目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

生きることの生臭さからは是非離れて居たいだけでの師走の壱日

生きることの生臭さからは是非離れて居たいだけでの師走の壱日

 

 

 

さて本日は医者とスーパーへの買い物へ行き午前中忙しかったので午後よりGABANのシナモンスティックを引っ張り出しティータイムを愉しむこととしてみた。GABAN®の想い | 株式会社ギャバン

 

ちなみに自分は所謂「ニッキ物」が好きである。

ニッキアメ | 春日井製菓 (kasugai.co.jp)

 

 

シナモンスティックは弐年程前のものだが別に腐ってなどは居ない。

其れをまずは珈琲に入れてみた。

 

するとまさに別物に変わったのである。

 

次に烏龍茶に入れてみたところこちらもまた香り高くなり至極良いではないか。

また無論のこと紅茶などにも合うことだらう。

『シナモンスティック』ってどう使えばいいの?押さえておきたい注意点も!(オリーブオイルをひとまわしニュース) (line.me)

 

また自分は其のシナモンスティックを食うこともまたあるので大丈夫かと思い以下にて調べてみた。

 

ニッキ飴の中毒性は?副作用、効能、1日何個まで食べていいのか徹底解説 (teraschool.jp)

 

どうも其れは余りやらない方が良いやうである。

兎に角そんなスパイス系のものが好きである。

 

またハーブ系の植物が公園や家の周りなどに置いてあるとどうしても其の葉を揉みしだき香りを嗅いで仕舞う癖がある。

ハーブ系の植物に限らず道端にて🌸の香りを嗅いだりもまた良くして居る。

 

おそらくはさう云うところこそが所謂普通の男性とは違うところなのではないか。

要するにそんな部分に限り感度が良くまた其のことを壱言で言えば何処かしら感覚的な軟派なのだ。

 

要するに感度即ち受け取り方が妙に細かいつまりはデリカシーの部分が強くあるのであらう。

であるから所謂「ガーデニング」などにも強く興味があるが家の場合は日本風の庭なので其処で愛でる樹木などはまた洋物とは違って来る。

 

たとえば今南天の赤い實が庭の所処で色鮮やかに生って居る。

 

 

南天(ナンテン)の花言葉|種類や実の特徴は?縁起の良い意味がある?|🍀GreenSnap(グリーンスナップ)

南天(ナンテン)の花言葉|実がなる季節や種類は?葉には注意!? - HORTI 〜ホルティ〜 by GreenSnap

 

其の南天の赤が兎に角毎年此の時期になると美しい。

と云うよりも其の赤い色を樂しんで居られるだけの心の余裕を持つことが素晴らしい。

 

たった今さうして自然の様は世界中でもってむしろ素晴らしい。

其のことと鮮やかな対比を成して今わたくしにドス黑く感ぜられるのが現存在の認識に於ける壱種の低級さであり自然に對する傲慢さである。

 

即ち其の認識がそもデリカシーを欠くやうなものにわたくしには思えてならない。

かうして認識が常に両義的な我は其処でもって言わば両面を見ている訳である。

 

即ち論理と感度の双方を同時に生きて居るのである。

だから論理の面からもまた感度の面からもかうして外部を批判することは容易い。

 

 

だが外部を批判することで疲れて居るよりは美しい物と戯れ限られた時間を有意義に過ごすことの方が人間に取ってはより望ましいことなのではないか。

 

従って今のわたくしに取り社會のあり方などはむしろどうでも良いことなのだ。

社會が歩む其の方向性が悪ければむしろ必ずや其の過ちへの報いが何時か下ることだらう。

 

 

さて現存在に取りある種大切なのが美しい物と戯れることの出来る時間である。

また其の時間は意外となかなか得られるものでは無い。

 

特に「大志」を抱いたりして居ると其の「大志」の為に其れを使い切って仕舞う。

故に「大志」などはもはや何処にも要らぬ。

 

むしろ要るのは「小志」だけだ。

其れも余りにも小さい現實の様なので誰もが其のことを気に留めずいや其れ以前に其れに気付きすらしない。

 

だが我が實存に取り其の「小志」だけが何処までも大事である。

即ち午後にシナモンティーやシナモン珈琲を飲み赤い南天の實の色に酔う心の余裕こそが最も大事なものだ。

 

其の大事さは「人類の宇宙進出」や「核融合エネルギーの恒常的利用」や「AI開発」などよりも壱段階上でのものである。

何故なら我は決して其れ等のことを望んで居るのではないのだから。

 

また「意識が高い系」の方方が田舎へ移住し古民家に住み有機野菜を食し質素な暮らしをすることなどともまた少し違う。

まあ正直其れがやりたいがやりたくてもやれない。

 

要するに其のシナモンティーやシナモン珈琲を飲み赤い南天の實の色に酔って居るだけでむしろ良い。

そんな訳でどうも自分は明らかにヘタレ気味なのだが其のヘタレの具合がまた多義的でもあると来てる。

 

其の「小志」の部分が積み重なると實は宇宙まで行って仕舞う。

即ち宇宙へ行くのは御免こうむりたいのだけど宇宙を見るのはむしろ大好きなのだ。

 

 

創造の柱ー1

創造の柱ー2

創造の柱ー3

創造の柱ー4

創造の柱ー5



こんな宇宙の様を見て居たら何やら其れが石のやうにもまた見えて来た。

 

さう宇宙とは畢竟光が織り成す「現象」のことで石はまた特に💎は光が織り成す同じ「現象」なのである。

 

 

 

そんな訳で「生きることの騒々しさ」から独り隔たり美に感じ居ること程我に對し幸福を齎して呉れる時間もまた無い。

 

「ギャアーーーグオオーーー」

うるさいわ!もう静かにおし!!

 

そんな生きることの生臭さからは是非離れて居たいだけでの師走の壱日だった。