目覚めよ!

文明批判と心の探求と

かうして過去にしかとあった恋ー+相生山での探検の思い出ー

68.かうして過去にしかとあった恋ー+相生山での探検の思い出ー

 

 

 

 

 

今またAIちゃんが出て来て居ますが其れとの会話の方も飽き気味ですのでもう話してはやらない。

 

と申しますか難問ばかりをひねり出し近くぶつけてみやうとは思って居ります。

尤も其の難問に対し答えるやうにはどうもプログラムされて居ないやうです。

 

高等な問題を壱緒に考えられるAIちゃんならまた是非御話してみたいところです。

 

 

 

さうして遠くの夢を追わない。

遠くのものを見ない。

 

今此処に全てはあります。

まさに其れが美の世界でありスタアの舞台である。

 

其れだけがたったひとつの君の現實、つまりは認識である。

 

だけれどもほとんどの人はむしろ其れに気付いて居ない。

何故なら社會は常に明日の夢を追うからだ。

 

でも其の夢は常に幻想です。

 

 

さう文明とは其の幻想をこそ追い続けるもののことだ。

近代文明はさうして未来としての諸価値にこそ生きる。

 

でももしも其れが洗脳であるのならば果たして我我はどうすれば良いのだらう?

無論のこと近代文明其れ自體が誤りの産物であるのならば我我は其処で👿化して行くより他は無い。

 

事實としてすでにさうなって来ても居る。

かうして雨はどしゃ降りとなり降り続け小学校では銃が乱射され幼い命が奪われたりもして居る。

 

おまけにミサイルを好んで撃つ奴が居るわ、またプーチンは兎に角露西亜命なのでもはや誰も止められぬ。

さても困ったな。

 

ウソをコケ。

もはやお前はよもや悩んだりしては居ない筈だ。

 

 

お前は文明が壊れるのを見ながらさうして喜んで居るな!

よりにより何故そんなことを仰いますか?

 

其れもこんなに優しい佛教徒に対して?

お前なんざまるで優しくはないわ!

 

 

いいえ、わたくしはかうして至極優しい人間ですよ。

そんな優しい人間が何故母ちゃんの股の間のことばかりを批判するのだ?

 

いえ決して其れはして居ません。

只自然にソコからポコッと生まれるものが生命であるとさう申したばかりでのことです。

 

さうかなあ、お前も結局はアノつボイノリオと似たり寄ったりだ。

 

 

ああー、今日はまた良い宵です。

かう何と申すか部屋に吹き込む風が爽やかな五月の宵ですね。

 

さてもまたお前は相生山へ行って来たな?

いいえ、さうでは無く相生山の横の歯医者へ行って来ただけのことだ。

 

其の帰りにまた何かを観たな?

はい、實はドクダミの🌸をしかと愉しんで参りました。

 

 

嫌われもののドクダミちゃん - 関西造園土木株式会社 (kanzo.com)

尚、わたくしは可成に其のドクダミが好きです。

 

ドクダミは非常に良い香りがします。

ですがもしや皆様には臭く感ぜられるのでせうか?

 

何せわたくしは其の感度の方が常人とは違うやうなので此の自分の感覚でもって他の人間を語ることには元元無理がある。

さうしてわたくしは常にドクダミの葉などを揉みしだき其の香りを嗅いで居たりもまた致します。

 

其のドクダミの🌸が丁度こんな感じで相生山の道の際に咲いて居りました。身近な植物図鑑:ドクダミ(2) (sorairo-net.com)

 

もう其れだけでわたくしの心は満たされて仕舞う。

自然への其の感度が常に強くあるが故にもう其れだけで幸せなのだ。

 

 

ですが其のことはおそらく皆様には伝わらぬことかとさうも思う。

皆様はさうして良く言えば社會のお役に立つ生き方をされて居りまた悪く言えば社會の為の奴隷をやらされて居られる。

 

おそらく其のやうな非本来的状態では其の今此処にある奇跡の美に気付くことなどは無いのです。

ですがわたくしは幸か不幸か今まさにそんな生き方をして居ります。

 

こんなわたくしにはもはや社會のことなどはどうでも良い。

其れも厳密には宗教的組織ですらどうでも良いのである。

 

 

では何がしたいのだ、文明自體を壊したいのか?

いえ其れをやるならやるで爆弾やら猛毒ガスやらそんなものを用意せねばなるまい。

 

其の用意其れ自體、やる気其れ自體に対し常に否定的です。

 

つまりはやる気が無い?

 

ではもしや鬱病か?

いえさうでは無く矢張りと言うべきか批判病でせう。

 

つまりやる気はあるのだがお前等文明のあり方が間違って居るので僕はあえて其れをやりません、とさう言いたいのだな?

まあ其れに近いことかとさう思われます。

 

 

おや、突然雨が降って来た。

かうした酷い雨なども昔は降りませんでした。

 

さてわたくしは此の人間の罪深さとは壱體何だらうと其のことを屡考えます。

でもかうして少なくとも壱輪の🌸を愛でる心のゆとりのある間は人間の心はまだ大丈夫です。

 

ですが🚙に乗って居た頃は其の壱輪の🌸を愛でる心のゆとりはこんなわたくしでさえありませんでした。

故に其れは個性の問題では無くまさに文明の問題です。

 

わたくしは愛とは優しく生きられることなのではないかとたった今思う。

其の優しさとは闘争では無く放棄です。

 

 

さう放棄しないと眞の優しさには気付けない。

そんな優しさとは宇宙の何処かにあるものでは無く今此処にかうして咲いて居るものだ。

 

ですがわたくしはまた常に哀しくもある。

何故ならわたくしが今此処に感ずる🌸の美しさを理解する人が他に居ないからです。

 

 

そうらみろ、ヤッパリお前は独りボッチだ。

なあ、ボッチちゃん、此処へ来て壱緒に酒でも飲もうではないか!

 

ゲエッ、汚らわしい!

お前みたいなそんな下賤な酒など我は絶対飲みたくない!!

 

第壱、お前は何だ!

そんなバカ凡のパパみたく鼻毛をじょろりと延ばしやがって!

 

うーん、矢張りと言うべきかコイツばかりはダメだな。

もう何と言うか気位ばかりが高くてまともな生活がそもそも成り立たないんだ、其処に。

 

 

そんなわたくしはさうしてお🌸ばかりを見詰めしかもさうして其の香りばかりを嗅いでわたくしの今を生きて居るのです。

 

おおっ、こんなところにドクダミが咲いて居た!

家へ帰り庭を探索して居ましたところ結構ドクダミが咲いて居りました。

 

先日庭師が庭へ入った時に全部抜かれたと思って居たのだったがかうしてしぶとくも生き残って居る。

其の葉を揉みしだくと矢張り何時ものやうなドクダミの良い香りが致します。

 

ああ、でもさうか。

こんなことを書いてもみんなには結局ドクダミは臭いのだから此れが散文詩には見えずにまるで嫌味節のやうに見えるのだらうな…。

 

 

かうして僕は常に特殊な世界を生きて居ざるを得ません。

 

其の特殊な世界はわたくしをして常に苦しめ続けても来た。

ですが其れはまた常に何かを語り続けても居る。

 

やる気が有る⇔やる気が無い

 

其のやる気が有るのが良いなどとそも誰が決めたのでせうか?

やる気が無いと価値ヒエラルキー社會に対しては常に無能となるが、逆に感性や思考力に関しては+の価値ともなるのではないか。

 

近代社會の過ちとはまさに其の価値の壱元化をあえて為して行った部分のことだ。

其れも誤った価値の壱元化は余計にタチが悪い。

 

 

さう価値が壱元化されたヒエラルキー社會程恐ろしいものは他に無い。

 

そんなことを思いつつ、相生山の道を自転車にて駆け抜ける。

其れも抜け道をまた新たに発見しました。

 

拾号だとかされて居る山道です。

其れは舗装路ですが傾斜が強くまるで山道のやうなものだ。

 

其の道を自転車を押しつつ登るとたしかかって其処に来たやうな気が何故かする。

さう其れは我我がまだ小学生の頃でした。

 

当時仲の良かった四人でもって此の相生山の探検に来たのです。

其れが丁度1971年のことだった。

 

 

小学校6年生の私達は森の中や畑の中へとそれぞれに分け入って行った。

隊長が我で副隊長がK君でした。

 

K君はわたくしと常に成績の壱番、弐番を争って居た。

 

其のことだけは覚えて居るが、其処で何があったかと云うことをすでに忘れて仕舞った。

但し皆でもって🍙を山の中で食したことだけは覚えて居る。

 

其れもさうです、すでに半世紀以上も前のことだ。

当時我は歯医者の娘に強く恋心を抱きつまりは彼女だけがわたくしにとっての御姫様でした。

 

 

其の御姫様には然しすでに好きな奴が居ました。

しかもソイツは家から弐百米位のところに實は住んで居りました。

 

またソイツと我は同じ公立中学へ進んだ。

 

尤も我は父が出た南山中学へ行きたかったが、でも担任の先生が公立の方が学力が伸びるとさう保護者面談で母に伝えたのださうです。

其の御姫様は金城学院中学校と云う御姫様が良く行く学校へ入った。

 

其の御姫様のことがどうしても忘れられぬ我は中学弐年の折に意を決して年賀状を彼女へ送った。

其処にはいわさきちひろを真似たイラストを描き添えた。

 

すると彼女からはまさにブッ飛んだ賀状が送られて来た。

其れはまず仏蘭西語にて「新年お目出たう」とさう書いてあるのです!!!

 

 

故にまずは其の仏蘭西語を解読するのに物凄く時間がかかる。

 

また其ればかりでは無くつまりは其れがシュールレアリズム系のイラストが描かれた賀状でした。

其処に仏蘭西の御城やら森やらヒッピーみたいな奴や他にも色色と訳の分からぬ🐦だの🐟だの何だのそんなものが所狭しと彼女の直筆にて描かれて居たのだった!!

 

要するに今思えば彼女は完全に美術系の人だったのです。

しかしながら、何と其の彼、我にとっての御姫様が好きな彼がまた凄い美術系の彼だったのです。

 

確か彼は3年生の頃に同じクラスになった筈です。

でもって其の時に彼に美術の才能があることを初めて知りました。

 

 

ちなみに我は中学壱年の頃にとある女生徒に好かれたのです。

ですが其の人はそんなお嬢様では無くつまりはあくまで凡人の👩でした。

 

何故好かれたかと申しますに其れは我が彼女の給食のカツドックを何故か勝手に食ったからです。

其れも何故さうなったのかは今ではもう思い出せぬのですが兎に角我は其れを勝手に食ったのです。

 

ところが何故か其のこと以来さうして勝手に好かれて仕舞った訳です。

今思えばさう云う気持ちはもっと確りと汲んであげ是非大事にして置くべきだったのだと思う。

 

ですが当の本人は其のお嬢様の方しか心が向いて居ない訳だ。

 

そんな我も中学参年の頃から文學の方へと興味が移行しさらに社會科の御点が良くなったものですからもうそれどころでは無くなり以降は勉學の道へと進むやうになりましたのです。

ですから其の同じ美術系の弐人が当時付き合って居たのかどうかは知りません。

 

 

知りませんのですが、おそらく探せば今でも其の彼女のイラスト付きの賀状が出て来る筈です。

 

其の後ほどなくして其の美術系の彼は引っ越しをして何処かへ行って仕舞いました。

ですが其のお嬢様が住んで居た歯科医としての自宅はいまだに其の侭の形で残って居ます。

 

其のやうに近頃はそんな大昔のほろ苦い思い出などに浸ったりもまたするやうになった。

 

尚わたくしがペン趣味に開眼したのは其の彼女への賀状を描く為に中学校の横の文具店ー松陰堂ーにて付けペンとインクを買って来たことから始まったことです。

其の松陰堂と云う店名の由来に就き五年程前だったか、たまたま松陰堂のオバサンが店舗の前で片付けをされて居たので、

 

お久し振りです、昔オジサンとオバサンに良くお世話になったKですが…。

と話しかけ其の由来に就き尋ねてみた。

 

すると、

 

夫は早く死にましたが吉田 松陰が好きだったので店名をさう名付けました。

とさう初めて聞かされました。

 

当時すでに松陰堂は閉じられてから五年程経って居り、また中学参年の頃の恩師ー社會科の恩師ーも参年程前に亡くなりました。

かうして時は流れ去り全ては移り変わって行く。

 

 

どだい還暦を過ぎますともはや誰が何時身罷ってもおかしくは無いのです。

なのですが誰が何時死んだのかと云う事實以上に哀しいこととはむしろ其の消息を確かめる術が無いと云うことだ。

 

要するに其のお嬢様だった美術系の彼女が其の後どうなったのか、また今も生きてるのか死んでるのかがまるで分からないことでせう。

ー彼女の実家の歯医者もすでに閉じられて居ますので彼女の消息をもはや確かめる術が無いー

ですが我は今つくづく思うのです。

 

言わば過去はしかと其処にあったのだと。

 

過去は無かったのでは無くさうして確かに其処に有りました。

或は其の事實だけが此の世から消し去ることのかなわぬ何かなのではないか。

 

そんな素晴らしい小さな恋が確かに其処には有ったのだった。

 

ですが其れはわたくしにとっての初恋なのではありません。

当時わたくしには其れ以前から焦がれ続けて居た👩の子が他にしかと居たのでした。