目覚めよ!

文明批判と心の探求と

シルヴェスター・スタローンの反骨精神とランボーのナイフと

 

昔は大俳優であるかのシルヴェスター・スタローンのことが余り好きでは無かったのだが今はとても好きなのである。

今はより胸毛が濃ひと云ふか女々しくは無ひ男性のことが好みなので無論のこと藤岡 弘や三島先生のやうなキャラが濃ひ感じの男性が兎に角好きなのだ。

 

但し筋肉美ばかりを売りにして居るやうな薄ぺらな芸人や俳優ではダメだ。

即ち真に男らしひ男である為には其の精神、即ち思想の部分が出来て居なくてはならぬ。

 

また👨らしひと言ってもいつも武力ばかりをひけらかして居るやうではダメだ。

つまりは暴力にて此の世の矛盾が解決される訳では決して無ひ。

 

 

しかしながら非暴力主義だ、人権保護だ、などと近代主義の拡張ばかりを声高に叫ぶのも実際如何なものかと思ふ。

要するに保護が過ぎればやがて人間は軟弱とならう。

 

事実おそらく今我我は軟弱なのだ。

軟弱だからこそ「繋がって居る」=共感することを至上の価値となしておる。

 

アホか?

そんな繋がりっぱなしでもって一体孤独な一匹の👨としての男らしさの何が分からうか。

 

 

勿論男らしさとは暴力的なことでは無ひ。

なのだが男性には社会に立ち向かっていく力がありまさに其れこそが真の意味での男らしさなのではなからうか。

 

社会の不正なり矛盾なりに対しストレートに怒りをぶつけていく力、まさに其れこそが男らしさであり男性の持つ真の力なのではなひか。

 

ところが其の部分を一般に👩は理解して居なひ。

👩はそんなアウトローアウトサイダーなど嫌ひで何故かと云ふとそんな👨とくっつくと決まって苦労することと相場が決まって居るからだ。

 

が、其の反面でやくざっぽい男性が案外嫌ひでは無ひのが女と云ふものなのだ。

 

 

要するに👩は大抵の場合弱ひ男が兎に角嫌ひである。

 

其れでもってシルヴェスター・スタローンには幼少時より言語障害があり故にかいじめの対象となって居たらしひ。

其の反動からか素行不良となり放校処分を14回も受けたとのことだ。

 

其のやうに彼は両極のものをしかと見詰める少年時代を送って来て居る。

両極のものを見詰めると何故か心が眞っ直ぐになり易ひ。

 

物事の側面のどちらをも見詰めねば普通さうはならぬものだ。

かようにわたくしはシルヴェスター・スタローンの眼差しに常に何かひたむきなものを感ずる。

であるが故に次第に理解されるやうにもなっていったのだった。

 

涙無くしては視られぬかの『ロッキー』はスタローン自身が書ひた脚本により製作された映画である。

かようにスタローンは様々に苦労しかつ内向的でもあったので書く方の力が彼に自然に与へられたことであらう。

 

其処では美人でも何でもなひ愛する女の為にまさに命を賭けて闘ふ男の生き様こそが理窟抜きに胸に迫って来やう。

 

 

だがシルヴェスター・スタローンの眼差しにはまた屈折の方さへもがある。

ランボー』に於ける怒りと破壊もまた其の屈折度の高さより生ずる世界其のものなのであらう。

 

但し其の怒りと破壊は世の矛盾や不正に向けられし正しき怒りであり且つ暴力なのだ。

 

断じて弱き者や守るべき何かに対して向けられし暴力なのでは無ひ。

 

 

『ランボー』シリーズ

ー今アマゾン プライム・ヴィデオでもって視聴が可能である。ー

 

思想・信仰

 

かようにスタローン自身は保守的な傾向の思想の保持者であるやうだ。

 

「外交面では、力(パワー)による秩序と強力な同盟関係による安全保障策が基本であり、米国の国益を優先し国際連合に対しては不信感を持っている。一方で内政面では、人工妊娠中絶禁止(プロライフ)・死刑制度存続・伝統的家族制度重視・性的少数者LGBTの権利擁護反対・不法移民反対・銃規制反対などが特徴の伝統的保守思想の政党である。なお近年は、キリスト教原理主義的な宗教重視の党員が多い。」共和党 概要より

 

 

尚現在わたくしは個人的に中絶反対、ポルノ反対、死刑制度は勿論存続、家父長制の復活、性的少数者の権利拡大の阻止、移民反対、何教に限らず宗教は大事だ、郷土は大事だ、と云った保守的傾向の強ひ思想の持ち主となった。

 

スタローンは少年期にある意味では現実としての地獄を見たのではなかったか。

わたくしはそんな地獄を見ることが無かった分精神的には地獄を見詰めて来たのだとさうも思ふ。

 

左様に彼が受け持った或は演じて来たところでの闘ひとはそんな守るべきところを守る為の闘ひであったことだらう。

即ち真の闘ひとは革命や改革其れ自体にあるのではなく人間や社会、其れに愛其れ自体を守る為にこそあるべきものなのだ。

 

 

さうしたものが實は負の部分を見詰めることこそから醸成され真に守るべきものの範囲と価値を其処に指し示すのだ。

正義の怒りとはまさにさうしたものであり、其れは左翼思想でのやうにタダ暴力反対!人権保護!などと叫んで居れば良ひと云ふものではなく其処に諸の節度を守り世界の維持を願ふ、さうした世界への愛の原理から導かれしものなのでありタダの殺戮シーンとはまるで別物なのだ。

 

ランボーシリーズとはまさにさうしたスタローンの義憤の部分、男らしく社会の矛盾の究極としての戦闘に立ち向かふ精神を示した一連の映画なのであり断じて其れはタダの筋力による破壊及び殺戮を連ねたばかりでの作品では無ひ。

 

尚、アノランボーナイフの数々は今でもヤフオクの方で大変人気があるやうだ。超激レア!! ジミー・ライル(JIMMY LILE)作 ランボーナイフ ダマスカスナイフ 「1 of 1」証明書付き!!!!

 

こんなものは流石に女は買わぬものかと思ふのだが實はわたくしも先日つひレプリカの方へ応札して仕舞ったところである。

 

 

兎に角昔は此のランボーランボーナイフーレプリカーが人気で要するに其れは社会に対する反骨の精神の象徴でもあった訳だ。

普通男性には此の反骨心が理解出来るものだが女性には理解出来ぬ故👩はランボーやらランボーナイフには余りと云ふかほとんど興味が無ひのである。

 

また其処まで難しく考へずとも単なる武器、または武具の持つ美しさと実質的な強さに限りなく男共は惹かれ従って最終的には刀剣などを是非蒐集してみたひものだ。

 

或は拳銃や猟銃でも良ひのであるが其れは普通持てぬので手っ取り早ひのがナイフである。

 

わたくしは元々ナイフが好きで今も少しは持って居るが昔関で買って来し日本製のレプリカのランボーナイフが此の十年程行方不明で多分何処かに其れは眠って居るのであらう。

 

現在日本製のレプリカのランボーナイフはすでに無ひさうで其処からしても此のランボーナイフこそは貴重である。

 

さうして其のデカひナイフを屡山へ持っていったりもしたものだった。

 

 

 

然し最終的にはわたくしは万年筆コレクター(より平和なペンを選んだ)となったのでナイフの方の蒐集はまさにちょろりとしか出来なかった。

ナイフの方での心残りと言へばカスタムナイフ作家のバスフィールド製作の作品を得損ねて仕舞ったことである。

 

カスタムナイフを一本も持って居なひが故に値段が高くはあっても其処で何とかしておくべきであった。

 

 

ちなみにナイフは文房具としても使へる。

ヴィクトリノックスのラピス・ラズリハンドルの非常に小さなナイフなどもかって持って居たがこれも何処かに仕舞ひ込んでおり現在探し出せぬ。

 

確かに刃物は危険と言へば危険なのだが其れはとても美しく其処に人間の精神性を多分に反映するものでもあらう。

 

即ち心のありやう、使ひやうにより凶器にもなればひとつの美的な価値乃至はひとつの精神性の象徴として鑑賞に耐へ得るものでもまたあるのだらう。

 

 

格式の高い神社 熱田神宮内にある宝物館

 

尚わたくしは年に二度程此の宝物館を訪れ其処で刀剣を眺めたりもして来る。

 

刀剣を眺めるだけで気持ちが引き締まり鬱屈した気分さへもが晴れやう。

 

 

シルヴェスター・スタローンと云へば1993年だったか、『クリフハンガー』と云ふ山を舞台とした彼の主演映画が封切られたので其れを映画館に観に行ったことを思ひ出す。

 

此の映画に心動かされた訳では無ひのだがどうも懐かしひのでDVDを買おうかなどとも思って居るところだ。

 

 

ちなみにシルヴェスター・スタローンは何故か万年筆の方へも登場して来る。

 

シルベスター・スタローンが映画でも愛用した万年筆

 

シルヴェスター・スタローンがプロデュースした万年筆が色々とやばい

 

かのシルヴァーアクセサリーのノリなのであらうか、何と髑髏デザインの万年筆である。

まあ何て品の無ひ、つまりは悪趣味の万年筆なのだらうか。

 

けれども何だか最近は妙に個性的に是等が見へて来、或は思った程悪ひものでは無ひのではなからうかとさうも思へて来た。

 

またモンテグラッパの金銀製の軸の万年筆は何故か元々縁が深く昔から何本も持って居るので嫌ひでは無ひのだ。

 

此処まででは無ひが高ひ奴もまだ何本か持って居るがそろそろ売って仕舞ふ時期なのやもしれぬ。