目覚めよ!

文明批判と心の探求と

まさに今進行しつつある労働の破壊ー搾取は結局資本主義を破壊するー

 

ーそこには、わたしたちとおなじように苦しい人たちの言葉がたくさんある。そして筆者はそれらの言葉に耳をかたむけ、そのような苦境がなぜ生まれるのかを四苦八苦して——本当に四苦八苦という感じなのだ——考えようとしてくれている。

どんな仕事であれ、世間がどうみている仕事であっても、それがいやで仕方のないたくさんのひとたち、あるいは、仕事のなかのわずかのよろこびも無意味な作業に日々浸食され、つらく感じているたくさんのひとたちに、それはきっと届くはずだ。ー

なぜ「クソどうでもいい仕事」は増え続けるのか?よりー大阪府立大学教授 酒井 隆史

 

 

さて本日はNHKの戦國の番組のことを實は述べたかったのだけれどより重要な問題なので労働の問題に就き述べる。

其れも一言で纏めれば、「何故搾取は無くならなひのか?」また何故「人間は労働から解放されなひのか?」と云ふ大問題に就ひてである。

 

 

さておそらくは仕事がイヤだとさう感じて居る人々は多ひ筈だ。

但しわたくしの場合はさう云ふレヴェルの問題以前にじぶんが人間であることがまさにイヤなのだ。

 

だからわたくしの其の悩みとしてのケースは矢張り特殊でありあへて大口を叩けば其れは太宰級若しくは信長級の深ひ深ひ悩みなので其処は元より皆様には理解され難ひことだらう。

で、人間をやる限りは「仕事しろ」とさう社会が尻を引っ叩くので何ぞやらねばならぬ訳だ。

 

わたくしもこれまでに色々とやっては来たが結局最終的に人間を追ひ詰めて居るのは此の労働の問題なのではなからうかと近頃思ひ至るに至って居る。

特に還暦を過ぎるともうエエ加減に労働から解放され詩人の方に専念させて呉れなひものかとさう思ふのが正直なところなのだ。

 

 

何故なら其の方が世の為人の為に役に立つからなのだ。

元よりわたくしは役に立つことが仕事だとさう思って居り其れは役立たぬことをむしろかうして述べることだとさう考へて居るのである。

 

つまりは役立たぬことを言ふことだけがわたくしにとっての眞の仕事なのであり他の一見役立って居るかのやうなあらゆる社会的な作業は實は人類の為には全く役立っては居なひ。

其の本質的に役立たぬ作業を強ひられることがわたくしにとっても確かに苦なのである。

 

だが世間では屡逆の価値観を耳にしたりもする。

其れは概ね社会的な作業を為すことが世の為人の為になって居ると感じて居る人々の価値観なのだ。

 

たとへば拾人の日本人男性が居ればまず七、八人が自分が仕事をやることで世の為人の為になって居るとさう感じて居る筈である。

尚其れは實感的な数字である。

 

日本人は何せ全体主義民族なので余り社会や会社には疑問を持たずむしろ其れに従ひ労働させられることに対して根本的には疑問を持たなひ。

自らが働くことで世の為人の為になって居る訳なのだから逆になるべく長く働きみんなの役に立ちたひとさう考へて居るかのやうだ。

 

 

だがわたくしの価値は其れとはむしろ逆なのでむしろ社会をいびりやりこめたる方の価値が一番大事で、其れ即ち其れを實行するにはしかと皆様より購読料を徴収しフリーなラヒターの立場にて何でもお話しできる立場を築くことこそが大事である。

要するにわたくしには「自らが働くことで世の為人の為になって居る」価値などほとんど感じられては居らぬ。

 

其れどころか日々人間であること、此の罪深き生き物として此の世に生を受けて仕舞ったことへの苦悩に苛まれて居り正直なところ「自らが働くことで世の為人の為になって居る」価値もクソも何も無ひのである。

そんな訳でわたくしは本質的にそんな文人なので労働の苦しさばかりか其れ以前の問題に四苦八苦して居るのがまさに正直なところなのだ。

 

だから完全引退し別荘地に引き籠もったにせよ其の問題からは解放されはせぬ。

但し労働からは解放されより純粋に人間をまた社会を見詰める立場となれる、つまりはほんたうの詩人の立場に近付けると云った次第なのだ。

 

全く皆さんが援助して呉れれば其れが可能だと云ふのに至極残念だな。

ちょっとだけ金を恵んで呉れれば良ひだけの話なのに此処の読者はみんなケチだな。

 

嗚呼、然し其れは「芥川賞をお呉れ」と言った太宰のやり方とまるで同じやり方であった。

まさに破滅へと至る弱者のやり方であった。

 

さうでは無く、むしろ三島先生のやうに潔く腹を切るべきだらう。

 

すると自衛隊への三島特攻ですか?

いやまるでそんな元気は無ひ。

 

何せ暑ひ。

エアコン完備で無ひともはや一歩も歩けぬ。

 

すると山へは行かぬのですか?

山は今クソ暑ひだらう。

 

かうして自分の部屋が一番涼しひ。

其れもアヒスキャンデーか又はかき氷があればもはや極楽だ。

 

 

 

現在の金融化した資本主義システムが作動するとき、必然的に、この壮大な「ブルシット機械」も作動をはじめるということである。BSJ階級もSJ階級も、その機械に押しつぶされているものなのであって、この機械をこそ壊さなければならない。少なくとも、『ブルシット・ジョブ』のねらいはそこにある。

そんな、世界的に配備された「惑星的ブルシット機械」の作動を止めることは、わたしたちが「労働」から解放されるときだろう。

そしてそれは、実は、すでに実現しているかもしれないのであって——グレーバーは週15時間労働の実現といった、ケインズがわたしたちのこの時代にむけた予測は実質的には当たっているという——、BSJは、その実現を、つまりわたしたちを「いい感じ」——一日、2,3時間働いて、あとは自由に、自発的に、不安も拘束もなしに活動することができる——にさせないため、それを阻止するために、その道のりをふさいでいるのかもしれない。ーなぜ「クソどうでもいい仕事」は増え続けるのか?より

 

労働と云ふものは基本的に搾取形態から成り立つものでホワイトカラーであれブルーカラーであれ其の搾取からは基本的に解放されぬものだ。

但しブルーカラーの方が仕事は汚くて厳しく謂はば物理的に搾取される度が激しひ訳だ。

 

特に金融化されたグローバルな資本主義経済に於ひては其の「惑星的ブルシット機械」が堅固に構築されますますブルーカラーの方の仕事を圧迫して行くものと相場は決まって居る。

資本主義とは「周辺」を奴隷となし「中心」を肥へ太らせる拡張システムのことなので大まかに言へばホワイトカラーによる「クソ仕事」が増へるのだがブルーカラーによる「実質的、本質的」仕事が其の分だけ圧迫され合理化されて行く。

 

ところがいざさうなればブルーな仕事は皆低賃金化し人間の生存のギリギリでの対価となって仕舞ふが故に其れは長続きしなひことともなりかねなひ。

でもブルーカラーは其れをやらねば死んじゃふのでもはややるしか無ひ訳だ。

 

だからイザそんな状態になれば文化もクソも無くまた趣味も何も無ひ。

要するにクソ仕事をしつつ「威張る」奴等が威張る為に「実質的、本質的」仕事をやる眞面目な労働者を搾取しまくって居る。

 

また「実質的、本質的」仕事をやる眞面目な労働者をなるべくいつまでも奴隷にして置きたひ。

何故ならそんな「惑星的ブルシット機械」を稼働させ続ける為には其の搾取を常に最大効率化させて置かねばならぬからなのだ。

 

 

 

ーグレーバーの応答は、「子どもたちに快適さや機会を確保する唯一の方法が、1日に100回も穴を掘って埋めることだと知って、それによって少しもおかしくならない人は、世界にはいないとおもいます」。

おそらく、そうした人間の感情は、日本の労働環境にあってもさして変わらないはずだ。本書を読めば、日本に特殊とおもわれている、仕事自体に人間の意味をおきすぎているために、苦痛であればあるほど仕事に意味があるとみなされる「倒錯」が、欧米にも共通していることがわかるだろう。ー

 

 

かくして何より「苦痛」である作業労働はむしろ価値があるとされるのであるがそんなことやってればむしろ體も壊れるは、精神も不安定になるはで人間にとって良ひことである筈が無ひ。

其れもまだしも弐、参時間或は四時間位までの半日労働ならば良ひのであるが事實上は何処でも八時間はまず拘束されそのうち弐時間がたとへば休みだと云ふがそんなものは職場に居れば休みなどにはなりはせぬものだ。

 

第一こんな炎天下の温暖化の地球で働く方が頭がオカシヒ訳だ。

こんな炎天下の温暖化の地球上で八時間外で働くとほんたうに死ぬぞ。

 

で、何で其れを社会は考慮して居なひのだ?

まだしもホワイトカラーは良ひ。

何せ部屋にエアコンが効ひて居るのだから。

 

だがこんな時に配達だ、建設だ、交通整理だ、検針だ、なんだかんだで働ひて其れでもって時給千円で大事な人間の命と引替へに出来るのか?

またホワイトカラーも辛ひぞ。

イヤな人間関係だの、書類の作成だの何だかんだだのでもって。

 

また特に日本人は勤勉なバカだからさうしたキツヒ仕事にこそ大きく社会的な価値があると思って御座る。

一面では其れもさうなのだが、實質上は「惑星的ブルシット機械」を稼働させ続ける為にさうした実質的な仕事の部分にこそ合理化のメスを入れ逆に其のクソ仕事としての抽象的労働が増へて行くのであった。

 

 

ー「これら[BSJとSJ]は根本から異なる二つの抑圧の形態である。わたしには両者を同一視する気はさらさらない。わたしの知るかぎり、意味のない中間管理職の立場を棄てて溝の掘削仕事に就く人間は、たとえ溝が本当に必要とされるとわかっていたとしても、少数である(ただし、そのたぐいの仕事をやめて清掃員となり、その結果に満足している人びとをわたしは知っている)。わたしがここで強調したいのは、両者はともに、それぞれが独自の仕方で、実に抑圧的だということにほかならない」(下線引用者)。

 

其の「二つの抑圧の形態」とはまた難しひ話ながら要するにホワイトカラーにせよブルーカラーにせよ労働から抑圧され続けて行くと云ふことなのだらう。

但しグローバルな資本主義経済により實質的にブルーカラーの生活はより圧迫されるに及んで居ると見て置くべきだらう。

 

まさに其れが其の虚としてのグローバルな資本主義経済を成り立たせる為の合理化の対象となって居るのである。

また我が國での派遣社員の増加なども明らかに其のグローバルな資本主義経済を成り立たせる為の合理化の対象となって居るのである。

 

 

ー必要不可欠な仕事の大部分は、古典的な意味で物理的対象物をこの世にもたらすといった意味で「生産的」なものとはいえない。そのほとんどは、なんらかのかたちでケアにかかわる仕事であることが、このパンデミックのさなかにあきらかになった、と。

つまり、他の人びとの世話をし、病人を看護し、生徒に教える仕事。物の移動や修理、清掃や整備にかかわる仕事や、人間以外の生き物が繁栄していけるための環境づくりに取り組む仕事などなど。ー

 

 

昔から「仕事に貴賤は無ひ」と言はれて来て居るがまさに其の通りである。

ところが、現代社会は其の仕事に貴賤を設け其の貴賤に基づき賃金ヒエラルキーを構築して仕舞った。

 

だから介護士も幼稚園の先生もまさに搾取されまくりまともに生活出来ぬ給料しか貰へぬのである。

また派遣社員も人間以下の待遇でもっておまけにコロナで仕事が無くなれば即刻首なのだ。

さらにタクシーの乗務員にせよスーパーのレジ係にせよ同じやうなものなのやもしれぬ。

 

 

 

ーCovid-19パンデミックで「経済」が停止を余儀なくされるなかで「エッセンシャル・ワーカー」という用語が使用されるようになったが、まさにそれは、「不要な仕事が存在する」というBSJ仮説を、「必要不可欠な仕事がある」というかたちで裏づけることになった。ー

 

 

文明はおそらく労働を抽象化し虚的なものとして居ることだらう。

労働による生産性や役に立つ度と賃金ヒエラルキーが乖離し肩書きだの地位だのさうした部分で虚としての労働の価値を決定する訳なのでアホ労働、クソ仕事にて月に五拾萬も百萬も貰ふ奴等が増へ其の矛盾が労働其のものを圧迫し虚無化して仕舞って居るのだ。

 

だが一番大切なのはむしろそんなクソ社会に関はらぬ立場を築くことなのではなからうか。

 

規制緩和とか自由化がいわれ、政治家が官僚制を攻撃しているいっぽうで、わたしたちの日常は、やたらと規制が増えて、やたらと書類仕事も増え、なにごとも、そんなことがいわれるまえよりも厄介になった。そんなふうに感じていないひとは、多分、そう多くはないはずだ。ー

 

現代社会はむしろ全てを虚的に複雑化して来て居ることだらう。

規制緩和にせよ自由化にせよ其れは一部の特権層、又は金持ちの為の「惑星的ブルシット機械」の作動其のものであり要するに其れは徹底化した合理化を社会の底辺層に対し行ふことである。

 

要するに上級民が下級民を奴隷としてコキ使ひ其れがイヤで死ぬなら死ねとさう言って居るやうなものなのだ。

 

 

現代社会は、ふつう、「市場原理」による容赦のない合理化によって、「無駄」とみなされた仕事は容赦なく削減されていると考えられているからである。

ところが、本書はそうした認識をひっくり返して、実際起きていることは、その真逆であるといっているのである。

とはいえ、より正確にいうと、実際には、容赦のない削減も起きているのだが、それはしかし、現代社会の全体の傾向を通してあらわれている一部の現象にすぎないということだ。

そのような効率化による不安定化を押しつけられているのは、ブルーカラー労働者であり、生産的な労働者、つまり、実際にモノをつくり、いろんなところに運び、それを維持し、実質的な作業を行なっている人たちである。 

ところが、いっぽうで、なにがしかの管理業務にたずさわる仕事は劇的に増大している。サービス労働の増大といわれる現象の実態もこれである。

実のところ、旧来のサービス業は、この100年間にわたってほとんど増減がない。ところが、なんらかの管理にかかわる仕事が激増していて、それをふくめるから、サービス部門が増大しているようにみえるのである。ー

 

其の合理化を人的に徹底して行へば最終的には「惑星的ブルシット機械」を稼働させることは困難となり労働其れ自体が崩壊して行く可能性を孕んで居やう。

其の「管理」の増大、つまりは威張る奴の増大分がブルーカラー労働者への搾取をより厳しひものにして行かざるを得ぬことだらう。

 

ところが實は其の「管理」など余分には要らぬ訳である。

余分に居る「管理」の人など實質的には仕事をして居なひのでむしろブルーカラー労働者への賃金を上げる方が先なのに其処を反故にし「管理」のクソ仕事ばかりを増やすのだ。

-其れに今は労働組合も弱ひ、其れも経済が自由化され資本側の論理でしか会社が回らなくなったが故にだ-

 

 

 

ー要するに、ブルシット・ジョブは、労働条件の悪いキツい仕事ではないということである。それは、シット・ジョブ(まさにクソ仕事である。以下、SJ)であって、BSJとは区別しなければならない。ー

 

さうして上級仕事であるブルシット・ジョブ側は實は仕事して居なひにも関はらず給料をたんまり貰ひ其れもめかし込んだ女房など連れ高級料理店へ出向きああー、オレのじんせー其のものがこうきゅうなのだなーわーはっはっはーのはーなどと抜かしつつ最高級ステーキを食らひ毎日遊んで暮らして居たところ突然コロナが襲来し其の高給ももはや一切出なくなって仕舞った。

 

しかも豪華客船に乗りめかし込んだ女房などと共に世界一周旅行などと洒落込んで居たブルシット・ジョブ側の威張り馬鹿共は全員がコロナに感染し其の多くがもはや死に申したとさ。

 

ザマアみやがれ。

そんな「威張る」奴等こそが、其れも仕事もせずに威張る奴等こそがおおまさに断頭台の露と消へるべきなのだ!

 

 

ー「ブルシット・ジョブ」現象とは、そんな仕事がどんどん増殖していっていること、かつ、そうでない仕事も、どんどん「ブルシット化」の波が押し寄せているといった事態を指している。ー

 

其れはそんなクソ野郎共が増へて居ると云ふことなのでせう。

わたくしの論理で言へばまさにズバリ其れこそが労働の抽象化による労働の破壊の危機が今まさに訪れて居ると云ふことなのだ。

 

 

ーその反響をみたある民間の世論調査会社が、この仮説を検証してみたところ、グレーバーの予想をはるかに超える人々が、自分の仕事がBSJであると認めたのである。

かれのもとに報告をよこしたのは、企業顧問弁護士はもちろん、お飾りの受付係ウェブの広告作成者大学生協のアルバイト高級マンションの門番銀行のなんとかコンサルタントなんとかエグゼクティヴなどなど、多岐にわたる。ー

 

馬鹿野郎!

なんとかこんさるたんとだのなんとかえぐぜくてぶだのなんとかさいこうせきにんしゃだのそんな馬鹿共のためになんでワシらが搾取され奴隷化され働かねばならんのだ?

 

もーーー、どーでもエエ。

此の社会の馬鹿にはもはや一刻一秒も付き合へぬ。

 

だから本質的に労働は破壊されつつあると云ふさう云った話のオチなのだ。

 

ーみんなは理性を使ひ此の腐った社会のカラクリに気付かねばならぬ。どんなに苦しくとも社会と闘はねばならぬ。大學位出てればそんなこと位はスグに分かることの筈だ。みんなに其の理性が何故欠けて居るのかがわたくしには皆目分からぬ。ー