目覚めよ!

文明批判と心の探求と

今の日本が抱える性の問題-Ⅲ-


謂わば社会的な意味でのタブーをむしろ白日の下に晒すことが近代的な改革の推進力でした。

近代とは其のやうな規制緩和、限度の撤廃を是とする観念的領域です。


一宇宙、コレは人間の手の届かない星々の世界の物語でした。

ですが今では合理的立場でもって其れを手の内に収めつつあります。


合理化は人間の社会から迷信ー呪術ーを排斥しより合理的に構築された現実を生み出します。

よって人間は時間をそして人間関係をさらに性の領域さえをも合理的に管理されるに至る。



現在の性的な放縦の現象とは其のやうな合理化による必然的帰結です。



だから個々の問題がどうのこうのと云うことではない。

あくまで人間は人それぞれですので、性的に逸脱し易い人もあれば逆に晩稲の人だって自然に居ます。


其れが問題ではないのであり、かつ性自体の矛盾性が問題として捉えられる訳でもない。

社会的な意味での風潮のやうなものこそが問題そのものなのだ。



たとへば戦争は悪いことですがかっては世界中で其れが引き起こされて居たものです。

其の折に戦争が悪いと表立って言える人はほとんど居なかったことでせう。


で、今は戦争は決して多くはない訳です。
だから戦争は悪いと表立って言える人が多くなります。



ですが今、性が悪いことだと表立って言える人はほとんど居ないことでせう。

何故なら其の合理化されし性は善そのものだからなのです。

合理化されし性は近代が用意せし絶対的な善なのであり、だから其処にどんな背徳的な要素を含もうともあくまで其れは社会的に是認された善の行為なのです。



重要なことは其れが宗教的な規範力からすれば明らかに悪の力であるにも関わらず悪とは規定されないと云う事です。

近代的に是認された合理化されし性は善なる行為なのでたとへ輪姦しやうが児童ポルノをしやうが全ては近代的社会的な自由な欲望の発露の産物で誰も其の傾向に異を唱えることは出来ない。ー勿論正確には性の対象者の同意があればの話ですがー



近代的欲望とは其のやうな合理的な主体的意志から発するところでの自由を何より尊重する立場のことを云う。

けれど普通其れは社会的な制約を受けていかざるを得ない。


たとへ宗教がダメでも、法秩序または慣習=公序良俗に従いそうした行いは否定されてしかるべきだ。

ところが、九十年代の終わり頃から所謂常識とされるものに変化が現れていった。

我我が学生時代には考えられなかった合理的な世界観が屡性の領域に現れかつ其れが常識化していく。



つまるところ金を得る為に女が自己の体を売ることが悪いことではなくなっていったのです。

まあ女の体とは所詮は動物ですので女ならば誰しもがさうした淫蕩な性の側面を有して居ると見ておくべきだ。



ところが其れが往々にして歯止めが効かなくなり易いんですね。

最終的には女の性=動物の性なので其処に理性的な判断もクソも無くただ獣欲の方へと傾いていき易い。



だからこそ女の性の解放は社会的なタブーだったのでしょう。

ところが近代の思想は其の肉体的解放こそを目指して来たのです。

いや、其れは確かにまずは観念的な意味での解放を目指した筈でした。



然し事実として女性の自立即ち観念的自立と性に於ける主体性の確立は明らかにセットとなって居る。

だから性に於ける主体性が確立されればされる程に自らの意思で自らの肉体を売買する自由が其処に生じて来やう。



だから未成年ではない女性が自らの意思で自らの肉体を売買することは今完全に善なる行為として認められて居やう。

だからさういふのが次第に下りて来る訳です。

特に馬鹿な未成年程自らの仕出かして居る永遠の淫売の罪に気付きにくいので其処にハマり易いと云ったことがあらう。



性の快感といふものは其のやうに規定なくば制御出来ないものである。

其は余程の理性の持ち主でも制御出来ぬものだ。


だから其れはあくまで社会が規定すべきものだ。

ところが近代の淫売思想が其れを逆に助長させていく。

逆に擁護して居る始末である。



左様に合理主義に陥った性ほど情けないものはない。

輪姦や児童ポルノは、当然ながら自然界にはあり得ぬことじゃ。



ところが人間界では平気でスーパーアブノーマルな性の領域へと突入していき易い。

其の悪の巣窟としての淫売窟の垂れ流しが知らず知らずに人間のまともな性の意識を麻痺させまさにアブノーマルな愉悦の魔殿へと、其の禁断の獣欲の解放の園へと全ての人をして堕としめていくのであーる。



従って限度の撤廃程恐いものは無い。

人間程限度を知らぬ獣は無く人間程腐った性欲の虜になり易い生き物もない。


其の腐れ外道の人間共は今日もかうしてよりアブノーマルな性の悦楽へとひた走りまさにのべつまくなしに性的逸脱の限りを尽くすことで日頃のストレスを発散して居やう。



君よ、其の合理化の生み出しし化け物としての性よ。

悪魔としての君の往く手に未来など元よりない。



たった今君等は淫売窟のさ中にこそ立って居る。

淫らな欲望に基づいた腐った性のさ中に君は立って居る。




さてわたくしが尊敬する思想家であり経済學者である佐伯 啓思先生ー京都大學名誉教授ーが部分的に援助交際に就いて書かれた本があり其れを今探して居るところです。


ちなみに佐伯 啓思先生の考え方は私の考えに近いものがあります。


援助交際を思想的に是認する自由主義者の論理の底には合理主義が横たわって居ます。

あくまで此の合理思想に従えば援助交際は可、即ち善なる悪の行為となって仕舞うのですが矢張り其れはどう考えても解せない部分です。



でも其処で考えと、肉体はどう考えても違う訳です。

今の女子高生や女子大生の放逸な性解釈と考えを結託させてはいけないのであります。

そんなものは快感を求め続ける或は金を求め続ける欲望と観念的営為とを一緒くたにして合理化して居るだけのことだ。


ですからそんなものは金輪際一緒にして居てはいけない。


いけないことばかりが横行する悪い社会に自ら陥っていってはならないと云う事だ。



そんなものは畢竟躾の問題なのでありどうのこうのと高級な観念に結ぶ付けるやうなものではない。

要するに下の方の躾がなってないばかりだ。



勿論男性の方も下半身の制御の方が甘い、なって居ない。

ですが前回述べたやうに一対一が人間の性の基本だといふのに其れを何を勘違いしたものか一対多で性の営みをタダ楽しんで居る若い女共の性根の腐り方、または肉体の腐り方が根本の大問題であり根本の罪障であり悪魔であり悪夢であり売女であり淫売窟である。



其のやうなふしだらな娘に産んだつもりなど元より無い。

母は君をあくまで御姫様として産んだつもりじゃ。



其の御姫様が皆淫売化し好んで不特定多数の男共の餌食となりもうまるで破廉恥な所業の虜となりいやそのうちにもはやそれなくば生きて居る実感が湧かなくなりただただアブノーマルなただただスーパーアブノーマルな性の追求の虜となり勉学を忘れ父母への感謝を忘れ、かつ爺婆へのそして教師への尊敬を忘れただただ地獄の性の貪りを、其の餓鬼と化し畜生と化した淫売の今に我を忘れて励んでいく。



もはやおまへ等は人間では無い。

人間のなりをした畜生だ。


動物だ、まさに獣だ、もうまるで淫売妖怪ベラだ。






「アリストテレスが説明したこの理論は古代広く受け入れられ、中世ヨーロッパの学者たちがアリストテレスを再評価するにつれてこの理論も復活した。ショーペンハウアーハーバート・スペンサーは共にテレゴニーを信憑性のある理論だと思っていた[2]

1361年エドワード黒太子は父エドワード3世の従妹ジョーン・オブ・ケントと結婚したが、既に2度の結婚をしているジョーンとの結婚には反対が多かった。テレゴニーはこの反対理由の一部であった。
ウァレンティヌス英語版に追従するグノーシス主義者らは生理学的分野の概念を、その影響範囲を女性の思考にまで広げることによって、心的あるいは霊的な分野にまで取り入れた。フィリポによる福音書には以下のような記述がある。
女が誰を愛そうとも、生まれてくる子はその相手に似る。仮に相手が夫ならば子も夫に似、姦夫ならば姦夫に似る。ある女が夫と共に寝ているとき、その女の心は常習的に交わっている姦夫のところにあるというのはたびたびある。女は愛する男の子を生むのだから、子は姦夫に似るのだ[3]

上記の事実から一部の科学者はテレゴニーを説明できる分子生物学的メカニズムを提唱している。[13] そのメカニズムとは精子による女性生殖器内の体細胞への侵入、妊娠による胎児の細胞を経由したDNAの結合、精子から放出されたDNAの母体体細胞への取り込み、母体血中に存在する胎児のDNAによる影響、体細胞への外来性DNAの編入精子や胎児に含まれるRNAによるエピジェネティクスな非メンデル遺伝などである。」以上より引用




かように大昔から女が複数の男性との性交渉を重ねることはまさに禁断の行ひとして認知されて居りました。

だからこそ女性は貞淑でもって限定された性の営みを奉じて居なければならなかった。


だから其の規定とは自然界の法則そのものによる女性への自然的肉体的な規定です。

即ち女はふしだらではいけないのです。







尚マイクロキメリズムに於いて粘膜接触だけでも其れが引き起こされると云う説があります。
つまるところ厳密にはキッスだけでもダメだと云う事です。





「男性の側にもマイクロキメリズムが発生するなら「間接キス」の形で女が過去にやった男の細胞が逆流してくるかも知れない。正に「穴兄弟」だね。

妊娠経験が多いほど母親の脳細胞に付着する胎児の細胞が増え、それがアルツハイマー病のリスクを高めるそうだが、アルツハイマーを発症する前から脳はダメージを受け、知能が低下するはずだ。
妊娠中は脳が萎縮するそうだし、性交回数が多ければ気づかない内に妊娠・流産する回数も多くなる。
セックスするだけでマイクロキメリズムが発生するので、男性経験が多い女ほど馬鹿になるだろう。

マイクロキメリズム現象の第一人者 Lee Nelson は、キメラは私達に有益なことをもたらすときと有害な影響をもたらすときの二つの側面があると主張しています。

組織に損傷があるとき、子どものキメラは幹細胞なので母親の組織の損傷を修復してくれる役割をしてくれます。かつて重度の腎臓病におちいった母親にとって、透析や腎移植のない時代では、残された最後の治療法は妊娠することであったとききます。
臓器の損傷があるとき、妊娠に伴って組織再生することがあることを昔の方は知っていたのでしょう。

前述のPDFにはこういう記述もある。テレゴニーが恐ろしいのは胎児の細胞の万能性ゆえに影響がどこまで及ぶかわからない所にある。」以上より引用



個人的に母胎は小宇宙なのだと思います。

そして人間の体と心はそれぞれに小宇宙です。ー男性でもー

其れがとても精緻な小宇宙であるやうにわたくしにはいつも感じられて居ります。



だからこそ人間は其の行いを慎むべきものなのです。

然し人間には欲望があり、謂わば其れが社会化した途端に暴れ出すのです。


なので理想的には人間は社会化しない状態を貫く方がより純粋な存在であり得る。

ですが悪い社会に住んで居る現代人で居る以上そうも言って居られないのが現実です。



其れと皆様デリカシーと云うか感度、生体ー生存ーや自然に関する感度が決まって低レヴェルですね。

わたくしの場合は其れが高過ぎてほんたうにいつも困って居るんです。


兎角見え過ぎちゃうと云うか何と云うか、謂わば常に人体が小宇宙として直に感じられて居ります。



さうした認識に立つと、性的な行為はそんなにカンタンに行うものではない。

さう幼稚園児の頃から思って居ました。

其処がわたくしと君等の違うところなのさ。



ですから、もういけません、いけません、いけませんったらいけません。

そんな20時にオジサンの部屋にノコノコ入っていく方こそがケダモノです。


そんな金を貰い体を売って居るおまへこそが悪魔だ。

何度も言うやうに18時にはもう家に帰りなさい。

さうして机を前にして大人しくテレゴニーのことでも学んでいやがれ。



でないと地獄に堕ちるぞ。
それに男性経験が多い女ほど馬鹿になる。

バカ、つまりは馬鹿。

バカは死んでも治らんといつも言って居ろう。

特に女のバカは絶対に治りやうが無いとあれほど言って来て居ろうがまーだ分からぬのか此のメス豚共等めが。



兎に角もっと真面目におなりなさい、下の方はさうして固く閉ざしておかないとやがてとんでもない化け物が生まれて仕舞いますぞ。

ー理想的には貞操帯を是非お付け下さいませー

さらに結婚しない限りキッスもしてはなりませぬ。


無論手を繋いでもダメです。


そして男女は席を同じうせずそれぞれの分をくれぐれも守って生きていかう。