目覚めよ!

文明批判と心の探求と

とある老優による社會認識ー仲代 達矢氏の社會と闘う其の決意の様ー

26.仲代 達矢氏の社會と闘う其の決意の様

 

 

 

 

本日は御天気も良く如何にも山での採集日和なのですがかうして文人の端くれとして人類の営為に責任を負う我でもあるが故遊びに行きたいのをガマンし社會情勢に就き論じます。

其れもまずはウクライナでの戦闘状態に就き述べる。

 

1.ソヴィエト社會主義體制崩壊による社會的矛盾の加速

2.ポピュリズムによる志無き政治の弊害

 

まずわたくしの場合は此の弐点を此の戦争と云う悲劇の発生因として挙げたい。

即ちプーチン氏やゼレンスキー氏への個人責任以上に其の體制上の不備による矛盾が此の戦争を引き起こしたと見て居る訳だ。

 

3.社會に於ける観念性の崩壊

 

其の結果として引き起こされる大矛盾が其の人類社會に於ける観念性の崩壊です。

其れは戦争による物理的破壊よりも實はより恐ろしいことなのではないか。

 

 

他方では、

 

4.プーチン氏とゼレンスキー氏には共に問題がある。

 

プーチン氏には資本主義化した露西亜を右翼的暴力國家へと導いた大きな責任がある。

ゼレンスキー氏は典型的なポピュリズムによる「観念無き」指導者です。

 

ゼレンスキー氏は其れこそ芝居だの👪主義だのには長けて居る部分があるが其れは元来政治的次元のものでは無い。

即ち政治とは観念、即ち思想であり感性や見た目にて営まれるやうなものであってはならない。

 

其の面ではプーチン氏の方には何らかの思想があらうがしかしながら其れがソヴィエト社會主義體制崩壊後の筋力國家の維持ではまさに其れは右翼馬鹿の思想と何ら変わるところはありません。

対してゼレンスキー氏には政治的理念に欠けて居る部分が根本に見られるのではないか。

 

ですので半分は其の人的被害により戦争が引き起こされた訳だが其れはあくまで4.として捉え根本的に問題なのはあくまで1.及び2.であると云う解釈です。

 

 

1.に就いて

 

ソヴィエト社會主義體制は計画経済の失敗により引き起こされた訳ですが本来ならば世界中の國家は是非計画経済にて営まれるべきでした。

何故なら地球環境の破壊を考慮すれば全世界がむしろ計画経済化されることの方がより望ましいことは明白です。

 

即ち自由主義経済の下に地球環境の破壊を食い止める手立てなどはまずあり得ません。

ひとつだけ其処にはより科学の力を強め人為的に農産物の収量の増大を図り気候のコントロールを行うと云う手がありませうが元より其れは可成に難しいことです。

 

要するに資本主義経済システム其のものが人類を滅亡の淵へと追い込む欲望の🚢なのだ。

其れがまずは矛盾の加速として考えられることです。

 

 

さらに露西亜と云う國自體の矛盾的展開がある。

尚僕は大學で體制史其れも露西亜革命に就き専攻したのですが結局露西亜にて社會主義革命が成功したのは露西亜が近代化に於ける後進國であったからです。

 

其の近代的後進國としての露西亜がむしろ壱番新しい民衆の為の實験國家となった訳だ。

ところが其の壱番新しい民衆を救う為の體制は結局金や物が上手く回らなくなり崩壊するに至った。

 

其処には建前としての社會主義的平等が機能せず實際には大きくヒエラルキー社會を築いて居たことが原因として考えられることだらう。

兎に角そんな訳で露西亜は社會的矛盾を消し去る為に社會主義國家に移行したと云うのにやがて物不足、金欠へと陥り其の體制は崩壊するに至る。

 

 

なんですが、其れは社會主義其れ自體が悪いのでは無く建前としての社會主義的平等を成し遂げられなかったソヴィエト型社會主義社會の失敗だったのです。

其の後露西亜は経済システム其れ自體を自由化して行き確かに其れにより飯だけは食えるやうになったが本質的には國家としての理念を失って行ったのではなかったか。

 

其の國家としての理念を失ったことこそがプーチン氏による独裁政権を招いた最大因なのだとわたくしは見る。

また其れには「強い指導者の下で経済的繁栄を」との民衆の下心が強く作用して居たことでせう。

 

されど其れ以上に問題なのがポピュリズムにより指導者を決めて仕舞ったウクライナでの體制のあり方でせう。

少し酷い言い方とはなるでせうが其の謂わば俗物であるゼレンスキー氏に國の舵取りを任せて仕舞うこと自體が衆愚政治としての典型例です。

 

 

即ち政治的、また個人的に極めて話が入り組んで居て其れ等の複合にて必然的に戦争が引き起こされて居る。

で、わたくしが述べたいのは特に3.の部分のことだ。

 

其の観念性の崩壊とは謂わば理念無き感覚主義だと云うことです。

プーチン氏による独裁政権もまたゼレンスキー氏による衆愚政治も其の政治的理念とは別箇のものだ。

 

即ち露西亜覇権主義にて強い國なんだとさう妄想するのは政治的理念とは別箇のプーチン氏個人の野望です。

またウクライナは西側諸国に近寄り経済的に利益を得精神的に自由になりたいのだとする其の期待は政治的理念とは別箇でのゼレンスキー氏個人の希望です。

 

 

だから其れはそも國家としての政治的理念が個としての思想に帰せられて仕舞って居ます。

故に其れは政治的理念では無くして単なる感覚主義であり観念ですら無いものである。

 

つまるところ此の悲劇の最大因とは「政治其れ自體の劣化」であり「政治に於ける精神ー観念ーの不在」です。

まあつい難しいことを申しましたが最終的には其れは「社會に於ける観念性の崩壊」へと連なる危機のことだらう。

 

尚無論のこと中國などでもおそらく此のことは進んで居ることでせう。

ところが米國や日本が大丈夫だと云うことにはまるでならない。

 

むしろ其の「精神ー観念ーの不在」の面では米國や日本の方が中國などよりもより危ういのやもしれません。

 

 

かうして功利性、現實性に捉えられた人間の心はやがて観念としての核のやうなものを持てなくなる。

まさに其れが市場経済の非精神性、非理念性の部分を指し示すことです。

要するに金と物とが溢れると逆に心ー精神ーは貧しくなって行く。

 

まさに其れが道理です。

ですので壱言で申せば其の「贅沢への希求」こそが此の度の戦争を招いて居るのである。

 

 

では御口直しとして赤旗日曜版に載った俳優の仲代 達矢氏による社會批判の御意見に就き書きます。

 

仲代氏はまず「罪」と云うことに就き述べられる。

人は誰でも罪を犯すものであり、罪を犯した者にも再起のチャンスを与えるやうな寛容な社會であるべきだ。ーわたくしの纏めー

 

だが今の日本社會は至って不寛容だ。

特に新自由主義により誰もが心のゆとりを無くし不寛容な社會となった。ーわたくしの纏めー

 

其れも儲け第壱で市場原理を神のやうに崇め社會の合理化を押し進めることだらうまさに血も涙も無い社會のあり方だ。

さらに其のー心無き流れーが招き入れたのが異常気象でありコロナ禍である。ーわたくしの纏めー

 

 

戦争もまた不寛容な社會から生まれる。

「平和を守る為に戦争する」

こんな馬鹿な論理は無い。ーわたくしの纏めー

 

仲代 達矢氏は戦中、戦後の時期を苦労しつつ過ごされて居たさうだ。

八歳の頃に父が病没し喘息の母と其の子が四人居てあくせく働いたが生活は苦しくなる壱方だったと。ーわたくしの纏めー

 

定時制高校にはコソコソと裏道から通って居たのださうな。

其の折に茶や飯を馳走して呉れたのが朝鮮人部落の人だったさうだ。ーわたくしの纏めー

 

其処でもってさうして人間社會が貧富の差を用意しまた人種による差別があることに疑問を抱いたのださうな。

其の後入った新劇には其の社會の矛盾に対し「どう生きるべきか」と云う問いの部分が何よりあったのだと云う。ーわたくしの纏めー

 

 

「先輩たちは戦前、逮捕、投獄されながらも、平和と自由を求め、あしき体制に抵抗して演劇をしていたと知りました。」ーしんぶん赤旗日曜版『不寛容な社会でいいのか』よりー

 

仲代氏の師である千田 是也氏もまた其の壱人だったさうだ。

其の千田氏は誰もが口をつぐむ時代に日本人の罪を直視したのださうだ。ーわたくしの纏めー

 

其の悪しき體制が途絶えることは無いと個人的には思う。

悪しき體制とはかっての全体主義の軍部とは限らずまた共産党壱党支配が悪だと云う訳なのでも無い。

 

むしろ新自由主義を礼賛し此の廿年余りで日本の労働を、さらに日本の希望を打ち砕いて来し自民党による壱党支配こそが其の悪の権化其のものであらう。

かくして悪は逆に「善」の仮面を被り続けて居るものだ。

 

でもってアノ小泉 純一郎は何故か大衆に人気があり最終的には総理大臣となり日本をブチ壊して行く。

即ち理念無き思想無きつまるところは元元観念が弱い人人があえて彼を選び日本國を派遣社員だらけにして仕舞ったのだ。

 

其の労働の破壊こそがまさに不寛容であることの象徴である。

また年金の額の方なども家などは随分と削られて来て居て其の割に灯油代だの食費だのがむしろうなぎ上りでしかも固定資産税額だけは壱銭も下がらず其処はいつも大変だ。

 

要するに今全世界的に社會が悪いのだと言えやう。

 

 

では革命ですか?

今こそ此の日本に取り社會主義革命の時なのですか?

 

いやまず日本は日本革命を是非やるべきだ。

日本革命?

壱體何ですか、其れは。

 

其れは「善」の仮面をつけ其の立場に安住する者共つまりは偽善者共を糾弾し「仏蘭西万歳!」と叫ぶことだ。

いや違った、「日本萬歳!」とさう叫ぶことだ。

 

 

仲代 達矢氏は四拾七年間に亘り無名塾を続けて来られ、其れは今は亡き妻の宮崎 恭子氏の遺志でもあったさうだ。

曰く、「無名塾だけは続けて」と。

其の遺志通りに仲代氏は独りで26年間其れを続けて来られたのだと。ーわたくしの纏めー

 

其の宮崎氏はかって「靑春」になぞらえて人生の晩年を「赤秋」と呼んださうだ。ーわたくしの纏めー

其の赤とは然し引退の色では無く闘いの色其のものだ。

 

いや、世から退けばもはや後は闘いだけなのだ。

逆に世に雁字搦めではまさか闘うことなどは出来ぬ。

 

「最後まで、世のあしき流れに抵抗してやろうと思います。」ーしんぶん赤旗日曜版『不寛容な社会でいいのか』よりー

仲代氏はかう此の記事を締め括られて居る。

 

 

其の仲代氏は御年89歳となられ我が母と同年である。仲代達矢 - Wikipedia

89歳となられても最後まで社會と闘い続けられるのださうな。

 

我はほんの62ばかりでスッカリ社會がイヤになったが流石は戦争を体験された世代である。

 

其れにつけても「赤秋」か。

なる程、其はまさに闘いの赤い色だ。

其れももう全部を革命したりたいやうな色合いだぞよ。

 

では再び政治的闘争に戻るのですか?

いえ戻りたくなどありません。

 

ありませんのですが、たまにはかうして政治的に意見を言わねばならないとさう思うのです。