目覚めよ!

文明批判と美の探求と

藝術家とされる分からず屋の世の中に對する不屈の闘ひ

 

美しひものが好きな我は美しひものと心中するなら其れも本望だと日頃からさう思はぬでも無ひのだけれど、だが美しひものには大抵の場合毒が潜み其れも良く良く観察してみるに美しひものが其の侭に美しひのは其れは自然界に於ける美だけなのであり、対して所謂人間の感覚でもって捉へられし美と云ふものに限りむしろ汚ひか或は悲惨なところまで見詰め切った文物の方が眞に迫ると云ふか本物だと云ふか少なくともわたくしの好みのものなので大抵はそんな毒までをも含んだ藝術と云ふものがわたくしにとっての眞の藝術の場なのだ。

 

従ってわたくしにとり快ひもの、或は心地良く感ぜられるタヒプでの藝術作品は眞の意味での藝術作品なのでは無ひ。

 

たとへば美しひものに限れば世に幾らでも美しひものはあり、第一自然は美しく中でも空や海、また木立や山々の様などはもう全くに美しひものでしかも其れは元々人の手を離れて居る。

さうした部分から出て来る石や動植物達などもまた決まって美しひ。

 

其れも無垢なる美しさ、言語による形容以前での美しさに溢れて居り宗教的に表現すればまさに其れは神の被造物であり其れ以上付け加へるべき部分が何も無い完全なる美を有して居る。

 

対して人間界にもまた美は存して居るが其れは謂はば毒の無ひ美と毒のある美に二元分裂して居るのだと思ふ。

 

屡都會での美、其れも建築物に於ける美だのまた芸能に於ける美だのまた🚙だの✈だの刀剣類や萬年筆や時計だのーさうした工芸品や工業製品をも含めーが持つ形式美だの機能美だのの場合は大抵の場合は毒を抜かれた美でありむしろ見て居て心地良ひものであることが多ひ。

 

だが藝術の其れも一級の藝術作品が対象とする美はそんな心地良ひものばかりなのでは元より無ひ。

 

藝術家と一般人の感覚の違ひを決めるのはまさに其の毒のある美に対する感受性の違ひなのでもあらう。

 

藝術家は多かれ少なかれ其の毒を持って居るが其の毒が噴き出る時期などにもサヒクルがあるので彼がいつもさうした頭のおかしひ人なのでは無く藝術上希求するコンセプトの違ひなどから或る藝術家からはむしろ其の毒が垂れ流しとなるがまた或る藝術家からは心地良ひ音色や文が紡ぎ出されても来る、と云った具合に表面的な毒の噴出の上での差異が生じて来る訳だ。

 

尚わたくし自身は藝術家と云ふよりはむしろ學者ー人文科学としてのーや思想家に近ひ側面を元々多分に持って居る。

 

なのだが他方では感受性が豊かだと云ふか實質的にも神経過敏な方である。

まさに其処が藝術家的な感度の持ち主でもあると云ふことなのだらう。

 

と云ふことはつまるところ其の毒に対する感受性もまた常に高く保って居る訳だ。

 

 

先に述べたやうに藝術家にも弐タヒプがあり其れは毒まで見通すかむしろ毒を撒き散らすことを藝術の主題に据へて居るタヒプとあへて其れを封印しまた違った意味での社會的に意義のあるものを構築して行くタヒプとであらう。

毒を撒き散らす藝術家のタヒプは逆にあへて自己中心に生きて居る訳でありだからなのか生きて居るうちには周囲にまるで其の作品の価値が理解されずむしろ周りから酷評されたりもし故にまるでもって貧乏でしかも悲惨な藝術家としての人生を辿り易ひものと大抵はさう決まって居る。

 

たとへば画家のゴッホなどが其の典型例で彼は藝術としての毒をしかと把握して居たことだらうが其の作品は周囲にはまるで理解されず挙句につひに気が狂ったのか拳銃にて自決するに及んで居る。

ー部屋を掃除して居たら「ゴッホ―魂の日記 大型本 – 1990/12/1」と云ふ立派な画集の本が出て来た。其れも此れ迄ほとんど読めなかった本である。 ー

 

また此の種の悲惨な藝術家が實は多く、いや悲惨と云ふか過激な藝術家が結構居て中には懊悩の果てに自ら灯油をかぶり焼死した人なども居た程だ。

 

わたくしはさうした藝術の世界認識の激しさのやうなものに深く興味があり、と云ふことはまさに激しさを持った藝術家、謂はば酷く自我が分裂して居てやることなすことが極端な藝術家こそがむしろ好みなのだ。

 

いや極端と云ふか兎に角毒をあへて撒き散らしあへて死んで行った藝術家こそが好きなのだ。

 

 

ー其の毒とは實は薬なのだ。

其のことを世間の人々は普通知らなひ。

 

いや其のことには気付けなひ。

逆に世間的な常識の方こそが毒であらうかと云ふのに。

 

藝術とは、其れに根差した価値観とは眞の毒としての所謂常識の正体を見破ることにこそある。

眞の藝術とは其の毒の素肌に接し其れに傷付き且つ破壊されて行く自己の様を只其の侭に表現することにこそ尽きて居やう。ー

 

 

さて其の毒々しひ藝術家にも厳密には弐タヒプがある。

 

其れは其の過激さが世ー社會ーに認められたか否かと云ふことだ。

 

たとへば岡本 太郎氏などは矢張りどう見ても其の藝術乃至は思想が過激だが實際には世に認められた著名な藝術家だった訳だ。

 

だが其れとは異なり社會とは関はりを持たずにさうして埋もれた侭に死んでいった鋭ひ感度の持ち主などもまた多く居たことだらう。

 

 

藝術とは其の世の毒としての深度を測るものでもまたあるのだ。

 

美ー讃美ー⇔醜ー毒ー

 

まさに美とは世界ー事象ーへの讃美である。

藝術家の内面に於ひて其れは激しく感じ取られるものだ。

 

なのだが其の強く感ぜられるか或は希求されるべき美があるからこそまた醜ひものー毒々しひものーへの目が開ける訳だ。

 

其のやうにより深く幅広く世界ー事象ーを彼等は見詰めて居る。

いや我もまた其の一人としてさう見詰めて来ても居る。

 

だが其の激しひ内面の分裂による世界との関はりは世に認められぬ限り周囲と和解することが出来ぬ。

 

よって多くの場合和解すること無くさうして自決に及ぶか病に罹り早逝する他は無ひ。

 

さうして多くの藝術家がまさに其の道を選び其の生を終へて来たのだ。

 

結局眞の美とはさうした認識の次元に於ひてのみ垣間見へて来るもののことだ。

 

 

ー尤も我は適度に俗化されても居た。我を此処まで生かした力とは畢竟其の常識としての社會の力だ。イヤイヤながらも其の社會の従僕であったことが我をして此処まで生き永らへさせて来た。だが其のひとつの歴史としての社會の時間を得ることは本質的には藝術としての死を意味して居る。謂はば我我は死ぬることでしか此の世界を生きられぬのだ。ー

 

ー故にほんたうに生きやうとしたのはむしろ病を得て早逝し或は自決に至った藝術家ーより感度の高ひ人々ーの方だ。まさに其れは社會化することのならなかったより純粋なる魂の持ち主達の故であった。だが古より存して居た其の構図を社會のあり方が変へた。さうして藝術家は近代医學の力でもってむしろ生の方へと縛り付けられて行くこととなる。ー

 

ー宗教もまた次第次第に合理化され生の方へと縛り付けられて行くこととなった。=現世利益化されたー

 

解脱⇔無明

救済⇔迷ひ

 

だが生の方へと縛り付けられて行くことはむしろ「無明」=「迷ひ」を増大させて行くことだらう。

 

其れも無制限に「無明」=「迷ひ」を増大させて行くことなのだらう。

 

「無明」=「迷ひ」の領域が増へれば増へる分だけ我我は余計に生き延びむしろ其の毒の効力を再確認して行くことさへもが不可能となることだらう。

 

 

 

ところで、

 

藝術は美的洗練の為の一手段である。

 

と云ふやうな価値観を振り翳す人々は實際に多ひことだらう。

 

 

其の美的洗練を価値ヒエラルキー化し其処でまるで建築物に於ける美だのまた芸能に於ける美だのまた🚙だの✈だの刀剣類や萬年筆や時計だのー工芸品も含めーが持つ美の最上位の価値であるかのやうに思って居る訳だが其れは誤りであらう。

むしろさうした価値ヒエラルキーを粉砕しマイナスの要素即ち毒をも見据へた上で創造されていくものこそが眞の意味での藝術のあり方なのだらう。

 

 

即ち藝術は工芸作品とは異なり心地良ひやうなものであってはならなひ。

心地良ひやうなものをむしろ破壊する、いや其れも意図してさうするのでは無くより本質的な美の探究より生ずる二元分裂を意図的に受け止めむしろ其れに身と心を委ねることこそが其れに該当する。

 

すると己の周りの世界は軋み始め突如として不協和音を奏で出す。

 

其の苦行に耐へることこそが藝術家としての過激さに与へられし使命であり天命なのだらう。

 

さうだ、藝術家はさうして常に毒々しくあらねばならぬ。

 

其れもかのベートーヴェンのやうに深く激しく燃え尽きるべきなのだ。

 

 

さうした社會に認められた過激な藝術家と云ったタヒプがまさに存して居やう。

 

たとへば恵那の出の人で熊谷  守一などがさうだ。

また中村  正義 (日本画家)が居て彼は豊橋の出の人だ。

 

まさに共に過激な程に藝術の毒に対し純粋でまた天才と呼ぶに相応しひ画家である。

 

ちなみにわたくしはかうした天才画家や作家のことにつき前々より是非書ひてみたかった。

 

熊谷 守一は過激ではあれ所謂仙人画家なのだが中村 正義の場合はより反体制的で異端的な要素が色濃く感じられる内容を持つ。

ー以前にわたくしは某掲示板に於ひて其の熊谷 守一の画業に就き論じて居るー

 

 

反逆の天才画家 中村 正義

 

創るとは、対立すること ー異端と呼ばれた日本画家ー

 

さうして元々天才日本画家であったと云ふのに何故彼は異端の道を歩んで行ったのだらう?

元より藝術家は天才的であればある程其の二元分裂の様を激しく抱へて居る訳だ。

 

だからより高ひ認識に於ひて美を見詰めることが可能となるのだが他面ではより深く迷ひ即ちより深く苦悩し魔的なものをも見詰めて行かねばならぬものだ。

ーさうしてより罪深くありより業の深さに苛まれる訳だー

 

 

さて中村 正義の絵の方は元々知って居りましたが其の人生の経緯に就ひてはまるで知らなかったが故にネット上で調べてみて愕然と致しました。

要するに彼は反権威主義としての己の藝術を貫き其の病の身を持ってして藝術が持つ毒のさ中へと殉じて行ったのです。

 

果たして此れ以上に過激な藝術家としての生を貫ひた人が居たことでせうか?

 

いや、勿論我が國には古より物凄ひ画家の面々が居た訳です。

たとへば村山  槐多だの関根  正二だのと云ったまさに天才の名に相応しひ画家がかって居たこともまた確かなことです。ーちなみに村山 槐多もまた豊橋の出の人ですー

 

正義の生涯は病との闘いでもまたあり、其れも二十代で結核を患ひ挙句に後年癌を発症し52歳という若さで世を去って居る。

要するにまんま體が弱く感度のみが高くある藝術家なのだらう。

 

 

尚わたくしもまた最近は体調がすぐれずよって弐、参ヵ月程休養させて頂こうかとも考へて居る。

其れも春になり気温が上がればまた元気にならうから此のブログは其れ迄閉鎖し再出発してからは社會批判は止めて藝術や自然を論ずる場へとコンセプトを変更して行く予定である。ー其れこそより文化的に再構築する予定であるー

 

但し宗教のことは続けて書ひて行くつもりである。

實際には休養以上に家のことでやることが山積みなのでまずは其れを片付けてからまたゆっくりと復帰したひともさう思って居る。ーおそらくは六月以降での再開となることだらうー

 

 

其れにしてもだ、結核を患ひまた癌を患ひ其れでも猶権威に屈しなかった彼の生き様其のものが生粋の藝術家魂でなくて一体何なのだらう?

 

藝術はさうして権威でも権勢を求めるものでも無く、また工芸品や工業製品のやうに心地良く見へ社會や人生にとり快楽を与へるものなのでも無ひ。

 

煎じ詰めれば藝術とは其の生死との闘ひの様を写し取ったもののことだ。

 

だが其れは現代に於ける宗教のやうに社會化されたー権威化、現世利益化ーものでは無くまさに内面でのより限定され純化された個としての闘ひの記録である。

 

さう其の個としての闘ひは信仰のやうには普遍化され得ぬことだらう。

 

 

だがまた其れも結局は普遍化され得る。

即ち世に認められし藝術こそがさうして其の普遍性を獲得して行くのだ。

 

 

だが世に認められぬ藝術に意味が無ひ訳では無くむしろ其れは普遍化することが無ひ分より純粋であり個別の精神性に彩られても居るものなのだらう。

 

かうして苛烈に生きた画家は如何なる外部からの圧力にも屈せず己の道を進み其の藝術を全うしたのであった。

其れでも彼の藝術は周りから認められて居たのだった。

 

そんな分からず屋の世の中に對する不屈の闘ひをこそまた是非書き描ひてみたひものだ。