目覚めよ!

文明批判と心の探求と

👽が教え導いて下さる新たなる認識の話ープライム・ヴィデオにて映画『メッセージ』を視てー

 いとうまい子が“研究者”に転身 深夜に塀を乗り越える「青春」も (msn.com)

 

名古屋人いとうまい子はかうして御勉強が大好きである。

 

ー芸能人として成功を収めた後、社会問題の解決を志向し、学び直しとして早稲田大学に入学した。その後は予防医学のためのロボットを研究し[5]、博士課程で研究領域を基礎老化学に変更すると共に、2019年1月にはエクサウィザーズのフェロー(研究員)に就任。現在も定期的にエクサウィザーズに出社しつつ共同研究を行い、国際ロボット展への出展や事業参画を続けている[6]

元80年代アイドルでありながら、新しい技術に対する興味は強い。インターネット草創期の1995年に公式サイト用としてDNSドメイン名を取得し、その後もガジェットを買い集め、SNSを積極活用するなど、常に新しいIT製品を活用し続けている。別名、「ガジェッティーヌ女優」と呼ばれている。

 

 

第一社會問題を解決しやうと思う人などはクソ眞面目もいいところで普通は其の厄介で且つ苦しい問題には蓋をして子や孫の頭を只撫でて居るものなのである。

要するにそんな社會的な正義感には決まって薄く社會のことなどまるで考えて居ないものなのだ、普通は。

 

されど壱部の人間だけがうわあ、コレではイカン、此の侭進めば人類の御先は眞っ暗だ。

とさう思い此の矛盾だらけのさうして悲惨な世の中に対し観念的闘争を挑むのである。

 

 

其のやうにまずは御勉強が好きであるかどうか、其のことが實は人間を規定するひとつの尺度でもまたある。

さうして御勉強することの目的とは最終的には自分の頭でもって考えられるやうにして行くことだ。

 

だから別に學校だけが全てなのでは無い。

また塾に於ける偏差値の向上が目的となるのでも無い。

 

最終的には自己の価値観を自己でもって創り上げること、まさに其れが理性の目的となりと同時に人間の生の目的ともまたなり得る訳だ。

 

だが子や孫の頭をさうして撫でて居るだけでは其の目的は決して達せられはせぬ。

さうして女房の尻に敷かれつつ會社でもってヘーコラしつつ日銭を稼いで居るだけでは人類なんぞついぞ救えやせぬのだ。

 

 

さても困ったな。

さうとは言え自分も含め毎日かうして腹が減り子や孫や女房を飢え死にさせる訳にはイカンのでな。

 

だったら其の子も孫も女房も潔く捨てちまえよ。

もう俺は知らんとさう高らかに宣言し山だの海だのに逃げて行けば良いのだ。

 

そんな人非人のやうなことをイキナリ申されましても實際どうしても其処からは逃げられません。

さうか其れは其れはどうもご愁傷様なことで。

 

我などはもう逃げて逃げて逃げまくって後は余命の尽きるのを待って居るだけですので人類の抱える問題に関してもはや何ら責任を感じて居ません。

もうどうにでもなれと正直思っております。

 

 

此の侭みんなが飢えた🐻にでも食われろと實はさうも思って居ります。

其れか👽が来て人間を正しい方向へ導いて下さるのではないかとも思い其処に淡い期待を抱いて居るのですが何故か何時まで経っても宇宙船は現れません。

 

うーむ、今どうも其の御導きもののSF映画が視たいのだがもしやアマゾンのプライム・ヴィデオにはそんなものがあるのではなからうか?

 

其れは例えばインデペンデンス・デイとか其の種のものですか?

其のインデペンデンス・デイよりももう少し高度な作品は無いものだらうか?

 

兎に角其の👽による地球文明への御導きの部分が出たSF映画を是非視たい。

 

 

Amazon.co.jp: インデペンデンス・デイ2016(字幕版) | Prime Video

 

そんな訳で久し振りにプライムヴィデオの方を覗くと其のインデペンデンス・デイの続編は沢山創られて居るのであった。

但しほとんどがプライム會員でも有料となって御座る。

 

其処のところはちょっとオカシイのでアマゾンさん、是非御再考願いたい。

少なくともプライム會員ならば映画は視放題とすべきだらう。

 

で、上の映画を視たが最終的に何やら下らぬ映画ではあったのだが夏休みに時間潰しに視る映画としては悪い訳でも無い。ー實は評価の低い映画だったー

 

しかしながら何やら後味が悪いので前から視たかったSF映画を続けて視てみた。

コレはDVDも買ってある筈なのだがまだ視られては居ない。

 

でもアマゾンでも視られるので早速視てみやう。

 

 

Amazon.co.jp: メッセージ (吹替版) | Prime Video

 

此の種の石碑的建造物が出て来るSFは例の2001年宇宙の旅に於けるモノリスの如くに大抵は哲學的内容を含み難解である。

 

で、視てみたところヤッパリ其の内容は至極難解であった。

特に面白いのは宇宙生命からの言語による教導がメインテーマに据えられて居ることだ。

 

よって2001年宇宙の旅よりもより具体的に難解な内容を含む映画なのだと思う。

 

 

『メッセージ』ネタバレ解説感想 映画の核心を解読! (eiganotomo.net)

 

此の映画は正直壱回視ただけでは??と云う感じがして今ひとつ理解出来なかった。

が、宇宙生命の持つ言語ー思考回路であり価値観であるものーを學んで行く過程で人間の心のあり方が変わって行く様を描いた映画なのだらうと思う。

 

ー未知の地球外生命体が、われわれ地球人とコンタクトを取るという骨格をもったストーリーは既にいくつもあります。本作がそれらと違うのは、言語学や数学的な見地から、人類とはまったく異なる思考回路を持った宇宙人の言語を、理解していく過程を丁寧に描いたことにあります。ー映画『メッセージ』ネタバレ感想・解説・考察!難解だがどんでん返しが面白い!サピア=ウォーフの仮説を解説 | FILMESTより

 

つまるところむしろ人間が👽に學んで行く映画なのだ。

其の御勉強が大學などで行われる訳では無くまさに其の👽が人類の教師となっておる訳だ。

 

 

ああー、全く何て素晴らしい御導きの映画なのだらう。

さうだ、今我我が欲するものとはまさに其の御導きなのだらう。

 

其れも御導き系の新興宗教の教祖様による御導きなのでは無くさうして何か人間を超えるもの、人智では及ばぬ領域からズバッと我我を諭して下さる其の啓示であり御託宣の力のことなのだ。

其れもコレも政治やら共同体やら會社やらさうした群れて動く組織は大抵の場合時の経過と共に澱んで行きついには腐って仕舞うものなのだから。

 

だから要するに神佛の世界が其れに対し鉄槌を加えて下さるのである。

だが最近は宗教もまた金次第となり金が無いと教会も御寺もまるで回らなくなって仕舞って居る。

 

だから其の金の力を超えた御導きの力にこそ是非御縋りしたい訳だ。

 

なのでもう其処は👽しか居ない訳だ。

👽がさうして此の地に降り立ち我我獣の如き地球人をおおそんな欲まみれ罪まみれの穢れ切った生命共を教え導いて下さらずしてなんとする。

 

 

うわあー、いつの間にやら宇宙からデカい石板が飛んで来たぞ。

其処に書かれて居る宇宙文字を解読したところ、其処には何と!

 

「おまえらは参拾年以内に滅びる」

とさう書いてあるではないか!!

 

さらに、

 

「おまえらの欲ボケはもはや死んでも治らん」

「おまえらの馬鹿ももはや死んでも治らん」

 

とさう書かれて居るではないか!!

 

 

👾様、まさに其の通りです。

我我人間は確かに其の欲ボケの大馬鹿です。

 

我我は望み過ぎました、さうして求め過ぎても来た。

過分に求め且つ過分に繁殖しもはや地球をブチ壊す一歩手前での状態にこそあります。

 

 

「汝等の欲が地球を壊す、だから今教え導いておるのだ」

 

…。ー絶句する我ー

 

 

其の言語のあり方により思考は変わり価値観がまた変わっても参ります。

人類が近代型の文明を築きかうして繁栄して居ることは或いは他の言語圏、他の価値観からすれば愚かなことであるに過ぎぬのやもしれぬ。

 

個人的には価値観の多様性を保持し得る文明を築くことこそが大事なのだと思う。

其の価値観の多様性とは諸の全体主義の圧迫を解く方向性を宿すものです。

 

但し所謂近代全体主義では無い其の価値観の多様性を成就することは個としての欲を制御すること以上に難しいことです。

ですが理性とはむしろ其の矛盾にこそ挑み続けるものである筈だ。

 

其の矛盾は観念が生み出しますが、矛盾に挑むものもまた観念でしか無いと云うことです。

 

 

【ネタバレ注意!!】映画『メッセージ』は原作小説の「感動」を伝え切れていない:『WIRED』US版の考察 | WIRED.jp

 

こちらで論じられて居るやうに此の映画では時間の認識ー時間の流れ方ーが主要なテーマとして取り上げられて居ます。

 

「逐次的認識様式」→「同時的認識様式」

普通我我人類が取る認識法とは其の逐次的認識様式です。

 

即ち過去は過去、現在は現在、未来は未来と云うやうに時間はあくまで逐次的に認識されて居るものです。

其れは其のやうに分離された認識の形式を採って居ると言えるのかもしれません。

 

過去⇔未来

 

過去⇔現在

未来⇔現在

 

時間は常に相対分別され分離して認識されるものだが實は理性的になればなる程時間は同時進行的に捉えられるものなのではないか。

即ち過去、現在、未来と云う謂わば其の正の流れが曖昧となり時に現在へと過去がなだれ込んだり未来のヴィジョンが現在に齎されたりするものなのではないか。

 

其の正の流れー分離ーに対し負の流れー同時性ーが形作られると未来と云う結果を恐れずとも現在をなり立たせる勇気が湧いて来るものです。

 

原因⇔結果

 

こちらもさうで、其れが相剋し且つ相即する関係になるからこそ結果を恐れずに挑んで行ける訳だ。

ー第一近代オリムピックの精神とはまさにさうしたものではなかったかー

 

 

即ち、

 

過去→未来

原因→結果

 

の状態では少なくとも其の同時性を担保出来ぬ訳だ。

但し普通我我人間には未来を見通す力はありません。

 

もしも未来が予知され、其れが悪い結果を生むものであることが分かったのであれば人間は絶望し現在を放棄しやうとさえする筈です。

ですが、

「逐次的認識様式」→「同時的認識様式」

との認識様式のシフトが行われて居れば其処で未来を悲観し現在を否定する立場へと追い込まれずに済む筈だ。

 

 

事實映画の主人公の言語學者であるルイーズは其の👾の認識様式である「同時的認識様式」を彼等の言語形式を學ぶうちに身に付けて行く。

其れでもって現在に未来のヴィジョンが混入し要するに未来のことが予見出来るやうになる訳だ。

 

しかも其れが自らの生としての望まぬ結末であることを予見するやうにもなる訳だ。

其れでも彼女は其の未来への選択を放棄せぬばかりかむしろ積極的に其れを為し遂げるのです。

 

と云うことは彼女は👾の認識様式である時間に於ける認識の高次性をすでに獲得して居た訳だ。

 

尚私は勿論未来を予知することはまるで出来ませんがどちらかと言えば過去へと頻繁に記憶を遡ることが出来ます。

逆に言えば過去は私にとり遠く過ぎ去った時なのでは無くむしろ現在と同時進行中、並列して進行中の時なのだ。

 

以前に人にそんな話をしましたところ其の人はそんな遠い昔のこと等思い出せぬと云うやうなことを述べられて居た。

勿論私にも忘れたことは多々あるのですが何故かさうして過去こそが現在の一部であり其れは現在とは無関係な遠い記憶などでは無いのです。

 

 

さて、此の辺りのことは元々此の映画の原作となったSF小説である『あなたの人生の物語』に描かれた世界観なのだと思われる。

私はまさに其のSF小説ファンだった訳ですがー特に廿代の頃はーSF小説はさうしたフィクションとしての手法を取りつつ現實の社會にも通じる鋭い指摘や哲學を論ずる場でもまたある訳で故に其れは非常に奥が深い分野だと言えることかと思う。

 

ーバンクス博士はヘプタポッドの書法を練習することによって、ヘプタポッド的な思考を行えるようになっていく。これにより彼女は未来の出来事を知るようになり、まだ生まれていない娘との幸せな日々、夫との破局、娘の成長、そして娘との事故による死別を垣間見る。

最後には悲劇が待っていると知りながら、バンクス博士は行動を変えることはできない。ヘプタポッド的思考で未来を知ったものは、その未来を誰にも告げてはならず、知ったとおりの未来に合わせて行動しなければならないという衝動が生じるためである。夫とも娘とも別れなければならないという未来を知っている博士は、それまでの道程のすべてに注意を払い、どんな細かなことも見逃すまいという決意を抱く。この物語を通じて、過去形で語られるヘプタポッドとのコミュニケーションに交じって、未来形で将来の出来事が語られていたが、それはバンクス博士が過去とともに未来を「回想」していたためであった。

ヘプタポッドたちは、ある日突然地球を去る。なぜ彼らが地球にやって来たのか、そしてなぜ去っていったのかが明かされることはなかった。ーあなたの人生の物語より

 

もっと哲學的且つ宗教的に申せば時間の認識其れ自体が不幸の始まりでもまたある訳だ。

成功や発展がある人類の活動の他面には失敗や悲劇こそが待ち構えて居る。

 

時間の認識其れ自体を神へと丸投げし絶対化、永遠化するのがキリスト教の考え方で、他方で佛法は時間と云う相対認識其れ自体を滅し去ろうとする。

尤も其れはどちらも正しいのです。

 

 

ですが今やコロナ感染が特に都市部で心配です。

オリムピックは確かに視て居て樂しいのですが本来ならば今やるべきことでは無い。

問題は其の「止められぬ文明であり組織」である部分つまりは社會と云う全体主義集団が齎す危機の部分です。

 

だから私は文明だの組織だのを個として半分捨てなさいとさう申して居るのです。

 

なのではあっても、理性的な認識とは實は現在だけに留まるものではありません。

さうして過去を見詰め未来を直観しつつ我我は歩を進めるべきかと存ずる。

 

さてヘプタポッドつまり👾達は地球を侵略する為に其処を訪れた訳では無かった訳だ。

むしろ人類を助ける為に彼等は地球を訪れまさに人類を教導して居たのでした。

 

さうして人類がまた文明がまず考えなければならぬのは認識上の誤謬に就いてです。

其の誤りは前近代に於いては許されるものでしたが近代に於いては其の誤りこそがまさに致命傷となるのです。

 

 

正しい認識とは「止めるべきものを速やかに止める」だけの理性を持つことだと思われる。

また其れは文系理系の垣根を越えてさう判断されるべきものだ。

 

此の映画から學べることとは本来ならば未来を「回想」する程に理性的であるべきことこそが認識の新たな次元であると云うことではないか。

 

さて我我はコロナ地獄への入り口にすでに立って居る可能性すらもがある。

だから此の際半分文明を止めませう。

 

文明よ、今こそ気付け。

我我の幸福はそんな「イケイケドンドン」の中には決して無いと云うことをこそ。

 

我我の幸福はさうして過度に競い合い優劣を付けるところにあるのでは無い。

 

我我の幸福は、

我我の幸福は…。

 

我我の幸福はさうして👾から學ぶところにこそある。

いや👽は居ないのでむしろ自分でもって自分を學び其の馬鹿を治して行く他は無い。

 

さうか、要するに馬鹿を根絶せしめることこそが我我の幸福に直結する課題なのだ。

 

 

其の馬鹿とは何ですか?

まあ馬鹿とは例えばやり過ぎちゃうことだらう。

 

其れに止められ無いことだよ。

 

止められ無いことが馬鹿の証拠であり止められる人間こそがまさに偉い人なのだ。

だが其れが自分でもって出来ぬ限りつまり自分で仕出かしたことの尻拭いが出来ぬ限り👽だの神だの佛だのに御縋りするより他は無い。

 

さうして我我は常に地獄に佛を、絶望の中に一筋の光明を、其の神の叡智による救済をこそしかと見詰めて居らねばならぬ。