目覚めよ!

文明批判と心の探求と

現代社會へのプロテスト・ソングとしてのプラスチックスの樂曲の価値ー+『さよならプラスティックワールド』ー

47.現代社會へのプロテスト・ソングとしてのプラスチックスの樂曲の価値ー+『さよならプラスティックワールド』ー

 

 

 

 

あくまで其の近代的価値観への反駁と云うことはインテリジェンスに取っての責務であり課題であることですが元より其れは壱般的に成し遂げられる精神的領域のことでは無い。

たまたま我は壱文人として今日までもう長く生きて来たので其のことを内面の告白としてまさに其れに就き述べて来たに過ぎない。

 

尚人文系インテリは兎に角御勉強するのが好きだ。

御勉強とはほぼ読書のことです。

 

 

でも我は気に入った本を何度も読み返すタイプで實は万の単位での読書をこなす人人とはまた異なる。

例えば地元の芥川賞作家諏訪 哲史 - Wikipedia氏は何処かで自分は壱萬冊は本を読んだが其れ以上に本を読んで居る人に出遭い唖然としたと云うやうなことを書かれて居た。ーおそらくは著作の『スットン経』の中でだらう-

 

 

愛知県立名古屋西高等学校國學院大學文学部哲学科卒業。大学在学中から卒業後まで独文学者の種村季弘に文学・美術・宗教・思想など広範な分野にわたり個人指導を受ける。卒論は西欧十九世紀末芸術ラファエル前派[2]。哲学科では美学者谷川渥にも師事した。

2006年、諏訪の実父が死去。この時期、亡父と同じ躁鬱病双極性障害)を発症し、生涯にわたる治療が始まる[3]。失意の内に初めて投稿した「アサッテの人」が、2007年に第50回群像新人文学賞を受賞。同年に同作品で第137回芥川龍之介賞を受賞する。この2つの賞の同時受賞は村上龍以来の31年ぶり。脱稿から8年後の受賞だった。この作品には、幼いころ吃音に苦しんだ経験が投影されている。

 

変幻自在な文体を駆使し、<自意識の哲学>を追究する作風であると評される。


政治や社会思想の話題は若い頃から極力避けてきたが、避けては通れない情勢になったとして、「文学的には<観念的アナーキズム>の立ち位置」を標榜し、「アナーキーとは自分自身も含め各個人それぞれが国家であって他の誰にも統治されない状態を指し、だからこそアナーキズムは<無政府主義>と訳され、無意味の芸術ダダとも接近する」と語っている[17]。ー諏訪 哲史 より

 

 

もしや此の人こそが我が仲間ではなかったか?

いずれにせよ我はまた作家でも無く従ってより社會化されぬ文學世界をかうして独り泳いで居るのが好きなタダの引き籠もり詩人である。

 

でも其れも言わなければまた分からぬことですのでかうしてクドクドと日毎に述べて居る訳だ。

 

作家と云う立場には即其の発言に社會的責任がかかり其ればかりか芥川賞作家ともなれば何処ぞの大學の講師だの特任教授だのそんなものをやる羽目ともなりませうから其れでは相生山でもって自然と戯れ石でも拾ってションベンを垂れてるそんな自由な時間が損なわれても仕舞いませう。

だから我はもう今の侭の自称詩人でもって其れで御の字です。

 

第壱何処ぞの大學の講師だの特任教授でもってして連休スペシャルと題し👿と対話する文をネット上に書いて居る馬鹿もまた居ないことでせう。

また作家でもってウンコ、ウンコと常に連呼して居る馬鹿もまさか居ないことだらう。

 

なのでわたくしは今むしろ至極自由に何かを書けて居ます。

其の種の自由さこそが或はわたくしにとっての幸福の壱義的価値なのやもしれません。

 

御勉強、つまり読書は精神にとっての糧となることですが本気にて其れをする場合には體調管理に是非気を付けて置くべきです。

其の読書と共にネット依存などもまた運動不足を引き起こしますからむしろ努めて運動をする方向性を常に持って居るべきだらう。

 

 

Perfume – さよならプラスティックワールド (Sayonara Plastic World)・Lyrics [Original]

www.lyrical-nonsense.com

 

 

さても此の世界ー人間界、文明世界ーは今不自然ですか?

其れもそんなに息苦しいですか、また其処から逃げたいですか?

 

正直申して不自然でもって兎に角息苦しく逃げたい。

 

果たして何がさうさせるのですか?

 

其の幾千のレヴューや無尽蔵に次から次へと来る御勧め、さらに其の最適化ー合理化ーされし中毒性こそが悪其のものでありさうさせる。

 

だからそんなもんはまるで要らぬお世話だよ。

なのでそんなもんはもうまるで要らねえよ。

 

 

でもぎゃー、イキナリ四拾五年前の電子レンジが壊れた!

其れではまた其れを買わねばなるまい。

 

 

こんなでは多分いつかみんなは馬鹿になる。

いやもうすでにみんなは馬鹿である。

つまりはさうして考えることを忘れちゃう。

 

其れも其の幾千のレヴューや無尽蔵に次から次へと来る御勧め、さらに其の最適化ー合理化ーされし中毒性こそが其の洗脳をこそしかと成し遂げて行くのだ。

 


そんな訳で、本日NHKの「みんなのうた」でもって此の壱種衝撃的なプロテスト・ソングを発見した。

 

「想像して本来のハーモニー」

「迷い込んだ迷宮の森 感覚を信じて」

 

其の本来性を本来の自然との調和の様をもはや回復することが適わぬ現代社會。

あれほどかって独逸の哲學者が述べて居たにも関わらずまるで自らの過ちに気付けなかった其の肥溜めの如き文明の様。

 

さあさ、今こそ神の怒りが振り撒かれるぞよ!

何で君等は自らの仕出かしたことの其の始末を付けられぬのだ?

 

「違うもっと別のことに気がつかなきゃ」

 

さうだ、みんなは其の文明が仕出かした大罪に気付かなきゃダメだ。

ところでみんなは「七つの大罪 - Wikipedia」のことを知って居るかい?

 

但し個人的にはかのガンディーによる「七つの社會的罪」の方がより重要だと考える。

 

 


1.理念なき政治

2.労働なき富

3.良心なき快楽

4.人格なき学識

5.道徳なき商業

6.人間性なき科学

7.献身なき信仰

 

【偉人の名言】ガンジー「7つの社会的罪」(ビジネスパーソンが知っておきたい偉人の言葉) フレンドリンク 1upコラム編集部|1UPコラム|1UPコラム (friendlink.jp)より

 

でもって、残念ながら現在は此の全項目が社會的に、即ち文化、文明的にほぼ該当するものと見て置くべきことだらう。

其れも全般的に該当するのでつまりは其れが文明はむしろ悪い方向へ向かい歩んで居ることとなる。

 

さうしてまずは社會が悪い。

其のことを社會自身が認めねばなるまい。

 

だが社會が其のことを認めた試しなどかって無かった。

だから過去の文化、文明は悉く滅びた。

 

 

其の宗教的思想家としてのガンディーには少なくともかうして「何が悪なのか?」と云うことが分かって居た。

翻り現行の文明世界の問題点とはまずは其の「罪の無自覚」である。

 

逆に「文明は常に正しい」とさう信じて御座る。

まさに其れは邪教への盲信の態であらう。

 

 

ガンジーによる7つの社会的罪 / 福祉 | 心理学、哲学、そして人生について考えること。 (sainte-anastasie.org)

 

さてもチョット此処は思い込みが激しく納得出来ぬ部分が残りますが其の「社會的罪」=「社會悪」のことをあえて取り上げただけでもまさに偉いのではなからうか。

 

 

さて其の社會へのプロテストこそが人間の精神に取り最難関の事業なのだ。

何故なら通常人は社會其のものを批判する契機を悉く奪われて居る。

 

つまりはまさに其の社會こそが己を生かす場なので其れを否定的に扱えば勿論其れは自己否定にも繋がる訳だ。

 

故に大多数の人間はむしろ其の社會の価値観に迎合する形で人間としての今を生きる。

されど其れこそ哲學や宗教、さらに藝術の分野からは常に其の社會的価値に対しもの申すことが可能となる。

 

だけれどもあくまで大多数の人間に取り生き得る世界とは日日の生活のことであり其れは眞理でも無く藝術作品でも無く罪の自覚でもまた無い。

なのだから結局其処には「洗脳」が成立せざるを得なくなる。

 

 

さうなのだ、悲しい哉、まさに其の様こそが社會的に齎されし洗脳の様である。

 

尚僕はかうして常に批判が強いと申すか兎に角酷い言葉にて文明に対し意見を言うのでつまりは文人としても戦闘的な方だとさう思われるのですがとどのつまりは其の「さよならプラスティックワールド」にせよ述べて居る事はほぼ同じことなのだ。

 

「さよならプラスティックワールド」の歌詞こそがかうして現代社會への批判が強く込められた現在では稀有な作品であらう。

作詞者の中田 ヤスタカ - Wikipedia氏はさうしてPerfume - Wikipediaをヒットさせたとされるどうやら有能な音樂プロデューサーのやうである。

 

 

ちなみに僕は若い人人の樂曲を概ねバカにして居て聴かぬのだが何故か其のPerfumeだけは聴くのである。

其れはもしや其のPerfumeの👩共が穿くパンテーをネット上でもって盗撮して居るので?

まあ其れにも近いのやもしれぬ。

 

ちなみにわたくしの音樂への感度は何せブッ飛んで居るのでまだまだ若い人等には負けやせぬ。

其のわたくしはベートーヴェンのピアノ作品のファンですが同時に伝説の批判的テクノポップバンドとしてのプラスチックス - Wikipediaのコアなファンなのでもまたある。

 

 

Plastics - Welcome To Plastics - YouTube

Plastics - Welcome back (1980 - Full Album) - YouTube

 

Plastics - Copy (PV / 1979) - YouTube

コピィ、コピィ、コピィコピィコピィコピィコピィコピィコピィコピィコピィコピィ。

 

aa、トーキョーコピータウン、クソナゴヤコピータウン、アホオーサカコピータウン。

いやあー、しかしながら何時聴いても名曲だな。

 

 

Plastics - PEACE - YouTube

 

丁度大學生の頃に此の稀有なるバンドに回り逢いもう其れからは毎日コレばかりを大音量にて部屋でかけて居りました。

 

ところが其れから三拾年後にデヴィッド・ボウイ氏のことを書かせて頂いた折に彼が最も評価しまさに特別視して居たバンドが其のプラスチックスであったことを知った。

 

 


【先行無料配信】ノンフィクションW デヴィッド・ボウイの愛した京都/7分ダイジェスト【WOWOW】 - YouTube

デヴィッド・ボウイ氏は佛教其れも禅に対し造詣が深く要するにタダのヴィジュアル系の音樂家ではまるで御座らぬ。

つまりは深く精神世界を探求した音樂家なのでもまたあった。

 

 

さて其のプラスチックスへの愛は廿代後半になると消え去り其の後はむしろクラシック音樂ー主にベートーヴェンーの方へと興味が移って行った。

されど五拾歳位からまた其れを聴き始めた。

 

約三拾年後に聴いた彼等のテクノ・ポップはむしろ世界で壱番文明のあり方其れ自體を批判的に捉えて居るものでした。

 

要するに彼等が当時世に流した樂曲の歌詞其のものが強烈な文明に対するプロテスト其のものだった。

勿論我我よりも上の全共闘世代の例えば岡林 信康- Wikipediaなどはもっと現實味の滲み出る形で社會構造を常に皮肉っても居た。

 

 

岡林信康+はっぴいえんど/私たちの望むものは 1970年 LIVE - YouTube

「チューリップのアップリケ」岡林信康 (1971年 ライヴ) - YouTube

 

けれども七拾年代後半までは其の現代社會に対するプロテストはまだ受け継がれて居たと見るべきでせう。

其の筆頭格が今や伝説のテクノ・ポップバンドとなったプラスチックスだったのです。

 

 

ところが八拾年代も半ばを過ぎる頃から世界的に反抗することはむしろ何の役にも立たぬことだとの空気が支配するやうになった。

即ちスマートに世渡りをして金儲けして文明としての欲望を成就させることこそがまさにトレンデーな都會人の鑑としての価値観である。

 

馬鹿、止めれ、アホになるぞよ、もう精神がブチ壊れるぞよ。

 

案の定後にバブルが崩壊致しましてまさにトレンデーもクソも無くなったので御座ります。

故に我我は其の歴史としての轍を踏んではならぬのです。

 

 

尚わたくしは其の岡林 信康氏の曲も大好き♡です。とーもーよー - YouTube

 

但しあくまでわたくしの場合は反戦!だの革命!だのを声高に叫ぶプロテスト・ソングよりもむしろ文明全体を批判するやうな樂曲が最も好きだ。

其れはまさに『もののけ姫』などもさうなのですしまたジョン・レノンによる『ジョンの魂』なるアルバムもさうした視点が織り込まれたものなのだと思う。

Mother (Ultimate Mix) - YouTube

 

 

音による藝術はさうして常に我我に対し何かを語りかけて居て呉れる。

人間は寝て飯を食いウンコしてまた明日、だけでは無くかうして精神的、心理的な領域を常に生きる者でもあるが故にだ。

 

さて我に取り今大きく気になって居る事があり其れは文明による洗脳が何時の間にか我我の「考える力」を奪い去りつつあることだ。

故にわたくしはまさに認識を正さんが為の闘いを此処にて展開することとしてみた訳だ。

 

其の「考える力」はむしろ概念的なプロテストにより醸成される筈です。

最終的に其れが「人間とは何か?」と云う問いのことだ。

 

故に其の人間への問い、疑問こそが其の自立的な思考の為の母胎なのだ。

 

 

 

『コピーはロボット / COPY=ROBOT』 by PLASTICS (DVD付) | SLOGAN SHOP (theshop.jp)

 

其のプラスチックスは今から四拾年も前にかうして「コピー文明」だの「ロボット社會」だのそんなことばかりを飽きもせずに歌って居たのである。

其のやうな根本での文明に対する批判精神をわたくしは他に見出せ得なかった。

 

また其のプラスチックスと云うバンド名其れ自体が何やら示唆的であり暗示的なものであった。

即ち現代文明が今抱えて居る大問題の壱つに其のプラスティックによる海洋汚染の問題がある。

 

 

其れも壱説にはマイクロ・プラスティックやさらにナノ・プラスティックにまで小さくなったプラスティックが地球上の全生物を内側より汚染して行く可能性すらもがまたあるとされて居る。

其れはまさに現代に於ける眞の意味での怪談であらう。

 

マイクロプラスチック、最新研究で深刻さ判明…空気中に浮遊、難燃剤は脳神経に悪影響 (biz-journal.jp)

地球の極でのナノプラスチック汚染| ネットワーク気象学 (meteorologiaenred.com)

 

 

左様に人文理性の力にて広く見渡せば現行の文明こそがまさに危険極まりないものであることが即座に分からう。

全く其れは冗談では無くほんたうに危険なレヴェルでのものなのだ。

 

されどかって其のプラスティックが発明されたことで我我文明人の暮らしは劇的に豊かにもなった訳だ。

アア、さうか、かってのLPレコードやCDやDVDも皆まさに其のプラスティック製なのだ。

 

おそらくは多くの人人に取り其のプロテスト・ソングとしてのプラスチックスの樂曲の価値は分からぬことかとは思うのだが我に限れば其れにいつも首ったけだと云うことを本日は書かせて頂いた次第である。