大學生の頃はかの久保田 早紀を嫁さんにしたいと常に思って居たのである。
もう兎に角久保田 早紀が大好きだったのだ。
高画質】 久保田早紀 - 異邦人 (シルクロードのテーマ) 【夜のヒットスタジオ 生演奏】
当時は母方の叔父が岐阜県に別荘を持って居り夏になると決まって其処へ避暑に出掛けたものだった。
其の折に必ず久保田 早紀の曲を車の中で流しつつ別荘まで辿り着くのだった。
其れがまたシチュエーションにドンピシャリなのだ。
如何にも別荘ソングなのだ。
何処かエスニックなところ、少々世間離れした浪漫ティシズムの部分が如何にも世間離れした避暑暮らしにピタリとマッチしていたのだった。
其の避暑地には後に気がふれた親友やらもっと後には別れた女やら兎に角色んな人々を交互に連れてゆき山を歩いたり花火を見たり、高原野菜を食ったり喧嘩したり其れはもう実に騒々しくして一体何の為の避暑なのか、一体何の為の自然との交感なのか分からぬままに夏の日々を其処に過ごしたものであった。
されど其処でテニスもした。
乗馬をやるほど上品ではないので其れはしては居らぬがテニスはした。
言うまでもなく避暑地でテニスをするのは上流階級の方々の御趣味である。
だから其れをあへて真似てみたのである。
さうして帰りにもまた久保田 早紀だ。
ちょとーふーりーむーいーてーみーたーだーけーのいーほーおーじーん。
とな。
ほんたうは久保田 早紀本人と別荘へ行きたかった。
でも久保田 早紀はすぐに芸能界から姿を消した。
だがわたくしは久保田 早紀の曲を聴き続けて居た。
そうさな三十五歳位までは其れを車の中で流しつつ其の別荘へ向かったのだ。
だがやがて叔父は別荘を手放しわたくしも女と別れて仕舞ふ。
だからもう久保田 早紀の歌声に耳を傾けることもなくなった。
五十歳位の時に其の頃聴いて居た久保田 早紀のミュージックテープーカセットテープーが出て来て其れを聴いてみたところ、おお何とも懐かしい。
さうしてなかなか曲の趣味が良いではないか。
謂わば国際感覚のやうなものがありまるで今流行のグローバリズムの走りのやうなものではないか。
さて久保田 早紀はどうなったのか?久米小百合
何と音楽伝道師、音楽宣教師になって御座った。久米小百合(久保田早紀)・異邦人
さうか、おそらくお嬢様だったことだらう久保田 早紀はキリスト教徒だったのかもしれないね。
兎に角声はまだとても綺麗で聞いて居るだけで何やら感動を覚える。
ああー早紀ちゃんはこんなに婆さんになってもまだまだ見られる方だよ。
イエス様を賛美するのか、其れとも神を讃えるのか、兎に角そんな讃美歌のひとつでも歌いCD化して呉れないものか。
おお、すでにあるではないか。
でも欲しいものばかりでなかなか手に入らない。
でもまだ歌って居られるところが素晴らしい。
相変らずの美しい声でもってどうか神の恩寵の世界を広く人々の心へと届け続けて頂きたいものだ。
かって愛したアナタは今ココには居ない。
けれど今後もアナタは愛を説き続けていかれるのだ。
其れもキリストの御名に於いてずっとずっと。