目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

巨大化により事実として滅ぶ人類


「さて皆さんも 現代世界で沢山の時限爆弾がカチカチ時を刻み作動しているのをご存知でしょう 時限爆弾は数十年で起爆します すべてが50年以内に爆発します その一つでも我々には致命的です 時限爆弾は、水、土壌、気候変動、侵入生物種 光合成の許容限度、人口問題、毒物、その他いろいろです リストは12にも上ります そしてこれらの時限爆弾が50年以上の猶予があるものはなくほとんどが数十年のうちに起爆します 場所によってはそのいくつかがもっと早くに爆発します 今のままの率で伐採を続ければフィリピンは5年以内に伐採可能な森林を失うでょう そしてソロモン諸島は彼らの輸出の大半を占める伐採可能な森林をあと一年程で失う所まで来ています そしてそれはソロモン諸島の経済に大きな打撃を与えるでしょう よくこう聞かれます "世界の環境問題で我々がやるべき 一番重要なことはなんだ?"


現代文明につきわたくしが危惧するのは、まずは此の時間の問題です。

前回引用したダイアモンド氏のTEDでの発言は其の猶予無き様を上手く表現されて居ました。

文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)




曰く其れは時限爆弾である、とそう云われるのです。

個人的にはまさに的確な表現だと思います。


今我我は時限爆弾がセットされた檻の中に居て其の檻こそが文明です。

其の檻が時限爆弾を自らセットして居るのだからほんたうは其の檻から脱け出せば爆死しなくて済む。


然し其れは我我にはもう無理です。

我我は其の死への歩みを続ける他ない。





死?

一体何のことを言って居るの?

文明は其の死さえをも克服しようとして居るのだよ。

事実確実に寿命は延びた。

我我はかっての倍もの生の時間を与えられるに至った。



ところが、文明は其処で無理をし続けて来て仕舞って居た。

謂わば大宇宙の摂理に対する反逆を行って来ざるを得なかった。


其の反逆こそが近代だとわたくしは結論付けて来て居ります。



近代はそうして人間を大きくしていきました。

ところが真理から説かれる人間の現実の姿はあくまで限定です。

其の限定性に対する挑戦こそが近代といふ妄想状態の特質です。



ですが其の試みは必然的に罪を生ずることでしょう。

所謂宗教的な意味での、いや大宇宙の摂理に対する罪過のようなものを。



近代とは其のやうな自滅への罪の過程です。

残念ながら其れ以外のものではあり得ない。


要するに自分で自分の首を絞め続けて居るのです。

ただし自殺したいからそうして居るのではない。

そうではなく、自滅なのです。



何故なら近代以降の人類は皆生きることが好きでたとへばSEXなども大好きだ。

女が好きだ、兎に角色好みだ。

隙あらば女の尻を撫でたいとそう思って居ることだろう。


だがそんな時間があるならばまず此の惨状をば認識せよ。

地球が悲鳴をあげ続けて居る其の真実の様をしかと見よ。



だから曇った眼で全てを見て居てはいけない。

君にも目があろう筈だ、其の目が。

ネット浸けになり女浸けになりおまけに酒浸りで物欲全開で宗教嫌いな、おお、まさにまさに神仏をも畏れぬ此の愚か者達よ。



汝等の頭上には神仏の叡智が限りなく拡がっていようといふのに汝等の穢れたタマシイは決して其れを見ようとはしない。

触れたくもない、聞きたくない、恐い兎に角恐い、もう怖くて怖くて仕方がない。

ただただ神仏の罰が怖い。



近代を否定して、山奥へ引っ込み、さらに其処で引っ込み思案をする。

其れが実は理想の生活です。



死への歩み?

然し其れは極端な見方ではないのか。

或は詩人の頭の中がうつ病などにおかされて居るのではないか。



いやそうではない。

確かに我は神経過敏症だ。

でもウツ病ではない。

ましてやキチ×イなんかじゃない。

ただ近代が築き上げて来たデカい人間が気に食わないだけ、嫌いなだけなのさ。



おい、君、君は何故生が好きなのだ?

昔から皆生をトコトン悩んで大きくなったのだ。

たとへば文學は其の悩みそのもののことだ。

たとへばかの原口 統三などはかって其の生に於ける観念的苦闘を最大限に成し遂げし伝説的な詩人である。



おお、こんなところに一冊の本がある。

清岡 卓行氏が書かれた海の瞳といふ本で、これぞまさに原口 統三につき書かれた本である。

我は是を是非読みたいが、此処でこんなことを書かなくちゃいけないゆえ読めない。

こりゃあ一体誰の責任だ、誰の。






其の巨大化した人間による巨大化した技術は、近い将来に文明に対しひとつの大問題を突き付ける。

其れが所謂2045年問題、所謂技術的特異点とされて居る問題である。技術的特異点


「人類が人工知能と融合し、生物学的な思考速度の限界を超越することで、現在の人類からして、人類の進化速度が無限大に到達したように見える瞬間に到達すること[3][4]。実際に人類の進化速度が無限大になることはないが、進化速度が極めて速く、数学的な特異点と同様に見えるため、このように名付けられた。」Wikipediaより引用



現在人工知能の発達が異常な程加速され行われつつある。

ただしひとつここで危惧されることは、我我には其の実感が湧かず其れがどのやうな変化を人間の社会いや我我の生活自体に齎すものであるかといふことをまるで予想出来ないことなのである。



実は此の、人間の感覚と科学技術の進歩との差、実感される其の乖離の様こそが真の意味での危機を指し示しても居よう。

それと先に文明が時限爆弾であることを述べた。


実は此のことに就いても、我我には其の危機への実感が欠けて居るのである。



要するに高度に推し進められる近代的要素が人間の認識能力を超え理解不可能な段階へと至って仕舞うのだ。


人工知能、戦争のロボット化、再生医療、不死への挑戦など、現代社会が推し進める巨大化には限りがなくかつ須らくが人間の自然な感覚とは乖離して居る。


今わたくしが危惧するのは其の一点だけである。



等身大の人間をもはや取り戻せない文明であり人類。

其の哀れさにつき常に考えるのだ。



現代社会は何故際限なく求めて仕舞うのだろう。

しかも、時限爆弾が起動しつつあると云うのにさらなる時限爆弾ー今度は人工知能といふ核爆弾か?-を追い求めてやまぬのだ。



なので其れは科学だの技術だのといふ一種考えなくても良い領域で括られる問題ではないのだ。

文學や宗教、或は哲學は今まさに此の問題に対して疑義を呈していかねばならない。



是非其処で文明の巨大化、或は人間の巨大化に対する諫めの言葉を紡いでいくべきなのだ。



然し人文系の領域はもはや発言力を持たない。

事実人文系の領域が文明を規定し得る時代はすでに過ぎ去って居る。

正確には二十世紀半ばですでに役目を終えて居よう。



だからここでも乖離がある。

合理主義と人文主義との間に大きく隔たりがある。



わたくしは此の隔たりこそがおそらくは文明の死への歩みを加速させるものだろうと見て居る。

されどもはや如何ともし難い。

もう全てはどうにもならないことなのである。




一方で、確率は低くなることだろうが文明は滅亡せず2045年以降も諸の進歩を進めていくのかもしれない。

すると其処でどんなことが起こるのだろうか。

果たして無限に知を拡げる其の人工知に対して生身の人間が対抗し得るものなのか。


勿論出来る訳がない。

人工知能に対して、或は人間の脳と人工知能とのハイブリッド体に対して、其の限定性の解除に対して対抗し得るものなどない。



逆に其の時新たに神の創成が行われないとも限らない。

SFチックな話ではあるがあり得ないことではない。

でもそんなのは嘘の神なのかもしれない。



神は矢張りひとつでないと困るのであるし。

其の人工神はほんたうの神を天国から追い出すのやもしれぬ。

そうなればそれこそがまさにほんたうの神の殺害だ。



さうして人間は事実として神を殺す。

然し其の途端に宇宙は消滅する。

人間が、此の馬鹿共が宇宙を消滅させ其れでひとつの悲劇が幕を閉じる。



でも一番怖いことは、今かうして書いて居るSFじみたまさに空想科学的妄想のやうなことが事実として起こるといふことなのだ。

其れも2050年辺りまでには現実としてそう規定されるのである。



何故そんなことが起こり得るのか?

人間が大きくなり過ぎたからである。

実は神と等しい程に、或は宇宙と等しい程に巨大化して仕舞ったのである。

此の巨大化した人間は人間をして神の領域へと導くことだろう。


のではなく、もうまるで嘘の神の領域へと導くだろうこと必定である。




はあ、キチ○イ文明。

もうまるでなってない文明。

犯罪者の巣窟。

宇宙の破壊者。

地獄の支配者。

ズバリ悪魔。



そうは言っても、其れはタダの自称詩人が喚いているだけのことで世界には何ら変化が生じない。

科学者はそして技術者はより良い明日を、そして輝かしい未来を信じ日々頑張るのみだ。

やがては宇宙をブチ壊すことも知らずに、さうしてセッセとお仕事に打ち込み変なものばかりを生み出していくのである。



幻滅、そして絶望。

やっぱし原口 統三を読むとでもするか。