目覚めよ!

文明批判と心の探求と

片平 なぎさこそが永遠のマドンナだ

 

つひ先日アマゾンプライム・ヴィデオにてトラック野郎・度胸一番星を42年振りに視たが兎に角コレが最高に面白かったのだった。

元よりトラック野郎シリーズは下品な労働者階級の生活のドタバタ喜劇なのでもあり其処に何らかの主張なり問ひなりが語られて居る映画なのでは無ひ。

 

だが其処にこそ愛が感ぜられるのだ。

愛とは其のやうな下卑た日常の細細をむしろそのままに写し取るものなのだ。

 

トラック野郎では文太演じるところでの一番星桃次郎の下品さ、教養の無さがむしろ強調して描かれて居るのだけれどある意味では其れは人間の本質を其処に表現して居るのだと言へなくもなひ。

 

即ち本質的には人間と云ふものは現象する限りに於ひて極めて下品なものなのである。

 

さう我我は親がくっつくことでこそ生まれしかも其の親も我もまた死すべき存在である。

 

 

そんなクソ野郎共の癖に社会は王族だ、貴族だ、ノーベル賞だとすぐに一部を権威化したがる。

 

いやわたくしも實は其の権威化が好きな方なのだがー利口だとつひ威張るー、さりとて反骨精神の方も持ってるが故に天皇制にもノーベル賞にも大きく反発して仕舞ふのだった。

 

だから社会の特定の部分を権威化して居てはいけなひ。

 

と云ふところこそがインテリ左翼思想の核心部にはある。

 

なのでトラック野郎の場合は其の権威化の逆をやって居るのである。

 

 

ところがむしろそちらの方こそが真実なのだ。

 

謂わば人間の真相を捉へて居り要するにさうして苦労しつつ額に汗して働くのは👩を抱く為であり色んなものを食ふ為でありトラックにデコレーションを施すーデコトラ=マニア化ーの為であり其れは国家の為でも精神の貴族共の為なのでも無ひ。

 

要するに下卑た欲の為に生きておるだけのことだ。

 

そんな下品なトルコ風呂野郎の様、そのくせ堅気の女には頗る弱ひ桃次郎、即ち入れ替わり立ち代わり現れるマドンナに対し妙に不器用な男一匹の桃次郎。

 

さうしてそんな不器用でしかも教養に欠ける一肉体労働者を演じた教養人文太とのギャップが即ち役と本人とのギャップこそが兎に角面白ひのだ。

 

 

ボクはトルコ風呂が大好きで入り浸って居ります。

 

などとはまさかマドンナの前では言へず、其れで教養のあるフリをするのだが其の教養がそも無ひのに其処から絞り出さうとするので必ずやボロが出やう。

 

其処こそが愛だとわたくしは述べて居るのだ。

 

文太さんは知性の本質を良く了解して居り其の知性の武装を解ひたところにこそ俗なる愛の世界を描ひてみせて居る。

 

なので其の俗なる愛の世界の方が切なくも胸に迫って来たりもする。

 

 

格式高き天皇制での儀式やらノーベル賞の授与式やら、所謂教養と権威に彩られし世界よりも其の下品な桃次郎一匹の方が愛すべき存在のやうに思われても来やう。

 

 

だが現実にはトラック野郎だの、外車屋だの、そんな世界はまさに生半可なものではなひ。

 

トラック野郎は事故でも起こせば家庭崩壊をも招きかねぬのであるし夜逃げする外車屋などもまたあらう。-事実知り合ひでさうなった人々がかって居た-

 

其れでも猶桃次郎の下品さは永遠に不滅なのだ。

ー尚永遠に不滅、と云ふ表現は誤謬である。何故なら永遠と不滅は同じことなのだから。ー

 

さて、此処からが本題である。

 

では一体何を言ひたいのか?

 

 

 

實は片平なぎさこそがわたくしにとっての永遠のマドンナであることが判明したのだった。

 

何故か?

 

1.同ひ年ー五日だけ彼女が年上ー

2.未婚

3.ヘヴィースモーカー

4.自然が好きでもってしてどこかおかしひ

5.美人

 

 

「体を動かすのが大の苦手で、オフの時は家にいるか、行き先を決めずに車でキャンプに出かけて自然の中にいるのが好き[3]。」

「それ以降、現在に至るまで片平が撮影で脱ぐ事はなかった[7]。」片平なぎさより

 

此の身持ちの固さの部分が特に宜しひ。

運動が嫌ひなのはわたくしも實はさうで、小学生の頃などは体育の時間に体調がすぐれず屡見学させて貰って居たりもした。

 

後に逆に体育会系となりしが其れは三島先生と同じことで本質的にさうなのでは無ひ。

 

其の片平なぎさもすでに婆様ながらとりあへずは美人の部類だ。

 

 

が、色々と調べてみたところ過去に船越 英一郎と同棲して居たことが判明した。

 

よりによってわたくしが嫌ひなアノ船越 英一郎とである。

 

ウワー、もはや我慢がならぬ。

 

兎に角わたくしは船越 英一郎が大嫌ひだ。

 

 

然し若かりし頃の片平なぎさは良かった。

 

トラック野郎・度胸一番星では佐渡の学校の先生の役を演じて居たのだ。

 

其の可憐さたるやまるで童貞女マリヤ観音の如くであった。

 

 

片平なぎさはどうも完璧主義者でおそらくは其の故にこそヘヴィースモーカーなのであらう。

 

ヘヴィースモーカーとは言へどうせ軽ひ煙草を毎日沢山吸って居るのであらう。

 

わたくしのやうな強烈なニコチン崇拝者とはおそらくは違ふのだ。

 

 

尚映画では文太演じる桃次郎がウソの教養をひけらかしなぎさ先生の代わりに教壇に立つのであった。

 

さうして単純な分数の計算が出来ず、其れを生徒に指摘され化けの皮が剥げるのだった。

 

また此のトラック野郎シリーズ中唯一桃次郎はなぎさ先生からプロポーズされても居る。

 

即ち教養などは無くとも、デコレーションしたトラックに乗る馬力がありさらに子等にも好かれる文太桃次郎になぎさ先生は恋をしたのである。

 

 

ところがそんななぎさ先生は鉄砲水により川で死んで仕舞ふ。

 

さうして霊になり桃次郎に再び逢ひに来た。

 

嗚呼、何て薄幸な👩なのだらう。

 

片平なぎさの男運の無さはすでに此の頃より滲み出て居たのではなかったか。

 

 

男運の悪ひ娘を持つ六十代~七十代の父親から最近屡話を聞ひたりもしている。

 

他の全ては良ひのだが、兎に角娘には困って居る。

 

お堅ひ薬剤師の娘が三十を過ぎてから二人の子の養育費を払って居る👨とどうしても一緒になるときかぬゆえ一年間だけ同棲させてみて居る。

 

甲斐性無しの👨ゆえ姪が離婚せざるを得ずしかも子の養育費もまるで払へずで其の甲斐性無しの👨はすでに逃げて何処にも居らず。

 

ネットで知り合った👨と福島の実家で暮らして居たが両親の感覚がまるでこちらとは異なり食ひ物にしてからもが全然違ふ。

それに寒ひ。

さらに地震があった。

おまけに介護士の旦那が母親の味方をし始めた。

 

もう、イヤだ。

口もききたく無ひ。

 

養育費も何も、話し合ひさへ出来ぬ。

 

其れで子を二人連れて出戻りました。

 

七十の父ちゃんがこれから其の子等の父ちゃん代わりをしなくてはならぬ。

 

 

全く世間での話はひでえもんだ。

 

其れにかの梅宮 アンナなども兎に角男運が悪ひ。

 

 

が、なぎさちゃんの場合は男運が悪ひのでは無く👨とくっつくこと自体にそも興味が無ひと来ている。

 

其のやうに完璧な潔癖さ、思想としてのパートナーの放棄こそが實は一番根が深くあり怖ひものだ。

 

 

だからこそ其れは永遠に白百合の花なのだ。

 

嗚呼、なぎさ先生!

 

なぎさ先生は何故死んで仕舞はれたのですか?

 

さうか、其の時にほんたうの意味でなぎさちゃんの結婚願望も消へたのだ。

 

なぎさちゃんにとっての結婚が死んだのだ、葬り去られて仕舞ったのだ。

 

 

よってなぎさちゃんは我にとっての永遠のマドンナです。

 

くれぐれも、くれぐれもかの神田 正輝などとは一緒にならぬやうに!

 

どうかお願ひだよ、なぎさばばあー!