目覚めよ!

文明批判と心の探求と

死を見詰めるものだからこそ文學は今逆に楽である

ーコール氏は、「ローソンやトヨタのCEOに話を聞くと、彼らが自社製品で業界トップに立っていることを誇りとしているのがわかる。一方で資産運用会社のCEOは、そこまで誇らしくしていない。というのも、日本では金融業に対し悪い印象があるからだ」と指摘する。ー東京が「金融センター」には到底なれない理由 香港混乱が続く中、再び構想が浮上している より

 

あぶく銭で回る経済などむしろ無ひ方が良くはなひだらうか?

確かにTOYOTAは🚙を懸命に造り稼ひだ訳であぶく銭にて儲けた訳では無ひ。

ーだがTOYOTAには環境破壊への罪が大きく存して居るー

 

あぶく銭にて儲けやうとする奴は人間の中でも最も性悪である。

宗教即ち悟りや救ひの世界とは其れは正反対の価値観なのだ。

無論のこと釈迦もキリストも資産運用会社のCEOなどはハナから相手にはせぬことであらう。

 

 

 

 

ーブルームによれば、「教養の役割とは、他の見方・考え方があり得ることを示すことである」と。ー

 

教養のある人はさうして他の立場なり価値観なりをむしろ重視する。

逆に教養の無ひ輩は逆の立場をどうしたって理解出来ぬ。

 

ーでも、一見いますぐ役に立ちそうにないこと、目の前のテーマとは無関係に見えることが、じつは物事を考えるときの「参照の枠組み」として、非常に重要なんですよ。

 

「絶対的に正しい答え」なんてない

 何度もくり返しますが、「どこかに絶対的に正しい答えがあるんじゃないか」と考えること自体をやめること。バイブルとカリスマの否定というのが、僕の基本的な世界観になります。

 

 宗教だと警戒する人も、テレビとかツイッターで有名な人の会合には、ホイホイとついていってしまったりします。

 メディアに出るような人は頭も良いので、一見正しいことを言っているように見えますが、なんだかんだお金や影響力目当てで、洗脳的な活動をけっしてそうは見えないようにやっているだけだったりするので、注意が必要でしょう。

 

「自分の人生は自分で考えて自分で決めてください」。

 はい、これに尽きるんですね。

 これは、「ブキケツ(武器としての決断思考)」の初版の帯に掲載したコピーでもあり、さっき言った自燈明(じとうみょう)ですよ。

心の弱さに負けちゃいけない

 「誰か」や「何か」に頼りたくなる気持ちは、僕も同じ人間なんでわからなくもないです。でもその心の弱さに負けちゃいけないんです。

 ただ、自分で考えるためにはやっぱり、考える枠組みが必要なんです。その枠組みが教養であり、リベラルアーツであるということです。

 薀蓄や知識をひけらかすために教養があるのではありません。自分自身を拠りどころとするためにも、真に「学ぶ」必要があるんですよ。ー瀧本哲史「人生に正解求める人ほど危険な理由」 「真の教え」で商売する人は全員インチキだ より

 

 

 其の瀧本氏は若くして亡くなられて居る。瀧本  哲史

 東大の法科を出て投資なんぞやっても五十前に死んで居てはほとんど何の意味も無ひぞ。

 

但し自分で考へ「學ぶ」ことの意義はまさに其の通りのことなのだらうと思ふ。

でも人間は時に心の弱さにむしろ負けねばならぬのではなからうか。

 

負けると大抵は社会からはじき出されたり👪や友人から無視されやうが負けることの意義と云ふ部分があることもまた事實なのだ。

そんな時にも文學や宗教だけはみんなを救って呉れる筈だ。

藝術や宗教だけは功利主義でも現實主義でも無ひからなのだ。

 

事實として今此の世界は其の功利主義であり現實主義である合理的な価値観に基づき成り立って居る。

まさに其れが現世利益としての価値ヒエラルキーの構築なのだ。

 

 

だが其の価値ヒエラルキーには余分なものが多く含まれ過ぎて居る。

其れは人間の観念性ー抽象性ーがつひさうしたものを築ひて仕舞ふからなのだ。

 

特に近代以降は欲望の観念化ー抽象化ーが只ひたすらに行はれて来たのだと見ても良ひことだらう。

欲望の観念化は欲望の具体化とは異なる。

 

其の自然なる欲望の具体化とは異なるのだ。

観念化された欲望は一言で言へば限度を失って仕舞ふ。

 

元来人間は限定された現象だと云ふのに其の限度をわざわざ自ら壊して仕舞ふのである。

其の結果どうなるかと言へば其れ即ち現在のやうなことになる。

 

 

非限定=神佛⇔限定=人間=社会

 

との関係にて成り立つのが健全な歴史過程である。

 

ところが其の社会の部分を左の方へと移して仕舞った。

 

結果的には其の結果には個の欲望も関わって居るのだが基本的には其れは人間の社会の欲である。

 

 

さて皆様は好んで戦争などしなひ筈である。

好んで誰も特攻したり人を殺したくは無ひ筈だ。

 

だが事實として人間の社会は其れをやって来た。

つまり人間の社会とは善悪を同時に行って行くものだ。

 

或は良ひことと悪ひことを同時にやって行かざるを得ぬ社会のあり方だ。

 

社会は進歩してみんなを幸せにすると近代に入り約束した。

でも其れは其の善悪の幅、良し悪しの幅を實はより拡大することだったのだ。

 

だからみんなは便利で豊かな暮らしを出来るやうにはなったが、他面で空虚な心を抱へ生きる為の価値を見失ひつつもある。

まさにさう云ふのをニヒリズムと云ふのだ。

 

さうして進歩して色んなものが合理化されると同時にむしろ其の虚無感は拡大して行くのだった。

日本の文明で言へば70年代までに其の合理化による物質的な欲望は成就され80年代からは余分な価値の追求へと向かって行ったのだと言へやう。

 

其の余分な価値の追求こそがニヒリズムを加速させるのである。

 

 

1970年の日本万國博覧會の折にかの岡本 太郎氏が實は凄ひことを言ってのけて居た。

「人類の進歩と調和」、嗚呼まさに其れが日本万國博覧會のメインテーマであった訳だった。

 

だが岡本氏はバカヤロウ、「進歩と調和」もクソもあるか、そんなものは正反対のことだから調和などする筈が無ひ!とそんな剣幕にて其のテーマ其のものを否定されて居たのである。

 

即ち人類が進歩すればする程に自然は圧迫を受けむしろ其処で調和せず壊れて行くのであった。

だからまさに其れこそが正しひ認識の仕方なのだ。 

人類は全然進歩していない! 岡本太郎が作った縄文の怪物「太陽の塔」とは何だったのか?

 

左様に藝術家の方々の認識はまさに時代を先取りして居て社会の危機や大きな時代の変化に対し「気付ひて」居ることが多ひ。

かの三島 由紀夫先生なども屡戦後民主主義の空虚さにつき言及されて居られたものだ。

 

 

 

ー三島は太宰の正面の席に導かれ、彼が時々思い出したように上機嫌で語るアフォリズムめいた文学談に真剣に耳を傾けていた[186]。そして三島は森鷗外についての意見を求めるが、太宰は、「そりゃ、おめえ、森鴎外なんて小説家じゃねえよ。第一、全集に載っけている写真を見てみろよ。軍服姿の写真を堂々と撮させていらあ、何だい、ありゃ……」と太宰流の韜晦とうかいを込めて言った[189][191]

下戸の三島は「どこが悪いのか」と改まった表情で真面目に反論して鴎外論を展開するが、酔っぱらっていた太宰はまともに取り合わず、両者の会話は噛み合わなかった[186][191]。その酒宴に漂う〈絶望讃美〉の〈甘ったれた〉空気、太宰を司祭として〈自分たちが時代病を代表してゐるといふ自負に充ちた〉馴れ合いの雰囲気を感じていた三島は、この席で明言しようと決めていた〈僕は太宰さんの文学はきらいなんです〉という言葉をその時に発した[47][189]

これに対して太宰は虚を衝かれたような表情をし、「きらいなら、来なけりゃいいじゃねえか」と顔をそむけた後[189]、誰に言うともなく、「そんなことを言ったって、こうして来てるんだから、やっぱり好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ」と言った[47]。気まずくなった三島はその場を離れ、それが太宰との一度きりの対決となった[47][188][注釈 14]。その後、太宰は「斜陽」を『新潮』に連載するが、これを読んだ三島は川端に以下のような感想を綴っている[192]

 

太宰治氏「斜陽」第三回も感銘深く読みました。滅亡の抒事詩に近く、見事な芸術的完成が予見されます。しかしまだ予見されるにとどまつてをります。完成の一歩手前で崩れてしまひさうな太宰氏一流の妙な不安がまだこびりついてゐます。太宰氏の文学はけつして完璧にならないものなのでございませう。しかし抒事詩は絶対に完璧であらねばなりません。— 三島由紀夫川端康成宛ての書簡」(昭和22年10月8日付)[192]

 ー三島 由紀夫 #学生作家時代と太宰治との対面より

 

 

其の太宰の「逃げ」と三島の「ー護る為のー闘ひ」とは實は正反対の価値のぶつかり合ひなのだ。

太宰は少し前に此処でも取り上げたペルシャの詩人ハイヤームの酔生夢死論に同調して居るので兎に角もう酒飲んで現實から逃げ出したひのである。

 

ー〈絶望讃美〉の〈甘ったれた〉空気ー

ー〈僕は太宰さんの文学はきらいなんです〉ー

 

尚太宰 治は若き頃より芥川 龍之介に心酔して居り他方でより社会性のあった森 鴎外を軽視して居たのかもしれなひ。

さうして兎に角逃げまくり絶望賛美へと傾く太宰。

 

家庭的には役立たずで、女たらしで、多少文學だけは出来ても夢見がちで生活力が根本的に欠けて居る貴族出身の太宰。

そんな太宰の弱さ其れ自体を三島 由紀夫が認めることはどうやら無かったやうだ。

 

 

第一其の死に様を見てみよ。

結局太宰は👩と心中したのだった。

三島の場合は見事切腹して果てた。

 

個人的に気にかかるのは、まさに其れが思想としても正反対だったと云ふことなのだ。

 

太宰は左翼運動にかって身を投じて居たのであるし、三島には兎に角天皇がしかと統べる日本と云ふ國こそが大事である。

さうして太宰はつひ酒と女に逃げるが三島は最終的には逃げずに天皇を護る壱武士として死ぬ。

 

此の両極としての昭和の文豪の生き方が兎に角気になって来る。

 

で、そもそも何故かっての文士はさうした過激な死に方を選んで居たのであらうか?

結局は頭の中身其のものが過激だったのであらう。

 

つまるところはオウム眞理教による過激な行為とも其れは重なって来やう。

より純粋に観念的に生きると必然的にさうなるのではなからうか?

 

要するに其の左、右とか、邪教だ正教だと云ふ区別以前に事に対し眞剣なのである。

 

 

眞剣だと、どうしてもさうなる。

第一太宰が👩と心中したのもある意味では至極眞剣である。

 

生の虚無にもう此れ以上無く精神が捉へられて仕舞った太宰はたとへ流行作家となったにせよ其れに耐へられなくなっちゃった。

 

なのでわたくしはかって太宰の心中も三島の自決もまた似たやうなものなのだとさう述べたことがあった。

だがいまひとつ分からぬのは三島の師匠でノーベル文學賞まで受賞した川端 康成の自殺である。

 

尚最近わたくしは太宰の価値観へとまた回帰しつつあるのだ。

 

太宰の其の役立たず振りこそが實は正しひ文學のあり方なのではなひかとさうも思ふのである。

つまり文學は世の為人の為國の為に役立って居てはならぬのではなひか。

 

 

文學とはあくまで生に対する呪詛であり社会に対するバカヤロウであるべきだ。

即ち正の価値観を其処に提示するものには非ず。

何故なら正の価値観はあくまで宗教が担ふものであるが故に。

 

其の作品に於ひてまた其の生き様に於ひて疑ひに疑ひやがては破滅して行く其の道程を述べるもののことだ。

 

然し其れでは如何にも不健康だ。

むしろ不健康なものこそが健康なものを明示して呉れて居るのではなからうか。

 

芥川の晩年の作品群もまた可成に不健康なものだがまさに其処には文豪の素顔の様がしかと刻み込まれて居るのではなからうか。

そんな晩年の芥川や太宰による不健康な作品群こそが今わたくしにとっては何故か無性に懐かしひ。

 

 

其れで三島 由紀夫の話はどうなったのだ?

いや三島先生は三島先生で其れは偉ひ。

 

あんな思想的闘争の果てでの死を選んだ文學者などさうさう居るものでは無ひ。

尤も世界的に高名な作家となった以降に野垂れ死んだトルストイ程凄ひ作家もまた居なひのではあるが。

 

 

すると三島 由紀夫の死は思想死なのですか?

報國への思想死です。

 

太宰の死も矢張り思想死なのでは?

「逃げ」の思想での死です。

 

じゃあ宮澤 賢治や中原 中也の死もまた思想死なのですか?

中也の場合は元々體が弱ひまんま詩人としての死であらう。

宮澤 賢治の場合は法華経死なのかもしれなひ。

 

法華経死即ち犠牲死のことだ。

宮澤 賢治はあくまで宗教詩人なので多分其処では文學よりも宗教の方がより大事なことであったことだらう。

 

宮澤 賢治もまた思想的に社会主義には関はって居たがあくまで法華経的な世界観にこそ人間の生の理想を求めて居たのではなかったか。

 

 

で、以上の如くにわたくしは今所謂ルサンチマンー弱者が強者に対して、「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を持つことーを否定するどころか大きく持ち上げて来て居るのである。

 

其れは何故か?

其れは此の社会がさうした社会だからだと云ふことなのだ。

此の社会は所詮はさうした不平等なものでしかあり得なひ。

 

此処で先の瀧本氏の記事の内容へと戻ると、

 

ー「誰か」や「何か」に頼りたくなる気持ちは、僕も同じ人間なんでわからなくもないです。でもその心の弱さに負けちゃいけないんです。ー

 

其の心の弱さに負けずに、釈迦やキリストのやうになれと言はれたってそんなものは元より無理と云ふものです。

其の心の弱さに負けずに、三島 由紀夫のやうに闘へと言はれましてもそんなものは疲れるばかりでせう。

 

じゃ太宰でも良ひじゃなひですか。

役立たずでも良ひじゃなひですか。

 

いや太宰は当時より流行作家だったのですから勿論我我庶民とは違ひませう。

でも太宰もまた芥川も結局は逃げましたよ。

 

ノーベル文學賞作家であるかの川端 康成にしてからもが結局は逃げて居りますよ。

 

さうか、逃げれば良ひのだ。

 

おお、文學は何て楽なんだ!

 

 

第一社会、コレが我我を常に其れに縛り付けて居ります。

其のことは今に始まったことではなく弥生時代また縄文時代の頃からすでに其の社会はありました。

 

さうして社会は我我をコキ使ひ常に酷ひ搾取を繰り返して来て居る。

しかもそんなところへコロナウヒルスが蔓延し経済を守りつつコロナには罹るなとさう仰る。

 

でもそりゃまさに矛盾の押し付けでせう?

みんなが死んでも経済を回したひと云ふ組織の論理、國家の論理が其処に見へ見へです。

 

そんな時に一体誰が我我を救って呉れるのですか?

 

もしや宗教でせうか?

でも宗教は経済が回らぬとお布施が貰へなくなり寺も教会もやっていけなくなるのでむしろみんなを働かせたひのだ。

 

 

ところが文學だけが其の文學だけがもう逃げても良ひのですよとさう仰って下さる。

或は特攻せよと。-あくまで我我に対する特攻作戦では無く自衛隊や内閣や國會議員、其れに官僚組織に対する特攻作戦として三島先生もお考へになって居られた筈である-

 

ああー、楽だ。

むしろ極楽だぞ。

 

要するにわたくしは其処に文學の価値と云ふものを改めて強く感じる訳である。

 

また五木 寛之先生などは日本の「下山」を薦められて居るではなひか。

 

「下山」つまり下りる価値のことである。

 

こんな地球にいつの間にかした社会に対し「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を正直にぶつけ批判しつつも兎に角其れを下りて行く。

 

其の下りる価値こそが或は文學の底流に流れるもののことではなからうか。

 

自然科学を始めとする合理的な価値は其の「下りる」価値など認めては居なひ。

コロナ禍だらうが大水害だらうが兎に角自然科学は前へ前へと突き進み其処でもって何か訳の分からぬ道具ばかりを創り出し我我の脳味噌の内部を破壊しやうと画策しても御座る。

 

宗教もまた伽藍やら礼拝堂やらの維持に大金がかかるが故に實はそちらの方で忙しく必ずしも我我ひとりひとりの悩みに向き合って居て呉れる訳には非ず。

 

 

さうか、要するにこんな時にはむしろ太宰の『人間失格 太宰 治』こそが物凄く慰めになるではなひか。

つまりこんな暗ひ世相を渡る場合には明るひものなどは逆効果でむしろ暗ひ部分を見詰める方が何よりの心の慰めとなるものなのだ。

 

で、最近わたくしが物凄く気になることをひとつだけ述べて置きたひ。

 

 

其れはTVCMのことである。

其のTVCMが實は時代の實情と今やまるで合って居なひ。

 

つまるところ其れ等のCMは文明の価値観が盤石であるとさう見做された上で制作されて居り要するに文明の価値観に胡坐をかひた上で妙に明るくー一種ふざけた形でもってー創られて居る。

ところが、其のおちゃらけ振りの前提となる肝心の世相が此の半年程で百八十度変はって仕舞ったのだった。

つまりは一挙に悲観的な未来が仄見へて来た。

 

其れも文明が其の根本より覆されつつあるのだと見ても良ひ程に。

 

まさに其の様が文明が備へを怠り精神的に弛緩して居たことの証左であらう。

コロナ禍や大洪水にてかうしてみんながヘロヘロになりつつあるのに相変はらずCMではヘッヘッヘッヘッーとかほっほっほっほーとか言ひつつまさに要らぬものばかりをみんなに買はせやうとして御座るのだった。

 

文明の価値観なんぞそんなものはもはや長くは続かぬぞよ。

だから其の「進歩と調和」なんぞ大ウソだって。

 

 

進歩するならもう地球を捨て火星にでも移住しなされ。

自然と調和するなら進歩は即刻止めなされ。

 

そりゃ矛盾だ、矛盾、其れも大矛盾だ。

 

 

「人類の退歩と調和」「人類の進歩と破壊ー滅亡ー」

 

もしも大阪にてまた万博をやるのであれば其のテーマは是非此のやうに変更しておくべきではなひか。

 

「人類の進歩と大滅亡」

 

おおまさにコレでもってして決まりだな!

 

 

さて重要なことは人間は皆弱くどうにもならぬものだと云ふことに気付くことである。

其の弱ひ人間であることを認めねば其処でどうして謙虚で居られやう、人に対し優しひ態度を取ることが出来やう?

 

動物達が一面ではどうしやうも無ひ愚かさを持って居ることと同じくして我我人間もまたどうしやうも無く愚かなのである。

 

 

太宰治|5回の自殺と太宰を愛した女性たち

 

いやー、然しコヒツは酷ひ。

何が酷ひって其の女癖の悪さがまさに横綱級だ。

 

娘の太田 治子氏が以前につくづくTVにてお父さんはお父さんじゃ無かった、位のことを述べられて居ましたがまさに其の通り。

尤も太宰はかの中原 中也とも屡やり合って居たのでした。

太宰治と中原中也の出会い、関係は?檀一雄の著作からエピソードを探る

 

太田 治子氏は其の折に中也さんは👪を大事にする良ひお父さんだった、と云ふやうなことを實は述べられて居た。

其れもあくまで家のお父さんに比べれば中也さんは良ひお父さんだったと云ふ事なのである。

 

中原の場合一面では太宰以上に👪関係での生と死のドラマを見詰めても居り其処は流石に我が國を代表する詩人の生き様なのであらう。