目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

そも此の世は「諸行非常」なので変わることはむしろ当たり前のことである

そも此の世は「諸行非常」なので変わることはむしろ当たり前のことである

 

 

 

 

アップル、グーグル…アメリカの大企業がいま業績の「急ブレーキ」に苦悶しているワケ (msn.com)

 

其の資本主義経済システムには大矛盾が仕込まれて居り其れは「資本の論理」に忠實であればある程に強欲を守ることへと引き寄せられ結果人間としてのまともな心を失って行くと云うことだ。

また資本主義経済システムはかうして結果訳の分からん変動や富の偏りを必然として招いて仕舞う。

 

であるからこそ僕自身は資本主義経済システム其れ自體に對し極めて懐疑的である。

實際其れは體制として頭がオカシイのだとしか思えぬのであるがでも其れを言うとみんなが白眼視するので表立ってはさう言わぬだけの話である。

 

左様に僕から見ると此の人間界、即ち人間社會は奇妙奇天烈なものでとどのつまりは其れがバカ體制にしか見えぬ。

さうしてバカはみんなで御遊戯して壊れて行くがイイ。

 

でも僕は其れとは違うから違う何かをいつも探して来て居るのだよ。

 

 

「カネを稼げ、稼げ、稼げ!」、さもなくば「死を」…! そんな“残酷でつまらない世の中”から抜け出す「すごい方法」があった…! (msn.com)

 

そんな中確か壱年程前だったか、こんなことを述べて居る哲學者のことを知りまさに驚愕した。

此の人、確かに正しいことを述べて居られる。

 

其れでもって其の思想に共鳴し仲間にならうと其の場を探してみたが壱向に出て来ず其れでもってつい忘れて仕舞って居た。

が、たまたま今日其の荒谷 大輔先生の記事が目に留まり此処に紹介させて頂いた次第である。

 

学校法人江戸川学園 江戸川大学 | 荒谷 大輔 教授 (edogawa-u.ac.jp)

 

荒谷大輔 - Wikipedia

 

我我還暦世代よりは壱回り以上下の方ながらどうも優秀な頭脳の持ち主のやうだ。

 

 

荒谷 大輔 | 著者ページ | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)

 

僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)

 

でもって先生は此のまさに肥溜めみたいな世の中のシステムは変えることが可能だとさう仰って居られる。

個人的には僕は此の社會のウンコ垂れの様は治らんとさう思うのであるが其れは多分に無頼文學などにやられたものの見方なのであり矢張りと云うべきか悲観的に過ぎるのやもしれぬ。

 

壱番びっくらコイたのが荒谷先生は「新しい國家」をつくれば文明はリセットされる筈だとさう宣うのだ。

でも其れは無理でせう?

 

ーですので、「日本国」に所属するのをやめて「ハートランド」に国籍を移してください、というわけではありません。近代国家とは別のかたちで人々が集い、ともに助け合って生きられる枠組みを提供したいと思います。

ハートランドは、自分が何者かを証明できるIDを、望む世界中の人々すべてに提供します。ブロックチェーン上に記録された改竄不可能な経歴情報を、プライバシーを保ちながら開示したい人だけに開示できるサービスを提供するわけです。ー僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

ですがそりゃ無理でせう?

無理なのだが、其れでも哲學者が其れをやりたいと思うところにこそ世界の矛盾律が仄見えて居ります。

 

 

ハートランドの具体的な「政策」については、これから参加者とともに議論を重ねていくべきだと思いますが、たとえば、ハートランド国民には毎月一定額の「ハート」を与えるというベーシック・インカムなどがありえます。人がやってくれたことに対して「ありがとう」という代わりに、自分がもらった「ハート」を贈るというわけです。

ベーシック・インカムと聞いて、財源はどうするのだと疑問に思う方もいらっしゃるかと思いますが、それもまったく大丈夫です。だって、実は「お金」と呼ばれるものの本質にかかわることではありますが、それを発行するためのコストはほとんどゼロに等しいのです。僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

其のベーシック・インカムには個人的に前前から賛成です。

其れも例えば人種別にA・B・Cのランクを設けるべきだと思う。

 

A→やる気がある人向けで月額五拾~百萬円を支給、但し仕事は其れなりに多い

B→人並で良いと云う人向けで月額参拾萬程を支給

C→やる気がまるで無いので月廿萬で結構です、と云う人の為のより樂なランク

D→社會を否定する反體制者、またはロクデナシの詩人や画家の為に月拾萬だけあげるランク

 

尚資本主義社會乃至は自由主義経済を止める訳ですので月百萬以上の高所得はまず否定されます。

また社會批判者と雖も殺しちゃイケナイ訳なので生かさず殺さず其の拾萬にて何とか食い繋ぐやうにするのである。

 

勿論我はDでもって結構です。

其の代わりに名古屋を去り三河でもって隠遁生活をします。

 

 

ハートランドが既存の「国家」の役割を代替するに至るのは、だいぶ先の話かもしれませんが、仮にハートランド経済圏が一定以上の規模まで拡大し、人々の間のやり取りを媒介するトークンの価値が、社会的に十分に認められるようであれば、ハートを発行することによって運営資金は確保されます。あるいはハートの発行量を抑えるために、ハートランドで行われる取引に一律で「税金」をかけることも考えられるでしょう。いまの消費税みたいなものですね。ー

そうしたハートランドのプラットフォーム上で行われる取引に、自動で「税金」を設定することもできるので、「課税」にまつわるコストを社会全体で劇的に減らすことができるわけです。正直な話、現在行われているような行政手続きのほとんどはブロックチェーンで自動化できる(しかも純然たる透明性が確保されます!)ので、国家レベルでのDXという点でもハートランドは有効な試みといえるでしょう。僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

まあ難しい試みではあるのだらうが壱つの理想論を展開すると云う意味ではかうした考えには是非同調して置きたい。

其れと申しますのも余りにも現實が御粗末と申しますかアホ臭いものなので逆に申せば「理想」を失ってはならないのだと個人的に強く思うからなのだ。

 

其のクソ仕事やクソ政治、おおまさにクソダラケの此の世の矛盾システムの中で同じやうにもがき続けるのであればかうして「理想」に殉ずる形にて生きて行くのは少なくとも諦めと洗脳の中に生きるよりは有意義なことだと申し上げる他はありません。

 

ーしかしたとえば、「国家」の根幹に関わる「憲法」について改変を加える場合には、「国民」全員を巻き込んだ議論を経て直接民主制で決めるべきでしょう。予算配分や調停など、専門的な知識と熟議が必要とされるようなものについては、あるいは抽選によって選ばれた市民に報酬を与えてじっくりと議論をする場を設ける必要があるかもしれません。

いずれにせよ、ハートランドを最初につくった人々も含めて、一部の人々に権限が委譲される仕組みを避け、完全に民主的に運営されることが目指されます。僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

個人的に其の直接民主制には賛成です。

むしろ間接民主制としての代議制が先進國の意志決定を曇らせ或は間違ったものにして居る可能性が高くあらう。

 

例えば今回の「國葬」などもまた直接民主制であれば避けられた愚挙です。

ですが巷間にはまた直接民主制は不可能だとする説も満ちて居ます。

 

ならば直接民主制と代議制ー選抜制ーのやうなものを併用するやり方もまたあることでせう。

然し現行の代議制には矛盾が多く山積し過ぎて居る。

 

さても人間は不完全な存在でありつまりは其の半分はズバリバカなのです。

其のバカが例えば政治の場に居据わるともうとんでもない不利益を我我庶民、國民に齎すこととなる。

 

また其れは自民党の右のバカのみならずかってのソ連などでもスターリンなどと云う大馬鹿者が居た訳なのでしてつまりは右も左もさうして所詮権力者に限り馬鹿が多い。

なので僕は別に右派を批判して居るのでは無く其の人間のバカさ加減をこそ批判して居るのです。

 

 

ですが其のバカは所詮治りません。

なんとなればバカはバカでありたとえ死んでも其れはバカなんです。

 

でもってして理性的なシステムとは其のバカをなるべく独りで活躍させないと云うことだ。

なので代議制と云うシステム其れ自體が實は其の独りのバカを活躍させて仕舞うことを許す構造を持ち合わせて居る。

 

だから此の辺のことまで考えるのが眞のインテリジェンスと云うことだらう。

 

要するに人間を信じてはよもやならない。

人間でもって信じて良いのはお釈迦様とイエス・キリスト様だけなのだ。

 

 

ーこうした説明をすると、ほとんどの人が「こいつ、何を言っているんだ」という顔をします。いま読んでいるあなたもそうかもしれません。それほど、いまの社会の枠組みで生きることが「当たり前」になっているということですね。

しかし私は、いまの「国民国家・民主主義・市場経済」というシステムはもう限界にきていると考えています。「新たなしくみ」を本気で構想しないと、もう間に合わない。重要なのは「国家」をつくるのは本来、私たち自身であるべきだということ、私たちの考え方次第で変えていけると知ることです。僕たちは「クソどうでもいい仕事」を根絶できる | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)より

 

壱言で言えば其の社會の枠組みー體制や組織ーの不備から人間の問題=社會の問題が生じ其れが加速度的に劣化乃至は疲弊することで文明はまさに崩壊に至ります。

仰るやうに其の「國民国家・民主主義・市場経済」と云う文明を駆動する為のシステムはほぼ限界に達して来て居ることもまた事實です。

 

なんですが、結局此の文明で権力をふるう権力者がつまりは腐り切って居るので何をやってもまた何を言っても其の思いが其れも切實なる思いが彼等の耳には届きはしない。

であるからこそ全共闘はああして政治闘争をしまたオウム教は世界をブチ壊さうとした。

 

但し其処での問題は日本に革命は要らなかったこととオウム教は変な教祖の妄想を信じ切って仕舞ったことでした。

なので結局はどちらの場合も僕に言わせれば頭が悪いのです。

 

 

ですが荒谷先生の御考えはどう見ても頭が良い方での御考えです。

ですので僕の結論と致しましては其の頭の良い方の考えと縁を結び頭が悪い奴等ー其れもまるで🐵の如き奴等ーの考えには触れないと云う壱種理性的に潔癖な態度こそが重要なのではないか。

 

要するにまるでウンコみたいな考えには決して触れてはならぬ!!

さうでは無く現存在は極力理性的に生きてみるべきだ。

 

またこんな肥溜めのやうな社會には決して落ちてはならぬ!!

尚個人的に其の「ハートランド」に関してはまだ御勉強が進んで居らぬのでコレを機會に是非學んでみやうかとも思って居ます。

 

 

ハートランドとは – ハートランド (heart-land.io)

 

まさに其の國境を越えた仮想的國家をつくると云う試みは素晴らしく空想的だが其れもまた考えてみればかうしてネット空間に支配されつつある仮想現實的な現代社會に於いてはあり得ないことではないのかもしれない。

尤も例えばアナキズムの場合には國家其のものを否定的に扱う訳ですのである面では其れ以上に空想的な理想論なのですが…。

 

だが重要なことは既存の社會システムに寄り掛かることが必ずしも人間の幸福を成就させることには繋がらないと云うことだ。

と云うことは壊れなければならぬもの、滅びなければならぬものが此の世には必ずやあると云うことです。

 

何故なら我我現存在は何も不幸に甘んじて生きる為に此の世に生まれ出て来たのではありません。

我我は母ちゃんの股の間からかうしてボコッと生まれ出でまさに其れは不幸になる為にさうして生まれました。

 

ではイケナイ。

だから其の不幸の原因を突き止め其れを排除してかからうではないか。

 

いやさうではなかった。

我我は其のウンコ臭いシステムを少なくとも嫌わないとイケナイ。

 

其のウンコ臭いシステムをつくったのはオオまさに自民党でありアベだ!

コクソオーハンターイイ!

 

お願いだ、もう其れ止めて。

いや其れも今日で終わりだから我慢して聞いときな。

 

コクソオーハンターイイ!!

 

ところで最近アナタの社會批判の内容はついにウンコまみれになりつつありますね。

良くぞ気付いたな。

 

だが社會科詩人の本心は其れとはまるで逆のところとなる。

即ち清冽なる水の流れの如くに美しくしかも輝かんがばかりの文明を今此処に築かんとさう本心より願い我は今コレを書いておる。

 

 

さて其の社會のあり方に関する理想論は古くは空想的社會主義より始まりマルクス主義を経てアナキズムへと至ったのだと考えられる。

但し其の仮想的國家としてのあり方は其れとはまた別物なのである。

 

だが社會のシステム其のものをどう変えて行くかと云う点で實は其の思想的背景は似て居るのだとも言える。

さうして社會のあり方を変えるか変えぬのか、と云う大きな選択こそが今現代社會には突き付けられて居るのだと見ても良い。

 

但し現存在の認識として持ち得るのはまずは「変えぬ」方である。

ところが「変えざるを得ぬ」ところへと往往にして社會は追い込まれて行く訳だ。

 

我は其のことはむしろ良いことだとさう考えて居り従って此の文明がまた現代社會が此の侭に続くものだとはまるで考えて居ない。

其の文明が文明として滅びるか否かは別として其れはさうして「変わらざるを得ぬ」ものだ。

 

 

また其れを壱言にて表現すれば、

 

「諸行非常」

 

とのことである。

 

世の事象の全てはさうして「諸行非常」であり、特に社會的なシステム程其の度合いが實は強い。

「変わらない」バイアスに深く捉えられた我我日本人に取りたった今壱番必要な概念こそが其の「諸行非常」なのではなからうか。