深海生物や化石生物に於ける多様性から學ぶことー具象的な物としての歴史にこそ拡がる多様な生命としての形ー
深海大スペシャル 驚異のモンスター大集合! | NHK放送史(動画・記事)
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考えてみればまさに其の深海での生命活動こそが人類に取っての最後のフロンティアとしての領域となるのではないか。
但し其の深海生物もまた地球がまともに存続すれば維持されると云う話であり地球温暖化の影響が深海にまで及べば即脆くも崩れ去る生態系の壱環なのだと言えやう。
其の生態系の保全と云う意味で今此れ等の特異な生命に就き調べて置くことは意義があることだらう。
生命は何をどう生きて居るかと云うことに関し少なくとも彼等は何かを伝えて呉れる筈である。
生命のあり方の歴史は其の意味で所謂唯物的な進化の堆積物である。
其れは現存在に取っての精神的ー宗教的ーな歴史とは異なるあくまで物の進化としての歴史である。
物質界⇔精神界
ちなみに我が考えでは物質界と精神界は相剋し且つ相即する関係にこそあるのでドチラが上で且つドチラが下だと云った上下関係ー価値ヒエラルキーーは生じて居ない。
逆に其の上下関係を設定するのが現存在に於ける社會関係での癖である。
故に其の社會関係こそが間違って居るのである。
尚自然界に於ける所謂「弱肉強食」の原理はまさに其の上下関係ー価値ヒエラルキーーの體現ながら其処では必ずしも厳密に強者が弱者を食う訳でも無いのである。
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かうして深海生物を眺めてみると其れだけで極めて面白い。
また面白いばかりでは無く其れ等が「過去」を前提として成立する生物群であるやうに感ぜられる。
さう其の物としての生命とは所詮は過去に獲得した形質の具現化なのだ。
ところが物としての進化には限界があるので其れを精神的に進化させやうとしたのが現存在に於ける試みだったのだらう。
其の現存在に於ける武器とはまさに抽象的な思考力である。
其の抽象的な思考力が無いので深海のまた地上の生命には地球圏を支配する能力に欠けるが其れでもドッコイかうして彼等は多様な生のあり方を其処に成立させて居る。
ところが抽象的な同壱化ー特殊化=非多様化ーをする場合に現存在は其の多様性と云う具象的な特殊化としての領域を忘れて仕舞うのである。
其処をより分かり易く述べれば、
抽象的な特殊化ー現存在なる壱元的進歩ー⇔具象的な特殊化ー深海生物や化石生物に見られる過去の堆積としての多様な現成の様ー
となり、さらに噛み砕いて言えば、
人間は人間のみで抽象的価値を生きることで未来への特殊化を果たして居る⇔特殊化した具象的生命はむしろ過去が具現化したところでの今のみを生きて居る
と云うこととなる。
つまるところはドチラの特殊化が異常かと言えば無論のこと其れは現存在による特殊化の方が異常なのである。
なんとなれば彼等は常に未來をのみ生きて居る訳なので…。
まさに其の現存在の抽象領域は謂わば具體的な根拠に欠ける「独りよがり」での生命観であり宇宙観であるに過ぎぬものだ。
現存在はさうして自然とは切り離された自我ー近代的自我ーを生き其れこそ勝手に自然をいたぶり破壊に至らしめ其れでものうのうと今と云う己が未來を生きる訳の分からぬ生き物である。
とのことを此れ等の深海生物を眺めるうちに我は感じたので此処に述べてみた迄のことである。
ところで深海生物には奇妙で気持ちが悪いものが多い訳だが其れもこと自然界の側からの目でもって見ればおそらくは奇妙でも何でも無いものなのではないか。
逆に現存在はまるで🐵のネオテニー - Wikipediaのやうなもので可成に気持ち悪く見えぬこともまた無い。
丁度👽がそんな感じにて空想されたりもまたする訳だが其の👽が居る居ないに関わらず現存在は例えば🐕や🐈から見るとほぼ👽のやうに見えるのではないか。
うわあー、気持ちが悪いな。
しかも其の現存在が外には溢れるが如くに生きて御座る。
うわあー、気持ちが悪いぞ。
すると人間は所詮🐵の幼形成熟なので?
まあだからおそらく人間の半分は🐵だらう。
其の🐵が何ぞ悪いことをして居るのですか?
いや其の🐵がな、兎に角🐕や🐈以上にタチが悪いのだ。
其の🐵は元元性悪なので其処には是非宗教こそが必要であった。
ところが裸の🐵共は宗教の代わりに酒池肉林をこそ選んだのだった。
即ち酒と美食、さらに👩、其れからギャンブルの世界へと嵌り込んだのである。
しかも組織ぐるみにて其れをやるものだから母なる地球はたまったもんで無い。
さうか、奴等こそが悪の権化なのか。
では奴等を抹殺する為に今こそ立ち上がらう。
いや立ち上がるでは無い、まさに其れではオウム教と同じこととならう。
立ち上がるのでは無く、例えば本を読め。
ミョ〜な深海生物大百科 生物界の常識を変えた謎の新種から、巨大なモンスター、生きた化石までの通販/川崎 悟司 - 紙の本:honto本の通販ストア
こちらは旧版の中古本ながらアマゾンにて安く売られて居たので此の度買ってみた。
結局大層面白い本である。
生命のあり方は多様だとされて居るが我我現存在には其れが伝わらぬことが多い。
何故なら我我はかうして都市化された環境に住み其のことにより環境は著しく制限されざるを得ずまた其れに比例する形で都市部に於ける生物種は激減して行く。
故に其れを見る機會がそも無いので生命の多様さを直に實感出来ぬのだ。
だがあえて特殊化されし生命の世界を其れこそ化石や深海と云った過去の生命との関連が深い世界に見出すことでようやく其のことに気付くことが出来るのである。
ミョ~な深海生物大百科 : オールカラー : 生物界の常識を変えた謎の新種から、巨大なモンスター、生きた化石まで - Webcat Plus (nii.ac.jp)
楽天ブックス: ミョ~な深海生物大百科 - 生物界の常識を変えた謎の新種から、巨大なモンスター - 川崎悟司 - 9784331655085 : 本 (rakuten.co.jp)
こちらが新版のものである。
『オールカラー ミョーな昆虫大百科―ビックリ仰天の生き残り戦略から身近な虫の意外なウラの顔まで (廣済堂ペーパーバックス)』(川崎悟司)の感想(1レビュー) - ブクログ (booklog.jp)
尚また昆虫に於いてもこんな多様な世界が拡がって居るのである。
其の生命の多様性其れ自體が實は自然科学や科学技術により今日明らかにされる領域なのである。
つまるところ其れは科学的に規定される領域のことだ。
但し其の科学的に規定される領域を素材として用い人文學的に思考して行くこともまた常に可能である。
尚文化としての価値の側面には常に壱種の限定的要素がある。
文化とは所詮抽象領域での営みなのである意味で具象性即ち具體物としての生のパワーの如きものには常に欠けて居がちなのだ。
ところが此の種のあからさまな生命としての多様な営みを見せつけられると其の文化的固執の部分にもまた大きく問いが突き付けられるやうな気さえもがまたするのである。
此の種のあからさまな生命としての多様な営みとはあくまで具象的に展開されるかって展開されたところでの事實としての生の軌跡である。
其のあくまで具象的に展開されるかって展開されたところでの事實としての生としての實感のやうなものこそが文化以前での生の實相である。
文化⇔文化以前での生の営みとしての多様性
逆に申せば文化は「気持ちの悪いもの」だの「理解し難いもの」を極力排除することだらう精神的営為のことである。
「文ー言葉の領域ーによる美化」こそが文化の働きなのでありであるが故に文化的伝統ー文化的秩序ーもまた文化的権威も其処に形成されるやいなやイザ此のやうな生のいかがわしきパワーに対し直に接するとそんなもんが果たして何処まで通用するものか疑わしくもまたなって来る。
であるからこそ我は其の文化的洗練に対し元元可成に懐疑的である。
むしろ文化は其の生のいかがわしさに対し胸襟を開くつまりはあえて凝視して行かねばならぬのではなからうか。
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さて其の「恐怖」こそが壱つの生に対する基本的態度としてあるべきものなのではないか。
生はむしろ元元可成にいかがわしいものであり壱種怖いものである。
さう思う気持ちがむしろ前近代に於いては半分位機能して居た可能性が高い。
だが近代以降現存在は其の生のいかがわしさに對する恐怖を合理化して仕舞った。
故に夜の街は怖くは無くまたたとえ大災害であれ自衛隊や警察が出動し助けても呉れるのでとりあえずは大丈夫だらう。
なのだが其れでもこんな深海生物に接すると何やらとても怖くなるのである。
さうして其の感情こそがむしろ大切な何かなのである。
逆に申せば「怖くは無い」現在を都市世界として築いて来て居る現存在による社會的営為程怖いものはまた他に無い訳だ。
おそらく其れは抽象的に過去即ち具象性から切り離した今を生きるが故に「怖くは無い」のである。
尤も我に限れば實に怖がりで其れこそお化けどころか現存在其のものがむしろ怖いのだがさう云うのを幾ら言っても感覚の違う人人にはよもや伝わらぬことであらう。
海洋恐怖症って知ってる?海に恐怖を感じる理由と水中の怖い画像10選 | BELCY
また其の海洋恐怖症と云うのが幼き頃よりあり海などで泳ぐことが兎に角苦手であった。
逆に山の方では例えば🐻に食われたり🐗に突進されるにせよソコまでは怖く無いのである。
海と云うものはそも液體なのでまずはソコが怖い。
また其の液體の中に化け物が潜むとなると余計に怖くなるのである。
いずれにせよ其の原初體験的な恐怖に関する感度が我の場合には強くある。
だが化け物が見えるのでは無くあくまで海其れ自體が怖いのである。
ー羊水(ようすい)は、羊膜上皮から分泌され、羊膜腔を満たす液体で、爬虫類、鳥類、哺乳類といった有羊膜類の胚、胎児は、羊水に浮かんで発育する。また、尿膜水と一括して胎水とも呼ばれる。
魚類や両生類といった羊膜を形成しない脊椎動物の胚は、外界の水が胚の周囲を循環することで胚の排泄する排泄物の除去やガス交換を行い発生の行われる空間の環境を維持しているが、有羊膜類の胚は羊膜腔に保持されpHや浸透圧などの諸性質の変動を一定に抑え、恒常性を保った羊水を作り出す事により胚発生の行われる空間の環境を胚にとって良好に維持している。ー羊水 - Wikipediaより
尚其の海の水を♀の腹の中に仕込んだのが羊水 - Wikipediaである。
しかしながら現存在は其の海の如き液體の中に浮かび発育するしか無いのである。
だから怖からうが何だらうがむしろさうした者こそが自分であり要するに其の水は深海生物や化石生物などともまた繋がることだらうまさにいかがわしくも恐ろしい価値の場だ。
我はむしろ其のいかがわしき生への恐怖を感ずることこそが正常な心の働きなのだとさう思って居る。
逆に申せば其の種の恐怖を隠蔽するか又は放逐して進む現存在による社會的営為こそがまさに信用ならぬ何かであらう。
我が思想とはさうして与えられし何かを大いに畏れ且つ惑い其れでも猶其れを放棄せぬ考えのことだ。
但し時にはまた放棄も必要となることだらう。
何故なら羊水の中にはつまりは海の中には化け物の類もまた居るのであるから。
だが其れが眞の意味での化け物自體なのでは無くむしろ化け物とは現存在としての其の心のあり方の方なのである。
さて以上の如くにあえて小難しく考えずとも自然界の営為をしかと見詰める観点より深海生物に関し調べてみることなどは有意義なことである。
其れはむしろ此のゴタゴタとした現代社會の有様を見詰め其処から打撃を受けることなどよりも余程に建設的な話である。
自然科学はさうして具象的につまりは博物学的に参考にすればとても有用でしかも気付きの為の核ともなる分野である。
つまるところ自然科学や科学技術もまた使いやうなのであらう。
尚とある課題に就き解決策を模索する場合に意図的に其の直面する課題から離れてみると解決策の如きものが見出される場合がむしろ多いものと見做される。
其れ即ち現存在が抱える喫緊の課題と見えるものはむしろ其の深海生物や化石生物に於ける多様性の方から解決策を見出して行くべきものなのやもしれない。
即ち現存在は謂わば皆が同じであり過ぎるのである。
其の同じであり過ぎることへの変な拘りのやうなものが文明の頽落を自ら招いて居るのではないかしら。
其れ即ち皆が温暖化に勤しまずに違った価値観でもって動くことで其の破滅リスクが回避されるのではなからうか。
また我等はワクチンをまるで打って居ないがかうしてピンピンしつつまだ生きて居るぞよ。
兎に角さうした意味でのとある課題に対する別方向からの認識ー価値観ーこそが意外と大事なことである。
深海生物や化石生物に於ける多様性は生物學の上でのカルトな探究となりがちなのやもしれぬのだがそんな意味での逆方向性を模索せんが為の研究課題と或はなるのやもしれない。