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そんな「萬年筆大國」への妄想に関してー「職人技」こそが鍵を握る我が國と万年筆の将來2ー

そんな「萬年筆大國」への妄想に関してー「職人技」こそが鍵を握る我が國と万年筆の将來2ー

 

 

 

 

例えば🗾の中小企業、即ち東大阪だとかまた此処尾張での主に物作りを旨とする中小企業、さらに関東圏などにもまたあれこれと有るのでせうがつまりは町工場、かうした部分にこそ其の「職人技」なるものがまさに自然な形で継承されて居たりもまたする。

また其の「物作り」の技術とは實は「精神論」により形作られるものなのでもまたあらう。

 

すると逆に申せば🗾の物作りは所謂近代化を拒むとでも?

おそらく本質的にはさうだらう。

 

ですがむしろ其れは惡いことでは無いのです。

むしろであるが故に日本製品は常に優秀であり且つ再生力をこそ有するのだ。

 

再生力?

でも🗾は今やこんなに貧乏ですが…。

 

其れは日銀や官僚や政治家共が皆バカだからさうなってるのでありそんな「職人技」のせいではまさか無いのです。

では何故日銀や官僚や政治家共はさうして揃いも揃って皆バカなんですか?

 

そりゃ知らんわ。

そんなバカ共のことはそも儂には分からん。

 

 

再生力?

では🗾は再び世界に冠たる壱等國として再生し得る?

 

いや壱等國にはもはや返り咲けぬ。

ならどーすりゃいいのだ?

 

だからむしろ「職人技」に生きるとの御話でせう。

でも🗾の家電などは皆「職人技」にて出來て居ますよ。

 

いえまるで出來てません。

逆に要らん機能にてガチガチに固められしかも其の分頗る高価ともなりもはや東南亜細亜の人などには手が出せません。

 

では其の東南亜細亜の人に売れるやうな所謂シンプルな品をしかも「職人技」にてつくり世界市場に出せば其れが飛ぶやうに売れるのですか?

いや其れもなかなか売れはしません。

 

何故なら中國製の物が安くて良くなって居ますので。

だったらどーすりゃいいの?

 

はい、其れはむしろみんなで「職人」をやり物資の出入りを制限し「鎖國」するつまりは保護貿易體制とするのです。

するとまるで儲かりませんが國内需要ダケは充たされおまけに良い物が周りに増え其れもよーく其れ等を観察するとそんな「職人技」が発揮されることだらうおおまさに豊かで且つ高尚な消費生活こそが其処に實現されるのです。

 

もしや其れは徹底し自ら進んで「参等國」となるとの御話なのですか?

まあ何等國でも良いのですが最低限食料自給が出來る國にならんと経済成長も何もありません。

 

ですが其の経済成長をせずとも🗾國民はむしろ豊かに暮らして行けることだらう。

 

うーん、すると🗾再生の鍵とはまさに其の「職人技」のことなのか。

さう其の「職人技」とは伝統としての🗾人の生活を實質的に支配することだらう「物」への向き合い方のことなのだ。

 

つまるところ此処🗾の経済原理とは「資本主義」ではむしろ無く其の「職人技」こそが齎す原理なのだからして。

 

ではそんな「日本刀」で良いのですね?

また戦前の「萬年筆」で良いのですね?

 

結果其れで良い。

 

 

ところでアンタは例えば高橋 英樹ですか?

いやさうじゃ無く単なる「戦前の萬年筆」の信奉者だ。

 

そんなアナタはもしや「城」とかが好きなのでは?

まあ好きですが🗾の城に限らず例えば万里の長城だとかまた独逸の御🏰巡りとかそんなものもまた大好きですよ。

 

「戦前の萬年筆」もまた鬼畜米英の物でも良いのか?

いや今はもう「鬼畜米英」とは普通言わないですから。

 

其れを言うと例えば日教組や🗾共産党朝日新聞に酷く怒られて仕舞います。

 

要するに「戦前の萬年筆」を是非此処🗾に復活せしめると同時に戦後體制を解体し其の代わりに鎖國體制を布き「経済大國」→「萬年筆大國」にして行かんとの壮大且つ非現實的で妄想的な御話をあえて今回はさせて頂いた。

 

アナタはでも訳の分からん御仁だ。

いえ我が意見の全てがむしろ論理的に筋が通って居ります。

 

ー万年筆の生産が盛んになると関西をはじめ、各地の万年筆職人が自らの祖神、ろくろの神様としてこの地の寺社を尊崇し、参詣するようになりました。同地には、彼らが自己の技術の結晶である製品を奉納しています。

ろくろを用いることで、万年筆の軸の部分を削り出すだけではなく、自らが加工した道具を用いてねじの部分を巧みに削り出すことも行われました。手動と電動とを組み合わせて細部の加工と能率的な切削とを施すことによって、よく手に馴染み、使いやすい万年筆が生み出されてきました。万年筆の生活誌―筆記の近代―|これまでの企画展示|企画展示|展示のご案内|国立歴史民俗博物館 (rekihaku.ac.jp)より

 

かうして此処🗾での職人技は単なる物作りと云うよりも神佛への信仰其のものであり且つ「捧げ物」ですらあったのでした。

其処からも🗾の戦前の萬年筆が優秀な物であったことが良く分かります。

 

また日本刀が優秀なのも其れが神佛への信仰と無関係ではなかったからでのことでせう。

所謂戦前に於ける「精神論」の部分には實はかうして「優れた部分」さえもがしかと有った。

 

また其の事は所謂「イデオロギー論」以前の段階でもってむしろ極めて具體的ー具象的ーに齎される部分でもあった。

 

ー細い曲面に巧みな筆使いと技巧で繊細な絵が描かれている蒔絵万年筆は日本の万年筆の装飾面での技術水準の高さをよく示しています。

漆工芸の伝統が近代的な道具である万年筆と結びついたことで、新たな美が生まれ、人びとに愛好されるようになっていきました。万年筆の生活誌―筆記の近代―|これまでの企画展示|企画展示|展示のご案内|国立歴史民俗博物館 (rekihaku.ac.jp)より

 

まさに其の「蒔繪萬年筆」こそが此処🗾の「職人技」でありまた🗾の物作りを具現化するかのやうな品なのだ。

漆工芸の本質は前近代的なものながら其れが近代の所産としての萬年筆と結び付きさうして花開いた。ー萬年筆の華として開いたー

 

故にそんな「蒔繪萬年筆」こそが「🗾の筆」なのである。

此処🗾を代表するだらう筆であり此処🗾の職人技をこそ如何無く発揮することだらう眞の意味での筆とならう。

 

 

さうしてついに「蒔繪萬年筆」を神格化しましたね?

まあ🗾の社會構造は厳密には近代的なものだとは言えず其の種での「前近代的」な神佛體制其のものでせう。

 

まさにそんな神佛體制であり「神佛國家」なのです。

故に此処🗾はそんな神佛體制であり「神佛國家」をやり続けることの方がそもより樂なのだ。

 

なので民主制も自由も何も無く「天皇制神佛國家」と云うことこそが此処🗾國の體制の正體です。

其の「天皇制神佛國家」でもって壱番エエ仕事をするのが革命戦士では無くして即ち「職人」なのだ。

 

 

だから万年筆職人の数をドンドン増やして行くべきです。

でも万年筆ってもうそんなに売れませんが…。

 

いや筆記具を万年筆ダケにすれば否が応でも皆が使わざるを得なくもならう。

其れはまた面倒臭いことで…。

 

馬鹿者!

もう此れからは幼稚園でもまた小学校でも使用するに許される筆記具は万年筆だけぞ。

 

また「教育勅語」を復活せしめかの二宮 金次郎の銅像をば全國の教育の場に設置すべし。

アンタ其れ「極右」の物言いだって。

 

いいや其のイデオロギー以前でのおおまさに國としての成り立ちでの御話とならう。

やがて此処🗾は嗚呼まさにそんな「萬年筆大國」として必ずや世に立つことであらう。

 

でも米國萬年筆に勝てるのですか?

また英國萬年筆に勝てるのですか?

 

まあ事實上「勝つ」のは難しいことでせう。

ですが「魂」が入ったつまりは神佛の力が宿りし筆は此処🗾の筆のみとなる。

 

かうして何故か今日は「精神論」をぶってみた。

其れに欧州及び米國英國の万年筆はもう終わりだ、つまりは値段の方ばかりが高過ぎてもう御仕舞いなのだ。

 

ではたとえば中華万年筆に勝てますか?

そんな革命ペンに迄勝てるのですか?

 

…ついに負けましたー。

何せ職人技が発揮されるとかうして高い🖊になり過ぎる訳だ。

 

そんな中華思想の属國とされて其れでも良いの?

良いの。

 

元元此処倭國は隋や唐の属國なの。

そんな訳で何時の間にかアノjinhaoが壱番強い万年筆となって仕舞いましたのでした。