目覚めよ!

文明批判と美の探求と

三河のパイロクスマンガン鉱万歳!


石と言へば其れ即ち輝きの申し子だとも言へやうがわたくしに限りさうは捉へて居らず其の本質は色の違ひにこそある、とさう捉へるのだ。

勿論生命にも各々色があるのだし人工物にも色は溢れて居る。

なのだけれどもどうも石の色と云ふものはもっと厳密に決められて居るもので謂わば変わりやうの無ひものなのだ。


ただし鉱物の色が変化すると云ふことは侭あることだ。

酸化や硫化などで化学反応が起き色が変わって仕舞ふと云ふことはあらう。

例ーマンガン鉱物の黑化、銅の緑青化など

ただし地球内部で鉱物が出来た時に其の色合ひをも含めてあらゆる性質は決まって仕舞って居る訳だ。


無生物である石の色はそんな気分的ー観念的ーに変化を齎すものではなく謂わばより純粋に規定されし物理的な色なのだ。

其の石としての色のヴァリエーションを堪能したいのならばバイカラーのトルマリンなどでひとつの石の中に複数の色合ひを愉しむことさへ出来やう。

だが一番色んな色、其れも単なる色ではなく輝きとしての色合ひの違ひを愉しむことが出来るのがプレシャスオパールだらう。

プレシャスオパールはあらゆる石の中で最も輝きの色彩の変化に富み美しひものだ。


尚前回でオーストラリアのオパールのことにつき書き忘れて居たがオーストラリアのオパールにも一級品の石はあるもので当然ながらさうしたものは原石の段階ですでに数十萬と云った値が付ひて居たりもする。

弐年程前だったか、矢張り鉱物ショーにてコレは!と云ふ物を見つけたが無論のこと頗る高価でもって買へやしない。


さうした意味では石の世界はある意味で厳しひ世界だ。

万年筆の世界よりも桁違ひに厳しひ=手が届かぬ世界なのである。


わたくしは万年筆のコレクターを参拾年程やったが万年筆の場合は大抵の場合壱拾萬程の軍資金があれば何とかなったものだった。

とは云へ当初わたくしのやって居た限定万年筆の世界とはまさに資金力が大きく物を言ふ世界であったが、其れでも最高で一本に参拾萬ほどのもので石のやうに参百萬だの参千萬だのと云ふ世界のものでは元より無ひ。

また、腕時計、コレなどはメジャーな蒐集の趣味であるにも関わらず矢張り参百萬だの参千萬だのと云ふ世界のものでもある。

まあ其れでも参拾萬程出せば大抵のモデルは手に入るのではあらうが。

ちなみにわたくしの場合腕時計も好き♡なのですが其れはわたくしが手を出す分野では無くしかもわたくしは時間に束縛されるのが好きでは無ひので時の流れを機械的に表現して居るものには元来余り関心が無ひ。

つまりはもっと感覚的に時の流れを捉へて居る訳だ。


其れと、万年筆や腕時計は工業製品である。

確かにアンティークの品々に限れば半工業製品となり手工芸的な要素が其処に加わるのであらうが其れでも其れはあくまで人間臭ひ=人間の加工品としての色、匂ひ、味が否応なく感じられるものだ。


わたくしはもう最近さういうのが鬱陶しくなったのである。

つまりはすでに加工品に興味は無く自然と云ふか色其のもの、また光其のものと云った形でのより純粋な物の世界に強く引き付けられつつある。

だから其処ではすでに値段なんて関係無ひのである。

なんだけれども、高い石はヤッパシ決まって綺麗なのだ。


だから其れが何でかと云ふことを實は今考へて居る最中なのだ。


ちなみに最近わたくしは万年筆よりもボールペンの方を良く使って居たりもする。

無論のこと其れは例の銘木ボールペンの数々だ。

ただし特定の現代の万年筆は屡使ふ。

たとへばかのロレンツォ・デ・メディチPatron of Art Edition Lorenzo de Medici などは今でも屡使って御座る。

其れとオマスなども良く使ふ。

90年代のオマスは今や幻の万年筆となりつつあり相変わらず良く壊れはするが其れに対する対処法を定めて使用中だ。


即ちまずは首軸を捻って外す。

さうして軸内にスポイトにてインクを垂らす。

要するにコレだけ。

つまりはアイドロッパー化して使へばオマスだらうが何だらうが長く故障無く使へるのだ。


さらに現代の万年筆も實は全部アイドロッパー化して使っておる。

ああ、カートリッジにコンバーター

一体何だ其れは?

そんなものはもうとっくに忘れたわ。

特に90年代迄のプラチナ万年筆はアイドロッパー化することとの相性が極めて良ひ。


兎に角工業製品にはもはやほとんど関心が無ひと云ふか関心が薄ひ。

其の点に関して言へば鉱物趣味は万年筆や書籍、又はネット上の情報より得られる知識の分野とは異なりより具象的な世界であり平たく言へばより自然志向であり純粋なる物理的世界のものなのだ。

だから其処には人間など何処を探しても居らず孤独なこと此の上無く嗚呼、實にサバサバとすると云ふかまさにせいせいとして嫌らしひ人間関係に惑わされることなく深ーい海の底若しくは大宇宙の彼方へといつでも気軽に逃げていけるのである。


さて、其の色であるが色の本質とは矢張り違ひ=差異のことであらう。

換言すれば其れは同じでは無ひ、と云ふことだ。

さうして同じでは無ひものが色の違ひとして其処に立ち現れて来る。

同じでは無ひものは決まって組み合わせとしてのヴァリエーションを生む。

其のヴァリエーションこそが美を形成する。

美とはさうした違ひの部分に花咲く感覚上の変化のこと。

さう感覚上の変化はむしろ我我をして快の方向へと誘ふのだ。


重要なことは色とは其の変化を規定する諧調其のものであると云ふことだ。

つまり我我の感覚は色によっても規定されて居る。

我我が色を規定して居るのではなくむしろ色により我我が規定されて居るのである。


よって鉱物の色とは謂わば神の色。

其れは人為的にどうこうすることが出来ず此の宇宙の実相として定められしただ一つの色なのだ。


其の神と対話することこそがわたくしにとっての鉱物趣味の帰着点だ。

其のやうなものに手を加へたりしては元よりならぬ。

鉱物の色は人の手の届かぬところにある一つの美の諧調なのだ。


元より人間の一番悪ひ癖が此の加工癖である。

此の世界はそも加工などするべきものではなくタダ神からまた佛から受け取るものであるに過ぎぬ。

即ち其れ自体で完結して居り其れ自体で美しひものだ。

左様な美の諧調に気付く時初めて人は其処に神仏の存在を確信することが出来やう。


其のやうな高ーひ精神性を早う早う獲得するのだ!


おお其れぞまるで石仙人の様!

いつの間にやらそんなものにも近づいて居るやうですぞ!


さて、田口鉱山産のパイロクスマンガン鉱のことですが一言で言えばコレぞまさに究極の石です。

此の石は要するにマンガン鉱山としてかって稼働して居た三河の田口鉱山に於ける屑石であり捨て石であった。

要するにもっと高品位のマンガン含有鉱が採掘の目的物とされて居た訳だ。

ー田口鉱山は愛知県北設楽郡設楽町にあった鉱山。
裏山鉱床、回天鉱床、表山鉱床、烏帽子鉱床からなる。
正和産業により1949年から1960年代にかけて採掘された(1950年頃閉山とも)。ー


だからパイロクスマンガン鉱はあくまで捨て石であり当時はズリとして幾らでもあったのだとされて居る。

そればかりか近くの鉄道の駅の脇に山と積まれて居たさうである。



あれ、コレは凄ひ。

こんなに安くてしかも質の良ひ標本を初めて見ました。

おそらくは可成昔に売られたものであることでせう。

今なら三~四萬円はしてもおかしくは無ひ良品です。


尚、パイロクスマンガン鉱は磨ひて宝石のやうにすることも出来ますが硬度が低い故厳密には宝石とはなりません。

但し世界で此処でだけ素晴らしい結晶となる大変稀少な石だと云ふこととなる。

パイロクスマンガン鉱自体は何処にでもありませうが結晶としてこんなに美しい物が出るのは此処だけだったと云ふ意味で超貴重な石である訳です。


ただしパイロクスマンガン鉱は磨ひて握り石にすることも出来る。

私はそんな握り石を屡左手に持って居たりもする。

勿論右手には万年筆かボールペンが握られておる。

或はキーボードを叩ひておるのだが。





いやあ、實に凄ひものですねえ。
おそらくは田口鉱山での一級品の結晶なのでせう。

京都益富地学会の西田氏の標本です。

其れも今から約二十年前に坑道内で晶洞を見つけ割って採取したもの。

と本人様からわたくしは採取時の状況を逐一聞いて居ります。

本人様がゴルフショップを経営されて居て何かとご縁がある故其の頃交流があったのです。


が、当時ー十五年程前か?ー売りに出されて居た西田氏の標本をあらうことか買ひそびれて仕舞ひました。

確か三萬~五萬程で準一級品の標本が十個体近く売られて居たのであります。

だから其れは其の時に買わねばなりませぬ。

蒐集家とはさうしたもので御縁のある時にカネを借りても買っておくべきだ。


此の世界には或るモノとの御縁がさうさうあるものではありませぬ。

實は其の時にしか無ひのである。

故にモノとの御縁は常に大事にし其の機会を決して逃すやうなことがあってはならぬ。



わたくしは万年筆ではほとんど全部其れをやりましたが其の故にかとても石までは手が回らなかったのです。

ですので逆に今苦労して居ります。

当時と比べ高ひ石を買う羽目にも陥って居るのです。

とは言へなんだかんだでわたくしの場合は兎に角値切り倒します。


此の世界ももう長くやって居りますので図々しいと申しますか兎に角ある意味で腹が据わって居ります。


ちなみに西田標本の一つを實は持って居りますがなんだかんだで触り過ぎ全体的に艶が落ちたので最近は専ら握り石として居ります。


さて其のパイロクスマンガン鉱の結晶の色合ひですが、わたくしが理想とする田口鉱山産のパイロクスマンガン鉱結晶の色合ひは上で示した西田標本の色合ひとはむしろ違ふものなのです。


こちらは亡くなられた元医王寺御住職でもって鳳来寺山自然科学博物館(常設展示)元館長でもあった横山 良哲先生ー愛教大出の方でかっては教師でもあった方ーが書かれた三河の鉱物や地勢に就ひての大変面白ひ本です。

わたくしはかってコレを読んで三河地方で産出する石の魅力にハマりました。
まさに此の本により小さき頃に二度程行ったばかりの鳳来寺山の方へと足繁く通ふやうになったのだった。



何と曹洞宗のお寺でした。

即ち道元禅、なのですよ。

ちなみに弟の親友の💎行商人Tーわたくしの石仲間でもあるーは、かってかの横山御住職の石のコレクションを見学させて貰ひに出向いて居ります。
確か其処で生前の御住職にも会って居た筈です。

ですがわたくしはと言へばまるでそんな時間は取れずでさうかうするうちに御住職は亡くなられて仕舞ったのです。

今思へば誠に残念なことでしたが、おや、探してみたところこんなところにこんなものが。



いやー、まさにコレですねえ。
其れに何と横山 良哲先生の標本館が写って居るではありませぬか。

一番下の写真はおそらく横山 良哲先生が子供の頃に田口鉱山へ遠足で行き其処でもってひとつだけズリーの積み石ーから拾って来たとされているパイロクスマンガン鉱の標本でせう。

でもコレはそんなに赤くは無ひやうな気が致します。

ですが本の方には巨大なパイロクスマンガン鉱の結晶の写真も載って居る筈。

實はそちらの色合ひこそが妙に赤ひのです。

透明度云々と云ふよりも何よりも兎に角赤ひのだ。


パイロクスマンガン鉱の結晶は癖として僅かに紫がかって居ます。

ところが其の巨晶の色は兎に角べったりと赤ひ。

確か自然科学博物館の方でもそんな標本を見た覚へが一度だけあります。-博物館へは通算でこれまでに五度程通って居りますが-

だからソレこそがまさにほんたうのパイマンの色なのだ。

ほんたうのパイマンの色は兎に角べたっとして赤ひ。

おそらくは其れは鉱山の稼行中に採られた石だったのやもしれぬ。

つまりはより赤ひ赤ひパイマンの結晶こそが本物なのですぞ。

ちなみにそんな色のパイロクスマンガン鉱が売られて居るのを見たことは此のわたくしにせよ一度も御座りません。


と云ふ實にマニアックなお話で御座りました。

左様に本日は實にマニアックな石のお話が出来心より幸せ♡なので御座ります。


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