目覚めよ!

文明批判と心の探求と

肉体と云う運動ー高校野球観戦よりー


さて昨日は熱田愛知時計120スタジアムにて高校野球を観戦して参りました。


まさしくコレを観て居りました。ーつまりココに居りました、此の動画の中に居ました。ー

其れもなるべく楽にみえる左翼席の最上段で。ーファウルボールが届かないー

ちなみにこのスタジアムは熱田神宮の杜に囲まれた素晴らしい環境の球場で兎に角空気が良く木々の若葉がさわやかです。


すると選抜高校野球2019 優勝校の東邦が何と負けました。

かの石川君-エースでもって強打者-は内野手で出てましたが全然打てなかったです。


中部大の方の応援団ー控えの部員で構成かーが兎に角異常でした。
野球そのものではなく此の中部大の応援こそが異常でした。

即ち熱が入り過ぎて居て声がデカ過ぎる。
ソレに比べれば阪神の応援なんてまだ大人しひ位のものだ。


東邦がヘマをやらかすと兎に角喜びます。
まるで敵の首を取ったかのやうに兎に角浮かれ騒ぐ。

なのでわたくしは其のキチガヒのやうな愛校精神の発露たる応援にのみ注視しつつ其の試合を観て居りました。

結論としては、かの応援合戦こそが古き良き大日本帝国軍国主義の正しき伝統を受け継ぐものです。

かように敵を貶しかつ敵を蹴散らし大日本帝国の興隆と天皇家の存続、国体の護持を完遂せしめることだらうかの大和魂の具現化そのもののことです。


此の際野球自体はどうでもよろしひ。

さうではなく日本人お得意の和の精神でもって敵を蹴散らすのです。

さうして女共は銃後を守り子供等はかの鬼畜米英に負けぬやうな精神力をば是非涵養していかねばならぬ。


其のやうな精神の流れをしかと其処にみて取ったわたくしは何より其処に感動した!

のではなく正直バカじゃないかと思った。

右翼バカの典型を其処にみた思ひがして何だか引いて仕舞ったのだった。


どうもわたくしの場合理性が邪魔をしてこんな応援合戦には元々入っていけないところがある。

わたくしの眼は詩人の眼、または作家の眼そのものなので運動、と云ったって其の実はちっとも運動などしては居りませぬ。

ただ観察力だけは君等の比ではない。

現象を観察し表現することだけがわたくしの仕事でありさうして応援やら本塁打を放つことを目的に此処に来て居る訳ではない。


ただし羨ましひ。

さうしてバカになり切り二時間もブッ通しで大声を張り上げて居るだけで人生が終わって仕舞ふのだろうな。

大声を張り上げて居るだけで或は本塁打を放つことだけで人生が終わるものならむしろ是非さうしてみたひ。

観念苦の無ひ分其れはむしろ幸せであらう。



整列ーっ!礼!

嗚呼高校野球は規律正しくて良いなあ。

地下鉄で変な踊りを踊るバカ丸出しの今の男子高校生や股を開いて座席に座るまさにふしだらな女子中学生、女子高校生に比べればまだしも良いのではないか。


ただし軍国主義である。

高校野球プロ野球を規定するものの根本はおそらく違ふ。

高校生はまだ体が出来て居らず尚且つ個としての思想も形成されて居なひ。

其の未熟さゆえに軍国主義が残るのだとすれば其処に残るほかなかったのだらう。

個を重視する左翼思想は他方で大きな問題を生じさせて仕舞ふ。


其れは限定の解除による破壊である。

其れは伝統的秩序の破壊であり精神的安定の破壊である。

あくまで思想史的には限定の解除は近代の必然であり軍国主義ー限定そのものーの放逐のことだ。


だが限定の解除はやがて手段としての自由や平等を目的化するに至る。

限定の解除の思想にはかような大矛盾が潜んで居やうが軍国主義には軍国主義でまさに個を犠牲とする危険な流れを孕んで居やう。




此処で云う「絶対服従」、「練習量重視」、「精神鍛錬」とは明らかに大日本帝国軍国主義の残渣であるところでの精神の上での負の遺産だ。

けれど自由と平等が目的化された今、元来自由や平等であってはいけない女子供や年寄り、また障碍者など一種の既得権益者がより保護されより奉られる必要が一体何処にあると云ふのか。

じゃ一体どちらが正しひんだ。

結論として言えば思想はどちらへ寄っても矛盾化するのである。

つまり思想は肉体=運動に本来入れるべきではない。

ところが思想ー精神ーなき運動は必然として肉体化する。

肉体つまり本能により規定されるゆえ野球部なんぞ皆悪の巣窟と化して仕舞ふのだ。



ちなみにわたくしは高校一年の時に担任の問題数学教師に無理やりハンドボール部へ入れられ其処で夏休みにシゴかれ其れは勿論ムリだったので二学期の初めにはもう辞めておった。

其の折に其の数学教師にアンタがやっている野球部の方へ入れよ、何故ならオレは野球が好きなのだから。

と言ったところソレはダメだ、との一言であった。

要するに何の役にも立たぬ文學人間など野球部には要らんと云うことである。

然し其の教師には其の後も赤点の再試などでまことにお世話になり全部が全部嫌いなわけでもなかったが其の後彼は授業中の暴言を生徒に録音され其れが此の地方のTV局の教育問題の番組で流されたりもした。

丁度大學の頃位だったが、夜中にTVを視て居たところ、あれ、ブッチー教師の綽名ーの声が何故かして居るぞ。あ、なあんだTVから流れて居たのか。

兎に角其の頃から野球が好きであった。



父はミッション高校で控えの投手をして居た。

其の影響からか弟は中学時代に野球部に居た。

然しわたくしは何せ詩人なので団体力団結力がまるでなく野球部の軍国主義には余計に馴染むことが出来ぬ。


さて問題は日本高等学校野球連盟とともに高校野球の大会の主催者を務める朝日新聞社だ。

リベラル朝日は何故軍国主義を認めそればかりか逆に其の全体主義を賛美して居るのだらう。

だから其れが左翼の矛盾と云う事でありインテリバカの矛盾と云うことである。


其の逆に右翼バカと云うのもありコチラの方は肉体派だから不純な異性交遊や酒、煙草、ギャンブルなどにつひ走り易ひ。

つまりインテリバカと肉体派バカの双方とも結局バカであり対して文學の方の奴は気が狂ひ易くなかなか手も動かぬ。

かように「ひたむき」で「すがすがし」くそして「夏、青春、汗と涙」としての高校野球の裏側にはまさに野獣の咆哮とインテリバカの矛盾がしかと畳み込まれて居たのだった!



さて東邦の試合を観戦して居たところいきなり女共の一団がよりによってわたくしの席のすぐそばに陣取り御喋りをし始めたのだった。

でも我慢しやう、人生何事も我慢だ。

馬鹿野郎!ちゃんと野球を観よ!一体何の為に球場へ来て居るのだ。御喋りする為じゃねえだらう。

実際もう少しで爆発しそうだったのだが何故か東邦の試合が終わると同時に此のバカ共は去って行った。


此処からしても女共に野球ーとしての武士道ーなどは分からん。

多分石川選手目当てで来て居たのであらう。


勿論第二試合も観た。

愛知高校対中京大中京高校の試合だ。

中京大中京高校は例の浅田 真央が出た学校である。

昔は中京は肉体バカで中京大も肉体バカだと言われて居てわたくしなどは受験もしなかった学校であったが今は偏差値がグーンと上がりもう誰も入れない学校となった。

ただし中京高校乃至かっての中京商業は野球の名門校である。




現日本代表監督の稲葉はかって中京高校の四番バッターであった。

稲葉は確かにさわやかで個人的には嫌ひではない。

さわやかな男性は時に凄ひ美女以上に魅力的だ。


対する愛知高校は曹洞宗の学校である。愛知中学校・高等学校

愛知高校は偏差値がまずまず高くなかなか入れず居るのは利口ばかりだ。

だが何と仏教の授業が行われて居るそうだ。

仏教徒の愛知高校、ガンバレー、バカ中京に勝て!


ところが中京の応援団がこれまたとんでもなく凄ひではないか。
まあなんと言うか兎に角場慣れしておる。

其れも歌手のやうな奴が一人居りこやつが独唱での応援などするのである。

まあ兎に角迫力もある。


対して愛知は利口の仏教徒らしく万事に於いて控えめである。

おお、其れでもつひに同点だ、やっと追いつひたぞ。

ああー、でもヤッパリ打たれた。

元より中京とか東邦には普通は勝てぬ。

其れに進学校は常にお勉強に勤しみ不純な異性交遊や酒、煙草、ギャンブルなどに嵌り込まぬゆえに逆に人間が出来て居らずしかも手も動かずで野球校には勝てぬ。


案の定愛知は負けた。

だが頑張った。

だが愛知高校の目的は野球なんぞにはない。

愛知高校の目的は曹洞禅の素晴らしさを正しく世に知らしめることにこそある。


勝った中京の応援団はここぞとばかりに雄叫びを上げる。

○×◎●×□◆!

ああー、もう何言ってるのだかまるで分からぬ。

もうまるで本能でもうまるで肉体そのもののやうな雄叫びだった。