目覚めよ!

文明批判と心の探求と

いつか虫を食わねばならなくなる我我


人間を=善なるものとして規定し保護するか又は増殖させるのが文明の目的です。

ですが其処には思想的な誤謬による自己矛盾が常に突き付けられて居ます。

文明は常に人間を善きものとして解釈したいのですが、其れが何にとってかと云うとあくまで人間にとっての正当なところでの存在意義なのです。

逆に自然にとっての其れは厄介者そのものであり或はまさにバイ菌のやうなものだと言えるのやもしれぬ。


其のやうな捉え方は心が広く世界が良く分かって居ない限り出来ませぬ。

文明に飼育されて居る人々には其れが出来ぬのだ。

尚わたくしは文明に飼育などされては居ないのですね。

なので詩人なのですが出来れば飼育されてもっと楽に生きて来たかったと思う事頻りです。



人間界は其の須らくが此の+思考に基づき組み上げられて居ますが、詩人はあへて其れとは逆方向を見詰めて来て居る。

其れをこそ見よ、と天からの声が届きますので其の指示に従いずっとさうして来ました。


なのでわたくしの人生とはそも一般性のあるものではなかった。

特にかうして何かにつき書き始めてからは其の作家と云うか詩人モードに全的に入っていった訳です。


其の社会科詩人を此処でもって色濃くやって来て居ります。

ほんたうはもっともっと書くべきことが沢山あるのですが何せ時間的な制約があるゆえ実のところ五分の一位しか書けて居りません。

バカバカしいことにサラリーマンでもあるゆえもっと過激なことが言えぬのが何より辛ひ。

今もし一億円程あればほんたうの詩人になってみせましょうが兎に角明日は職場へ出勤しないといけないので実はそれどころではない。




然し人類も近代的価値の享受に明け暮れて居る場合ではないのではないか。

そんなふしだらな性の自由化だの、またはお勤めの会社の評価だの不細工な女房の機嫌だの馬鹿息子や馬鹿娘の教育だのそんなことにかまけて居る余裕などほんたうはありもしない。

兎に角そのうちにもうえらいことになるぞよ。


地震や大津波や大熱波や大飢饉、さうして大爆発。

其の大爆発とは小惑星が地球に衝突して引き起こされる爆発のことそのものだ。


人間は善いものであるのか其れとも悪いものなのか。

まあ最近は悪いものだと云う評価があながちおかしなものでもなくなりつつあります。



さて果たして人間とは一体何でせう?

人間は死んでも人間を辞めることが出来なひのやもしれぬ。


人間ですか、其れとも虫に生まれ変わりますかと云われれば矢張り虫には一度位なってみたひ。

なっても良いがどうか美しい虫に生まれ変わらせて下さい。

ゴキブリとかデカい蜘蛛とかそんな変なものには金輪際しないで頂きたい。


ゴキブリとかデカい蜘蛛にしてからもがちゃんと雄雌があり愛し合って居ることがまさに奇怪な此の世のミステリーそのものだ。

そんな気持ち悪いものにも愛♡があると云う事がなかなか理解出来ぬことだ。



どうせ虫になるならオオムラサキかモルフォ蝶にしてお呉れよ。

わたくしのやうに気品のある精神が汚い虫に生まれ変わったりする道理は此の世には無い。



さて人口問題ですが、とりあえずは逼迫して居るだらう大問題がまさにコレです。

特に近代以降爆発的に人類は其の個体数を増やして来て居ります。


わたくしが中学三年生の折に社会科の夏休みの自由課題で取り上げたのがまさに其の人口問題であり食糧危機の問題でした。

京大出の担任の社会科の先生が其れを最大限に評価して下さり、後に塾で社会科を中心に教えたのも其の折の薫陶があったからのことです。



ですがね、人口問題と云うのは人類にとってのまさに微妙な問題でありしかも同時に究極の問題でもある。

まず理論的にどうのこうのと云う問題ではないのです。

其れはむしろ感情的に捉えられる問題である。

何故なら人間の信奉するところでの価値ヒエラルキーに真っ向から対立するものを含む問題なのです。


確かに地球温暖化は人類の生存権を脅かすに足る大問題です。

ですが人口問題はもうひとつ込み入って居ると云うか問題としての深みに嵌って居り其処でまさに人間の存在意義自体が問われかねないやうな一種の哲學的な大問題です。



どだい人間の数が増えるのは当たり前のことだと皆様思われて居る事でせう。

人間は地球の支配者なので増えるのが当たり前であると。

確かに増えるのは当たり前なのです。

ですが人間が地球の支配者であると考えることは誤りです。


地球の支配者はむしろ植物です。

さうだ、植物こそが今地球を支配して居る。



其処からすると人間は何か変なものとして急に増殖したバイ菌の類そのもののやうだ。

何かこう変な、妙にくどくてクサいもの、其れも異常な性癖の持ち主でもって下品この上ないもの、しかも近代以降はタダタダウルサく鬱陶しいものであるだけだ。



さてさういう感覚って常にしませんですか?

わたくしは普通にさういう感覚で居ますので人間が偉いものだなんて全然思ってません。


時に人間は考えれば考える程に厄介なもので一度滅んだ方が良いのではないかとさうも思ひます。

まあこんな家庭的では無い人間ですのでさうも思へて仕舞ふのでせうか。


わたくしは子供や爺ちゃん婆ちゃんには好かれる優しい人間ですがさういうところがきっと世間離れしているのだらう。




さて其のゴキブリだのデカい蜘蛛だのそんな気持ち悪いものを皆様は食えますか?

実はそのうちに食わなければならなくなるのです。食べてみた! 昆虫食で「地域おこし」

尤も何時からと云うことはなかなか申せません。


然し場合により2030年辺りから食わねばならぬ羽目にも陥りませう。

2050年辺りにはもはや地球上の虫は食ひ尽くされて居る可能性すらある。

少々悲観的に捉えた場合にはさうだと云う事です。



ところで君は虫を食ふか、ほんたうに食えるのか?

わたくしはそんなもの食ふのは御免だ!

わたくしはあくまで美しい蝶なので植物の葉を食って育ちたひ。


なる程、其の頃でも植物の葉位ならまだあるかもね。

だがおそらくもう其の頃は牧畜や漁業に温暖化により大きな被害が出て工場にて肉やら魚やらが生産されるやうになっていく。

無論野菜も其の多くが工場にて生産されるやうになっていく。



其れでも百億人の胃袋を満たすだけの食料生産は其れは無理と云うものだ。



即ち人類の過ちとは思想の過ちにある。

思想がなってないからヴィジョンが甘いのである。

其の思想とは人類にとっての根本の問題である。


即ち自分がバイ菌であることをまず自覚すべきであると云う事だ。

自分はそんなバイ菌なので自分には人権も無く選挙権も無い。

あくまでほんたうは無い。


だから選挙には行かない。

そして結婚もしない。



第一そんなバイ菌には愛も恋も無い。

バイ菌は駆除されることだけをただひたすらに待つまさに情けない身である。

バイ菌には夢も希望も無くあるのはただ滅亡のみ、滅亡への階梯をただひたすらにトボトボと歩んでいく其の孤独な姿のみ。



むしろ其のやうな認識であった方が人類は生き延び易いのではなかろうか。

少なくとも近代的な価値に則りシンポとやらを続けていくよりずっと静かでしかも品の良い余生の送り方だ。


余生?

さう余生だ。

すでに文明は余生を送るまさに白髪の身なのだ。