)。

 

しかし、とうとう年間トータルで運用原資を減らすという、まさかの事態が現実のものになろうとしています。

ですから、この2月から3月にかけての立て続けの世界的な株式市場の暴落と、ドル円レートの急激な円高傾向のもとで下げが続いている状況下では、莫大な損失が出ていることは想像に難くない状況になってきています。

ここから年度末までにどれだけ相場が戻すのか、あるいはさらに底に向かって下落するのか。

相場次第で損失額は変化することが考えられますが、現状で見ても累積収益の12兆円は完全に飛ばしてしまっており、さらにプラス10兆円の原資を失ってしまった可能性が非常に高まっています。

 

 

ざっと12月までの累計収益の倍の損失を計上して、投資原資を減らしてお仕舞いになることだけは間違いないところに来てしまったようです。

しかも含み損は今後もさらに拡大することは十分にありそうで、GPIFによる運用始まって以来の大損失となることはもはや確定的な状況です。

 

すでにこのメルマガでもお伝えしていとおり、この3月でGPIFの髙橋則広・理事長、三石博之・理事(総務・企画等担当)、水野弘道・理事(管理運用業務担当)が月末に全員一斉に退任することが発表されており、そそくさと多額の退職金をもって戦線離脱することが決定しています。

 

結局、だれも損失の責任を負うことはなく、負債だけがGPIFに残るという実に不甲斐ない状況が示現しようとしているわけです。

もちろん、新型ウイルス起因のパンデミック暴落相場などは100年に1回もないことですから、損失が出ても不可抗力であると言ってしまえばそれまでです。

しかし、それではこれまでそんなに上手い投資を行ってきたのかといえば、毎年それなりの損失を計上してきたのもまた事実。

もはや老後2,000万円が足りない云々といったのんきな話をしている場合ではなくなってきていることがわかります。

そうでなくても日本の景気は消費増税に新型コロナの追い打ちで、もはやガタガタの世界に陥ろうとしているわけです。

日本がどうやら世界の中でももっともこのウイルスにやられてしまう国になりそうで、こうした現実の状況を考えますと、空恐ろしくなる次第です。ー新型コロナで年金が消える?GPIF「21兆円超」損失で日本が世界最大の被害国へより

 

 

ぎゃあ~~~~、すると、其のGPIFの髙橋 則広・理事長、三石 博之・理事(総務・企画等担当)、水野 弘道・理事(管理運用業務担当)は皆逃げてもはや何処にも居なひ、或は其の多額の退職金と共に海外へ逃亡して居るかもしれぬとさう云ふことなのですか!

 

で、みんなの年金は一体どうなりませうや、年金は?

 

もう此のお馬鹿!お馬鹿!

 

もうどんだけ馬鹿を連ねても拭ひ去れぬ此のおバカさ加減。

つまりは年金運用での凶悪なるウヒルスにやられ日本國は死没するとさう云ふことなのですね。

 

此の馬鹿をやったのは結局安倍氏と麻生氏ですか?

いや、此れはひょっとすると逃げるかもしれませんよ、まさに此の二人も。

 

安倍氏と麻生氏もジャングルか何処かへ多分近く逃げて行きますよ。

さう安倍と麻生は必ずや逃げジャングルの中で揃って貴族としてのテータイムです。

 

さて果たしてこんな体たらくでもって我我は年金を無事に受け取れるのでせうか?

 

尚金融経済の領域はかくして常に経済的な死と隣合はせにある。

わたくしが常日頃から尊敬し其の著作の多くを繰り返し読んだ京都大學名誉教授 佐伯  啓思先生などは元々経済學者であった。

佐伯先生は米國主導のそんな金融経済の動向に嫌気がさし経済學から思想家の方へとかって転身されて行ったのだった。

 

元より経済つまりお金の流れ其のものが極めて抽象的な領域のものである。

お金其のものがそんな抽象領域を形成するのであり、金融経済とはそんな抽象性をさらに加速させ或は抽象性其れ自体を二乗化したものであるのやもしれぬ。

 

 

其れは然し少しだけ考へてみればすぐに分かる。

たとへばクレジットカードにて沢山買ひ物をすると後で酷ひ目にも遭ふ。

 

何故なら其れは買って品物が手元に届ひた時点では物品としての具象性が放逐されて居るからだ。

ところが其の具象性が時間を経て初めて分かる訳だ、金銭的な請求と云ふ形でもってして。

 

無論のことクレジットカードよりは現金の方がより現金、つまりは具象的な訳だが其れでも本質的には其れはあくまで抽象的にしか規定し得ぬものだ。

其のやうに経済とは極めて危険でもって大きな抽象的リスクにより支えられしものなのだ。

 

ところが大衆は其のことには気付けずしかも其のシステムを信じ込むことしか出来ぬ訳だ。

だから経済的な破綻は今回の如くにパンデミックでもってのみ齎される訳では無く今後引き起こされることだらう地震や気候変動により同様に齎されて行くのである。

 

故に其のやうな価値其のものに寄り掛かって居ること自体が自滅行為なのだ。

まさに其れが抽象性への信仰による自滅行為なのだ。

 

 

実際もうバカバカしくてやってられなひ。

こんな時に一番良ひのは早う逃げることだ。

 

逃げられる人は兎に角もう逃げよ。

我もまた山の中へと早う逃げたひ。

 

だが逃げられぬ人は其処で頑張るしかなひ。

可哀想だがやるしかなひのだよ。

 

まあ当面は餓死する訳でも無ひのだらうからせひぜひ美味ひものでも食ひつつ何とか頑張って居てお呉れ。

 

 

かくして日本國のお先は真っ暗ですか?

うーむ、経済のことは仕組みが分かりませんので正直良く分りません。

但しコロナは七月までには一旦収束しおそらくまた秋以降ぶり返したりするのやもしれぬ。

 

然し年金が出なくなると云ふことは所詮あり得ぬのやもしれぬ。

が減額だの支給開始が遅くなることも考へられぬ訳では無ひが故に一度確り聞ひて来なければならぬ。

だが今は其の年金の相談其れ自体をやってるかどうかも分からなひ。

 

嗚呼、然し、陽光が。

こんなにギラギラと強ひ光が降り注いでおる!

 

さうだバルコニーにてまた光を浴びやう。

ああー、暑ひ、まことに良ひ塩梅だ、此れにて昨夜🚇にて拾ったウヒルスはおそらく全滅して居らう。

さうコロナはわたくしが興正寺にてウヒルス退散の祈祷ータダの呪文ーを捧げて参った故かの大日如来様に必ずや灼き尽くされやう。

 

が、何かとウルサヒ東京と大阪の場合は収束までには今少し時間がかからう。

其れよりも何よりも今最大の関心事は果たして年金は大丈夫なのかと云ふことなのじゃ。