目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

内容では無くて本が読み易いかどうか、年取るともう其れだけなんですよね。


塾の先生が芥川賞を受賞なされたそうで、其れは其れはどうもオメデトウ御座います。

然し今や芸人が芥川賞を受賞する位なのでーあくまで個人的には又吉氏が好きですがー、塾の先生が受賞されても其れは至極当たり前のことである。

わたくしは難しい小説を書こうと思えば書けるのではないかと思われるが、其処はあくまで詩人なので小説みたいに冗長かつ面倒くさいものには興味が無く従って小説よりはパッと感ずることの出来る絵画の方により惹かれると云うかより大きく興味が御座います。


また文にしても矢張り小説よりは詩の方ですね。



其れと還暦近くになると目も悪くなるので結局デカい活字でもってしてしかも文字数の少ない詩集の方が読み易い訳です。

丁度部屋に散らかって居りました本を整理整頓したところですが、最近わたくしが読んで居る本は文明批判乃至は自然科学系の本ばかりなので文學書などはほとんど出て来ない。


然しまだ読んでは居ないのですが「等伯」の上下刊が出て参りましたが是が兎に角分厚い本である。

云ふまでもなく安倍 龍太郎氏の直木賞受賞作ですが、実はまだ読んで居ないのである。

と言いますか、つひ忘れて仕舞うのである。


アマゾンで本を買ったこと自体を忘れて仕舞い段ボール箱の中に本たちが大人しく眠って居るのである。



かの佐伯 啓思先生の本なども三冊も出て来ましたが勿論まだ読んで居りません。

でもこうした学術本は小説よりは面白く読めるのではないかと思います。


學者の書いた本は何せ勉強になりますので面白く読ませて頂いて居ります。

と云うか學者の書いた本でないと読めない感じにもなりつつあります。


究極的には學者の書いた本の内容も學説所謂理論と無関係では無く其処がフィクショナルだと云えば其の通りなのでしょうが其処は論理的であることだけは間違いなく元々理窟に傾き易いわたくしの心性には理解がし易いと云う事です。



一冊また面白いのが出て参りまして、コレが「夏目漱石文明評論集第一集」と云うもので漱石の反骨精神の発露としての文明論集とのことです。【大活字本】夏目漱石文明評論選第1集-漱石の反骨精神、文明論

とのことだとの何やら他人行儀な話ですが、わたくしは自分で此の本が読みたくなり一年程前にアマゾンから買って居たのであります。



ところが段ボールの箱の中に其の後一年に亘り眠って仕舞って居た本だ。

うわー、コレは良い本が出て来たぞよ、早速読んでみよう、どんな内容なのかな?

ところが此の本、活字が馬鹿みたいにデカいのであります。


もうとんでもなくデカい活字で当然ながら読み易い。


つまりは爺、婆、にはまさにおススメ出来る本である。



其れで、内容の方は兎も角其の響林社の大活字本と云うものに頗る惹きつけられウワー、何て本なんだ、本の可能性を今まさに此処に見たり!などとも思って仕舞いました。

つまるところもはや現代人には細かい活字を肉眼で追うこと自体が億劫である。



なので是非デカい活字の文學書を出版すべきだ


要するにもはや文學はネットには対抗出来ない。

と云うよりもネット上で青空文庫は読めるのだししかも字がデカいので至極読み易い。



だから実体としての本の方も其れと同じことをやらなければダメだ。



其れと詩は流石に文字数が少ないので読むことで疲れなくて済む。

ドレドレ、嗚呼、半年前に買った筈のヘルダーリン詩集の文庫本が出て来た。



うーむ、矢張り読み易い。

まさに字が少ない、字が。

こんな風に字の少ないのが好きだ。



おお、こんなところに「ドゥイノの悲歌」の文庫本が!

ドレドレ、ウワー、字が多い!

活字が多いともう幾ら大好きなリルケでも読みたくなくなって仕舞う。



そんな訳ですでに本の内容や主題、他諸の文學的な意味合いよりもデカい本でもってしてしかもデカい活字であることが兎に角今のわたくしには読み易いと云うお話をさせて頂きました。



尚彼はどことなく暗いですね。芥川賞・沼田真佑さんが会見

暗い塾の先生が書かれた作品が嫌いではないわたくしですが、今でさえもう読む本だらけでヤフオクやってる暇が無いやうな状況ですので彼の作品を読んでいる暇がない。


と申しますか、其れよりも何よりも、まず何年も寝かせて居る「等伯」の上下刊の方を読まねばならない。



ドレドレ、字の大きさはどんなでしょうか?

うわー、字が細かい。

コレはいかにも読むのが大変だ。


だからもう内容では無くて本が読み易いかどうか、年取るともう其れだけなんですよねー。