目覚めよ!

文明批判と心の探求と

あえて日本の将來に就き非眞面目に考えてみるー時代遅れの『Rock’n’Roll Band』に寄せて

64.あえて日本の将來に就き非眞面目に考えてみるー時代遅れの『Rock’n’Roll Band』に寄せて

 

 

 

 

現場で度々起きる“竹野内待ち” 竹野内豊51歳、“悩みすぎる男”に不安の声 (msn.com)

其の眞面目人間はかうして意外と周囲との軋轢を引き起こして仕舞うものだ。

 

だが眞面目人間はあくまで眞面目なので決して「悪」に染まったりはせぬものなのだ。

だから眞面目人間は藝術や宗教などとは壱般に親和性が高くあるものなのだ。

 

だが眞面目人間は精神的に自滅もまたし易いものなのでむしろ周囲は周囲、また自分は自分との「自己本位性」をこそ是非確立して行くべきだらう。

眞面目人間が其の自己本位に生きたにせよ實はたかが知れて居り悪い奴等のやうに悪を行う訳では無いのでそれでもってまさにあっけらかんと我が道を歩めば解脱乃至は藝術作品の成就への道が其処にしかと開かれることであらう。

 

 

さて此の世界とはそんな破壊過程と構築過程が謂わば相剋し且つ相即する世界であり即ち全體としてはむしろ劣化して行くーエントロピーが増大するーもののことであらう。

劣化する其れ即ちー文明がー悪くなる過程なので、かってお釈迦様は其処から脱出せよとさう申されイエス様は神の國へと入れとさう述べられたのである。

 

もしも其の劣化が無ければ此の世はむしろ樂園である。

なんですが残念ながら其れは其れこそ心を鬼にするつもりでもって心を清めて行かないとさうは感ぜられぬ筈である。

 

即ち其のケモノ対ケモノの戦場であることこそがまさに世の實相なのだ。

 

無論のこと眞實を見詰めるとは謂わば聖なる方向性のことで其の心の樂園を復活させんが為の心としての荊の道のことだ。

だから其の聖なる方向性を向く心に限り其のケモノとしての戦場にあえて価値を築くことの愚かさをすでに見切って居る。

 

なので聖なる方向性からすれば別に此の世が良いところだなどとはまるで思って居ないのである。

なので宗教者と云うものは其れこそ弐千年、参千年と此の世界の劣化とさうして戦い続けて来た訳だった。

 

 

其の宗教や藝術に於ける心の感度はさうした意味では所謂世間的常識なるものとは常に隔てられて居る。

だから作詞家や作曲家によるプロテスト・ソングの類が現存在の心に響き何かしら常ならぬものとの邂逅を其処に遂げたりもまたするのだ。

 

正直なところ、自称詩人は今回其のプロテスト・ソング特集をしてみたことにより其処にしかと詩の精神が有ることに気付き其処から大いに勇気付けられもまたしたのだった。

また同時に其処で其の宗教や藝術に於ける心の感度をこそ大事にして行くべきだとさうも思った。

 

其のやうに心の感度の良さの部分には世に対し眞實や眞相を訴えてやまぬことだらう何らかの力が常にある。

個人的に其の心の感度の良さの部分の方が所謂経済成長などよりもずっと大事なことのやうにも感ぜられる。

 

 

桑田佳祐 が 作詞・作曲し、佐野元春、世良公則、Char、野口五郎 が 歌とギターで参加した『時代遅れのRock’n’Roll Band』が 5月23日(月) に 緊急配信リリース! 同級生 5人が結集し歌う平和へのメッセージは、世界中の子供たちへのチャリティソング! -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

 

時代遅れのRock'n'Roll Band 歌詞 桑田佳祐 佐野元春 世良公則 Char 野口五郎 (lyricskpop.net)

 

ー悲しみの黑い雲が地球を覆うけどー

ーいつになれば矛盾だらけの競争(レース)は終わるんだろう?-

 

ーこの世に大切なひとりひとりが居てー

ー闇を照らす ダサいRock'n' Roll Band!!ー

 

 

其の藝術や宗教の分野は所謂實利的に齎される世の価値観の履行とはまた別の領域を常に生きて来て居る訳だ。

勿論藝術や宗教の分野にも所謂世俗的に齎される緒矛盾は蓄積しつつあるのだと言っても良いことだらう。

 

なのではあるがとりあえずは其の精神としての独立性はまた其処に保たれて居るのである。

であるからこそかうして世に対し批判的な精神の場が其処に成立して行く訳だ。

 

だがわたくしはかの桑田 佳祐氏がまさか此のやうな歌詞の歌を世に出されるとはまるで思っては居なかった。

何故なら此れ迄わたくしはかの桑田 佳祐氏のことを所謂樂観主義者だとさう値踏みして居たのである。

 

だけれども此れ等の歌詞が意味するものとは何か?

其れは藝術家としての桑田 佳祐氏のまさに心の叫びなのであらう。

 

 

よって我は其の歌詞に込められた願いの重さ、祈りの深さの部分に思わず身震いして仕舞った程だった。

とは言え藝術がまた宗教がたとえ現代社會に対し何かもの言いをしたにせよ此の社會が本質的に変わるものではまずあり得ない。

 

たとえさうではあれ藝術はまた宗教は其の社會のあり方に対し何かを叫び続けて行かねばならぬ。

まさに其のことを此の度我は此の歌の歌詞より學んだのだった。

 

藝術とはさうして宗教とは常にさうした対置されるものとして此の世に存在する何かである。

其の何かとは社會の諸矛盾に対する何らかの叫びであらう。

 

即ち其れは違う、とさうハッキリと述べる感度である。

其の感度をこそかうして藝術家なり宗教家は持ち合わせて居るのである。

 

 

 

さて此の世を樂園から蹴落とす其の劣化のことだが、まさに其の劣化が「利己的な意味での守りの姿勢」から引き起こされて居ることが近頃わたくしには直観されるやうになって来た。

特に日本の組織はまずは頑なに其れを維持乃至は死守せんとして居ることだらう。

 

だが實は其の「守りの姿勢」こそが逆に緒矛盾を拡大しつつもまたあるのである。

 

即ち守ることとは、

 

👪をさらに組織を最終的には國を守ることだ。

ところが、イザ其れに固執したところ逆に日本が壊れつつもある。

 

さうだ、米國の言いなりになって居れば日本はどこまでも安泰だ。

とさう思いコイズミは労働其れ自體の合理化に着手しおまけに経済面も徹底して金融合理化して行った。-またタケナカ ヘイゾーが其れを後押しした-

 

するともうエライことになっちまった。

所謂年功序列は崩れるわ、日本の労働力が須らく低賃金化するわ、商店街は閉鎖されるわさらに女子中学生や女子高校生がふしだらとなり、しかも挙句に教師や警察官のエグイ趣味が暴発し嗚呼日本はそんな盗撮天國となって行ったのだ。

 

おまけにもっと頭の悪いアベが其の上さらに自分等の悪行を行わんが為に日本の政治をまさに私物化して行ったのだった。

また其処にはどっかの動物園から🐊ーアソーーまで連れて来て其れがまた弱い立場の人間を好んで食うのである。

 

此のクソ憎たらしいおおまさに肥溜め野郎共が日本を破壊へと導いたことだけはハッキリとして居る。-確かである-

 

 

なので其の藝術家気質の中では特に社會に敏感な我は果たして誰が悪なのか、誰が重罪人であり三条河原に首を晒されねばならぬ輩であるかと云うことなどはもうスッカリ分かって居る。

だが惜しい哉此の國の大多数の人人はほぼバカ凡石化して来て居り其のやうな眞實にはむしろ背を向け其れもコイズミに対し「キャアー」と熱狂しさらに自ら喜んでアベとアソーの餌食と化して行くのであった。

 

恐ろしや、其の日本の沈没の様。

であるからむしろ「赤旗」を是非読んで行かねばならぬ。

 

さうだ、個としての其の日本人の命を守るのだ!

 

ああああー、さうして今や地球上はドス黑いものばかりに覆われ尽くして居る。

其の暗雲を呼び込んだ者とはむしろ其の善なる且つ無知なる日本の大衆だった!

 

 

 

ではどうしたら其の大切な壱人壱人の命が助けられるのですか?

いえ其れは所詮社會的政治的な次元での矛盾ですのであくまで社會としてはすでに助けられません。

 

其のやうな矛盾的國家に其の政治的犯罪者共がして仕舞ったのだから。

ではどーするのか?

お前等は所詮は國家の奴隷だから皆死ねとさう仰るので?

 

だから其処でもって瞋りをブチまけて行くより他は無くなる訳だ。

また其れはどんな小さなプロテストであってもまた良い。

 

良いのだが、其れでも猶日本の社會が変わることなどはおそらく無いことだらう。

其れが無いから次第に國力が衰退して行くが其れはむしろ良いことであるとさうも受け止められやう。

 

かうしてすでに日本は貧乏國家なのだからまずは努めて節約をして行かねばなるまい。

ですがまさに其れは「求めない」生き方の實現なのですらある。

 

 

次にこんな腐った日本の社會はもう治らないので「捨てやう」とさう思って置くべきだ。

すると其処でもって露國や中國の侵略を許すのですか?

 

いやだからこんな腐った日本の社會を維持するよりは日本が社會主義化されたりする方が良い場合さえもがまたあり得やう。

なので其の體制のあり方にはむしろ拘らぬ方が良い。

 

また國がどうであれ自分に取っての本來的自己を生きた方が良い。

なので其れが例え悪の権化としての儲け主義であれまさに其れを選択して生きること自體に価値を置くのである。

 

 

なる程、すると仰いますのはあくまで自己を社會と切り離した上でやりたいことをやり生きよ!と云うことなのですね。

また其のやりたいことが例えば医師であるならまさに人の命を救うことに対し滅私奉公して行かねばならぬことだらう。

 

では詩人さんの仕事はさうした価値分別のことをあくまで世の中に対し伝えることであり、其れでもって毎日かうして何かを叫んで居るが其れが人に伝わらうが伝わらまいが俺は俺の仕事をやった迄のことだ。

だが戦争になれば眞っ先に詩人は眞っ先に山の中へと逃げて行きます。

 

とさうしたことなのですね?

まさに其の通りでのことだ。

 

 

1.日本社會は米國の🐕をやることで結局自立性を奪われた

2.日本社會は概ね眞面目であり懸命に働いて来たがついやり過ぎて仕舞い全てがほぼ壊れかかって居る

3.日本社會はむしろ今後是非眞の意味で理性化して行くべきである

 

要するにもはや日本は儲けられない。

其処を金融経済化すると日本人の精神が崩れ悪へと傾いて行くことだらう。

 

要するにもはや日本は沈没寸前なのだ。

だが其れは今迄の価値観ー儲け主義と眞面目主義ーに対し沈没寸前だと云うだけのことだ。

 

逆に其の逆方向を見れば可能性が大きく拡がって居やう。

 

 

科学技術大國→農林水産國

家電や🚙が壱流の國→あえて素朴な家電や自転車の分野でもって頑張る

無宗教國→過激なる佛教國家

金持ち國家→乞食國家

批判精神に欠ける國民→批判ダラケの自称文人

教師と警察官のエグイ盗撮趣味→グレイヘア趣味

クソ眞面目→非眞面目

木を伐り倒す國→木を伐らぬ國

國民性がエロい→國民性が👩嫌い

利口だが従順→利口だから批判

自然が豊かだ→即其処へと逃げる

米國の🐕→中國の属國

寿司が美味い→あと参拾年で寿司は絶滅する

高賃金國家→低賃金國家

福祉国家→低福祉国家

生活保護ベーシックインカム

壱極集中→地方分散體制

國體の護持→余りソコに拘らない

🐕のやうに従順で馬鹿→🐈のやうに自己本位で自由

肥溜めの廃止→肥溜めの復活

神社が多い→寺もまた多い

道端でもっておしっこが出来ぬ國→道端でもっておしっこが出来る國

學制学制 - Wikipediaの廃止→學制の復活

資源の輸入→資源の自給

 

 

そんな訳で主に自民党による言わば売國政策により日本はほぼ革新國米國の奴隷となり果てた訳だ。

なのでいまひとつの革新勢力としての中國や露國にやられたにせよ上記の如くにむしろ良い変化が訪れるとさう考えて置くべきである。

 

僕の予想では弐、参拾年後には地球が火の球化して来る可能性が高くありイザさうなれば體制もクソも無く且つ宗教もクソも無い。

さらに藝術もクソもまた無い。

其の折には人間が原始化し其れこそ食料や♀の奪い合いとなり其処では要するに教育もクソも無くまた読書もクソも無い。

 

だから兎に角今のうちに自身に取りほんたうにやりたいことをして置くべきだ。

其れが現存在の寿命の延長や宇宙開発などであれ此の際もう其れも可として置きたい。

 

 

但し👩遊びとギャンブル、さらに飲酒其れも大酒飲みなどには決してならぬやうに。

では煙草や薬ー睡眠薬などーは?

 

…此の際其れも許可する。

 

其のやりたいことをする場合でも矢張り節度ある行動を取ることこそが理性的な生き方なのだ。

 

 

でもって日本の家電は兎に角値段が高くしかも不必要な機能が付き過ぎて居る。

故に東南亜細亜や韓國や中國の家電に押され次第に売れなくなって行った訳だ。

 

其れをまた馬鹿ゲーム機を創り売ることで補填して居るのであるが其の馬鹿ゲームもまた参拾年後にはおそらく下火となる。

何故なら其の折にはもはや食い物が足らぬからなのだ。

 

なので逆に自給自足出来る田舎の地価が高騰し壱壺当たり百萬程にもまたなるのである。

 

さらに核戦争の危機は近年むしろ増して来て居る。

日本がもしも核攻撃に晒された場合にはむしろ田舎にて自給自足の生活を営む人の方がずっと生き延びる可能性が高い。

 

と云うことは矢張り田舎へと逃げて其処にて嗚呼まさにかの高村 光太郎の如き晴耕雨読の生活をやりなさいともしやさう申されて居るのですか?

まあ其れがもしも出来るのであれば理想的でせう。

 

ですが多くの都會人は結局は其れが出来ず只ズズズズズーンと日本の企業の沈没に引き摺られかの底知れぬ闇としての日本海溝へと沈んで行くのです。

ですのでむしろ逆方向での価値を見詰めて置く方が此れからの日本社會に取っては甚だ有益なこととなるだらう。

 

そも其の複雑化した日本社會の組織的矛盾はむしろ直せません。

其れは日本社會の組織が壱義的に正の価値ヒエラルキーを追及する上下社會であるからなのだ。

 

なので戦後憲法下であれいまだに日本國民のお父さんは天皇陛下でありお母さんは皇后陛下なのです。

其の自民党による政策上の誤り以前にそもさうして日本の社會には封建體制國家と近代的民主國家であることとの大矛盾が明治以降ずっと突き付けられて来て居る。

 

 

なのでまずは日本と云う國はそんな矛盾的國家なのだと云うことを日本の自称インテリ達はしかと學んで置くべきでせう。

でだからこそ先の戦争にも負けたのやもしれません。

 

だけれども日本はまたとても良い文化や伝統のある國ですので其の文化や伝統と今後日本が経済的により沈没して行くこととは分けて考えて置く必要がまたある。

従って其の貧乏國なのとそんな精神性が高くあることとはまた別の価値なのです。

 

いいや、かうしてみんなは今金が無いのでむしろ逆方向での良い価値の選択が可能な契機に恵まれて居やう。

だからほんたうのインテリジェンスと云うものはむしろ其処に於いてこそ花開くものなのだ。

 

ですのでまずはさうした認識が可能となるか否かと云う理性のあり方としての問題へと全ては収斂して行くのです。

 

 

桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎 - 「時代遅れのRock’n’Roll Band」 5月23日 緊急配信リリース決定!! - YouTube

桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎 - 「時代遅れのRock’n’Roll Band」 (Official Audio) - YouTube

 

さても其の「平和」、「繁栄」、「発展」などと云う所謂「耳触りの良い」言葉には實は半分程毒が潜んで居ます。

左様に常に現存在が目指す価値が正しいとは限りません。

 

逆に正邪即ち善悪の混合體こそが其の現存在であることの實相です。

よって常に半分は其れを疑ってかかって然るべきなのだ。

 

また其れは宗教の次元でもって現存在の正しさ、善なる様を信仰などしてもイケナイ訳だ。

まさに其れでは邪教となって仕舞うが故にさう云うのはむしろ絶対にイケナイ。

 

 

さうでは無く、其れこそ理性の眼差しで持って現存在の其の善なる様と悪なる様を共に見詰めて行かねばならない。

さうして事實上其の現存在が築きし文明には持続可能性が何より欠けて居ります。

 

故に其れを保守する!とさう幾ら意気込んでみたにせよ事実上もはや其れは保守することなどは出来ません。

故に其処に於いて初めて「変革する」=「変わる」ことの意義がまた立ち上がって参ります。

 

即ち日本と云う國家を守らんが為にはむしろさうして変わらねばならないのです。

「保守」派とはむしろ変わることだと以前何処かで読んだ覚えがまた御座りますが其の出典に就いてはすでに忘れて仕舞いました。

 

 

今回わたくしが申しましたのはさうして日本が数値的、文明的に沈んで行くことと日本人の精神のあり方とは別物だらうと云った御話です。

ですのでむしろ其れは個としての日本人に対しては可能性が大きく拡がる、其れこそ其の認識上のあり方を正せる大きなチャンスの到来なのやもしれません。

 

尤も其のことを文明社會と連動させつつ考えて居る限りはまさかさうは思えぬことでせう。

なので今どんなに経済的に成功され余裕がある方でも矢張りと云うべきか将來に関しては不安なことでせう。

 

其処は逆に金の無い人の方が、また子や孫の居ない人の方が「そもオレにそんなの関係ねーや、どーとでもなれ。」とさう思われ易くもあり其の点ではむしろ其の方が幸せ♡なのだ。

 

そもオレは死んだらまたM78星雲へと戻るだけのことでお前等現代文明が仕出かした罪とはもう何ら関係が無い。

だから地球が灼熱化し孫と云う孫がみんな灼き殺されやうがどうしやうがまるでもってそんなのカンケーねえ。

 

 

いやあ、また實に御見事な自己本位性だことで…。

 

さうでせう?

此処まで来るのには四拾年もかかりましたのですよ實は、四拾年も。

 

 

おや、たった今かのウーバーイーツからメールが届いたぞ。

ドレドレ、曰く、ウーバーイーツで地元のおいしいものを見つけませう。

 

おお、なかなか偉いではないかアノウーバーイーツは。

即ちウーバーイーツは地元の美味いものをタダで持って来ます。

 

とのことだな。

 

でもそも全然違ってますが、其の解釈は。

 

いや壱度利用してみて其処で難癖でも付ければタダになる可能性が弐割程は出て来やう筈だ…。

アンタそんなにタダ飯が食いたいのか?

 

いやさうでは無くかうして日本の将來のことなどどーでも良い、そもそんなのワシにはカンケ―ねえ。

とさう思って居るばかりでのことなのだよ。