目覚めよ!

文明批判と心の探求と

石と🍛ファンとしての認識論

さて本日我は相生山へ行って来た。

我がかうして山が好きなのは其の山では人間の社會を忘れることが出来るからである。

 

私は人間の社會のことなど好きでは無いのでかうして自然と戯れて居ること自體がむしろ至福としての癒しの時なのだ。

 

私は人間の認識が此の侭に続くとむしろ宇宙に取り良く無いことであるとさう捉えて来ても居る。

嗚呼、罪深き其の人間共の生き様。

 

其のやうな意識の状態にて眺める自然の営為は悉く美しい。

尤も自然にはウンコもありまた死體もある訳なのだが其れが其の美しさをスポイルするものでは無い点こそがほぼ完璧である。

 

対して人間のウンコは汚い。

さらに人間の死體はグロい。

 

 

おおー、神よ。

何故自然の懐に抱かれし侭に我を此の世に生み落としては下さらなんだのだ。

 

さてもお前は足が痛いのだらう?

其れが12月の中頃より回復傾向にあるのです。

 

其の頃に僕はサントリーの足腰に効くサプリメントのモニターに当選し其れで壱ヵ月其れを無料で飲んで居たところ効いて来たのやもしれません。

ですがサントリーの足腰に効くサプリメントは種類が沢山ありほんたうに僕が飲むべきものは「ロコモア」であり實は其れとは違って居りましたのです。

 

また12月の初めに我は楠の薬師如来様のところへ體の不調の快癒を祈りに行きました。

でも其れが其れこそがお前自身が否定して居る現世利益成就の為のお参りであらう。

 

さうです、まさに其の現世利益成就の為の祈りで御座りました。

ですがまさに命と云うものはさうしたものなので御座ります。

 

 

まさに其の点で馬鹿も利口もまた動物も人間も何も無く其の苦しみの因を消し去らんが為に嗚呼まさに藁をも縋る気持ちにてさうして只神に佛に祈りを捧げるものなのです。

さうか、すると其れがお前の只ひとつの願いでもまたあった訳だ。

 

此の侭自分も要介護状態となり其れも最終的には寝たきりとなるのか、其れともまた元気に山歩きが出来るやうになるのかと云う其の瀬戸際だったのだな。

まさにさうです。

 

そんな時には誰しも「理性的に生きる」ことなどどーでも宜しくなるものなのです。

理性もクソも無くタダ治して欲しい、其の壱心なので御座りますが故に。

 

 

すると、もしや其れが効いたのか?

もしや其の祈りが天に届いたのか?

 

いや天では無く薬師如来様へと通じたので御座ります。

薬師如来様はさうして確かにわたくしの守護神だったのです。

 

薬師如来=守護神

でも如来と神は違うのではないですか?

 

より正確にはさうですが此の世のことはほとんどがむしろいい加減なことですのでソコは追求しない方が良いですよ。

つまりはまた人間と云うものもケモノと神佛の中間を生きる者のことですので。

ですのでドチラ側へも転ぶものとさう思って置いて下され。

 

 

さうして股関節の調子が良くなりますと兎に角山へ出向きたくなる。

山へ出向くと其処は静かである。

 

筈であったが、コロナ禍以降何故か山が騒がしくなって居る。

しかも山道の入り口に自転車が六、七台置いてありコレはおそらくは中高生の横着者共の仕業であらう。

 

案の定奴等が山の中でギャアギャア騒いでおる。

こんな山まで壱體何をしに来ているのだ、奴等は?

 

つまり其の種の馬鹿共は以前なら街中で騒いで居た訳である。

其れが何でか分からぬのだが此の弐年程山へ来て騒いでおるのである。

 

 

まずは其れが僕には理解し難い。

だがさうか、其の馬鹿が街中で其れをやるとコロナに感染するので感染しない山の中で其れをやりたい訳だ。

 

だがさうした理性無き相手でもまさかゆっくりと歩いて居る年寄りを攻撃したりはしないだらうから其処はまず大丈夫だ。

ではソロリソロリと参らう。

 

おや、こんなところに石が。

あれ、またこちらにも。

 

 

さうかうしつつ山を登ると奇声を発しつつ山を駆け巡るまさに理性無き中高生の集団に出食わしたが思った通り攻撃されることなどは無かった。

 

兎に角結構あちらこちらに石の良いのが何故か落ちて居る。

 

時折山歩きの爺さんや初老の夫婦などとすれ違う。

五年程前と比べると明らかに其の山歩きをする人の数が増えた。

 

以前は山に来る奴は我のやうな変わり者だけだったのだが最近はむしろさうでも無いやうだ。

 

山を登り切ると竹林があり其の奥へ進むと市内が展望出来る所へ至る。

本日は其処に変人のオッサンが来て何やら市内を拝むポーズを取りまた其処から何かエネルギーを吸収して居るかのやうでもあった。

 

逃げるやうにして其処から離れ足の具合を確かめつつ黙黙と歩く。

西日が辺りを茜色に染め上げ其れが強風に吹き払われた靑い空と鮮やかな対比を形作る。

 

 

ああー、ヤッパリ良いな、山は。

 

山を歩きながら考える。

今思えば昨年の石の採集はなかなかのものであった。

 

昨年、弐月、参月、さうして四月、五月と兎に角相生山や東山へ入り浸り我は石英を採集して居たのであった。

だが今年はもはや其れが出来ぬものかとさう思って居りしがどうやらまた其れが可能となるやうだ。

 

まさに其れだけのことなのだがあくまで我に取り其れが重要なことなのだ。

 

 

さても人間の認識の誤りの部分とは壱體何処にあるのだらうか。

社會的に齎される其の欲の檻の中で彼等は壱體何を求め続けて居るのだらうか。

 

僕のやうに石のみを求めるやうになるにはおそらく壱億年位はかかるのであらう。

僕のやうに小欲知足でもっておまけに學識は凄いわ、話は面白いわ、さらに色んなものは食うわで、また講義も出来るわでもう完全な人、ほぼ完璧な知識人としての我。

 

うーむ、どうも其の社會的自我こそが病気なのではないか?

だが其の社會的自我から見ればこんな石変人の価値観こそが狂って見えることであらう。

 

 

さうかうするうちに駐車場ー相生山緑地の公営駐車場ーの自転車のところへと戻って来た。

サア、帰らう。

 

其れもココ壱番屋へ寄り野菜カレーを買って帰るのだ。やさいカレー | ココイチのメニュー | カレーハウスCoCo壱番屋 (ichibanya.co.jp)

 

尚わたくしは至極頑固な人間なのでコレと決めたものしか食わぬのだ。

従ってココ壱番屋でもって食っても良いのは其の野菜カレーだけなのである。

 

其れも弐辛で四百グラムの御飯のものでなければならない。

 

 

思えば昨年の春はすき家の牛丼が採集の時の御伴だったのだが其れが昨秋よりココ壱番屋の野菜カレーへと変わったのである。

但しココ壱番屋の野菜カレーは何せカサがあるので帰宅してから其れを食うのだ。

 

ココ壱番屋の野菜カレーは今の我に取り高級な食事であり何故なら其れが千円弱もするからなのだ。

従って採集の帰りに此の野菜カレーを買って帰る時程今の我に取り贅沢な時は無い。

 

あな嬉しや。

 

ココ壱番屋の野菜カレーは別に最高に美味いカレーでも何でもないのだが兎に角悪くは無い。

 

ちなみにカレーのファンである我は最近弐種のレトルトカレーを食ってみたところだ。

1.チャンピオンカレー オンラインショップ │ 元祖金沢カレーの通販 (championscurry.com)

2.神田カレーグランプリ 100時間カレーB&R 欧風ビーフカレー お店の中辛|神田カレーグランプリ|S&B エスビー食品株式会社 (sbfoods.co.jp)

 

實はどちらも左程美味いとは思わなかった。

 

神田カレーグランプリ|商品情報|S&B エスビー食品株式会社 (sbfoods.co.jp)

 

神田カレーグランプリ マンダラ ビーフマサラカレー お店の中辛|神田カレーグランプリ|S&B エスビー食品株式会社 (sbfoods.co.jp)

中でも此のビーフマサラカレーをまだ食って居らぬ故是非食ってみたい。

其れに曼荼羅と云う其の宗教色豊かな店名がまたわたくしにはピッタリではなからうか。

 

 

エチオピアという名のカリーライス専門店 ビーフカレー - レトルトカレーマニア (chabosuke.net)

東京のレトルトカレーで好きなのがコレだ。コレぞまさに壱級品であらう。

 

大阪・本町『白銀亭』 | S&Bカレー名鑑 | S&Bカレー.com (sbcurry.com)

大阪のレトルトカレーで好きなのがコレだ。コレぞまさに壱級品であらう。

 

 

だが我が是非食いたいのは地元瑞穂区産のビーフカレーである。レストラン シェ・コーベ | おうちグルメ (ouchigourmet.com)

店舗情報|Patisserie Chez KOBE|パテスリ シェ・コーべ|本格的なデセールの楽しめるフランス菓子店 (chezkobe-pati.jp)

 

其のシェ・コーベは元元高級志向の強い瑞穂区北東部の人人にとっても明らかに壱流店である。

何と其処で🍛のお持ち帰りが出来るのだと云う。

 

其の代わりに電話でもって予約して置かねばならない。

まあ其のやうなことはたやすいことながら實は今こんな高級店へ着て行く服が無いと来てる。

 

分厚い黑い皮のコートを冬の間僕は着て居るのだけれど其れはところどころ皮が破れたり色が剝げたりもして居るのでまさか其処へは着て行けないのである。

で、僕はジャケットが好きなのだが其れを干して置いたところ長い間干し過ぎて陽に灼け変色して仕舞ったのである。

 

よって昔の背広などを探してみたが何と其れも虫が食って居りまさか其処へは着て行けないのである。

さても困ったな。

 

 

尚、レトルトカレーは値段的に大きく幅がある。

 

然し五百円以上するものは考えものだと思う。

特に千円以上のものはレトルトカレーとしては認めたくは無い。

 

千円以上も出すのであれば🍛の専門店へ食いに行けば良いだけの話である。

但し其れもシェ・コーベのビーフカレーを除いての話である。

 

左様にシェ・コーベのビーフカレーを食うことだけが今の我にとっての夢の全てなのだ。

其れも余りにも現實的で且つ小さい夢なのだけれども…。

 

 

シェ・コーベのビーフカレーは東京や大阪の奴等にはまさか売って居ないことだらうな、はーはっはっはっはーのはー。

いや其れとも先の処で売って居たのかな。

あれ、発送もして居ました、どうも申し訳御座りませんでした。

 

そんな訳で我は🍛が大好きなので其のカレーを生み出す為の社會活動だけはごく素直に認めてもおる。

だからカレーを生み出せぬ社會にして居ては金輪際ならぬ。

 

其れに🍛を食えば多分コロナにもかからぬ筈だ。

第壱ココ壱番屋の野菜カレーの弐辛は結構辛くてもう参時間程前に食ったと云うのに今でも僕は汗だくとなって御座る。

 

 

其の體の燃焼によりおそらくコロナは死ぬることであらう。

故に🍛を食って元気に石を拾う、まさに其こそが今年の我が目標である。

 

だがコロナが悪いのでは無くおそらくは人間の認識の方こそが悪いのだらう。

人間の認識の方が悪くとも🍛だけはまるで悪くは無い。

 

またカレーパンなどもまるで悪くは無いのだ。

うーむ、今度はまたカレーパンも出て来たのか。

 

カレーパンの方はとりあえず凝っては居ませんのですが其のカレーパンが最高に美味いことだけは此の際是非認めさせて頂きます。