目覚めよ!

文明批判と心の探求と

美しいことは美しい


現代社会の問題は厳然としてあり其れは次第に我我人間自身を圧迫して来るであろう質での厄介な問題です。

我我が如何に今この時を、この刹那の時の連なりを謳歌しようが根本の問題そのものが解決されぬ限りどんなに時を経ても其れは我我をして自己矛盾化させていくのです。

なので我我に成し得る唯一のこととは、其の唯一の行為の内容とは自己規定のみである。

自己規定するということに尽きて居る。



ところが我我はすでに精神が破壊されて来て居るが故此の自己規定するということの意味がまるで分からない。

謂わば70億総白痴化状態にある為精神の意味もクソも無くただ日々を、此の退屈かつ怠惰な日々を玉虫色に染め上げ其処にドロドロと溶け込んで居るに過ぎない。


ドロドロ人間は、あらゆる精神の潔癖さを嫌いAVだの飽食だの何だのと、凡そありとあらゆる快楽の成就を目指し日々を送っていく。

だが心して聞け。

精神の潔癖さを軽んじていてはならない。



潔癖とは理性の働きのことであり理性とは神仏の代弁者のことだ。

其の理性を軽んじる文明の推進者達よ、今ここで言っておくが君等には未来など無い。

君等が用意し得る未来とは地獄のみである。


其の地獄絵図を描きし幾多の理性、幾多の宗教家、藝術家、市井の人々、そんな一見心ある、価値あるようなものに見えるものでも時の流れと共に全て矛盾化して仕舞う。



なんとなれば世界の根本が間違って居るからなのだ。

嗚呼、もう、まるで困ったことに此の世界そのものが間違って居た。


ということはどんな理性も其の誤謬を修復することなど出来やしない相談だ。

何故なら世界そのものが、此の瞬間が、此のお部屋の中が、此のお外で鳥が鳴き花々が咲き乱れる此の様が、全て全て嘘でしかも幻で、あまっさえ地獄そのもので最悪の、そんな嘘の上塗りで矛盾だらけの、謂わば此の特等の錯誤であり誤謬そのものを誰も直せやしないのだ。



しかも今や世界中が莫迦の巣窟であり、あろうことか此の現世といふ地獄を天国だと勘違いして居る始末である。


然し心して聞け。

釈迦がそしてキリストが述べた此の世の実相とはまるでそんなことではない。

釈迦とキリストが、乃至は印度思想が伝えた此の世の実相とはまさに此の世が地獄の世界であるといふことなのだ。



では何故地獄なのか?

何故なら此の世は実体としては規定し得ない世界なのだから。

実体とは佛であり神であり此の曇った人間の精神以外である何ものかなのである。



其処に時が流れず、多様性が展開せず、何処にもエロースが無い、また昼も無く夜も無い、そんな極めて静謐な世界が、其の精神の中心が、いや精神の偏在が、其の規定され得る永遠の精神の素顔なのだ。


対して我我は此のゴチャゴチャの世界に居て、しかも其れが皆二辺に分かたれて居る。



だから男が居れば女が居て、男の場合は大抵は女の裸が見たくなる。

しかも莫迦と利口の区別があり、即ち其処で偏差値の高い人間と偏差値の低い人間とに分かたれて仕舞う。



で、そういった二元的対立の良否についでだが、これはもうどう考えても分けられない方が良いのであって、其れでもって宗教の場合はほぼ例外なく一元化といふことを目指すのである。

だから印度の思想、哲學の場合は梵我一如であり釈迦の教えの場合には我執の断滅でありキリストの場合にはサタンに支配されし悪い世からの神の救済である。

兎に角此の世が良い処だなんて宗教的な次元に於いては誰も云って居ないのである。



それなのに、嗚呼それなのに近代よ、おまへばかりが今まさに此の世はパラダイスだ、もうこのままではらいそなのだ、いや、それを創り上げるのだ、此の神にも等しい人間の力で。

そう抜かしやがりジェット機だのリニアだの、はたまたコンピュータだの遺伝子操作だのもう訳の分からぬ余分をしやがって、おまけに男女は平等なので女に貞操観念などは要らぬそうである。



かように腐った世の中には是非お灸をすえて置く必要があり、しかしながら誰もそうしようとはしないゆえ此処であえてわたくしがしてみただけのことである。



第一近代の成し得る行為には繊細さが無い。


繊細とは理性からの賜物である。

理性的なものほど繊細でかつ優しい。

然し真の優しさは自由や平等を声高に叫ぶことではない。



真の優しさは自己規制から生ずるのである。

自己規制即ち自己規定のこと。



近代のガサガサの手で、其の歪な汚らしい手で美しい世界を汚すな。

美しい?

そう、美しい。

此の世界はこんなに美しい。


かって晩年の釈迦がしきりに感嘆していたかのように、此の世は真に美しい。

そう此の腐った世、幻の世、二辺の対立する地獄の世界こそが真に美しい。



其の美しい世界と戯れることこそがわたくしの使命だ。

倒錯の、そして方便としてのわたくしの使命なのだ。

夢であり幻である矛盾としての生を生き切ることが。



もっとも其れは愛ではない。

愛は即矛盾化する。

美を愛するのではなくただ美に寄り添い其れに酔うだけだ。



美しいことは美しい。

美しいことだけが神意であり佛である。

美しいことだけに目覚め生きる。

こんなに神仏の意志に沿うて生きる手立ては他にない。