目覚めよ!

文明批判と心の探求と

カルトな旅ー弐 ネット上のカルトなサイトの紹介ー

其のカルトな追求と云うものは最終的にものが良く分かった上でやらぬと矢張りと言うべきか自己矛盾化する。

拘りが逆に自己を空しくして仕舞う訳だ。

 

最終的に精神は高めれば高める程に其の物質主義を離れて行きます。

ところが所謂精神論に陥れば其れも一挙に不純化、倒錯化します。

 

其れは物質と同じやうに精神が二元的分離だからなのです。

 

物質⇔精神

であり、

また同時に、

 

精神は+と-に分かれます。

なので精神ー言葉ーに於ける単独での価値決定は自己矛盾せざるを得ません。

 

もう少し分かり易く言えば観念的意見は独善に陥り何か言えば其れは眞理では無く只の信念だと云うこととなる。

 

其の信心は誤った信仰であり人間は其れをやり易い生物だと云うことです。

 

また頭が良いと云うことは其の位のことは分かる人だと云うことです。

 

 

人間が集まると其の誤謬的決定、判断を集団的に妄想するやうになるので如何にも危なくて見て居られません。

故に頭の良い人は集団を離れ孤独に甘んじ其の生涯を無為の中へと投じて仕舞う。

 

ですが其の方がまさにキチ外共が集団で暴走し自爆するよりは余程に理性的で勝つ優しい生き方となるのです。

 

最終的に概念は其の自己倒錯である邪信、邪心の道具となり果てますので其れすらをも捨て去って行かねばならない。

ですが此の辺りでのことはまさに極一握りの精神的貴族にしか分からぬことです。

 

尤も其の事をお釈迦様とキリスト様は共に分かって居られたのだと思う。

 

つまるところ人間は其の侭の認識を続けて居る限りおバカ化ししかも暴走し滅びへと至らざるを得ない。

 

まさに其れが価値認識の上での暴走だと言うことです。

 

 

ではどうすれば良いかと云うことですが其処は前々から述べて居りますやうに価値変容を伴うやうな認識上の転換を図る他は無い。

 

其れは宗教上の修行であり革命のやうな社会変革のこととはまた違う意味での内面での変化の成就です。

 

二元分裂としての+側の価値をヒエラルキー化して其れを履行して行けばいずれかは己自身を破壊するに至る。

 

何故なら両面を見て居ないからです。

 

両面即ち同時に男女でなければならず同時に右翼と左翼でなければならず同時に至極下品でありまた至極上品でもある必要がある。

価値分別は結局無理、無駄な決定を導くので善の認識とは決してならぬ。

 

まさに👿の如くに悪へも分れ其れが次第次第に増幅されても参ります。

 

自己を押し通せば必ずやさうなり、要するに人間は其の侭にして生きるだけで次第に悪魔化されざるを得ぬ生き物なのです。

 

つまりはそんな性悪説の内部での出来事です。

 

であるのだからこそ其処で理性的な成就を図り其処に智恵を完成させて行く義務が生じて居る。

 

人間の持ち得る言葉はさうして基本的に虚ろであり信ずるに足るものには非ず。

 

じゃあ壱體何を信じれば良いのだ?

 

 

其れが信ずるに足るものでは無いことをこそ信じるべきである。

故にむしろ其処には価値として重きを置かずあえて其処から離れ自由になれば心の重荷が解かれ樂にもなりませう。

 

そんなこと言って居てアンタ此の金が無い侭に挙句の果てにコロナ死したら壱體どうするのだ?

 

まあ其れも運命でせうから其れは代わりやうの無いことですよ。

 

変わりやうが無いのでは無く、あくまで代わりやうがありません。

 

實存とはまさにさうしたことで、君と私は違うのだしまた誰とも我我は違います。

 

すると實存は変わることは可能でも誰とも代わりようが無い。

 

とのことですか?

 

まさに其の通りです。

 

 

重要なことは悪魔であること即ち獣であることを人としての領域で履行しないことです。

ハッキリ申せば今文明が推し進めて居ることこそが其の👿の仕業のことです。

 

其れはもしやキリスト教の御話ですか?

いや其処は本質的に佛法でも同じなのだと私は理解して居ます。

 

重要なこととは其の精神的な領域、価値観が現代大衆の精神的な領域、価値観とは乖離して仕舞って居ることだ。

 

結局おバカさとはさうしたことなのです。

其の価値認識に対する重要な視点が今のメディアや人間の生活には基本的に欠如して居ます。

 

尤も確かにネット上では其の種の「目覚めた」認識を述べて居るところもちらほら見受けられる訳だ。

でもTVなどを長く視て居ると何だかほんたうに自分がおバカして行く感覚が致します。

 

さうした感じがまたウダウダやってる政治や資本主義による物欲社會の隅々にまで感じられたりもする。

 

尚カルトな認識の世界にも其の弐元分離は何処までも拡がって居るものと見ておくべきだ。

 

個人的にはカルトな認識の世界にも善悪の区別があるものとさう見て居ります。

 

其の区別の仕方は「煽る」ものと「鎮める」ものと云う区別にて判断出来るのではないだらうか。

 

私は今「煽る」ものは+への一方通行思考で✖だと考えて居り、他方で「鎮める」ものは-への一方通行思考でむしろ○だと考えて居ます。

 

 

で、例えばTVのCMは物欲を煽るものだから✖で、また事實としてCMを三分間程流され続けると心理的に打撃を受けるやうな気さえもが致します。

さうして要らんもののCMは金輪際視たくは無い訳です。

 

だからさう云う御節介と云うか要らぬお世話の部分によりむしろ我我は心を汚されて行きます。

 

然し其れはさうして資本主義社會の常として垂れ流しとなって居る訳だ。

 

じゃあTVを切れば良い話でせう?

 

 

たとえTVを切ってもたとえばネットなどでも最近は至極お節介です。

AIだか何だか知らないが其れが自分向けの宣伝をして来るのでまさに其処が鬱陶しいのだとも言える。

 

兎に角なかなか理性的に話を成り立たせることが困難な状況が発生して居る。

まさに其れは馬鹿ー獣ーが客体化し主体に対しさうして攻撃を仕掛けて来るのです。

 

また何やらキリスト教でのやうな御話ですが今はお盆の最中ですよ。

 

でも今年のお盆はまさに集中豪雨にてお盆もクソも無かったお盆でしたね。

 

恐ろしい其のやうな異常気象が増え次第次第に人類の体力を奪って行くのでせう。

 

然し其処で先の認識の話に戻れば、

 

1.盆なのに盆らしいことが何も出来ぬこと

2.つまらない、いやむしろ苦しい盆を過ごしたこと

 

が、實は其のことこそが我我に取り最高の贈り物でした。

 

第壱盆は観光地へ出向いたりみんなで飲んで食ってどんちゃん騒ぎをする場なのでは無い。

ズバリ盆とは佛教哲學に勤しむ時のことです。

 

だから此の度みんなはさうして佛教哲學に勤しみましたね?

 

 

何、まるでやって無い?

第壱豪雨なのでしこたま酒を飲んで寝て居た?

 

ああ全くアンタは幸せな人だ。

其れも宇宙壱幸せな生命だらう!

 

幸せとは馬鹿だと云うことであり矢張りと言うべきか馬鹿な方が幸せなんだな。

それにつけても詩人さん、アンタ最近毎日かうして出て来ますがもしや急に頭が狂ったのでは?

 

 

いや別に普段も普通に狂ってますから故に急に狂った訳ではありませんから其処は是非御安心下され

 

 

では、以下にカルトなネット上の場をご紹介させて頂かう。

 

 

不思議館

此処はかうして歴史ミステリーサイトと云うことで其の種の怪談や奇談、まさに不可思議な御話が満載された凄いところです。

ですが例えば文明のあり方を論じるやうな哲學的な場には非ず。でも壱種凄まじいところです。

 

また夏休みに読むにはまさに最高の場なのやもしれません。

 

 

真のスピリチュアルの意味とは?日本のスピリチュアルは異常!? | 未知リッチ

未知リッチ

此処はまだ余り読んでは居ないのですが「目覚めた」人による文明の再構成だの日本型の現世利益的精神的価値観のことなどが書かれて居た為読んでみる気になりましたところです。

カルトと云うよりはスピリチュアル系でのサイトでせう。

 

「自分軸を持ち、柔軟に本質を見抜くことで、自分を尊重して生きていくことができますよ。」

などとも述べられて居るので根本のところでは其れは悪くは無い考えだとさう思いましたのです。


 

人類の未来 - In Deep

日本の未来 - In Deep

 

さて此処はもうほとんど人類を滅亡に導く為のサイトなのやもしれません。

 

ですが良く此処まで知性を「滅亡一筋」に対し捧げられるものです。

此処を読んで居ると次第に気分が重くもなるのですが、其の記事は綿密に調べ上げ引用された科学的データや論文から採られたものがほとんどです。

 

 

世界中で深化する「愛」を人質にするワクチン優生学戦争。そして日本の有害事象でのこれまでの実際の死亡者数の推定 - In Deep

まあ良くも此処までデータでもって示しつつ世間の風潮を批判出来るものです。

まさに此の方の文明乃至は社會批判力は壱級品です。

 

戦争で生き残るために : 今後ワクチンを接種しなければならない場合に、あるいはすでに接種した後の総力戦としての具体的なサバイバル手段を考える - In Deep

其の戦争と云うのはワクチンを打てとする体制側、國家側と個の自由な選択の間で繰り広げられる戦争のことのやうです。

しかし此処まで綿密に調べ上げられ且つ正確に考証されて居ると正直申してワクチンを打つことに対し大きな抵抗感が生じて来ることでせう。

 

菜個人的には此の記事の中の内容は大いにあり得ることだと思って居ます。

特に八拾代以上での高齢者でも無い限りなるべく接種は控えた方が良いやうに思います。

 

In Deep メルマガ (mag2.com)

此処での著者のプロフィールを見ますと私より4歳年下ですがすでに三十歳で隠居し日本各地で放浪生活をして居たと言うのですから只者では無いことだけは確かです。