目覚めよ!

文明批判と心の探求と

沢庵和尚の認識より學ぶー禅の認識より學ぶ 1ー

25.禅の認識より學ぶ 1

 

 

 

 

さてかって我は屡京都へと出向いたものだった。

其れは茶會に出る母の御伴にて数度にわたり大徳寺 - Wikipediaを訪れたのだ。

 

思い出に残る其の大徳寺は、まさに美しい寺であった。

されど京や奈良の寺はほぼ皆美しいのだと言える。

 

個人的には奈良の寺の方がより素朴であり好きである。ー特に山寺の方が良いー

京都には巨大な文化的堆積と文化的洗練とがあるが所詮は其れも人為的構築物である。

 

我は文化人である以前に其のピユアーな自然的感覚の持ち主故どちらを好かと言えば都の貴族文化だの何だのよりも奈良の素朴さの方が好きである。

無論の事其の文化人を自ら名乗る為には何ぞ書き遺して置かねばならぬ訳でよって此の『目覚めよ!』シリーズも其の我が遺言であり實存の歴史である。-其れも精神的な苦闘の歴史である-

 

 

さて我はバカバカしいことを余り書きたくは無いのだが社會に対し何ぞ述べやうとすると結局こんなにバカバカしくもなるのでソコは仕方が無い。

故にほんたうは社會に対し何かをもの申すのでは無く歴史上の事實のみを書き描きたい。

 

社會に対し何ぞ述べやうとすると最終的にはバカだのウンコ垂れだのさう申す他は無くなりつまりは罵倒の言葉ばかりとなるので精神衛生上余り宜しくは無い。

其処で本日はとある禅僧の認識に就き是非語らせて頂きたい。

 

其の僧とは沢庵和尚である。

 

 

ー慶長12年(1607年)、沢庵は大徳寺首座となり、大徳寺塔中徳禅寺に住むとともに南宗寺にも住持した。慶長14年(1609年)、37歳で大徳寺の第154世住持に出世したが、名利を求めない沢庵は3日で大徳寺を去り、堺へ戻った。元和6年(1620年)、郷里出石に帰り、出石藩主・小出吉英が再興した宗鏡寺に庵を結び、これを投淵軒と名づけて、隠棲の生活に入った。

  • 寛永19年(1642年)、日蓮宗と浄土宗の宗論に立ち合い、家光に「何故両宗は仲が悪いのか」と尋ねられた際、「両宗とも、末法の世に教えを説くために仏法を分かりやすく引き下げてしまったために、引き下げた教えに食い違いが生じ、それ故に宗論が自宗の正しさを示すものになるためです。他宗の場合は同じところに教えがあるので、そうはならないのです」と答え、家光も納得したという[2]
  • 家光から屋敷や寺を与えると言われても頑なに断り続け、最終的に柳生宗矩に説得され、ようやく東海寺住持となることを引き受けたという(沢庵和尚書簡集)。

ダイコン漬物であるいわゆる沢庵漬けは一伝に沢庵が考えたといい、あるいは関西で広く親しまれていたものを沢庵が江戸に広めたともいう。

後者の説によれば、徳川家光が東海寺に沢庵を訪れた際、ダイコンのたくわえ漬を供したところ、家光が気に入り、「タクワエ漬ニアラス沢庵漬ナリ」と命名したと伝えられるが伝承の域を出ない。ー沢庵宗彭 - Wikipediaより

 

 

腹が減ること、まさに其れが本能による求めである。

だが本能とは肉体の求めであり所謂観念とは違う。

 

観念とは自ら考えることであり其の侭に本能に従うことではよもや無い。

其の観念を構築せんが為の営為が哲學であり宗教的自我の形成だらう。

 

ところがみんなには普通其の意識が無い。

意識が持てぬところ即ち本能領域の方へとしかと縛り付けられて居るが故に其のことがまるで見えて来ない。

 

だが哲學者や宗教者には何故か其れが見えて居る。

彼等には何故か其れが見えて居ることをわたくしはかうして書き記して行かう。

 

 

腹が減ると例えば美味いものが食いたい。

其れもイチローの如くに金持ちならば、其れこそかにすきだのフグ料理だの何とか🐂のステーキだの兎に角そんなものが食いたくなる。

 

また其れを👩が何処ぞより運んで来るものなのだ。

其の衣食住に関する欲望は主に其の👩が解放して来しものだ。

 

 

だが沢庵和尚は将軍家光にそんな豪華な食事を供したのでは無く沢庵漬けを出したのだった。

壱説には腹が減って居た家光は其の沢庵漬けと飯をガツガツと食い続けたのださうだ。

 

たとえ将軍様であれ、また天皇様であれまた書記長様であれ腹が減れば何でも美味いのだ。

従って問題は其の本能が悪いのでは無く其の本能に観念として加工した贅沢さを付け加えて居ることだけが悪いのである。

 

まあ其れもまた沢庵和尚の教えのひとつなのであらう。

 

 

 

ーたくわん漬を家光に提供した理由

 ある時、家光が「最近おいしいと感じるものがない」と沢庵にこぼした。「それでは明日、おいしいものをご用意します」と沢庵。翌日、指定の時間に出向いた家光は、茶室で茶を振舞われるも、肝心の食事はいつまでたっても出てこない。お腹が空き過ぎた家光が流石にがまんできずに席を立とうとしたその時に、沢庵が運んできた御膳には湯掛けの白米と2切れの黄色いものだけ。それでも空腹の家光は椀を抱えてガツガツと満腹になるまで食したとか。その後「この黄色いものはなんだ」と沢庵に家光が問うと、「大根の粕漬けで、たくわえ漬けでございます」と答えたとか。重ねて「以後、空腹になってから食事をするとよいのでは」とも。

実は家光が名づけ親?

 その後、家光は怒るでもなく「美味じゃ」と応じた。この漬物が「たくわん漬」なのだが、その時家光が「沢庵の漬物だから沢庵漬けと称せ」と言ったとも、また、たくわえ漬けがいつしか変化したとも言われている。さすがに東海寺では、「たくわん」と呼び捨てにすることはできず、この漬物は「百本」と呼ばれているとか。ー今日が命日の沢庵和尚 反骨の僧とたくあん漬けの逸話とは (msn.com)より

 

現代人は今かうして飽食の限りを尽くして居るがむしろほんたうに美味なるものを忘れかけて居ることだらう。

わたくし自身の経験から言えばほんたうに美味なるものとは例えば健康や安定した社會のあり方や質素さより生ずる感謝の心である。

其の感謝の心は個が成り立たせるものであると同時に社會が個に対し提供すべきものだ。

何故なら今ウクライナの人人に対し感謝せよと言ったってそんなミサイルが飛び交い生きるか死ぬかの折に感謝もクソもまた無いではないか。

では革命ですか?

再び露西亜を社會主義革命すべきなのですか?

 

いや今露西亜に必要なのは其の沢庵漬けである。

其れを飯と共に食えば其の有難さが身に沁みて分かることであらう。

 

するとかのプーチン氏に沢庵漬けを食わす御積もりか。

さうだ、アノプーチンにこそ是非其れを食わしてやらねばならぬのだ。

 

 

ー沢庵の説く禅の心

 沢庵は、生涯にわたり名利を拒否し、出世や役職を辞退し続けた。江戸時代の記録書「耳袋」には「人は衣食住の三つに一生を苦しむ。だが、このことを知っているが故に我は三苦が薄い」と沢庵が壁書した写しが残っている。欲しがれば、どこまでも人は欲が出るという意味だろうか。「心さえ潔白であれば」という生き方を貫く沢庵は、流刑先でさえ、土地の藩主などから帰依を受け、相談や助言などを与えている。そして、家光もまた、沢庵に深く感銘を受けるのである。

沢庵を江戸に留めたかった家光の案は

 家光は沢庵を江戸へ呼び寄せ、品川に東海寺を建立、住職になってくれと依頼する。沢庵はかなり固辞をしたようだが、紫衣事件のきっかけとなった法令なども元に戻されることになり、ある意味、沢庵が江戸で人質になる代わりに京の仏閣の権利が復活したとも言える扱いだったようにも見える。それでも、家光は足しげく品川を訪れ、沢庵との会話を楽しんでいたようだ。ー今日が命日の沢庵和尚 反骨の僧とたくあん漬けの逸話とは (msn.com)より

 

 

其の禅の心、佛法の教えとは「やり過ぎ」をやらぬことにこそある。

特に衣食住に関する贅沢は努めて避けるべきだ。

 

衣…我は衣服に関し至極無頓着だ。但し余りにむさくるしいのも良くは無い。其処であかのれんへ行き千円のハーフコートを買って来た。-何と参千円の品が千円で売られて居た-やったー、コレでゴッホ展にも無事行けさうだ。勿論ゴッホ展のチケットも早速手に入れた。あれ、何だ此の頭は。壱年間床屋へ行かぬのでまるでかのみうらじゅんのやうにむさくるしい長髪だ。では床屋へ行かう。其処で刈るだけを選択し千百円で済んだ。おおまるでイチローのやうな頭になったぞよ。TVをよーく見てイチローを観察して居たら髭が生えて居る。其れにみうらじゅんは物凄くむさくるしい大髭を生やして居る。さうだ我も髭爺にならう。

食…我は色んなものを良く食うがベーシックなもの、安いものが實は多い。つまりは余り食に拘っては居ないのである。むしろ拘るのはモノの方である。

住…かうして我が家はデカい家だが實はボロボロで不動産会社の社員が頻繁に「売って下さい」と言いに来る。何故なら此の辺りは環境が良く地価も高くまた買い手も多くつくからなのだ。其のボロボロの家に金をかけて修復などするのは佛法の法則にも反して居る。よってまさに此の侭にボロボロとなり滅びて行けば良いのだ。第壱庭にて動植物と戯れることは我に取り最重要の価値なのだから。

 

沢庵和尚の其の清貧主義は単なる精神論では括れない佛法としての要諦の部分である。

其の衣食住のみならず大金や権威権勢、其れに👪主義や人間中心主義などに関しても常に潔癖でなくてはならぬ。

 

むしろ其の社會的欲求の方が物欲などよりもよりタチが悪い。

何故ならみんながやる社會的欲望こそがまさに歯止めが効きにくいからだ。

 

 

だがマニアやコレクターは此の辛い世の中をモノや情報に囲まれて慰められ最終的には其れを全て処分しまた清貧に戻れば其れで済むと云うものだ。

だからマニアやコレクターである方が社交家だの愛妻家だの子煩悩だのと云う価値よりもこと佛法に対してはより親和性がある。

 

沢庵和尚は寺ばかりか墓なども要らんとさう言われて居たさうだ。

さう墓も要らんし戒名もまた仏壇も要らぬのである。

あくまで眞理としては其れは要らぬ訳だ。

 

また佛像も要らぬ。

お釈迦様御自身が要らぬとさう言って居られたのであるから当然要らぬ。

 

其れを要るやうにして仕舞ったのはお釈迦様以降の僧が凡人ばかりだったからなのだ。

だが沢庵和尚はちょっと違う。

 

其の認識の仕方が違うことに皆様は気付かれたことかと思う。

かくして聖俗を隔てるのは畢竟其の認識の違いなのだ。

 

ではちょっと違うトゥモロー?

いえちょっと違うのはむしろ過去の方でせう。

 

 

ー富はなせば仁ならず、仁すれば富まず。

人退くとも退かず、人進めば我いよいよ進む。

人の真実は何にて知りぬべき。涙の外あるべからず。


人みな我が飢を知りて人の飢を知らず。

沢庵和尚 | 名言集|心を揺さぶる最高の言葉 (grapefruitmoon.info)より

 

かくて金儲けはまさか仁とはなり得ません。

また仁すれば逆に貧しくなる。

ですが其れは逆に心を豊かにすることだ。

 

人間の眞実ー實相ーは悲しみー哀しみ、悲哀ーにこそある。

つまりは人間とは限りなく情けない者であると云うことだ。

 

現代人の認識はむしろ其のことを逆に捉えて居る。

だから此の世が治ることなどはこれからも無い。

 

聖なる認識とは世俗とは逆方向でのものだ。

なのでみんなが退くことに退かず何処までもー自己本位にー進むのです。

 

 

ー人みな我飢を知りて人の飢を知らず、ゆゑに人を憐むの心なし。我飢を知りてはなんぞ人を憐まざらん。放逸の人はたゞわれを知りて人を知らず。ー

 

其の自己本位と利己主義は違います。

自己本位は眞の意味での我が欲する生き方のことだ。

対して利己主義はウソの我が欲する生き方のことだ。

 

人間が他人を憐れむー尊重し且つ教共苦するーことが出来ぬのは其の認識がそも曇って居るからだ。

要するに其の社會的に規定される価値に対し利己主義を形成して居る訳だ。

 

其の関係は個に限らず共同体や國家などより社會的な場に至るとより増幅されるものだ。

なのでかうして望まぬ戦争や紛争が引き起こされたりもする。

 

但し其処で是非気を付けて見て置きませう。

其れは闘争と戦争や紛争は違うと云うことです。

 

 

闘争とは文人やジャーナリストが社會の横暴に対し挑む闘いのことでまさに其れが義憤での闘いです。

また利己主義に対する闘争が藝術なのだとも申せませう。

 

かくして宗教や藝術とは壱面で世の価値観を捨て去り違う認識の世界に生きることだ。

其れは本能が規定する価値をあえて離れ眞理や眞實を追及して止まぬ理性的な働きのことだ。

 

然しあくまで本能からすれば其の衣食住たる現世的価値が壱番大事です。

だから大衆は其の衣食住の価値の充實の為だけに其の生涯を懸けるものだ。

 

 

ですが変人の藝術家や聖なる和尚様方は實は其の価値に左右されず別のものを見据えておいでになる。

でもって僕などもさうなのですが其の衣食住には意外と無頓着で確かに食い物だけには拘ったりもまたする訳ですが其れも本質的には精進料理などが壱番好きな訳だ。

 

要するに「精神」をこそ生きて参って居る。

アアー、辛い。

もうコレは止めて早う👩の股の間にでも非難したい。

 

嗚呼だが僕の此の文人としてのタマシイがどうしてもソチラの方へと引っ張って行く。

おお其の「精神の苑」のさ中へと!

 

 

ー放逸の人はたゞわれを知りて人を知らず。ー

 

其の沢庵和尚の認識はむしろ「自己本位」を貫くものです。

かうして眞理に対する自己本位が罪を生むものには非ず。

 

ただどうしても世間の価値観に合わぬものなので偏屈だの頑固だのまた変人だのに見られて仕舞うだけのことだ。

なんですが實はソチラの方こそが正しい訳だ。

 

ですが利己主義は大きく罪を生み出します。

其れは眞理に対する罪なのでもまたある。

 

利己主義とは「放逸」のことです。

よって👪主義や全体主義もまた其の「放逸」のことだ。

 

 

其処でまずは独りになりませう。

さうして冷静に己が理性と向き合うのだ。

すると自らの👪主義や全体主義が間違って居たことに気付く筈だ。

 

静か、閑さ。

まずは其れが大事だ。

かうして僕はいつも静かに笑って居ます。

 

おまえはアホか?

いやさうでは無くみんなの間違いにあえて寄り添いかうして慈悲の心に學んで居るのだ。

 

 

ー万物皆純善にして悪なきなり。すなわち皆善なり、半ばを過ぎるときは、すなわち善も悪となる。沢庵和尚 | 名言集|心を揺さぶる最高の言葉 (grapefruitmoon.info)より

 

此処でひとつ和尚の重要な名言に就き考えてみやう。

 

即ち此れは性善説です。

だけれども其の性善説は限定されて居り其れ即ち半ばを過ぎると其れは悪となるのです。

 

1.👪への愛

2.組織や共同體、國家への愛

 

壱般に日本人は長らく日本の體制を支え続けて来た此の👪主義からは抜け切れません。

つまりは其れを無条件に善だと信じて疑わぬ傾向が強くある。

 

ですが其れもまた理性の眼差しで見れば利己愛へと転化し易いものなのだ。

よって1.及び2.の愛着は常に半分以下のレヴェルに保って置かねばなりません。

 

 

尚哲學的には其の逆の命題も成り立つ訳です。

 

即ち、

万物皆悪にして善なきなり。即ち皆悪なり、半ばを過ぎる時は、即ち悪も善となる。

 

其の善悪規定とはあくまで相補的関係を保つものでありしかも相対的に齎される価値です。

むしろ善悪の規定は相互に入れ替わると見て置くのが眞の意味での理性的認識だ。

 

よって理性とはむしろひとつの立場に固執することでは無くものの見方即ち認識に於ける相対性を確保することなのだ。

ですがあくまで禅僧としての沢庵和尚の認識はかうして眞我の歩みに支えられ常に正しいのだと言えやう。

 

 

沢庵 宗彭 辞世の句 遺言 (臨済宗の僧) - 辞世の句最期のことばデーター倉庫 (fc2.com)

 

かうして経も斎も香典も要らず、塔、像、碑、年譜さえもが要らないさうです。

ですが禅の境地とはまさに其の通りでのことなのでせう。

 

要するに何も要らないんです。

衣は墨染の衣ひとつで良く、食は精進料理で良く、さらに住まいは出来れば掘っ建て小屋で、でも偉い御坊様ともなればさうも行かぬ訳で其れでもってしぶしぶ和尚は寺に住んで居た訳です。

 

 

でもコレクターの生き方はそんな清貧の僧とはまるで別物でまさに煩悩まみれではないか。

さに非ず。

 

だから其の物への執着の代わりに👪愛や國家への愛と云った危険な価値を放棄して居るではないか。

其れもな、✈や🚁や豪華⛵またフェラーリなどを買って持って居る訳では金輪際無い。

 

たかが石だよ、其れに万年筆と本だけなのだ。

 

さうか、其れは清いまさに精神的な生活だ。

精神に生きるコレクターはボロ家でもまるで構わずたった千円のハーフコートと百円のカップラーメン及びレトルトカレーで充分なのですね?

 

もう拾弐分である。

我はそんな名僧の価値観を真似て居るのでは無く己が選択としてそんな清貧の暮らしをあえて営む者である。