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文明批判と心の探求と

愛の逆流





日本でじわり広がる”トランプ大統領”待望論―対米自立か隷属か―

http://bylines.news.yahoo.co.jp/furuyatsunehira/20160327-00055887/


尚わたくしは戦後民主主義をあくまで肯定的には捉えて来て居ないのである。
どだい民主主義というもの自体にも相当に不信感を抱いて来て居ります。


それにわたくしの政治思想は至極適当なのである。

元々宗教や藝術の世界から哲学的に世界を規定するのが好きな人間ですので右とか左とかいう分類でわたくしの考えを分類することには少々無理があります。


ただし分類するとすれば反国家主義者なのですから一応リベラルということになりましょう。

それも共同体主義者であり個人主義者と国家主義者の中間辺りに位置する者です。


一方では確かに個人主義者ではありますが、でもあくまで中間辺りなのですから半分位はリベラルであるということにしかならないのかもしれない。



或は自由主義か統制主義かと言えば明らかに統制主義なのです。
統制主義にも共産主義社会主義のように左派としての統制主義と変化を嫌う右派としての統制主義の両方がありますが、わたくしの場合はそう した右左の区別よりも何かもっと大きな部分からの示唆により結果的に選択して居る統制主義なのでしょう。




それにわたくしは何より変化を好まない性格なのでして。

生涯独身を通したかのカントのように規則正しい生活習慣を持ちたいといつも願って居ります。
いつも時間に正確で、かつ同じことを繰り返して日々を過ごしたいのです。


きっとわたくしの中の本質的に不安定な部分が何よりそうした安定を望んで居るからなのかもしれない。


そうした意味では保守派なのでしょうから、矢張り其の思想の分類は一筋縄ではいかないようです。





さて、反グローバリズムの視点からすればトランプ氏の政策は決して悪くはないものであることを先にも述べました。


実際、今最も大きな問題であるのが此のグローバリズムの齎す数々の弊害なのであります。


1.グローバリズムを推進すればする程地球はより早く破壊され尽くします。

2.グローバリズムは先進国としての日本の国力を逆に追い詰めていくことでしょう。
3.グローバリズム近代主義の普遍化のより徹底された形です。だから日本以外の国も皆このグローバリズムにより追い詰められていくことで しょう。其れも最終的にはあの米国にしてもそうなのだと思われます。




即ちグローバリズムとは破壊そのもののことである。


ですので其の破壊をこそ阻止しなければなりません。


実際学者の方々は反グローバリズムの立場を標榜されて居る方々が多い。

其れも右派、左派、の区別には関係無く反グローバリズムですね。


対してグローバリズムを推進して社会が良くなると考えて居る人々はそも頭が悪いようです。

其処でものの道理をそも考えて居ないのでグローバリズムさえしていれば世界は良くなるとでも思い込んで居るのでしょうね。
謂わばグローバリズム教に洗脳され切って居る人々が懸命に其れを拝んでいるといった具合です。



もしトランプ氏が大統領になれば確かに日米同盟は後退せざるを得なくなる筈です。
でも日米同盟にいつまでも寄りかかって居る必要などは実はどこにもないのであります。


先に述べた排外主義でいくのであれば、必然的に其処で国家は自主防衛の道を余儀なくされることとなろう。

其の自主防衛の道というのは、何も右派の専売特許ではない訳です。


体制の相違、思想的立場の如何に関わらず自主防衛はむしろ当たり前のことではないですか。


勿論最終的には軍隊など或は武力など無いに越したことはない。


ですが現実的には、此の近代世界は武力や経済力によるパワーバランスにて成り立って来て居りましょう。


先にも述べましたようにそうした力への意志の発現の状態こそが近代的な世界観の特質なのであります。




其のパワーバランスこそは、それこそ理想論的には排斥されるべきものです。


あくまで其れは虚のバランスなのですから、元来拘るべきものではない。


ですが不完全な理性はどうしても其れを欲して仕舞うということです。



神仏に於ける全き理性は其の様なものを決して欲しないが人間は馬鹿だからついそうした虚のゲームに酔い痴れて仕舞う訳です。

ちなみにわたくしはあくまで「破壊無き文明の在り方」という視点で此の自主防衛の道というものを考えて来て居ます。


より大きな所から其の問題を見据えて居るのだとも言える。


此の日本国が自主防衛をしたにせよ、其れがすわかっての軍国主義に繋がるとか、または全体主義の復活や好戦的になるなどと短絡的に考えるのは余りにも浅薄な考えです。


どだい平和主義と云ったって、これだけ世界が不安定化し毎日どこかでドンパチが繰り広げられて居るのですから軍隊は要らないなんて考えること自体が極めてナンセンスです。






どだい戦争というものは、此の世界からは決して無くならないものです。


人間がそも馬鹿だから、其処でそも無くなり様がない。


逆に戦争があるからこそ、人間はこれまでこうして元気に文明をやって来て居るのです。


人間というものはそうした二面性のあるもので、従って其処でいいとこ取りなどは出来ないものなのです。




たとえば母が我が子のことを思いやります。


無論のことこれが本能領域での無償の愛なのではありますが、残念なことにむしろ其れこそが実はドンパチの始まりのことでもあるのです。


普遍化されない愛には、つまり普通の意味での愛には自己矛盾性即ち反対の意味合いが必ず含まれて居るのであります。


ですので愛こそは自己矛盾性そのもののことです。



謂わば愛は範囲が小さくなればなる程、エゴによる限界性を与えられ限界を越えるものに対する憎しみの情を形作って仕舞う。


其の憎悪こそがやがてはドンパチが始まる契機ともなり得るのだ。


愛の裏側には必ずや憎しみが宿って居るということなのでしょう。





母の愛。


父の愛。

パートナーへの愛。

組織への愛。

国家への愛。

自己愛。




こういうのは全て自己矛盾領域に捉えられし愛なのでやがては他に対する憎悪を生み其処で他との対立が深まっていくことともなりましょう。


であるからこそ、宗教は其の狭い愛をこそ普遍化していくのです。


或は愛を解体し滅却していく方向性を選び取るのです。




破壊というものは、其の様に其のままでは普通にそして自然に為されていくことだろうものです。


対して精神の働きは、其の破壊を食い止める為にこそ存して居るものです。




ゆえに精神とは、構築です。
其れは破壊ではない唯一のものなのです。


対して狭い愛は、煎じ詰めれば其れは破壊です。


狭い愛は其の様に破壊を生み出さざるを得ないのです。


ですので狭い愛でもってして真の意味で構築することは出来ないのです。


残念ながら謂わば其の愛こそが戦の始まりなのです。




愛の大元へと少し遡り過ぎたきらいはありましょうが、以上のように神仏への愛以外の愛は全て自己矛盾化しやがては対立や戦を生んでいくという其のメカニズムにつき述べたつもりです。


翻れば其の世界のパワーバランスとは、畢竟其れも其の狭い愛の均衡のことなのであります。


主に民族への愛、または国家への愛が其の様に民族または国民の側から投げかけられ均衡的に力の行使を行って居るということです。


其れが近代的な国民国家としての根本での構造ですね。




つまるところ近代的な国民国家では、其の様な狭い愛の行使のみが行われて来たということです。
ならば其れでもってどうして戦争を葬り去ることなど出来ると云うのでしょうか。


出来る筈がないではありませんか。


其れは普遍化されない狭い愛の大規模な集積に過ぎないのであり、従って其の狭い愛の大規模な集積はまさにいつ限界を越えて憎しみに変わるのやもしれぬ。



であるからこそ戦争は無くなりません。
愛は普遍化して置かないと其の様に逆流をするものなのです。




無論のことトランプ氏の排外主義的で自国を愛する政策も、また将来に於いて自主防衛せざるを得なくなることだろう日本国の独立性と愛国心も、皆其の狭 い愛に於いて成立するだろうパワーバランスの一環でのことです。


ですのでそうした均衡もまたいつ崩れるかもしれず、またいつ逆流して憎しみに変わって仕舞うものであるか分からないものであるに過ぎない。



ですが方便としてひとまずはそうしておく他はないことだろう。


なんとなれば此の世は不完全であり、まさにそのままでは矛盾即ち悪に囲まれしものなのですから。


そして愛さえも其の矛盾に捉えられて仕舞って居るものなのである。

普遍化され其の矛盾から解放されし愛を除いては。