マルクス主義者としての逃亡兵ー「右翼バカ」から如何にして逃れるか?ー
【精神科医が教える】 他人に否定されて落ち込んでいる人が自分を伸ばす1つの考え方 (msn.com)
まあ其の「他」がそも間違って居る確率が常に50パーセントはあるとのことなのです。
よって其の「否定」其のものが間違って居る確率もまた50パーセントはある。
さらに言えば「文明」や「社會組織」其れ自體が間違って居る確率もまた50パーセント程もある。
故に「自分が惡い」確率もまた常に50パーセントしかない。
だからそもそんな不確かなものに自分の評価を括りつけること自體がまさに理不尽であり暴挙なのです。
故に自己反省も常に50パーセント迄の反省で良く逆に社會問題に於けるあら捜しなどをして組織的な問題をこそ指摘してあげることの方が社會の御役には立つのであります。
イタリア人精神科医が提言。日本社会の中で人とうまくつきあうための「5つのモットー」 (msn.com)
まず🗾人の平均的なメンタリティーの部分にはおそらく問題があります。
また其れが「近代的価値観」に對する大問題である可能性すらもがまたある。
即ち其れが所謂「同調圧力」としての「全體主義」の大問題です。
「全體主義」に陥ると何が惡いのかと申せば其れでは個が幸せな心になれないからこそ其れが怖いのです。
ではどうしたら良いかと云うことですが、例えば自分が最近考えて居りますこととはズバリ「逆向きでの半半主義」です。
だからまずは逆向きですので其の「同調圧力」とは丁度正反對のところへ着地する。
ですが其れをやれば此の🗾社會からは「村八分」となることが必定です。
なのでそんな「村八分」の中であえてバランスを取り逆に「アンタは偉い」とでも言ってあげるのです。
ですが例えば🗾の自然は偉いが🗾の政党は實際に皆クソみたいなものですので本心はあくまで半半です。
だからさうして是非次元を變えて考えこんな腐った社會である🗾社會の良いところを探してあげませう。
ー他者に嫌われてもいいー
おそらく欧米諸國の人人は「他者に好かれ生きやう」などとはまるで思っては居ないことだらう。
さうでは無くあくまで自分と云う實存が生きるのですから「他者に好かれ生きやう」もクソも無くまず自分が生きんと即死んで仕舞いませう。
ー人に落ち込んで居る姿を見せてもいいー
重要なのはまず其の實存としての「落ち込み」なのであり其れを他人がどうかうしやうとしてもどうしやうもありません。
だから其れを隠す必要は何処にも無く要するに堂堂とさう落ち込んで居れば其れで良いだけの御話です。
ー自分の意見を言ってみようー
壱番問題なのは其の「同調圧力としての全體主義」にやられすでに「自分の意見」など何処にも持って居ない🗾人が案外多く居そうな感じがどうしてもする部分でせう。
さう云うのをこそまさに「全體主義的洗脳」と言うのである。
なので間違って居ようが突拍子も無からうが何でも良いからまずは「自分の意見」をこそ是非持つべきです。
ー目上の相手でも断っていいー
元よりクソ上司やクソ有力者、さらにクソ年寄りなどに常に頭を下げ其の「言いなり」になる必要などは何処にも無い。
逆にそんなクソ上司やクソ有力者、さらにクソ年寄りなどが生きて居られるのは🗾が何時までも封建社會で其れ即ち儒教的な身分秩序が其処に居座るからなのです。
こいつらが皆死ねばもう少し🗾の社會も良くなりませうが其の「死にゃあエエ奴等」に限り何故か何処までも長生きなのです。
だが面と向かい「貴様等死ね!」とはまさか言えんのでとりあえず「其れはお断りします。」とさうやわらかく言ってあげれば其のバカ共もとりあえずは諦めざるを得ない。
ー自分のユニークさに自信を持って、自分を苦しませない行動を取ってみよう。ー
自分のユニークさに自信を持つとは個としての「實存的価値」を眞の意味で認めると云うこととなる。
對して自分のユニークさに自信を持たんからこそ敵艦へと「特攻」しバラバラになり死ねるのです。
ちなみにわたくしはまず赤紙が來ても軍隊には行かなんだことでせうがもしも何かの拍子に行って例えば「特攻隊」に選抜され敵艦に體当たりをするとしませう。ー自分は戦闘機マニアでもあり✈には存外詳しいー
其の場合にわたくしはまず敵艦より速やかに離れ南海の孤島に不時着致します。
さうしてすぐさま「サヴァイヴァル生活」に入るのです。
即ち横井庄一 - Wikipedia軍曹並びに小野田寛郎 - Wikipedia少尉との帝國軍人の先達の経験からすでに彼は其のジャングル生活をしかと學んでおった。
作戦継続!
戦争はまだ終わってなど居るものか!!
むしろ此処からこそが大東亜戦争なんだ!!!
ところが文人肌でもって體の弱い妄想詩人にそんな過酷な戦闘の継続が出來やう筈も無い。
案の定彼はそんな樂園生活の参日目に毒蛇に噛まれ命を落とした。
嗚呼でも敵艦に飛び込まずして良かった。
其れもあくがれの樂園生活が出來ほんに良かった、嗚呼まさに其れでもって本懐ぞ!
ですからまさに其のことが「自分を苦しませないやうに」したところでの自分本位の行動の結果なのであります。
また自分のユニークさに自信を持つとはまさにさうしたことなのである。
さて此処🗾國の社會秩序がたった今滅茶苦茶です。
何故さうなるのかと言えば所謂「右の思想の矛盾」が噴出して仕舞って居るからだ。
つまりはかの自由民主党が「國」を守らんが為にむしろ🗾國を壊して仕舞った。
其れもまたややこしいことに米國はむしろ急進的な進歩國家ですのでそも🗾の封建的秩序體制と根本的に矛盾して居ります。
其れなのにつまりは「右の馬鹿」の自由民主党が「政治権力」ダケが欲しい宗教的野心政党である公明党とくっつき兎に角其の「政治権力」ダケを守らんが為の壱種の「國粋主義」政策を断行して参りました。
するとどうなるかと申しますればまさにかうして🗾のみんながエンゲル係数の上昇に喘ぎ「むしろ革命でもやったろか」との気持ちとなり事實アベは元自衛官の靑年により暗殺されて仕舞いました。
ですからまさに其れは「右の思想の矛盾」を色濃く反映する出來事なのであります。
また右の人は兎に角「祭り」などが好きです。
ところが其の「祭り」で山車から落ちて半身不随となったりまた神輿に轢かれて死んだりする人が結構な数居られるのです。
ではそも其の「祭り」が惡いのか?
いや其れを惡いとは普通言いませんのです。
ですが其の「祭り」さえ無ければ生きて居られた人が多いこともまた事實である。
問題は其の「良い」とされる🗾の伝統的価値にも大きく矛盾が含まれて居るとのことなのです。
其の伝統的価値の部分でつい先日も歌舞伎界で大きな事件がありまさに其れが「???」と云う感じが致します。
また教育界では下の方での不祥事が相次いで起き学校の先生などももうまるで信じられぬやうな感じです。
さう云うのを全部引っくるめて「右の思想としての矛盾」だとさう述べて居るのです。
或は「體制の病」とでも呼べるのやもしれません。
「體制」や其れを形作る為の政策はそも「両義性」を基にするものでなければ「極端化」致します。
A⇔B
C⇔D
観念的主張ー思想ーは常にさうして両義的な領域にて選択されるべきものです。
また其れは所謂「独裁政権」や「共産主義」を選んで仕舞うにせよ其れはあくまで選択の結果なのです。
ですが此処🗾國の政治は此処参拾年余り「壱義的」な選択しか行われて居らず其れこそがまさに「全體主義」政権を其処に成立させて仕舞う根本因なのだ。
ーかっての社會党による政権をまた別としてー
「右の思想=愛國、郷土愛、さらに👪愛としての右の思想は正しい。」
と感情的にはあくまでさう思い易いのですがまさに其れでは「右の思想としての矛盾」の罠に嵌まり込んで仕舞う。
よってあくまで「逆方向」での思想を「御勉強」する姿勢を貫く心構えこそが必要です。
逆に言えばバリバリの左翼の方などもまた「🗾の伝統」やかの三島 由紀夫先生の武士としての生き方などに是非目を向けて置く必要が御座る。
結局自分はまさに其の「思想」を四拾年程追求して参ったが「思想」其れ自體に「絶對」の正しさはそも求められません。
つまり思想の内容が「絶對」化するには多分に「思い込み」=「主観的洗脳」がどうしても必要となる。
であるからこそ「思想」なぞそも確定出來ないのだしまた確定する必要などはむしろ何処にも無い。
其処をあえて「確定」しつつ歩むのが社會の實像であり其の主義主張の正體とはほぼ「洗脳」であり「思い込み」であるに過ぎぬ。
また所謂「近代合理主義」としての現代文明の奉ずる世界観其のものがまたほぼ「洗脳」であり「思い込み」であるに過ぎぬのだ。
尚「洗脳」には先に述べた「主観的洗脳」と「社會的洗脳」の弐種がある。
自分が考えることとはまさに其の「洗脳」であり「思い込み」であることを極力減らすことで「主體的」な思想の選択が初めて可能となるとのことなのだ。
また其のことは所謂「中道」的な思想を選択すれば良いとのことでは無い。
最終的に「極右」や「極左」の思想を選択するのだとしても其れが自身に於ける最終的な着地点であるのならば其れは其れで良いとの御話なのだ。
だがコイズミやアベをタダ盲目的に「偉い人」として祀り上げるのは明らかに誤りです。
故に「右翼バカ」に取りむしろ壱番必要なのが「マルクス主義」なんだ。
嗚呼、さう言えば今日夕方に🗾共産党の支持者であるMORISHITAさんの御宅へ新聞代を払いに行きましたのです。
すると白髪の奥さんの方が居られましたので現在🗾國が陥って居ります「増税地獄」のことに就き話し込んで参りました。
此れはもう壱刻も早く政権打倒を目指さぬと🗾人の下側の人人が餓死するか又は首を吊る羽目となる。
其れでもって「マルクス主義」の話になりますと何と奥さんは「人新世の「資本論」ー東京大学」を読まれたさうです。
其の斎藤 幸平先生は今や東京大学の先生ですよ。
ですが東大でもってあえて「マルクス主義」なんですか?
なんか京大の方が似つかわしい気がどうしても致しますのですが…。
其の東大でも今や革命はあり得るのか?
だがそんなことよりは其の白髪の婆さんが其れを読んだと云うこと自體にまずは驚きました。
しっかしすっげえインテリ婆さんですよ、其れも三河の出身の方ださうですが。
其れも普通そんな婆さんは「理性」など無い人が多いです。
事實今日掃除機の紙パックを買いに行き弥冨通りで信号待ちをして居たところ頭の眞っ白な婆さんが歩道を歩いて居る訳です。
しかも信号は赤です。
婆さん、危ねえ!!!
何とか横断歩道の眞ん中の緩衝地帯で止まった。
ですがヤバいですね。
人間もイザああなるとまさに「命懸け」だ。
さて自分はおそらくああはならないとさう思います。
何せ自分は此処迄疑い深いので横断歩道其のものを半分しか信じて居りません。
また何せ自分は此処迄疑い深いので「🗾の政治」其のものを半分しか信じて居りません。
いや其ればかりか「文明其のもの」さらに「人間其のもの」をもそも半分しか信じて居りません。
此のマルクス主義者の逃亡兵めが!
お前なんぞはすぐに投獄だ、リンチだ、挙句に餓死だ!!
ですから憲兵様、是非もっと「理性的」に物事を考えて下され。
そんな「理性」もクソもあるかじゃあコイツを御見舞いしてやるわ、どうだこんな鉄拳制裁だー!!
痛い!!!
痛いじゃないかこんな藝術家の柔肌を血まみれにして其れがそんなに面白いことなのか!
…面白い。
其れも最近余り世の中が良くないからお前を虐めることだけが最高に愉快なんだ。
ドカーン、ドカーン、ベキッ。
ありゃコイツもう息をして居ないぞ。
おいまだ死んではならん、其れでは虐め甲斐が無いではないか。
さうして官憲のリンチにて「右翼バカ」を攻撃するかのマルクス主義詩人は命を落としましたのです。
でも何遍死ぬの?
エッ?
さても何遍死ぬの?
今日は弐度程。