目覚めよ!

文明批判と心の探求と

藝術としての天恵を授かりし本日

藝術としての天恵を授かりし本日

 

先の水曜日に東山へまた石英の採集に出かけた。

其の折にたまたま岳見の豪邸街を抜け八事表山の近辺へと至ったのだった。プールと能舞台

 

岳見町は豪邸が連なることで有名であるが其れもわたくし達にとっては幼き頃より八事の山へ遊びに行く時の通り道であった。

 

但し我が家の近辺よりは無論のこと弐ランク程上である。

我が家は八事台地の南端部に位置するが故南区から見れば高級住宅街なのだが我我にとっての高級住宅街とは岳見であり又は南山なのだ。

 

参拾年程前は岳見の豪邸のひとつにクラシックカーミュージアムのやうなものを造った家さへもがあった位であった。ー其のミュージアムも今はもう消へて居るのだがー

 

いずれにせよ豪邸街なのでみすぼらしひなりをして自転車にて走って居るとどこぞのドロボウなどにも間違へられて仕舞ふ訳だから其処は充分に気を遣ひ一張羅でも着込んで通らねばならぬ処である。

 

八事表山もまた高級住宅街なのだが其の岳見よりは一ランク落ちる。

が、家の近辺よりは一ランク程山の手である。

 

より高ひところにあるので見晴らしが良く坂道の多ひまさに山の手なのだ。

が、實は金持ちの程度で言へば實は家の辺りと同じ位の感じでもある。-家の辺りは家以外の家に金持ちもまた多ひので-

 

 

で、表山台まで自転車をヘヒコラ押して登り登り坂の頂上へさしかかりホッとして休んで居るとあれ、こんなところに何やら掲示板が。「ラ メゾン デ レギューム」行き方

其処には何とウィリアム・モリスの展示のことが書かれて居た。

 

文學とさほど変はらぬ程に絵画やデザインの分野が好きなわたくしはもう三十年程も其のモリスのデザインを愛し続けて来たのである。

 

だがモリスのことに就ひてはまた後日に是非語りたひ。

 

 

さて問題はまさに其の『ラ メゾン デ レギューム』カフェのことなのだ。

 

かうした隠れ家的なカフェはおそらくは「意識が高ひ系」のカフェであることがほとんどであることだらう。

 

要するにまるで意識が低ひと其処を訪れてもまるで趣味が合はぬと云ふこととなり結局楽しくは過ごせず早々と退散することにもなりかねぬ訳だ。

 

だがわたくしは見ての通りに意識が高ひ、いや高過ぎる。

 

なのでこんなもの位はまるで懼れるには足らずだ。

 

第一わたくしが語る藝術の内容を理解出来る人が其の辺に居る筈は無ひのだ。

 

なのだが、此処に限ればつひ宗教に熱が入り過ぎ色々と書き過ぎて仕舞って来た。

 

其処だけは今大ひに反省して居る。

 

いつの間にかわたくしは美を語る詩人では無く宗教詩人ー解脱を目指すーとなって仕舞って居た。

 

 

だが本質的にはわたくしは美を語る詩人でなくてはならぬのではなかったか。

 

わたくしはかうして美に捉へられた馬鹿なのだから其の馬鹿らしく嗚呼美しひ、美しひといつも言って居るべきだったのだ。

 

其の看板を見詰めた時に即座に其の啓示のやうなものを受けた気がした。

 

其のモリス展は27日迄なので26日に行くしかなひ。-25日は予定があり行けなひので-

 

其れでもって本日わたくしは其のカフェを訪れてみた。

 

こんにちは、モリス展を見に来た者です。

 

「ラ メゾン デ レギューム」行き方

此処での建物の外観は綺麗には撮れて居なひのだが内部は流石に綺麗である。

 

調度品やモリス調の商品などもそつなくさりげなく置かれて居り如何にも意識が高ひ。

だがさうなのだ、完全なるモリス展では無くモリス調の商品の即売会のやうなものでもあった。

 

但しモリスに関連したものと思はれる西洋の古書なども数冊置かれて居た。

 

弐階へ上がるとまた素敵な和風建築でもって使われて居る木材の質が良ひ。

しかも其処から相生山の辺りまでが一望出来る。

 

此れは此れはさぞや夜景が綺麗なことでせうね。

さうですね、夜景は兎に角綺麗です。

 

 

其の店主と思しき女性は40歳前後であらうか。

 

ところがもいま一人客が居たのである。

其の女性客とわたくしが共に販売して居るカップやソーサー、布地などの説明を受けて居る訳だ。

 

だが常にさうして居るのでは無く、時折其の店主と一対一で話をするのだった。

 

わたくしは其の若き店主と文學談義に及んで仕舞った。

 

何故ならわたくしがモリスへ行ったのはかの宮澤 賢治が信奉して居たジョン・ラスキンとの絡みからだったからだ。

 

さう述べると店主はデザインの方からモリスへ入ったとのことであった。

 

其れでもって彼女は東京芸大の出身者であった。

 

 

芸大卒には極めて弱ひわたくしは「芸大出の人は皆違ふからね」とさう述べながらも矢継ぎ早に芸術論をまくしたてるのだった。

 

要するに藝術とは分離だ、分離。

 

太宰は天才だがあれはまさに分離で、三島もまたもっと天才だが分離が酷ひ。

 

でも絵画やデザインの方に近ひのはやっぱり詩だよ。

 

谷川 俊太郎はまた中村 正義は天才だからそんな郷土に関係した藝術家のことをこれから是非書きたひのだ。

 

もう還暦を過ぎたので早く其れを書かぬといつ書けぬやうになることかまるで分からぬ。

 

絵画の方は何を?

 

象徴主義だね、要するにルドンが一番好きです。

 

 

岐阜県美術館へは?

もう五度は通ひました。

 

ー流石に芸大出だけあり其のルドンが岐阜県美術館にあることを良く知って御座るー

そんなことは普通の人はまず知らぬ筈。

 

嗚呼、さうか、藝術には藝術を分かる場があるが故に少なくとも分かる人と話をすべきだったのだ。

 

 

太宰の生家の斜陽館へはかって行きました。

太宰も丹念に読んだのだし乱歩なども好きです。

 

おお、まさに並じゃ無ひぞ、此の芸大出の店主は。

 

いま一人の👩、此の方が頻りと工芸品だの布だのの話をされて居てカップのやうなものを何か購入されて居た。

 

ところが此の方がわたくしにとりまさにとんでも無ひ方であった。

 

元教師の方で、しかも奥三河の方である。

 

其れも鳳来寺自然科学博物館の少し手前にある門谷小学校の校庭でもってパンを売ったりもして居るのださうだ。ーパンを焼くのが趣味なのやもしれぬー

 

 

パンもまた美味ひものですが、わたくしは兎に角石が好きなので鳳来寺方面へは屡行って居ます。

丁度三月まで鳳来寺自然科学博物館にて鉱物展が開かれて居るのでどうしても行かねばなりません。

 

鳳来寺自然科学博物館とは横山 良哲さんが館長をされて居た時からの長ひ付き合ひで、館報なども色々と購入し其処で横山先生の石に関する記事を屡読み込んで居たものでした。

 

其の横山御住職は私の教へ子でした。

 

エッ?さうだったのですか、まさに其れは奇遇です。

横山先生は早くに亡くなられ残念でしたね。

 

月、火、水と校庭で昼からパンを売って居ますから3月には是非来て下さい。

 

また其の方も工芸家のことなどを良く知って居られ普通人が知らぬやうなマニアックな話を店主と続けられて居た。

 

3人に戻ると、木の素材のもの、また現代から見ると温かひ印象を受ける布地などは結局優しひ素材であり其れは一種の有機的な価値だと云ふことで一致したりもした。

 

 

今日は文學の話まで出来て嬉しかったです。周りには文學を話せる人がほとんど居なひので。ー店主ー

3月には是非お越しください。2月一杯は寒ひので休みにしていました。ー元教師の方ー

 

とのことで、此の二人の👩神によりわたくしはスッカリ藝術至上主義ー美の世界ーの方へと引き寄せられて行くのだった。

 

藝術を語る相手と石を採りに行く奥三河での絶好の知己を得たのである。

 

其の二人の女神に感謝したひ気持ちで今は一杯だ。

 

 

さうしてわたくしが書き継ひで行く藝術や石、其れから万年筆の話を是非御二人に御覧になって頂きたひ。

 

何時頃から其れを書ひて行かれるのですか?

 

今のところは6月からです。

 

3月、4月、5月は家全体の大掃除と山や森でのトレッキング、其れに美術館巡りだのまた石の採集などでも大忙しです。

 

そんな訳で藝術の話題をメインに据へ後は物質としての美ー画像付きでーを論じ精神的なものは御寺巡りの話として其処に佛法的なものをも織り交ぜた形で続けて行きたひ。

 

かくして天恵を得結果として藝術や教育ー石ーの分野で知人を得ることが出来たのだった。

 

其れもたった一時間程で其れがなったのだ。

實際人生は何が起こるか分からずかように運命の糸に導かれ良ひ出会ひをすることもまた可能なのだ。

 

今後の文明社會の問題で押し潰されさうになって居る今のわたくしの頭の中を二人の美の女神が救って下さったのだとも言へる。

 

わたくしをして大きく希望を描かせて呉れる其の二人の👩は矢張りどう考へてみても神の使ひか何かであることだらう。