目覚めよ!

文明批判と心の探求と

ドキュメンタリー パンデミックのとある日ーアール・ヌーヴォーに焦がれたあの頃 Ⅰー

祇園祭の山鉾巡行中止へ 新型コロナ終息見通せず 日本三大祭り

もしや意外に思へるのやもしれぬが、わたくしは祭りが好きである。

 

其れは祭りのあの雰囲気が好きなのだ。

祭りは自然のものでは無く人間による社会的な営為である。

 

社会的な営為が悉く嫌ひな変はり者の我。

だと云ふのに何故か祭りだけは嫌ひでは無ひ。

 

要するに子供が祭りを好きなのと同じである。

 

今我に大金さへあれば日本中の祭り巡りなどしてみたひところながら其れも今は祭りどころでは無ひ。

 

いや、ほんたうはもう少し地味な趣味でもって全国の山鉾やら山車やらさうしたものが展示されて居るところを巡ってもみたひ。

 

 

要するに博物館やら展示館やらがとても好きなのだ。

 

おっとさう言へば美術館巡りの趣味なども持って居た。

 

勿論これまでにも数々の美術館を訪れて居るのだが箱根の方へはなかなか行けぬ故箱根にあるモネのコレクションでも是非見に行きたひものだとずっとさう思って居たりもした。

 

 

さてさうした美術系でもってお勧めなのがアール・ヌーヴォーの工藝作品を集めた北澤美術館だ。北澤美術館 ガラス工芸代表作品

 

尤も其れは藝術作品其のものなのでは無ひ。

あくまで工藝作品なのだ。

但し頗る綺麗である。

諏訪湖畔にある此の美術館へはこれまでに三度程訪れて居る。

 

 

ー関連施設として、かつて千葉市美浜区に幕張北澤美術館(1992年10月1日[3][4] - 2000年2月[5])が、山梨県北杜市高根町清里清里北澤美術館(1989年4月 - 2012年3月)が存在した。また北澤美術館新館(2003年4月開設)は、2012年12月に当館とは別経営の複合文化施設SUWAガラスの里の美術館となった。ー北澤美術館より

 

尚かって存在せし清里北澤美術館こそがまさに最高のアール・ヌーヴォーガラス工藝の展示施設だった。

其れは静かな山の中にあった。

 

わたくしが訪れたのは二度程で、九十年代に一度と廿一世紀になってからすぐに一度だったらう。

 

次第に記憶が怪しくなりつつあるので細かな部分は全て忘れて仕舞ふ。

だが其のガラス工藝作品の美しさだけはしかと覚へて居る。

 

其れと展示室の内部が👩だらけだったことを。

 

丁度夏休みだったので兎に角そんな風に妙に👩臭ひ空間であった。

 

 

と言ふかわたくしの趣味其れ自体が實は可成に👩臭ひ。

 

優しひと云ふか柔らかひと云ふか兎に角ジェントルな趣味其のものなのである。

 

 

其れも要するに武士の正反対でもって。

 

國を守るどころかか弱ひじぶんが常に守られたひ。

 

こんな野郎はヤッパリモテたりはしなひ訳だ。

 

 

其れと👩臭ひ室内でもわたくしは女其れ自体は意外と苦にならぬのだった。

 

 

大一美術館

こちらもアール・ヌーヴォーガラス工藝の専門的な展示施設であり企業博物館として運営される所なのだが何故か余り人が知らぬ処である。

 

ところが此処こそが素晴らしひところでありまさに穴場だ。

訪れたのは五年程前に一度切りだが自転車でも行けぬ訳では無ひのでまた是非行ってみたひ処だ。ー勿論現在は休館中ー

 

 

アール・ヌーヴォーガラス工藝に限らずわたくしはアール・ヌーヴォーこそが最高の世紀末藝術だと認識して居り但し工藝品に限り其れは最高なのであり藝術に関しては象徴主義の詩人や画家につき深く興味を持って居る訳だ。

 

15年程前に其のアール・ヌーヴォーのドームの作品を科学館の近くのビルにて開かれた即売会にて購入する機会に恵まれたのだったが結局買へはしなかった。

 

値段は三十萬円程だった。

 

其れはわたくしが何とか購入出来るギリギリの値段なのだった。

 

でも買はなかったところから見ると多分また万年筆を何処かで見つけ出して居たのではなかったらうか。

 

尚わたくしは👩遊びには一切金は使はぬ。ー但し三十代中頃まではさうではなかったー

 

其の分の金をモノに変換して居るのである。ー万年筆と宝石鉱物のコレクターとしてー

 

 

アール・ヌーヴォーガラス工藝作品展は名古屋三越がお手のもので年に二度程は開かれて居たものと思ふが売られて居るものの値段の桁が違ひ三百萬程は普通にして居たことかと思ふ。

また松坂屋などでも屡其れが開かれて居たのだった。

 

さうして90年代までの百貨店はまさに夢のある消費の殿堂だった。

 

百貨店にしかなひやうなものが屡売られて居て当時はそんな色んなものを喜々として購入したりして悦に入って居たものだった。

 

当時名古屋三越の万年筆売り場には年季の入った御爺さんの店員さんが居られ其の人は万年筆業界のドンのやうな人だったと後に名倉氏ー万年筆卸業のーより聞ひた。

まさに其の人からプラチナ万年筆の限定品である創業70周年記念モデルを購入し今も大事に持って居たりもする訳だ。ー国産ではわたくしはプラチナのファンだー

 

あの頃の百貨店での活気のやうなものが今も思ひ出されとても懐かしく思ふ。

 

要するに当時わたくしは「お買ひ物」が大好きな人間でありほとんど毎週末さうして百貨店巡りをすることがひとつの趣味なのだった。

 

さうして百貨店や丸善の万年筆売り場や腕時計売り場に常に出没して居た訳である。

 

尚、腹を決めていざ趣味を突き詰めて行くとなると矢張り家庭を持つこととの両立は難しくなって行くことだらう。

 

けれど趣味を適度に継続して行く限りに於ひては勿論そんなことにはならなひ。

 

 

家庭を持つことと諸に趣味を突き詰めて行くこと、其れに信仰を貫くと云ふこととを全て一線に並べて比べるとわたくしは今結局信仰を貫くことが最も大切なことであるやうに思って居る、さうして自然を愛することこそが最も大事だ。

 

諏訪湖の🎆大会も大変有名なのだがわたくしの好みは駒ケ根で行はれるもっと小規模な🎆大会である。

 

長野は兎に角空気が澄んで居るので🎆の美しさが都会とは比べ物にならぬ程に美しひ。

 

 

また駒ケ根周辺には美術館やウヰスキー工場などもありさうしたところを訪れてみたりするのもまた素晴らしひ体験となる。

 

駒ケ根よりも北の方に加島  祥造先生が独居して居られた伊那谷がありわたくしは先生のことを知る少し以前から何故か此の伊那の辺りを屡訪れ辺りをドライヴしたりして居たのだった。

 

伊那の辺りは見渡す限りずっと何らかの作物が作ってあり此れもまた都会とはまるで異なる広大な空気感に包まれし場所だ。

 

 

八事の雲雀ヶ丘の交差点の東側にはかってティファニー美術館があった。ルイス・C・ティファニー庭園美術館

だがわたくしは其のことをまるで知らなかった。

 

八事~南山の辺りは東京で言へば白金だの田園調布だのおそらくそんなところになるのだらう、要するに高級住宅街である。

此の辺りは自転車でもって大体20分以内で行ける。

 

わたくしの自宅は此の八事台地の南端にあり、要するに山の手なのではあるが南端になればなる程レヴェルは下がる訳なので中の上から上の下位の住環境のところにある。

 

要するに我我南端人種にとり八事はあくがれの場所なのだった。

 

 

で、25年程前だったか万年筆のインクでセピア色のものを探して居たところ八事のステージなるビルに其れがあることが分かり嬉嬉として其れを買ひに行ったのだった。

其の頃全国的に有名な👩の愛好家ー市外のーに夜電話を何故かかけまくっており其の👩の分も買って送ってやったところ兎に角嬉しがる。

 

が、わたくしは元壱流企業のOLで4歳年上の👩とまだ付き合って居りだから何でそんなことをして居たのか今では良く分らぬのである。

 

兎に角そんな訳で其の八事のステージなるビルにティファニー美術館があることを知り二度ばかり其処を訪れてみた。

 

嗚呼、まさに其処は別天地であった。

 

 

アール・ヌーヴォーの美しひティファニーやラリックーも確かあったやうに思ふーに囲まれもはやわたくしは夢見心地となり其の侭フラフラとしつつ南端にある我が家へと帰っていく。

 

が、其のティファニー美術館がすぐに松江へと移転ししかもやがて其れも閉館して仕舞ふ。

 

そんな訳でリンクの処の画像は其の松江のティファニー美術館の模様かと思はれる。

 

此のやうな画像をかうして残して頂けるだけで誠に有難く思はれる。

 

美術館の当時の雰囲気がまたふっと脳裏に甦ると云ふものだ。

 

ルイス・C・ティファニー工房のガラス工藝作品は勿論現在でも世界の一流品であらう。

 

確か東京の山手の何処かにもアール・ヌーヴォーのガラス工藝作品を扱ったところがあった筈だ。-それも検索してみなひと分からなひ-

 

 

当時の八事雲雀ヶ丘にはステーキのあさくまの八事店もあり其処はまたとても素敵な処でお花が多く飾られて居たやうに記憶して居る。-13年付き合った其の👩と良く行った処だ-

 

 

シェ・コーベ

さらに八事にはシェ・コーベがあり昔は家の母ちゃんが良く此処でショートケーキなどを買って来たものだった。

 

尚此の現在の店舗はかっての店舗では無ひ、要するにいつの間にか移転して居たのだった。

 

其の昔のシェ・コーベの道の向かひ側には實は今現在もわたくしが想ひを寄せる高級な👩が一人居るのだが其れも實は婆様で矢張り4歳年上なのである。

 

だが此れはまことに苦しひ愛の形なのでエエコロ加減には語れずまた正式に作品としていつか発表させて頂きます。ー勿論不倫などでは無ひー

 

ちなみにシェ・コーベにて飯を食ったことなどは無ひ。

 

所詮わたくしは🍚物や🍛が好きなのでシェ・コーベの飯にはほとんど興味が涌かぬのだ。

 

 

兎に角全てが休業になる今此の時にこそかうして昔のことを思ひ出し色々と悦に入るのも悪くは無ひ訳だ。

さう人生には良ひこともまた多くあり其れは価値あることでもまたあったのだった。

 

さうこんなコロナ苦のやうに全てがイヤなことばかりでは無かったのだ。