目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

#宗教哲學

「有無」判断に於ける哲學的随想ー宗教論を交えたところでの壱つの現象論ー

「有無」判断に於ける哲學的随想ー宗教論を交えたところでの壱つの現象論ー 松田聖子が中大法学部の通信課程を卒業…愛娘の急逝経てアラカンで“学び直し”の深謀遠慮 (msn.com) かうして此の人は實は頗る頭が良かったのだった。 さてつい先程3時間程かけて書…

南師の言説より「禅」としての認識の本質を探るーおそらくは南師の認識こそが90パーセント位正しいー

南師の言説より「禅」としての認識の本質を探るーおそらくは南師の認識こそが90パーセント位正しいー 「アンタらの宗教には死んでも入信しない!」ファミレスで宗教勧誘された男性が激怒した理由 - ライブドアニュース (livedoor.com) さて個人的には「宗…

かうして「脱構築による構築」をこそ目指して行く我が精神ー兎に角物凄く潔癖な御釈迦様による教えのことなどー

かうして「脱構築による構築」をこそ目指して行く我が精神ー兎に角物凄く潔癖な御釈迦様による教えのことなどー 本日もまた良い感じで雨降りです。 つい先程雨が小降りとなり其れでもってたわわに實る黄苺を澤山収穫した。 其れを母とわたくしが喜んで食うの…

日本人の馬鹿ー現世利益性ーを猛勉強にて治さう

ーキリスト教の原理を理解し守っていた日本人信者は実は現世や来世で単に幸せになりたいだけであり、キリスト教にとっての神の教えの真の尊さは関係がなかったのである。教義を理解していても真の信仰は無かったのである。 日本人は結局、個人もしくは(これ…

聖フランチェスコの「太陽の賛歌」より

ーフランチェスコはイスラーム世界への宣教にも意欲をもっていた。1209年から1212年のどこかで船に乗ってシリアに向かったが、船が難破してダルマチア沿岸に漂着して断念した[88]。1212年から1214年のどこかには殉教覚悟でモロッコを目指したが、途中のスペ…

聖フランチェスコの「平和の祈り」より

ー中世中期、荘園領主化した既存の修道会の腐敗に対する反省としてうまれた。元来は修道院が所属する教区内で、修道士が托鉢を行い、善意の施しによって生活して衣服以外には一切の財産をもたなかった。ー托鉢修道会より ー「フランシスコ」という教皇の名は…