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文明批判と美と心の探求と

『アクロス・ザ・ユニバース』への「愛」ー『ぼくも』とジョン・レノン論ー

アクロス・ザ・ユニバース』への「愛」ー『ぼくも』とジョン・レノン論ー

 

 

 

 

日銀・植田総裁が「危険な賭け」に出た理由…なぜ日本だけが「金利のない世界」にこだわるのか? (msn.com)

 

左様に此処🗾ではたった今「國」による誤った意思決定が兎に角横行して居る。

また其れが元を辿ればかのコイズミ・プレスリーよりバカのアベを経て可哀さうなキシダへと至る壱連の誤った政治的判断の為さしめるところでの「💩政策」の中身其のものとなる。

 

でもって「日銀」による意思決定もすでに明らかに「💩化」した。

よって兎に角物価がクソ高い。

 

事實つい先程巡回販売の灯油を弐缶求めたら何と3900円もして居た。

そんなウエダのばかーーーー!!

 

結論から申せばかの國は國のエリート達が行う誤った「考え」の履行により弐、参年後には滅ぶ。

此の國のエリート達の偏差値はもはや参拾以下だ!!!

 

いやキシダの偏差値などはもはや廿五位しか無い。

また特にウエダの偏差値は七、八しか無い。

 

 

其の七、八とはもしや君が高校時代に数学で赤点を取った時の点数だね?

良くぞそんなことが分かったね。

 

ですからわたくしはそも数学はダメなの。

でも現代國語は常にトップだったの。

 

ダメだと言いながら塾時代に中学生に其の数学を教えたことがあるのだらう?

はい、でも其の時にはほんたうに苦労致しました。ー教師用の数学の指導書を入手し兎に角しこたまに御勉強したー

 

何せ自分がそも分からんものを教えること程辛いこともまた御座りません。

いずれにせよかの國の考えは全く御話になりません。

 

キシダは壱刻も早う壱律に百万円をみんなー壱人壱人にーに配るべきだ。

もしも其れをやったらわたくしは君を死ぬる迄支持してあげる。

 

 

日本経済「滑落」の本当の原因―シンガポールメディア (msn.com)

 

繰り返し述べて置きますが🗾経済が沈没したのは「國策の失敗」によるものなのだ。

いや「経済」に限らず實は他にも崩落して居るものが結構ある。

 

まさに其の事が「🗾が國家として其の舵取りを誤った」とのことである。

ですからそもそんなデカい失敗をもはや誰も尻拭い出來ぬのですから後はもはや其の「大バカな國」とは別箇にまさに「個」として生きて行くより他は無し。

 

アアついまた「ほんたうのこと」を言っちゃいました。

 

 

さて近頃まずは以下の歌が耳に残るものとなって居る。

 

ぼくも | NHK みんなのうた

みんなのうた「ぼくも」/「まぶたを閉じれば」 - NHKプラス

 

長澤知之 feat.松崎ナオ / ぼくも

【長澤知之】NHKみんなのうたに書き下ろした最新曲、長澤知之 feat. 松崎ナオ「ぼくも」リリース!孤独と希望を描き出したMUSIC VIDEOも公開!11/29(水)”COLLABO”ライブFC先行販売スタート!! - Virgin Music Label & Artist Services | the independent music distribution and services solution

 

より正確に言えば此の歌の歌詞がまさに気になり其れは壱種の現代社會に對するプロテスト・ソングであるやうにさえ感ぜられる。

 

長澤知之 feat. 松崎ナオ ぼくも 歌詞 - 歌ネット (uta-net.com)

 

此の歌の特に「僕等はどうして…」とずっと続く歌詞の部分が耳に残ると云うか心に突き刺さる。

さう、僕等はどうしてむしろかうして反對のことばかりを仕出かして居るのであらう?

 

だがより多くの現代人はまず文明乃至は現代社會が「反對のことばかりを仕出かして居る」とは考えない。

そんなことを言う奴はごく壱部の作家や詩人でありまたアーティストであり或は宗教家や哲學者などに常に限られるのであらう。

 

だからまずは其の作家や詩人でありまたアーティストであり或は宗教家や哲學者こそが可哀さうだ。

何故なら彼等はさうして「眞實を見且つ訴える」のに其れが世の人人には伝わらずつまりは孤立無援なのであるから。

 

 

また何時の世にも其の種での「村八分」が此の世に於いて屡行われて來たのである。

だが其の「言説」が眞理だとイザ認定されればおおまさに釈迦やクリストの如くに「〇の思想」と云うこととなるのであった。

 

だが他の言説はまるで「気違いの世迷言」位にしか認めては貰えずよって「天才だけれども其の言説が變で世に認められなんだ」思想家の類の者が實は此の長い人類の歴史の中にはおそらくは壱万人程も居たことであらう。

尚ズバリ申せばわたくしの言説などもまた其の種のものであるに過ぎぬ。

 

其れ即ち其れは「ほんたうのこと」であるのだが此の世で「ほんたうのこと」を述べるとむしろ角が立つこととさう相場は決まって居らう。

でもって近年其のことを思い切りやったのが学生時代のグレタ氏であった。

 

其のグレタ氏も何せ両親が藝術家なのでそんな「ほんたうのこと」に對する免疫がまずはある。

「ほんたうのこと」に對する免疫が無い凡人は「ほんたうのこと」もクソも無く「今ダケが良ければ良い」とのそんなドーブツのやうな心根の持ち主ばかりなのだ。

 

 

此の畜生道の住人等めが!

だがまさに其の畜生共もまた悩んでおる。

 

さてもたった今何をやって居るの、ワタシは?

まあ其れが「全體主義の構成員」をやって御座る訳だ。

 

但し其のことは世界中で我独りしか言って居ないことだ。

だから逆に皆様はわたくしの言説を否定すれば其の「全體主義」地獄より逃げ出すことが可能となる。

 

はい、じゃあ早速否定するよ。

そんなカンタンに否定するな!

 

もう壱呼吸だけ是非置きなされ。

 

イザ壱呼吸置いてみたら其の間に逆に社會科詩人に「洗脳」されたわ。

ほれ見よ、とても良いことが起きたではないか。

 

 

いやでもわたくしの言説をたとえ否定したにせよ現代人の心に巣食う「不安としての苦悩」が消え去ることは無い。

まさに其のことを世に示すことこそが「藝術に於ける表現」の分野である。

 

なる程、すると此の歌などもまた藝術作品の壱つなのですね?

さう、確かに此れは藝術作品です。

 

其れも眞の意味での藝術とは「心地良い」ものでは無く逆に「急所を突いて來る」もののことをこそ言う。

つまりは其の「僕等はどうして?どうして?」と問いかける部分こそがまさに其の侭「藝術としての心の叫び」なのだ。

 

長澤知之 - Wikipedia

 

でもってこちらを視てみたところ其の長澤氏は「ビートルズ」のファンであるのださうな。

かうして「ビートルズ」は世代を超越し愛される音樂であることがまずは其処に認められたのだった。

 

其の「ビートルズ」に関してはわたくしもまたかってのコアなファンでありよって此れ迄にも度度ジョン・レノンジョージ・ハリスンに就き述べて來て居る。

對してポール・マッカートニーリンゴ・スターのことを書かなかったのはそも自分には彼等のことが分からぬからなのだ。

 

ジョン・レノン=天才アーティスト

ジョージ・ハリスン=歌う求道者且つ哲學者

 

であるとさう自分は見て居りまた自分は其の双方を理解し得るとの点に於いてつまりは彼等に對し親近感を抱くことが出來る。

 

ポール・マッカートニーは矢張り才能に恵まれた天才だらうが少なくともカルト的な天才では無く例えばモーツァルトなどに近いことだらう。

だがジョン・レノンはまさに坂口 安吾級でのカルトな藝術家だった。

 

またジョージ・ハリスンは兎に角東洋思想家の如き面をまた持って居たのではなかったか。

そんな訳でズバリ申せばまさに此の弐人こそがそんなカルト人間だったのです。

 

 

The Beatles、「ナウ・アンド・ゼン」日本盤CD発売 「ラヴ・ミー・ドゥ」も収録 (msn.com)

The Beatles Now And Then-You Tube

ーThe Beatles - Now And Then (Official Music Video)ー

 

さて其の「ビートルズ」の新曲が此の程発表され話題を呼んで居る。

勿論自分もまた感慨深く此の曲を聴いた壱人である。

 

 

個人的に好きなビートルズナンバー

 

The Beatles - A Day In The Life - YouTube

 

The Beatles - Revolution - YouTube

 

Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (Remastered 2009) - YouTube

 

Across The Universe (Remastered 2009) - YouTube

 

I Am The Walrus (Remastered 2009) - YouTube

 

The Beatles - Lady Madonna - YouTube

 

Julia (Remastered 2009) - YouTube

 

Here, There And Everywhere (Remastered 2009) - YouTube

 

The End (Remastered 2009) - YouTube

 

The Beatles - Something - YouTube

 

 

さてジョン・レノンの曲で壱番好きなのが「アクロス・ザ・ユニバース」です。

 

ー「アクロス・ザ・ユニバース」の歌詞は、レノンの当時の妻であるシンシア・レノンが延々と喋り続けることに由来している。1967年のある夜にレノンはそんなシンシアに腹を立て、寝室を出て階下に降りたところで冒頭の「Words are flowing out like endless rain into a paper cup」という一節が浮かび、しばらく考えた末に一気に歌詞が書き上げられた。このことについてレノンは、「ベッドでシンシアの隣に寝そべっていたときのことだ。僕はイライラしていた。きっと彼女がどうでもいいことを延々と喋り続けていたからだろう。僕の耳には彼女の言葉が、尽きることのない流れのように、幾度となく聞こえてきた。階下に降りた瞬間に、それがイライラの歌から宇宙の歌へと変わった。職人技なんて関係ない。あの曲は勝手に出来上がったのさ」と振り返っている[2][3]

本作は1967年後半から1968年初頭にビートルズのメンバーが超越瞑想に興味を寄せたことに影響しているとされており、繰り返し歌われる「Jai Guru Deva Om…」は、サンスクリット語で「我らが導師、神に勝利あれ(神に感謝を)」の意で、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの師にあたるグル・デヴに感謝を捧げるマントラである[4][3]

楽曲は、ヴァースのあとに「Jai Guru Deva Om…」というフレーズが後に、「Nothing's gonna change my world」というフレーズを3回繰り返すという構成になっている。3つのヴァースでは、それぞれ「歓びの波」、「落ち着かない風」、「百万の太陽の輝き」について歌われている[3]

後にレノンは、「実際のところ、最高傑作かもしれない。呼び名はどうであれ、良い詩だよ。僕が好きなのは、メロディ抜きでも単体で成り立つ歌詞。メロディを必要としなかったら、詩みたいように読めるだろう」と語っている[5][3]。ーアクロス・ザ・ユニバース - Wikipediaより

 

 

確かに此れこそがジョン・レノンの「詩」としての最高傑作なのだらう。

 

【和訳】Across The Universe - The Beatles の歌詞と日本語の意味をわかりやすく掲載! - LyriQ - 洋楽と、出会おう。

 

此の詩の中で特に凄いのが「僕の世界は何者にも變えられない」とさう参連呼するところです。

でもってさう「僕の世界は何者にも變えられない」のですから結局彼は「天才」なのです。

 

逆に言えば「僕の世界は如何やうにも變えられる」のが「凡人」での認識だ。

さうまずは「天才」とは唯壱の現象であり他には代わりやうの無い者とのことだ。

 

例えばかの岡本 太郎氏などは他の人ではどう見ても務まりません。

またベートーヴェンなどもどう見ても他の人では務まりません。

 

だから石で言えばズバリ「特別な💎」であり道端に幾つも転がるタダの石では金輪際無い。

 

また正直申して僕などもなかなか他の人では務まりませんよ。

なので半分は其の種の人なのだが何せ其れが半分しか無い。ー其の力が若干弱めだー

 

だからこんなことをやる羽目になって居ます。

本來なら芥川賞H氏賞位は樂に取って居らねばならないのに。

 

まあですので自分は「天才」が大好きで且つ其れに常に憧れても居ます。

ですが其の「眞の天才」に限り兎に角凄いのですよ。

 

何がって其の個性の強さ認識の癖の強さがもう半端では無い!

 

なので僕などはまだまだ其の半分ですよ!

半分だからあくまで似非天才でありつまりは自称詩人であり自称のゲージツ家なのだ。

 

ですがヤル気になればもっともっと「理性」を外せますよ。

もう元塾の先生は辞めてジョン・レノンばりのキチガイになってもエエんです。

 

 

The Beatles - I Am The Walrus (Official Video) - YouTube

I Am The Walrus/The Beatles 歌詞和訳と意味 - 探してたあの曲! (aanii.net)

 

また此の曲が實に面妖な作品でして。

特に「歌詞」の方がまるで分からんです。

 

されど「詩」の世界には此の種のシュールな世界のものが屡あるものと思う。

例えば世に知られた詩人でも西脇 順三郎の初期の頃などはさうなのかも。

 

ですが此のジョン・レノンの歌詞の方がヤッパシ余計に分からんです。

 

兎に角何を言いたいのかがそも分かりません。

ですが要するに其れは「論理を脱構築したところでの感覚世界の賜物」なのだらう。

 

つまるところ論理的にはあくまで意味不明でもあくまで其の場でジョン・レノンに直接感覚として感知されたことをむしろ其の侭に述べて居る。

でもって「天才」とはまず其のやうにむしろ論理以外のところで活躍し得るパーソナリティのことをこそ言う。

 

 

論理⇔感性

 

實は其の両方を同時にやらねば「藝術作品」は成り立たない。

だから上の例の場合では無論のこと「感性的世界」が「論理的世界」を凌駕する訳ですが其れを言葉として定着させる為にはまたどちらも必要となる訳です。

 

ところが所謂ほんたうに気が狂って居たりまた幼児などにて言語としての表現能力が「限定」される場合には「藝術作品」其のものが生み出されることは無い。

事實ジョン・レノンはミミ伯母さんに育てられた折に伯母さんの家にあった万巻の書物をほぼ全部読んだのださうだ。

 

故にジョン・レノンは単なる感覚バカでは無く實は頭の方もまた良かったのである。

 

そんなシュールな詩作品。

まあそんなもの位ならば何時でもわたくしにも書ける。

 

書けるがあえて其れを書かずにかうして💩政治の糾弾を行うのが此処数年でのわたくしの使命であった。

 

 

ビートルズ/アイ・アム・ザ・ウォルラス この曲の【本当のヤバさ】を解説します!I am the Walrus - YouTube

 

此の動画は結局何を言ってるのだか分からんかったのですが確かに作品の「分析」をして居るやうだ。

ですが最後の方に御自分でも述べて居ますが「天國のジョン・レノンはこんな分析などせせら笑って居る」ことだらう、とある。

 

要するに「藝術作品」を「分析」にて明らかにすることは基本的に無理筋です。

「藝術作品」とはむしろ「論理以前」で且つ「論理以外」の部分をも多分に含むだらう云わば「生もの」です。

 

さう、其れは確かに「生きて居る」ものだ。

故に例えば「石の成分を分析する」やうに厳密に規定し得るものでは無い。

 

でありますから当の本人はつまりはジョン・レノンは別に「意味や意義」があって此の曲を作った訳では無い可能性がどうも高くある。

要するに「たまたま」さうなったダケのことなのであり何も其れをイチイチ分析などせんでもエエのにそも何で其れをやっとる?

 

てなもんです。

 

なんで「藝術」とは基本的に分かりにくいものです。

要するに特殊能力者の間だけでむしろ通じ合う「暗号」のやうなものでせう。

 

ですがそんな特殊能力者の性質が例えば半分でもあればまさに其のことが「ピッ」と了解されるのです。

其れもそんな「ピッ」でもって全てが分かるのですよ。

 

其れこそダ・ヴィンチから山下 清迄「ピッ」と分かります。

 

 

Julia (Remastered 2009) - YouTube

ジュリア (ビートルズの曲) - Wikipedia

 

其の交通事故により他界した生母ジュリアへの鎮魂歌であり恋慕の歌であるのが「ジュリア」である。

其の母はミュージシャンでありつまりは藝術家肌の人で家事がまるでダメな恋多き人だった。

 

だがそんなジョン・レノンの「天才」を形作ったのはまさしく此の母の血であったことだらう。

「ジュリア」はそんな母の面影を追うと同時に彼女小野 洋子への「愛」を其処に被らせ切切と歌い上げる曲である。

 

故に彼ジョン・レノンに取りヨーコ・オノは半分は其の母親の代わりのことだったのだらう。

但し後の半分は明らかに「同志」である。

 

小野 洋子氏は實際物凄い藝術家である。

だから其のゲージツ家同士で何ら不足は無い。

 

また其れは「キチガイ」の度がほとんど同じだとのことなのだ。

キチガイ」の度が酷いと普通は誰にも理解されず結局は「村八分」となるか又は大藝術家となるかの普通はどちらかである。

 

幸運にもジョン・レノンは大藝術家となれたがだが其の「母の喪失」と云うことが常に心に重くのしかかりほんたうの気持ちで言えばずっとずっとビートルズどころでは無かったのである。

だがソコに小野 洋子と云うとんでもない人間が突如現れた。

 

従ってジョン・レノンの心の全ては即其処に嵌まり切る。

もうなんでもエエからヨーコ・オノだけだ。

 

どだい元元藝術家気質のジョン・レノンは兎に角思い込みが激しい。

其の小野 洋子氏はわたくしの母と壱歳しか違わぬ昭和初期生まれの婆様なのだがそんなことは壱切お構い無し。

 

 

ジュリア・レノン #ジョン- Wikipedia

ジュリア・レノン #ジョンへの影響- Wikipedia

 

尚兎に角藝術家気質の人間の「思い込み」は常に凡人とは違い壱種激しいものとなる。

 

其れも例えば、

 

あくまで🗾の「國」が惡い。

まあ其れもほんたうのことですがわたくしの「思い込み」もまたさうして存外に激しい。

 

 

【ジョン・レノン】奇人 変人 エピソード 50連発 バカ?or 天才?レアエピソード満載! - YouTube

ジョン・レノン 【デビューまでの波乱万丈すぎる道のり】 - YouTube

 

ところで今回こちらを視て心より感動して仕舞った。

特に最初の方は!!!と唸って仕舞った。

 

其れ即ち「滅茶苦茶」である。

此処からすれば彼ジョン・レノンはほとんど「狂気の人」である。

 

ですが、むしろ藝術家の多くがほとんど其の「狂気の人」である。

なので、そもキチガイだから藝術が「ピッ」と分かるんだ。

 

逆に常識人に藝術が「ピッ」と分からう筈がないではないか。

 

しっかし酷え話だぞ。

此れと比べると僕などはまさに變人の🐤みたいなものだな。

 

 

アクロス・ザ・ユニバース (映画) - Wikipedia

 

さて今回こんな映画が出來て居ることを初めて知った。

アマゾンにて探してみると中古品のDVDだけが売られて居た。

 

ですが結局はどーでも良い映画のやうだ。

 

 

ー1971年9月、ニューヨークに移り住む。アルバム『イマジン』の発表直前のことだった。

1971年10月、エバーソン美術館で個展『ジス・イズ・ノット・ヒアー』を開く一方、前衛芸術家、反戦運動家、黒人解放運動家、女性解放運動家などと交流を深め、政治運動に傾斜していった。

1971年から1972年にかけて、反戦文化人の即時保釈を求める集会や北アイルランド紛争に抗議するデモへ参加、また、刑務所で起きた暴動の被害者救済コンサートや知的障害を持つ子どもの救済コンサートなどにも積極的に出演した。

1973年4月、架空の理想国家ヌートピア」の建国宣言のイベントを行うが、掲げた理想は、度重なる国外退去命令で挫折する。

1973年10月、レノンはロサンゼルスに移り住み、2人は別居する。レノンはこの期間を「失われた週末」と述懐している。別居中にアルバム『無限の大宇宙英語版』と『空間の感触英語版』を発表した。

女性解放を主張し日本語で歌唱しているシングル『女性上位万歳!』が日本で発売され、小ヒットしている。

1974年8月、「ウッドストックを日本で」をマインドにしたワンステップフェスティバルに出演、横尾忠則作品のポスターのモデル・オノヨーコと虹がほとんどの駅にはりだされ新鮮な空間をつくった。

1974年11月、レノンがニューヨークで開催されたエルトン・ジョンのコンサートに出演したことがきっかけになって再会した。二人は翌年、1975年1月に再び生活を共にすることになった。

1975年10月9日、レノンの35歳の誕生日にショーン・タロー・オノ・レノンが誕生した。ヨーコにとっては42歳での出産となった。ショーン誕生後、二人は夫婦の役割を見直し、育児と家事をレノンが担当し、家計とビジネスをヨーコが担当した。ーオノ・ヨーコ - Wikipediaより

 

 

するとジョン・レノンが政治運動に関わって行ったのはまさに其のヨーコ・オノの影響だったのか?

 

でもって「反戦」は文化人の十八番でのイデオロギーですが最近のわたくしは別に其の「反戦」には必ずしも拘らない。

戦争は確かに最高に嫌いですが「戦争の無い社會」を文明は事實上つくり切れない。

 

よってむしろ政治運動よりも隠遁主義などの「逃げる」タイプでの壱種の社會ー文明ー否定の方が逆にことイデオロギー的にもより強力です。

そんな隠遁主義でもって「藝術」をやる方が逆に言えばより強い社會批判ともなる。

 

實際にジョン・レノンに於ける70年代前半のイデオロギー闘争もまた壱種凄まじいものであったやうだ。

しかしながらそんな政治的闘争が彼の命を縮めた可能性もまた高くあらう。

 

 

また笑って仕舞いましたのは、

 

【ジョン・レノン】奇人 変人 エピソード 50連発 バカ?or 天才?レアエピソード満載! - YouTube

 

に於いてジョン・レノンは所謂「勤め」など絶對に出来ないとさう断定されて居たことです。

確かに「勤め」では「藝術家としての自分」がほぼ全部抑えられませうからすぐに「我慢がならぬ」やうになる筈です。

 

まさに其の「創造性」の部分はもうまるで所謂サラリーマン生活には向いて居りません。

自分などもまたまるで向いて居らなんだがでも仕方が無いー金が無いーのでイヤイヤ會社へ出向きましたものです。

 

また其のことは壱般の方方が「今日會社へは行きたくないなあ」とかさう思われるのはまた別の次元での本質的な意味での「仕事嫌い」のことなのだ。

其れももう會社どころか文明其のものをまずは認めて居りませんのですから故に。

 

 

さうか其れは全く難儀なことでしたね。

さう毎日毎日がもう難儀、難儀の連続でしたね。

 

けれどはした金を得て其れを文房具の問屋などで常に派手に使って居ましてまさに其のことで発散しておったのでした。

 

いずれにせよジョン・レノンの生涯はそんなちっこい生き方では無くどうもデカいです。

しかしながらまた其の死に方迄もが余りにも酷いものでした。

 

まあでもおそらくは藝術家として彼は「やり切った」ことでせう。

でも結果僕はなんもやってないですよ。

 

やったじゃないですか、そんな國の批判を其れもしかと此処にて。

でもまだ誰も断頭されては居ないですよ。

 

じゃあ断頭テロリストにでもなるのかい?

いえ所詮はこんな「愛を語る」詩人ですのでそんな暴力沙汰などは御免です。

 

「愛を語る」詩人?

さても何時何処にそんな「愛」を語ったの?

 

ちゃんと今日ジョン・レノンに對する「愛」を語っただらう!!

…確かに。

 

アナタの其のジョン・レノンに對する「愛」だけは本日此処にしかと認めて置きませう。