目覚めよ!

文明批判と心の探求と

文學の上での文士の喧嘩ー太宰 治による志賀 直哉への批判ー

三島由紀夫 「太宰治を嫌う理由」

 三島 由紀夫が何で太宰を嫌って居たかと云ふに、此処にも自らが語って居るやうに似た者通しで女々しひのでさうしたものに対する恐怖なり嫌悪感なりがあったのである。

三島の場合には其の女々しさを社会的に打ち消そうとして居たのではなかったか。

肉体改造などもまた社会性への対応である。

 

其れは法科出身の作家としてむしろ当たり前のことではなかったかとわたくしは思ふ。

 

三島は兎に角社会を変へたかった。

ところが太宰にもまた根底に社会に対する変革への意識があった。

何故なら太宰の生まれた家が名士であり大金持ちだったが故に純粋な太宰の心はむしろ其れを引け目に感じて仕舞ふのである。

 

作家や詩人は皆生まれながらに感受性が鋭くまさに其処が一般の方々とは少々違ふ。

其れはたとへば歓びと哀しみを同時に感じ取る能力、其れをより増幅する形で感じ取る能力のことなのである。

 

 

文學は常に死を見詰める。

生を深く見詰めると同時にさうして死を目詰めて行かざるを得ぬ。

 

だが三島は其の見詰めた死から文學は甦ねばならぬとゲーテトーマス・マンのことを引き合いひにしさう述べた。

対してつひに甦ることのなかった太宰の文學。

死の淵へと吸ひ寄せられて行く晩年の太宰の作品群。

 

 

尚わたくしはかって高校の英語の女性教師に太宰など余り熱心に読んではいけなひはよ、とさう言はれたことがあった。

当時わたくしは教科書や下敷きなどに目一杯に落書きをする癖があり其の落書きの更新を女性教師が定期的に確かめに来るのである。

 

だがわたくしはさうした教師の助言などは無関係に太宰や芥川の文學を一途に追求して行くのであった。

尤も其の頃は三島 由紀夫などどうでも良かったのである。

 

太宰や芥川の文學は一種破滅的でまさに死の淵へと吸い寄せられて行く「死への文學」乃至は「破滅への文學」其のものなのであった。

つまりは不健全其のもの、不健康な生のあり方なのだ。

 

 

三島 由紀夫はおそらくさうした価値をこそ変革したかったのだらうと思ふ。

其処で文學其のものを生きることと闘ひ、むしろ築き上げるものへと転換せしめやうとしたのではなかったか。

 

つまりは其の向かふベクトルが違ふ、正反対なのだ。

だがそのベクトルはいざさうなると社会へと向かって行かざるを得なかった。

 

まさに其処が「役立つ」文學としての転換ではなかったのだらうか。

が、わたくしは今三島の死は其の「役立つ」文學としてのベクトルが齎したものではなかったかとさうも考へる。

 

即ち文學は思想化されるべきものではなかったのではなひか。

漱石や芥川の文學には確かに其の思想が混じり合って居た。

 

実際漱石程近代と云ふ文明のあり方を批判した作家もまた無ひ。

漱石は西欧近代をほとんど否定的に捉へて居た。

まさに後の梅原 猛先生のやうなものでもある。

 

芥川の場合は人間と云ふ心理の地獄と向き合って居たのではなかったか。

己と社会をも含め人間存在の心のあり方のどうしやうも無さを正直に作品として描ひて行ったやうに思ふ。

 

 

太宰の凄さとは、さうした何かに「役立つ」役目をほとんど放棄して居ることである。

酒ばかり飲んで👩に触りまくりさうした有用な考へをもう全部放棄しておる。

 

これはもはや一種達観して居ると云ふかひとつの究極的な文學的境地でもあらう。

かうして「役立たずの」飲んだくれでもってしかも横綱級に女癖が悪ひ。

 

芥川賞を是非お呉れとあちこちへと手紙を書き小説の神様志賀 直哉をボロクソに批判したりもした。

 

 

太宰は確かに危険極まりなひ男だ。

じぶんの娘がもし居たら絶対に太宰には触らせたくは無ひ。

 

だが太宰こそがむしろ究極の作家だったのではなかったらうか。

 

「あんな太宰のやうにはなりたく無ひ」

 

と東大の法科を出て官僚一族の出だった三島は生真面目にも社会のお役に立ちたひとさう考へて仕舞った。

さうだ此の命を賭けて社会を変へねばならぬ、天皇陛下萬歳!

 

だが其れって果たして文學の目的だったのだらうか?

少なくとも其れは法科の目的であり、文學の目的とはむしろ社会の価値とは反対のことを言ふべきではなかったのか。

 

 

漱石や芥川も社会とは反対の価値観を作品中で指し示しては居るが其れはあくまで文學としての仕事であった。

 

其の役立たぬ太宰の文學、死への文學、虚無の文學、無責任👨としての文學こそが今此の世の中に新たな価値観を提示して居るやうな気がしてならぬ。

 

昔、宮澤 賢治は「役に立たぬものがむしろ役に立って居る」と云ふやうなことをかって述べて居る。

勿論其れは法華経的な価値観を述べたものなのであり、即ち太宰のやうな破滅主義とは違ふものなのだらうが結果的に其処には重なるものがありはせぬか。

 

 

三島 由紀夫のやうにあれだけ古今東西の知識を備へた稀有な作家は生きて作品を発表し続けるべきではなかったらうか。

だが三島の死が日本と云ふ國に問ひかけて居ることの意味は常に大きひ。

 

三島 由紀夫は結局日本と云ふ社会に殉じたのであり、太宰は太宰で人間と云ふ個としての弱さに殉じたのだ。

 

其の個と社会は常に相剋し尚且つ相即する関係性にある。

其れは無関係では無く、だから社会に役立たぬ生が其処に純粋に成り立つものでは無ひ。

 

 

なので太宰は太宰でいまだに役立って居る。

其処でもって人間の弱さとしての「役立たぬこと」の価値につき永遠に問ひかけて居るのだ。

 

ところが三島が世に示した「役立つ」ことへの闘ひ、其の虚無に対する闘ひもいまだ継続して居る。

 

なので三島は三島でいまだに大ひに役立って居る。

其れも社会に対し役立って居るのである。

 

文學はさうして最終的に個に対してさうして社会に対し役立って居る。

 

科学技術とは違ひ何も造りはせぬがさうして人々に言葉でもって語りかけて居るのだ。

 

あくまで文學は功利主義でも物質主義でも無ひ。

文學とはあくまで観念的な営為である。

 

 

故に観念的に死んだと云ふ意味に於ひては太宰の死もまた三島の死も同じである。

太宰は人間の弱さに殉死して、三島は社会のふがひなさに殉死したのだ。

 

芥川は人間の醜さに殉死して、漱石は近代日本の矛盾に対し殉死した。

川端 康成の場合或は絶望したのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

           太宰治の「如是我聞」と志賀直哉の発言“三連弾”http://ogikubo-bunshi.a.la9.jp/toku-nyozegamon.html

かやうに当時太宰は肺の病に罹りしかも所得税11万7千余円ー一千万円以上ーもの課税通知を受け其れが支払へず、のみならず妻美知子の他に愛人山崎 富栄と太田 静子を抱へ其の子への養育費も出さねばならぬからもはや地獄の様である。

太宰は金が欲しくて小説の神様志賀直哉を批判したのか其れとももう何もかもヤケになり文壇や常識人の人々を揶揄し始めたのか其れは分からぬ。

兎に角太宰は次第に追ひ込まれて行かざるを得なかった。

 

で、結局太宰は社会の側をいびった。

じぶんの反省はさておき周りに対する憤懣や恨みつらみをかうして書き連ねて行くのであった。

 

 

 

ー一群の「老大家」というものがある。私は、その者たちの一人とも面接の機会を得たことがない。私は、その者たちの自信の強さにあきれている。彼らの、その確信は、どこから出ているのだろう。所謂、彼らの神は何だろう。私は、やっとこの頃それを知った。
 家庭である。
 家庭のエゴイズムである。
 それが結局の祈りである。私は、あの者たちに、あざむかれたと思っている。ゲスな言い方をするけれども、妻子が可愛いだけじゃねえか。ー如是我聞 太宰治より

 

 

太宰は兎に角まずは常識的な立場を攻撃する。

其れ即ち「家庭の祈り」こそが一番の大敵である。

 

 

 

ー 私は、或る「老大家」の小説を読んでみた。何のことはない、周囲のごひいきのお好みに応じた表情を、キッとなって構えて見せているだけであった。軽薄も極まっているのであるが、馬鹿者は、それを「立派」と言い、「潔癖」と言い、ひどい者は、「貴族的」なぞと言ってあがめているようである。
 世の中をあざむくとは、この者たちのことを言うのである。軽薄ならば、軽薄でかまわないじゃないか。何故、自分の本質のそんな軽薄を、他の質と置き換えて見せつけなければいけないのか。軽薄を非難しているのではない。私だって、この世の最も軽薄な男ではないかしらと考えている。何故、それを、他の質とまぎらわせなければいけないのか、私にはどうしても、不可解なのだ。
 所詮しょせんは、家庭生活の安楽だけが、最後の念願だからではあるまいか。女房の意見に圧倒せられていながら、何かしら、女房にみとめてもらいたい気持、ああ、いやらしい、そんな気持が、作品の何処どこかに、たとえば、お便所の臭いのように私を、たよりなくさせるのだ。
 わびしさ。それは、貴重な心の糧だ。しかし、そのわびしさが、ただ自分の家庭とだけつながっている時には、はたから見て、すこぶるみにくいものである。
 そのみにくさを、自分で所謂「恐縮」して書いているのならば、面白い読物にでもなるであろう。しかし、それを自身が殉教者みたいに、いやに気取って書いていて、その苦しさにえりを正す読者もあるとか聞いて、その馬鹿らしさには、あきれはてるばかりである。
 人生とは、(私は確信を以て、それだけは言えるのであるが、苦しい場所である。生れて来たのが不幸の始まりである。)ただ、人と争うことであって、その暇々に、私たちは、何かおいしいものを食べなければいけないのである。
 ためになる。
 それが何だ。おいしいものを、所謂「ために」ならなくても、味わなければ、何処に私たちの生きている証拠があるのだろう。おいしいものは、味わなければいけない。味うべきである。しかし、いままでの所謂「老大家」の差し出す料理に、何一つ私は、おいしいと感じなかった。
 ここで、いちいち、その「老大家」の名前を挙げるべきかとも思うけれども、私は、その者たちを、しんから軽蔑けいべつしきっているので、名前を挙げようにも、名前を忘れていると言いたいくらいである。
 みな、無学である。暴力である。弱さの美しさを、知らぬ。それだけでも既に、私には、おいしくない。
 何がおいしくて、何がおいしくない、ということを知らぬ人種は悲惨である。私は、日本の(この日本という国号も、変えるべきだと思っているし、また、日の丸の旗も私は、すぐに変改すべきだと思っている。)この人たちは、ダメだと思う。
 芸術を享楽する能力がないように思われる。むしろ、読者は、それとちがう。文化の指導者みたいな顔をしている人たちのほうが、何もわからぬ。読者の支持におされて、しぶしぶ、所謂不健康とかいう私(太宰)の作品を、まあ、どうやら力作だろう、くらいに言うだけである。
 おいしさ。舌があれていると、味がわからなくて、ただ量、或いは、歯ごたえ、それだけが問題になるのだ。せっかく苦労して、悪い材料は捨て、本当においしいところだけ選んで、差し上げているのに、ペロリと一飲みにして、これは腹の足しにならぬ、もっとみになるものがないか、いわば食慾に於ける淫乱である。私には、つき合いきれない。ー 如是我聞 太宰治より

 

 

世間の者共はさうして「老大家」と云ふ言葉にそも騙され踊らされておる。

何せ女房の意見に圧倒せられて居るので彼等からはお便所臭ひ匂ひなどが放たれて居るのである。

其れと比べるとじぶんは確かに小説家としての苦しさをしかと受け持って来て居り其処で生まれて来てすみません、さうして生まれて来たこと自体が何かの間違ひであることとかうして長く闘って来た。

 

だが其処で我我は何か「おひしひ」ものを食はねばならぬ。

「おひしひ」ものを「ために」ならぬやうに食ふことこそが我我が今まさに生きて居ることの証拠である。

ところが「老大家」の藝術などは皆マズひ。

 

其れは何より無學であり暴力であり「弱さ」の美しさを知らぬ。

ー何がおいしくて、何がおいしくない、ということを知らぬ人種は悲惨である。ー

ー芸術を享楽する能力がないように思われる。むしろ、読者は、それとちがう。文化の指導者みたいな顔をしている人たちのほうが、何もわからぬ。読者の支持におされて、しぶしぶ、所謂不健康とかいう私(太宰)の作品を、まあ、どうやら力作だろう、くらいに言うだけである。ー

 

第一舌が荒れて居ると味など分からぬものだ。

そんなー食慾に於ける淫乱ー共にはもはやわたくしは付き合ひきれぬ。

 

 

 

ー何も、知らないのである。わからないのである。優しさということさえ、わからないのである。つまり、私たちの先輩という者は、私たちが先輩をいたわり、かつ理解しようと一生懸命に努めているその半分いや四分の一でも、後輩の苦しさについて考えてみたことがあるだろうか、ということを私は抗議したいのである。
 或る「老大家」は、私の作品をとぼけていていやだと言っているそうだが、その「老大家」の作品は、何だ。正直を誇っているのか。何を誇っているのか。その「老大家」は、たいへん男振りが自慢らしく、いつかその人の選集を開いてみたら、ものの見事に横顔のお写真、しかもいささかも照れていない。まるで無神経な人だと思った。
あの人にとぼけるという印象をあたえたのは、それは、私のアンニュイかも知れないが、しかし、その人のはりきり方には私のほうも、辟易へきえきせざるを得ないのである。
はりきって、ものをいうということは無神経の証拠であって、かつまた、人の神経をも全く問題にしていない状態をさしていうのである。
デリカシィ(こういう言葉は、さすがに照れくさいけれども)そんなものを持っていない人が、どれだけ御自身お気がつかなくても、他人を深く痛み傷つけているかわからないものである。
自分ひとりが偉くて、あれはダメ、これはダメ、何もかも気に入らぬという文豪は、恥かしいけれども、私たちの周囲にばかりいて、海を渡ったところには、あまりにいないようにも思われる。ー 如是我聞 太宰治より

 

 

君等には優しさや所謂デリカシィが欠けて御座る。

また先輩ならば後輩を労はれ。

 

アノ志賀 直哉などはじぶんの作品を貶しおった。

尤もじぶんには確かに無頼、頽廃の類が兆しては居るが其れとは別に志賀 直哉の無神経振りこそが最悪である。

かやうにデリカシィに欠けた奴は他人を深く傷つけても決して顧みぬものだ。

そんなじぶんだけが偉ひ文豪は海外には一人も居なひぞ。

 

 

ーこの頃、つくづくあきれているのであるが、所謂「老大家」たちが、国語の乱脈をなげいているらしい。キザである。いい気なものだ。国語の乱脈は、国の乱脈から始まっているのに目をふさいでいる。あの人たちは、大戦中でも、私たちの、何の頼りにもならなかった。私は、あの時、あの人たちの正体を見た、と思った。
 あやまればいいのに、すみませんとあやまればいいのに。もとの姿のままで死ぬまで同じところに居据ろうとしている。ー 如是我聞 太宰治より

 

 

かくして國語の乱脈は國のー精神のー乱脈から始まりまさに其れをやったのが文壇の老大家共だ。

其れもあやまれば良ひのに、結局死ぬまで其処に居座り続け太宰 治の作品をさうして貶すのだった。

 

 

ー今月は、それこそ一般概論の、しかもただぷんぷん怒った八ツ当りみたいな文章になったけれども、これは、まず自分の心意気を示し、この次からの馬鹿学者、馬鹿文豪に、いちいち妙なことを申上げるその前奏曲と思っていただく。
 私の小説の読者に言う、私のこんな軽挙をとがめるな。 ー如是我聞 太宰治より

 

 

そんな馬鹿學者、馬鹿文豪に対しては何処までもまたどんなことでも言ってやるぞ。

 

 

ーそうして、所謂官軍は、所謂賊軍を、「すべて烏合うごうの衆なるぞ」と歌って気勢をあげる。謀叛は、悪徳の中でも最も甚だしいもの、所謂賊軍は最もけがらわしいもの、そのように日本の世の中がきめてしまっている様子である。謀叛人も、賊軍も、よしんば勝ったところで、所謂三日天下であって、ついには滅亡するものの如く、われわれは教えられてきているのである。考えてみると、これこそ陰惨な封建思想の露出である。
 むかしも、あんなことをやった奴があって、それは権勢慾、或いは人気とりの軽業に過ぎないのであって、言わせておいて黙っているうちに、自滅するものだ、太宰も、もうこれでおしまいか、忠告せざるべからず、と心配して下さる先輩もあるようであるが、しかも古来、負けるにきまっていると思われている所謂謀叛人が、必ずしも、こんどは、負けないところに民主革命の意義も存するのではあるまいか。
 民主主義の本質は、それは人によっていろいろに言えるだろうが、私は、「人間は人間に服従しない」あるいは、「人間は人間を征服出来ない、つまり、家来にすることが出来ない」それが民主主義の発祥の思想だと考えている。
 先輩というものがある。そうして、その先輩というものは、「永遠に」私たちより偉いもののようである。彼らの、その、「先輩」というハンデキャップは、殆ど暴力と同じくらいに荒々しいものである。例えば、私が、いま所謂先輩たちの悪口を書いているこの姿は、ひよどり越えのさか落しではなくて、ひよどり越えのさか上りのていのようである。岩、かつら、土くれにしがみついて、ひとりで、よじ登って行くのだが、しかし、先輩たちは、山の上に勢ぞろいして、煙草をふかしながら、私のそんな浅間しい姿を見おろし、馬鹿だと言い、きたならしいと言い、人気とりだと言い、逆上気味と言い、そうして、私が少し上に登りかけると、極めて無雑作に、彼らの足もとの石ころを一つ蹴落けおとしてよこす。たまったものではない。ぎゃっという醜態の悲鳴とともに、私は落下する。山の上の先輩たちは、どっと笑い、いや、笑うのはまだいいほうで、蹴落して知らぬふりして、マージャンの卓を囲んだりなどしているのである。
 私たちがいくら声をからして言っても、所謂世の中は、半信半疑のものである。けれども、先輩の、あれは駄目だという一言には、ひと頃の、勅語の如き効果がある。彼らは、実にだらしない生活をしているのだけれども、所謂世の中の信用を得るような暮し方をしている。そうして彼らは、ぬからず、その世の中の信頼を利用している。
 永遠に、私たちは、彼らよりも駄目なのである。私たちの精一ぱいの作品も、彼らの作品にくらべて、読まれたものではないのである。彼らは、その世の中の信頼に便乗し、あれは駄目だと言い、世の中の人たちも、やっぱりそうかと容易に合点し、所謂先輩たちがその気ならば、私たちを気狂きちがい病院にさえ入れることが出来るのである。
 奴隷根性。ー 如是我聞 太宰治より

 

ーむかしも、あんなことをやった奴があって、それは権勢慾、或いは人気とりの軽業に過ぎないのであって、言わせておいて黙っているうちに、自滅するものだ、ー

ー古来、負けるにきまっていると思われている所謂謀叛人が、必ずしも、こんどは、負けないところに民主革命の意義も存するのではあるまいか。ー

ー民主主義の本質は、それは人によっていろいろに言えるだろうが、私は、「人間は人間に服従しない」あるいは、「人間は人間を征服出来ない、つまり、家来にすることが出来ない」それが民主主義の発祥の思想だと考えている。ー

ー先輩というものがある。そうして、その先輩というものは、「永遠に」私たちより偉いもののようである。彼らの、その、「先輩」というハンデキャップは、殆ど暴力と同じくらいに荒々しいものである。ー

ー先輩たちは、山の上に勢ぞろいして、煙草をふかしながら、私のそんな浅間しい姿を見おろし、馬鹿だと言い、きたならしいと言い、人気とりだと言い、逆上気味と言い、そうして、私が少し上に登りかけると、極めて無雑作に、彼らの足もとの石ころを一つ蹴落けおとしてよこす。ー

ーぎゃっという醜態の悲鳴とともに、私は落下する。山の上の先輩たちは、どっと笑い、いや、笑うのはまだいいほうで、蹴落して知らぬふりして、マージャンの卓を囲んだりなどしているのである。ー

 

 

文學の上での謀反人の太宰はさうして志賀 直哉の一喝にてぎゃあと叫んで地べたへ落ちる。

其れを嗤っていやあがる先輩共こそが人非人であり文學の敵であり且つ亦民主主義の敵である。

 

其ればかりかわたくしたち文壇の後輩をキチガヒ🏥へ入れやうとして御座る。

 

 

ー彼らは、意識してか或いは無意識か、その奴隷根性に最大限にもたれかかっている。
 彼らのエゴイズム、冷たさ、うぬぼれ、それが、読者の奴隷根性と実にぴったりマッチしているようである。或る評論家は、ある老大家の作品に三拝九拝し、そうして曰く、「あの先生にはサーヴィスがないから偉い。太宰などは、ただ読者を面白がらせるばかりで、……」
 奴隷根性も極まっていると思う。つまり、自分を、てんで問題にせず恥しめてくれる作家が有り難いようなのである。評論家には、このような謂わば「半可通」が多いので、胸がむかつく。墨絵の美しさがわからなければ、高尚な芸術を解していないということだ、とでも思っているのであろうか。光琳こうりんの極彩色は、高尚な芸術でないと思っているのであろうか。渡辺崋山かざんの絵だって、すべてこれ優しいサーヴィスではないか。
 頑固。怒り。冷淡。健康。自己中心。それが、すぐれた芸術家の特質のようにありがたがっている人もあるようだ。それらの気質は、すべて、すこぶる男性的のもののように受取られているらしいけれども、それは、かえって女性の本質なのである。男は、女のように容易には怒らず、そうして優しいものである。頑固などというものは、無教養のおかみさんが、持っている頗る下等な性質に過ぎない。先輩たちは、も少し、弱いものいじめを、やめたらどうか。所謂「文明」と、最も遠いものである。それは、腕力でしかない。おかみさんたちの、井戸端会議を、お聞きになってみると、なにかお気附きになる筈である。
 後輩が先輩に対する礼、生徒が先生に対する礼、子が親に対する礼、それらは、いやになるほど私たちは教えられてきたし、また、多少、それを遵奉してきたつもりであるが、しかし先輩が後輩に対する礼、先生が生徒に対する礼、親が子に対する礼、それらは私たちは、一言も教えられたことはなかった。
 民主革命。
 私はその必要を痛感している。所謂有能な青年女子を、荒い破壊思想に追いやるのは、民主革命に無関心なおまえたち先輩の頑固さである。
 若いものの言い分も聞いてくれ! そうして、考えてくれ! 私が、こんな如是我聞にょぜがもんなどという拙文をしたためるのは、気が狂っているからでもなく、思いあがっているからでもなく、人におだてられたからでもなく、いわんや人気とりなどではないのである。本気なのである。昔、誰それも、あんなことをしたね、つまり、あんなものさ、などと軽くかたづけないでくれ。昔あったから、いまもそれと同じような運命をたどるものがあるというような、いい気な独断はよしてくれ。
 いのちがけで事を行うのは罪なりや。そうして、手を抜いてごまかして、安楽な家庭生活を目ざしている仕事をするのは、善なりや。おまえたちは、私たちの苦悩について、少しでも考えてみてくれたことがあるだろうか。
 結局、私のこんな手記は、愚挙ということになるのだろうか。私は文を売ってから、既に十五年にもなる。しかし、いまだに私の言葉には何の権威もないようである。まともに応接せられるには、もう二十年もかかるのだろう。二十年。手を抜いたごまかしの作品でも何でもよい、とにかく抜け目なくジャアナリズムというものにねばって、二十年、先輩に対して礼を尽し、おとなしくしていると、どうやらやっと、「信頼」を得るに到るようであるが、そこまでは、私にもさすがに、忍耐力の自信が無いのである。
 まるで、あの人たちには、苦悩が無い。私が日本の諸先輩に対して、最も不満に思う点は、苦悩というものについて、全くチンプンカンプンであることである。ー如是我聞 太宰治より

 

 

文壇其れ自体がそんな奴隷根性に凭れ掛かって居りもはや民主革命が必要だ。

ー男は、女のように容易には怒らず、そうして優しいものである。頑固などというものは、無教養のおかみさんが、持っている頗る下等な性質に過ぎない。先輩たちは、も少し、弱いものいじめを、やめたらどうか。所謂「文明」と、最も遠いものである。それは、腕力でしかない。おかみさんたちの、井戸端会議を、お聞きになってみると、なにかお気附きになる筈である。ー

 

文壇はもう弱ひものいじめを止めよ。

弱ひ者とはわたくし太宰 治のことだ。

 

ーいのちがけで事を行うのは罪なりや。そうして、手を抜いてごまかして、安楽な家庭生活を目ざしている仕事をするのは、善なりや。おまえたちは、私たちの苦悩について、少しでも考えてみてくれたことがあるだろうか。ー

 

かうしていのちがけでやって来たぞ。其れも十五年も売文をして来たぞ。

 

ーしかし、いまだに私の言葉には何の権威もないようである。ー

 

事實として何故か権威には縁の無ひ太宰。

 

其れは何故かと言へば権威を含む強ひものを常に疎ましく思ひ攻撃して来たからなのだった。

対して弱きもの、弱きじぶんを常に擁護して来た。

まさに自己弁護であり自己の生き方に対する愛着である。

 

まさに其れを支へて居るものこそが太宰流の苦悩の理解なのであった。

 

 

ー何処どこに「暗夜」があるのだろうか。ご自身が人を、許す許さぬで、てんてこ舞いしているだけではないか。許す許さぬなどというそんな大それた権利が、ご自身にあると思っていらっしゃる。いったい、ご自身はどうなのか。人を審判出来るがらでもなかろう。

 志賀直哉という作家がある。アマチュアである。六大学リーグ戦である。小説が、もし、絵だとするならば、その人の発表しているものは、しょである、と知人も言っていたが、あの「立派さ」みたいなものは、つまり、あの人のうぬぼれに過ぎない。腕力の自信に過ぎない。本質的な「不良性」或いは、「道楽者」を私はその人の作品に感じるだけである。高貴性とは、弱いものである。へどもどまごつき、赤面しがちのものである。所詮あの人は、成金に過ぎない。
 おけらというものがある。その人を尊敬し、かばい、その人の悪口を言う者をののしり殴ることによって、自身の、世の中に於ける地位とかいうものを危うく保とうと汗を流して懸命になっている一群のもののいいである。最も下劣なものである。それを、男らしい「正義」かと思って自己満足しているものが大半である。国定忠治の映画の影響かも知れない。
 真の正義とは、親分も無し、子分も無し、そうして自身も弱くて、何処かに収容せられてしまう姿に於て認められる。重ね重ね言うようだが、芸術に於ては、親分も子分も、また友人さえ、無いもののように私には思われる。ー如是我聞 太宰治より

 

 

志賀 直哉と云ふアマチュア作家が立派さうに己惚れて居るがそんなものは何より不良であり道楽者である。

必然としての苦悩を何処にも有さぬタダの成金作家である。

だがわたくし太宰には何より苦悩を解する能力があり、しかも治ちゃんはいつも弱ひので本質的に高貴である。

 

そんなおけら野郎志賀 直哉は国定 忠治の映画の影響からか正義の作家と云ふヒロイズムに酔ひ痴れ弱ひ後輩の一作家だけをイジメ抜く。

だが藝術には正義も任侠道も何も無ひ。

 

逆におまへらのやうな権威権勢をふるう汚ひ作家こそが地獄に堕ちねばならぬ。

牢屋に入らねばならぬ、眞實と忍耐の作家太宰の足元にひれ伏さねばならぬ。

 

 

 

ー全部、種明しをして書いているつもりであるが、私がこの如是我聞という世間的に言って、明らかに愚挙らしい事を書いて発表しているのは、何も「個人」を攻撃するためではなくて、反キリスト的なものへの戦いなのである。
 彼らは、キリストと言えば、すぐに軽蔑けいべつの笑いに似た苦笑をもらし、なんだ、ヤソか、というような、安堵あんどに似たものを感ずるらしいが、私の苦悩の殆ど全部は、あのイエスという人の、「己れを愛するがごとく、汝の隣人を愛せ」という難題一つにかかっていると言ってもいいのである。
 一言で言おう、おまえたちには、苦悩の能力が無いのと同じ程度に、愛する能力に於ても、全く欠如している。おまえたちは、愛撫あいぶするかも知れぬが、愛さない。
 おまえたちの持っている道徳は、すべておまえたち自身の、或いはおまえたちの家族の保全、以外に一歩も出ない。
 重ねて問う。世の中から、追い出されてもよし、いのちがけで事を行うは罪なりや。
 私は、自分の利益のために書いているのではないのである。信ぜられないだろうな。
 最後に問う。弱さ、苦悩は罪なりや。ー 如是我聞 太宰治より

 

 

我は今此処にて反キリスト的なもの?への戦ひを開始する。

わたくしの苦悩はイエス様の教へである「己れを愛するがごとく、汝の隣人を愛せ」と云ふ命題と真面目に向き合って来たからに他ならなひ。

わたくしの苦悩は其のやうに至極次元の高ひところにて行はれて居るお話なのだ。

 

ではズバリ言おう。

おまへたちには苦悩も愛も無ひ。

おまへたちの道徳とは👪まみれの利己主義以外のものには非ず。

重ねて問ふ。

 

いのちがけで苦悩して来た太宰と云ふ精神は其れが罪なりや?

わたくしは欲を捨て現世利益を捨て只文學の為に只藝術の為にだけ奉仕して来た。

さうして読者を眞理へと導かんとして其の一行一行を命を削りつつ刻して来た。

 

其れを弱ひと嗤ふなら嗤ふが良ひ。

だが其の弱さとは眞の罪なりや?

 

 

 ー或る雑誌の座談会の速記録を読んでいたら、志賀直哉というのが、妙に私の悪口を言っていたので、さすがにむっとなり、この雑誌の先月号の小論に、附記みたいにして、こちらも大いに口汚なく言い返してやったが、あれだけではまだ自分も言い足りないような気がしていた。いったい、あれは、何だってあんなにえばったものの言い方をしているのか。普通の小説というものが、将棋だとするならば、あいつの書くものなどは、詰将棋である。王手、王手で、そうして詰むにきまっている将棋である。旦那芸の典型である。勝つか負けるかのおののきなどは、微塵みじんもない。そうして、そののっぺら棒がご自慢らしいのだからおそれ入る。

 どだい、この作家などは、思索が粗雑だし、教養はなし、ただ乱暴なだけで、そうして己れひとり得意でたまらず、文壇の片隅にいて、一部の物好きのひとから愛されるくらいが関の山であるのに、いつの間にやら、ひさしを借りて、図々しくも母屋に乗り込み、何やら巨匠のような構えをつくって来たのだから失笑せざるを得ない。
  今月は、この男のことについて、手加減もせずに、暴露してみるつもりである。
  孤高とか、節操とか、潔癖とか、そういう讃辞さんじを得ている作家には注意しなければならない。それは、殆んど狐狸こり性を所有しているものたちである。潔癖などということは、ただ我儘わがままで、頑固で、おまけに、抜け目無くて、まことにいい気なものである。卑怯ひきょうでも何でもいいから勝ちたいのである。人間を家来にしたいという、ファッショ的精神とでもいうべきか。
  こういう作家は、いわゆる軍人精神みたいなものに満されているようである。手加減しないとさっき言ったが、さすがに、この作家の「シンガポール陥落」の全文章をここに掲げるにしのびない。阿呆の文章である。東条でさえ、こんな無神経なことは書くまい。甚だ、奇怪なることを書いてある。もうこの辺から、この作家は、駄目になっているらしい。ー如是我聞 太宰治より

 

 

此の志賀 直哉と云ふ奴が兎に角許せぬ。

其れも威張った物言ひにて、思想も粗雑でしかも教養が無ひ癖に巨匠のやうな構へでもって兎に角態度がデカひ。

 

彼の本質は乱暴でもってしかもデリカシィにも欠けて御座る。

此の作家はー人間を家来にしたいという、ファッショ的精神ーの持ち主でもってー狐狸性ーを所有して居るのだ。

其れはー軍人精神みたいなものに満されているーからこそさうなるのだ。

 

この作家こそは、もうダメだ。

 

 

ー言うことはいくらでもある。
 この者は人間の弱さを軽蔑している。自分に金のあるのを誇っている。「小僧の神様」という短篇があるようだが、その貧しき者への残酷さに自身気がついているだろうかどうか。ひとにものを食わせるというのは、電車でひとに席を譲る以上に、苦痛なものである。何が神様だ。その神経は、まるで新興成金そっくりではないか。
 またある座談会で(おまえはまた、どうして僕をそんなに気にするのかね。みっともない。)太宰君の「斜陽」なんていうのも読んだけど、閉口したな。なんて言っているようだが、「閉口したな」などという卑屈な言葉遣いには、こっちのほうであきれた。
 どうもあれには閉口、まいったよ、そういう言い方は、ヒステリックで無学な、そうして意味なくたかぶっている道楽者の言う口調である。ある座談会の速記を読んだら、その頭の悪い作家が、私のことを、もう少し真面目にやったらよかろうという気がするね、と言っていたが、唖然あぜんとした。おまえこそ、もう少しどうにかならぬものか。
 さらにその座談会に於て、貴族の娘が山出しの女中のような言葉を使う、とあったけれども、おまえの「うさぎ」には、「お父さまは、うさぎなどお殺せなさいますの?」とかいう言葉があった筈で、まことに奇異なる思いをしたことがある。「お殺せ」いい言葉だねえ。恥しくないか。
 おまえはいったい、貴族だと思っているのか。ブルジョアでさえないじゃないか。おまえの弟に対して、おまえがどんな態度をとったか、よかれあしかれ、てんで書けないじゃないか。家内中が、流行性感冒にかかったことなど一大事の如く書いて、それが作家の本道だと信じて疑わないおまえの馬面うまづらがみっともない。
 強いということ、自信のあるということ、それは何も作家たるものの重要な条件ではないのだ。
 かつて私は、その作家の高等学校時代だかに、桜の幹のそばで、いやに構えている写真を見たことがあるが、何という嫌な学生だろうと思った。芸術家の弱さが、少しもそこになかった。ただ無神経に、構えているのである。薄化粧したスポーツマン。弱いものいじめ。エゴイスト。腕力は強そうである。年とってからの写真を見たら、何のことはない植木屋のおやじだ。腹掛どんぶりがよく似合うだろう。
 私の「犯人」という小説について、「あれは読んだ。あれはひどいな。あれは初めから落ちが判ってるんだ。こちらが知ってることを作家が知らないと思って、一生懸命書いている。」と言っているが、あれは、落ちもくそもない、初めから判っているのに、それを自分の慧眼けいがんだけがそれを見破っているように言っているのは、いかにももうろくに近い。あれは探偵小説ではないのだ。むしろ、おまえの「雨蛙あまがえる」のほうが幼い「落ち」じゃないのか。
 いったい何だってそんなに、自分でえらがっているのか。自分ももう駄目ではないかという反省を感じたことがないのか。強がることはやめなさい。人相が悪いじゃないか。ー 如是我聞 太宰治より

 

 

おまへは神様では無く新興成金だ。

ー「お父さまは、うさぎなどお殺せなさいますの?」いい言葉だねえ。恥しくないか。ー

ーおまえはいったい、貴族だと思っているのか。ブルジョアでさえないー

ーそれが作家の本道だと信じて疑わないおまえの馬面うまづらがみっともない。ー

ー強いということ、自信のあるということ、それは何も作家たるものの重要な条件ではないのだ。ー

ー芸術家の弱さが、少しもそこになかった。ただ無神経に、構えているのである。ー

ー弱いものいじめ。エゴイスト。ー

ーそれを自分の慧眼けいがんだけがそれを見破っているように言っているのは、いかにももうろくに近い。ー

ーいったい何だってそんなに、自分でえらがっているのか。自分ももう駄目ではないかという反省を感じたことがないのか。強がることはやめなさい。人相が悪いじゃないか。ー

 

 

かくして太宰の思想は徹底的に弱さや威張らぬことへと向ひて居て確かに其れは一種宗教的な境地ですらある。

あへて人間の弱さを見詰めたと云ふよりもさうした部分へ自らを追ひ込んで行った破滅型の太宰にとり其の弱さなり逃げへの信仰こそが権威への唯一のプロテストなのだった。

 

太宰は確かに自分には甘ひ部分もまたあるのだが其の反権威であり秩序としての矛盾を認めたがらぬ部分などは如何にも左翼的に潔癖だ。

 

 

ーいったい、この作家は特別に尊敬せられているようだが、何故、そのように尊敬せられているのか、私には全然、理解出来ない。どんな仕事をして来たのだろう。ただ、大きい活字の本をこさえているようにだけしか思われない。「万暦赤絵」とかいうものも読んだけれど、阿呆らしいものであった。いい気なものだと思った。自分がおならひとつしたことを書いても、それが大きい活字で組まれて、読者はそれを読み、襟を正すというナンセンスと少しも違わない。作家もどうかしているけれども、読者もどうかしている。 ー 如是我聞 太宰治より

 

兎に角ー作家もどうかしているけれども、読者もどうかしている。ー

 

 

ーも少し弱くなれ。文学者ならば弱くなれ。柔軟になれ。おまえの流儀以外のものを、いや、その苦しさを解るように努力せよ。どうしても、解らぬならば、だまっていろ。むやみに座談会なんかに出て、恥をさらすな。無学のくせに、カンだの何だの頼りにもクソにもならないものだけに、すがって、十年一日の如く、ひとの蔭口をきいて、笑って、いい気になっているようなやつらは、私のほうでも「閉口」である。勝つために、実に卑劣な手段を用いる。そうして、俗世に於て、「あれはいいひとだ、潔癖な立派なひとである」などと言われることに成功している。殆んど、悪人である。
 君たちの得たものは、(所謂文壇生活何年か知らぬが、)世間的信頼だけである。志賀直哉を愛読しています、と言えばそれは、おとなしく、よい趣味人の証拠ということになっているらしいが、恥しくないか。その作家の生前に於て、「良風俗」とマッチする作家とは、どんな種類の作家か知っているだろう。
 君は、代議士にでも出ればよかった。その厚顔、自己肯定、代議士などにうってつけである。君は、あの「シンガポール陥落」の駄文(あの駄文をさえ頬かむりして、ごまかそうとしているらしいのだから、おそるべき良心家である。)その中で、木に竹を継いだように、頗る唐突に、「謙譲」なんていう言葉を用いていたが、それこそ君に一番欠けている徳である。君の恰好の悪い頭に充満しているものは、ただ、思い上りだけだ。この「文藝」という座談会の記事を一読するに、君は若いものたちの前で甚だいい気になり、やに下り、また若いものたちも、妙なことばかり言ってびているが、しかし私は若いものの悪口は言わぬつもりだ。私に何か言われるということは、そのひとたちの必死の行路を無益に困惑させるだけのことだという事を知っているからだ。ー 如是我聞 太宰治より

 

ー文学者ならば弱くなれ。柔軟になれ。ー

太宰は兎に角高圧的な権威の力を何より嫌って居たものらしひ。

ー勝つために、実に卑劣な手段を用いる。そうして、俗世に於て、「あれはいいひとだ、潔癖な立派なひとである」などと言われることに成功している。殆んど、悪人である。ー

確かに悪人こそが世にのさばるものと世の相場は決まって居る。

 

ー君は、代議士にでも出ればよかった。その厚顔、自己肯定、代議士などにうってつけである。ー

太宰にとり小説家はもっと弱く繊細でもって偉ぶって居てはならぬのだった。

此の辺りが意外と潔癖である。

 

 

 

 

志賀直哉の一生には、生死を賭したアガキや脱出などはない。彼の小説はひとつの我慾を構成して示したものだが、この我慾には哲学がない。彼の文章には、神だの哲学者の名前だのたくさん現われてくるけれども、彼の思惟の根柢に、たゞの一個の人間たる自覚は完全に欠けており、たゞの一個の人間でなしに、志賀直哉であるにすぎなかった。だから神も哲学も、言葉を弄ぶだけであった。
 志賀直哉という位置の安定だけが、彼の問題であり、彼の我慾の問題も、そこに至って安定した。然し、彼が修道僧の如く、我慾をめぐって、三思悪闘の如く小説しつゝあった時も、落ちつく先は判りきっており、見せかけに拘らず、彼の思惟の根柢は、志賀直哉という位置の安定にすぎなかったのである。
 彼は我慾を示し肯定して見せることによって、安定しているのである。外国には、神父に告白して罪の許しを受ける方法があるが、小説で罪を肯定して安定するという方法はない。こゝに日本の私小説の最大の特色があるのである。
 神父に告白して安定する苦悩ならば、まことの人間の苦悩ではない。志賀流の日本の私小説も、それと同じニセ苦悩であった。
 だが、小説が、我慾を肯定することによって安定するという呪術的な効能ゆたかな方法であるならば、通俗の世界において、これほど救いをもたらすものは少い。かくて志賀流私小説は、ザンゲ台の代りに宗教的敬虔さをもって用いられることゝなった。その敬虔と神聖は、通俗のシムボルであり、かくて日本の知性は圧しつぶされてしまったのである。


  夏目漱石も、その博識にも拘らず、その思惟の根は、わが周囲を肯定し、それを合理化して安定をもとめる以上に深まることが出来なかった。然し、ともかく漱石には、小さな悲しいものながら、脱出の希いはあった。彼の最後の作「明暗」には、悲しい祈りが溢れている。志賀直哉には、一身をかけたかゝる祈りは翳すらもない。
 ニセの苦悩や誠意にはあふれているが、まことの祈りは翳だになく、見事な安定を示している志賀流というものは、一家安穏、保身を祈る通俗の世界に、これほど健全な救いをもたらすものはない。この世界にとって、まことの苦悩は、不健全であり、不道徳である。文学は、人間の苦悩によって起ったひとつのオモチャであったが、志賀流以来、健康にして苦悩なきオモチャの分野をひらいたのである。最も苦悩的、神聖敬虔な外貌によって、全然苦悩にふれないという、新発明の健全玩具であった。
 この阿呆の健全さが、日本的な保守思想には正統的な健全さと目され、その正統感は、知性高き人々の目すらもくらまし、知性的にそのニセモノを見破り得ても、感性的に否定しきれないような状態をつくっている。太宰の悲劇には、そのような因子もある。
 然し、志賀直哉の人間的な貧しさや汚らしさは、「如是我聞」に描かれた通りのものと思えば、先ず、間違いではなかろう。志賀直哉には、文学の問題などはないのである。ー志賀直哉に文学の問題はない 坂口安吾より

 

 

さて一方で此の太宰の批判に対する坂口 安吾の見解が以上である。

わたくしはかうしたことの言へる安吾のことをかねてより尊敬して来て居る。

 

ーニセの苦悩や誠意にはあふれているが、まことの祈りは翳だになく、見事な安定を示している志賀流というものは、一家安穏、保身を祈る通俗の世界に、これほど健全な救いをもたらすものはない。この世界にとって、まことの苦悩は、不健全であり、不道徳である。文学は、人間の苦悩によって起ったひとつのオモチャであったが、志賀流以来、健康にして苦悩なきオモチャの分野をひらいたのである。最も苦悩的、神聖敬虔な外貌によって、全然苦悩にふれないという、新発明の健全玩具であった。ー

 

さうなのだ、其の苦悩と云ふことを人々は普通求めなひ。

世俗の健康とは苦悩無きことであり、無論のこと其れは宗教上の眞理とは眞逆の価値観なのだ。

 

いや宗教の目的も其の苦悩無きことなのだが其の前提として苦悩の認識が無ければ狭き門より眞理の道へは入れなひ。

其の苦悩の認識こそが世俗の価値観では不健全であり不道徳なものと化すのである。

 

ーこの阿呆の健全さが、日本的な保守思想には正統的な健全さと目され、その正統感は、知性高き人々の目すらもくらまし、知性的にそのニセモノを見破り得ても、感性的に否定しきれないような状態をつくっている。太宰の悲劇には、そのような因子もある。ー

 

非常に鋭ひ指摘である。矢張りと言ふべきか安吾の慧眼もまた凄ひ。

但し太宰の批判もまた凄ひ。

強きものに対する恨みつらみを書かせたらまさに太宰の右に出る者は居なひ。

 

文壇の大御所をやっつけ切って居る。

まさに貶し切って居る。

此処等からしても矢張り無頼派の面々は凄ひ文士達だったのだと言へやう。