目覚めよ!

文明批判と心の探求と

愛を取り戻そうー昭和三十年生まれ以降の人々にー


このやうに愛は打算では計れない何かである。花嫁は結婚式で愛を誓った。がんで亡くなるわずか数時間前に


愛無き人は打算に基づき行動するが其の打算とは一体何なのだろうか。


此の世には元より保存し得る価値など無い。



幻である世に、多くの人が保存を試みるが其の行いが成功した試しなどない。

家も子孫も国家も何も、千年も続く訳ではなく二百年位で大抵は断滅する。


なのに何故ほんの暫くの間の、其の暫しのみの繁栄を栄華栄達を求めるのだろうか。

つまるところ人間のあらゆる行いに聖は無く正は無く救いもまた無い。



そのやうな最低でアホな存在であるからこそ人間なのであり其の迷いなのである。

迷いを生じて仕舞うやうな心的状態にあるからわざわざ此の不完全な世へ彷徨い出でて来て居る。


だが愛はあらゆる打算をこえて神聖である。

左様神聖なものへも到達することが可能だ。



第一愛は創造であるゆえ、かつ信心なのであるゆえ、たとえ花嫁が直ぐに身罷ろうとも愛の成就の妨げになるものではない。

人間の行い得る愛とは其のやうに限定を離れて居る。

自然の唯一成し得ない愛こそが此の限度無き愛である。


かように人は限定を離れる。

されど愛に限り其れは認められよう。


愛は自然を離れ人に於いて初めて成就され得る。

即ち真の愛とは打算ではないものだ。

相手が不細工だろうが甲斐性なしだろうが不具だろうがキチ○×だろうが何だろうが成立するものだ。



其の愛を与え愛を受け取ることこそが人として大切なことだ。

愛は心が創り上げるもの。

カネや世間や姿形が齎すものではなく心だけがただ心だけがそのやうに創り上げるものだ。



尤も君達のやうな合理主義の奴隷にはまるで分からぬこと。「ソロ当たり前」時代、独身者が備えるべきこと 2035年は半数が独身に

愛の意味さえ知らぬ此の不毛の心の持ち主等めが!



おまへにとって愛はもうスッカリ打算である。

即ち現在であり、保存であり、利益であり同時に条件であるもの。


それではいつのまにか愛が冷え切って仕舞う。

不細工と甲斐性なしの為に愛が冷え切る遥か以前に現代人は須らく心が冷え切って仕舞う。




このやうに心が冷え切るのは心の合理化がいつのまにか人間の心を壊したからである。


心は合理化すればする程冷たい何かに変わっていって仕舞う。


心が冷え切ると他の苦しみに気付かなくなる。


他の苦しみに気付かない心=他に愛を施せない心である。


他に愛を施すことなくば、自己に愛を投げかけることなどかなわず。



つまり君はもう人を愛せない。

愛なき道を、其の曠野を我我は歩んでいくのだ。

好むと好まざるに関わらずして。



死への花嫁は愛の花嫁だ。

死でさえもが其の花嫁なのだ。


ならば何で花嫁にそして花婿になろうとしないのだ。

我などもう何処でも良いから花婿になりたくて仕方がないのだが其れは其れで少々異常だ。



されど別に花婿にならずとも愛の成就は可能だ。

神への愛、これで決まりである。

エホバの証人統一教会プロテスタントカトリックと何だか良く分からないのだが無論のことそうした愛でも良い。


尚今私が述べて居ることは真理ではない。

真理とは、愛を捨て去ることである。

愛を捨て去ると仏陀になれもう二度と此の世に出て来なくてもよい心に生まれ変わる。



生まれ変わるのはあくまで仏教の方でだ。

然し現代の問題とは仏教の方の問題ではないのである。

現代人の抱える精神の問題とはズバリ此の愛の不毛、愛の死の問題である。


そして其のことが愛の自己矛盾過程として今提示されて居るのである。

平たく言えば今後より愛は冷え切り合理的に極めて合理的にのみ愛の成立を考える人間が増えていく。



其の愛の成立の中にはアブノーマルな愛またはスーパーアブノーマルなまさにまさに禁断の愛が、たとへばアンドロイド妻との愛の営み、またはコンピューターとの疑似恋愛などといふ如何にもいかがわしくかつふしだらなまさにSFじみたお話が幾らでも出て来よう。


或いは小児ポルノの愛好家が小児ポルノの世界にドップリと浸かりコレがコレこそが愛なんだと仰る。


かようにいざ心が壊れた世界にはまさに神をも畏れぬ悪夢の数々が、いや悪魔の仕業そのものの現実がしかと展開されていくことだろう。

そのやうなソドム化する悪の文明に染まらぬやう倫理をそして道徳を取り戻さねばならぬ。

いや其れ以前に是非愛を取り戻さねばならぬ。



知らず知らずのうちに我我の心は愛を忘れ合理化に傾きがちである。

然し其処で考えよ、そして踏ん張って耐えよ。

我は花婿になり花嫁に愛を捧げる。


たとえ不細工でしかも股の方の締まりが緩い女だろうが何だろうが構わぬ。

それどころか直に死ぬ女でも良い。

たとへば借金が一億円もある女でも構わぬ。


何でも良いから君を花嫁に決めた。

何故なら僕は其のことでまさに其の行為でこそ心をー合理化されし冷え切った心をー捨て去り愛の世界を自ら創造するのだ。

元より愛とは他を生かすことで自らを生かす行為のことなのだから。