目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

啓蒙思想につき考えてみる


其れでは啓蒙思想につき考えていくことに致してみます。


啓蒙思想とは「理性による思考の普遍性と不変性を主張する」考えのことです。
ところで何故こうした普遍化、不変化が文明世界に必要とされたかということは非常に大きな謎です。

言うまでもなく西欧に於ける中世の意味とは一般的には暗いイメージ、即ち暗黒時代として捉えられて来たという経緯があります。


然しわたくしは実は其れがそうではなかった可能性も高い、などとも最近は屡考えるようになりました。

第一この日本の場合は明治時代以降徳川幕藩体制の時代が否定されて来た経緯が御座いましたが、其れも今考えてみればかの鎖国体制の時代こそむしろ様々な社会的要素の均衡があり良い時代即ち幸せな時代だったのではないかとそうも思えるので御座います。

まあ当時にもたとへばフリーセックスなどの悪趣の蔓延がどこぞにあったかもしれぬのではあるが、其れでも分を弁えるとでも申しますか武士は武士、百姓は百姓といふように一応はキチンと身分なども決まって居りましたのですね。

其れも今考えるようにガチガチのものでは実はなかった訳なのでして、だから武士でも百姓にバカにされるようなこともあれば逆に百姓が武士の身分を手に入れてみたりと案外融通の利くものであったことが現在では分かって来て居ります。



なので武家の支配が即暗黒の体制であるなどと考えるのは其処で歴史の理解が浅いと申さねばなりません。

第一江戸時代の労働時間は相当に短いもので、それこそ昼過ぎ或は夕方位から町人は皆おでんを食いにいったり花見にいったり或は娘たちを口説いてみたりと実は今から見ると随分自由で気ままな生活を楽しんで居たようなのです。

もっとも年貢を納める為に百姓はしゃかりきになって働かなければならず、役人は役人で体制を維持する為の窮屈な秩序に身を振り回されていたことでしょうが、それでもお伊勢参りだの何だので日常を離れ長期の休暇を取って旅行してみたりとむしろ今の社会の窮屈さなどよりもある意味で合理的なバランスがはかられていたものと思われます。


逆に現代は資本主義社会の必然としての熾烈な競争に晒されて居る分、其のような心の余裕を本質的に持てない社会となりつつあります。
ですので逆に此の現代の資本による管理社会、また其の奥に潜む合理的論理による人間の管理のシステムこそが人間性を圧迫し心の余裕を奪い去る構造を有して居ります。



よってわたくしはそうした現在を決して良いもの、望ましいものであるとは全く思えないのであります。

ハッキリ言ってバカ社会であるとそう思って居りますので、現代の齎すあらゆる美果に対しほとんど関心など御座いません。
現代が懸命になって創り上げた其の全てをフフンと鼻でせせら笑って居るので御座います。

まあ其れはそういう人間なのですからあくまで其処は仕方がないと言えば仕方がない。



其れで、其の人間の心の余裕ですが、おそらくは西欧の中世期にも其れは存していたことだったろう。

確かに其れは病気の流行ーペストの流行ーや異端審問、即ち魔女狩りなどの暗いイメージに彩られたものではありましたが、其れでも所謂12世紀ルネサンスなどとも称されるが如くに新たな文化が生まれ後の様々な社会の変化の為の礎が築かれていたことだったでしょう。


其れと何より安定はして居りましたね。

大きなレヴェルでは社会は変わらなかった、否、変わりようがなかったのであります。


然し現代社会に其の安定は望むべくもありません。

いや、本質的には不安定ながら一応は安定しているとも言えるのだろうか。

でも特に現在は安定して居ないと見る方が正しい見方なのかもしれません。



即ち其処では持続性の無い社会、継続的なものが容易に無力化され得る社会と本質的に変わって来て仕舞って居る。

ですので何故こんなことになって仕舞ったのだろうかということにつきわたくしは常に考え続けて来て居るのです。

そして其れが破壊である、と結論づけて来て居るのです。

合理的思考を優先したことによる破壊が隅々にまで忍び込みやがては身動きが出来なくなり文明は崩壊するとそう申して居るので御座います。



さて、其の余裕、人間にとっての心の余裕とは、豊かさによって生じるものなのでしょうか。

然し江戸時代でも西欧の中世世界でも、其の豊かさという尺度に於いては現在よりも遥かに貧しかったことがハッキリと分かって居ります。

ただし、其の物質的な貧しさを補って余りあるだけの心の余裕のようなものがあったのではなかったか。


ですので実は豊かさとは相対的に齎されるものでもまたある。

従って此の幸せの本質の部分こそが最も大事なことなのである。



もし絶対的に豊かさが規定されて居るのだとすれば、それはもう兎に角十億位持って居て美人妻を迎え大豪邸に住まって居ればもう其れだけで幸せなのだろうが、そうかと言って精神的な価値に於いてはそうした生活はむしろ不利で、従って其処では逆にもっと精神的な名誉や逆に清貧の思想などに限りない魅力を感ずることになるのかもしれない。


要するに、人間の置かれた経済的な立場は其の人間の幸福を本質的には規定し得ないのであります。

逆にあと百円しか持ち合わせが無く、しかも女房は居ないわ子は居ない、おまけに家も無いので山に住んで居る。


しかも余りに貧し過ぎ御飯もろくに食って居ないので病気になって仕舞った。

其れでも神仏を信じて死ねば其れは其れで幸せだ、まさに立派な生であったのだと言える。



あらゆる世俗的な価値もそのやうに本質的な価値では無いのであります。

ただし、社会生活は此の世俗的な価値から営まれて居るのでたとへば其処で急に家族を捨て真理探究の道へ進め、であるとか悪趣そのものであるSEXは今すぐに止めよ!などと申しても其れは全くの戯言のやうに聞こえて仕舞うことでありましょう。



ただ、理窟の上では人間の幸福は皆それぞれでありそうした意味では幸福の感じ方自体は至極自由であるということなのだと思われる。

然し現実的には其の幸福自体が非本質的に様々に世俗的価値によりはかられていって仕舞うのであります。



こうした非本質領域での幸福には経済的な力が大きな力を発揮します。

或は人間的な力、人間の持つ根本での執念、意地、世界をそして人間を愛する力などが経済的な不遇をはねのけて周りに認められ幸福に繋がる場合などもある。



ですが畢竟其れ等も人間にとっての本質的な幸福には繋がらないことでありましょう。

本質的な幸福とはむしろ捨て去ること、或は嫌がることをもしされても笑顔でもってして返すことですのでもはや其れは完全に宗教のレヴェルでの幸福の追求となることでしょう。


そんな訳で人間の幸福とはまさに広大な範囲にわたる絵に描いた餅のようなもので、いざ其れを欲すれば其の絵が遠ざかり欲さざれば周りから責められたりでなかなか其れを固定化し得ないものなのです。



第一人間の目的とは本当に其の幸福の追求なのだろうかというそもそもの疑問が湧かない訳でもありません。

即ち其の幸福への希求そのものを捨て去ることこそが真の幸福へと至る道なのではないかと思えないでもないのであります。

まあそうした心の段階にあれば、或は此の現代の社会生活に於ける心の余裕の無さといふことに関しても大した問題とはならないことなのかもしれません。



ただ、わたくし自身は此の現代に於ける心の余裕の無さがあらゆる面での破壊に結びついて居ることに大きな危惧を抱く者です。

即ち余裕があるということ自体が破壊を免れて居るということなのである。


対して心に余裕を持てないと、其の傾向が物質化して現実に破壊を齎すのである。


さて果たして二十世紀に人類は心の余裕を持ち得ていたことだったでしょうか。

そうではなく、競争につぐ競争、破壊につぐ破壊の連続だったのではないでしょうか。



其の延長としてこんな風に心に余裕を持てない社会を、其の多大な努力と犠牲とにも関わらず生み出していって仕舞ったのではなかったか。

なので現代社会が今良い方向へ向かって居るとは全く思えません。

逆に滅びへの道をひた走って居るというのがわたくしに感じられる正直な感想です。




其れでわたくしはまず規定する、ということの意味を考え始めたのでした。

規定即ち制限するということです。

其の制限された社会こそが封建体制であり中世の社会システムのことでもあった訳です。



其の結果制限とは逆に自由のことではないか。

とそうも考えるようになりました。

また其の逆に何でも自由化されつつある現代の社会システムは至極不自由なのです。

しかも社会システム自体が不安定化して来て居ります。


謂わば自由とは不自由のことであり、不自由こそが自由だ。



其れも経済の金融化に伴い90年代より其の傾向が加速しまさに将来の予定や希望を持つことの叶わぬ社会となりつつあるのです。

従ってこうした不安定化することの背景には何らかの巨大な思考ー思想ーが潜んで居る筈です。


やがて容赦ないわたくしの社会科詩人魂は其の大元の犯人を暴き出しました。

そして其れこそが合理性、合理主義の推進と暴走ということに尽きて居たのであります。

ですので今後人類を追い詰め苦を幾何級数的に増大させていくであろう其の犯人とはズバリ此の合理主義なのであります。



其の犯罪者としての合理主義と刺し違える為には前近代的な世界観、或は宗教が提示するところでの世界観が是非必要です。

ですのでわたくしはまた仏教詩人でもあるのです。




さて、「理性による思考の普遍性と不変性」という啓蒙思想の底流をなす考えとは、謂わばひとつの賭けのようなものではなかったかと今わたくしは考えて来て居ります。

歴史の必然としての西欧の中世は抑圧されたものであるにせよ其処に安定度を保って居た訳です。

ところが其れは基本的に矛盾度の大きいものでもまたあった訳です。

即ち東洋の歴史、東洋の封建時代の歴史よりもより鬱屈したものを多く抱えて居たようにも見受けられる。



すると、そういう負の要素がやがては爆発して仕舞う訳です。

丁度わたくしのやうな真面目な人間がいざ切れると周りには理解されないやうな切れ方をすることと良く似て居るのだとも申せましょう。


其れでそうした負の要素を抑え込み西欧社会を安定的に持続させる為には啓蒙思想というものが必要不可欠なものであった。

其処で「理性による思考の普遍性と不変性」という一種の離れ業を構築せざるを得なかったという訳です。

即ち「理性による思考の普遍性と不変性」とは、ここ東洋では決して生ずることのなかった西欧という特殊な地域性から齎されたところでの苦し紛れの逆転技、まさにあの満塁ホームランの如きものだったのです。


即ち其の満塁ホームランという華々しい離れ業でもって長く続き疲弊、腐敗しつつあった中世という構造を吹き飛ばそうとした試みだったのです。

従って西欧社会にとってはあくまで理性への信仰ということが必然的で内発的に生じたものであるということになりましょう。



矛盾度の高い中世の社会をこれまた矛盾度の高い「理性による思考の普遍性と不変性」という概念でもって終わらせ、しかも本来は其れが離れ業であるにも関わらずまさに勝ちに結びつくもの、勝ち組としての思想へと持ち上げて仕舞ったのですから其れは其れで確かに大したものです。

ですが其の離れ業としての無理やりさとでも申しますか、優しくはないところ、強引なところが結局そのままに近代の問題として噴出しおまけにドンドン心の問題をないがしろにしていきましたからやがては皆が窮屈で本当に本当にこんなので幸せなのか、此のバカ文明めが!と常に思わせるような余裕無きシステムに必然として転化していったことでありましょう。

従って「理性による思考の普遍性と不変性」という概念とは全然高級な考えでも何でもなく謂わば其れはタダの逆転満塁ホームランという一発勝負でしかあり得ないものであった。

其の一発勝負がたまたま上手く出たことで西欧近代は成立しその後の発展には繋がったが元々其の近代社会の根底には恐るべき博打の要素、ギャンブルを好む好戦的な色情気質ーつまりはイチかバチかの本質ーが隠されて居たというそういうお話をさせて頂きました。