「なまもの」と「なまもの」以外の世界を同時に生きる實存とは?ーつまりはさうしたことが詩人に取っての五月ですー
さて本日は御天気も良くしかも久久にゆったりとしておる我ながらそれでも万年筆の整備(髙等筆)の方が忙しくまたソレをしとるとスグに半日程はかかるので案外余裕がにゃあ。
さてもソノ髙等筆とは何ぞや?
「髙等筆」とは彼Sirius氏が辿り着きし「御物」級の改造筆達のことぞ。
故にそれぞれに「銘」が入ったりもまたしておる。
例えば、
「印度風靑衣乃大筆」
「黑染竹の細軸大筆」
などと。
ぷわ〜ソレってまさにアノ正倉院御物並みの筆万年筆とのことですか。
さうじゃかって彼Sirius氏は万年筆の世界を全て學び終えた。ー大體拾年程前にー
ソノ折りに彼はあえて万年筆の筆化を考えた。
ええっ?
ではあえて「東洋人の為の万年筆文化」を形作らんとした?
さうじゃ我我はまず東洋人ぞ。
ソレはヤンキーでも英國伸士でも無い大東亞の共榮圏のコトでなくて何か?
するとソノ大東亞の共榮文化筆をアナタ様がさうして御作りになられたので?
おおまさにさうじゃ。
米國や英國には無いだらうああまさにソノ価値を彼こそが次次と生み出していったのだ。
だがソノ画像は無い。
だがそれしきのコトでへこたれておってはならぬ我等日本男子は。
ええかしかと想像してみよ、おおまさに「イマジン」の世界のことぞまさか國なんか要らねえ世界が平和になるが為に。
どーでもイイけど想像し切れません。
そんな、
「印度風靑衣乃大筆」
「黑染竹の細軸大筆」
とのコトバダケでは…。
うーむさうか、では面倒臭いが画像をひとつ捜してみるか。

ほれまさにコレが「印度風靑衣乃大筆」の昔の姿じゃ。
現在は、
1.コレの首側が黑インキに染まり何やら靑黑くなった
2.ペン先をOMASの18金B(銀色仕上げ)に交換
3.兎に角巨大なED(アイ・ドロッパー)で筆記全長が233ミリ有る
のです。
コレが靑銀の實にさわやかなまさに夏場向きの筆ぞ。
でもってして本日ペン芯の交換を行いべストコンデションに仕上げた。
うはあでも確かに異國情緒と申すか日本的な万年筆とはまるで違うな。
さうまずは異國情緒豊かな文物に對し我我日本人は「寳物」だとさう感じ入りしかもリノ異國の寳をば是非蔵に納めねばなるまい。
ほうじゃええか、印度やら中國からの品品はみな御寳ぞ。
印度やら中國からの品品はみな安物でインチキだー、などと思っては金輪際違うわ。
うーん、しかしながらヨイ筆ぞ。
でもほんたうはかって不注意にキャップを締め貴重なOMASの18金B(銀色仕上げ)の先端部を曲げている。
うわーマタエラいコトを仕出かしたわ。
やうしコノ際もっと先端部を曲げたれ…。
とのことで所謂「美工筆」なるものと化しておる。
だが極めて書き易く私の持つ多くの万年筆の中で最も調子が良い。
尚ナゼ今ワタシが印度や中國からの品品を髙く評価するのか?
ソレは現代的資本による呪縛の部分を離れ凡ね「自由」なのだ。
またたとえ共産党独裁による中國からの万年筆であれ日本の品品よりもずっと「自由」なのだ。
では日本の品品は壱體何にシバられておるのか?
ソレは所謂「資本の論理」=「資本としての常識」であり「國家としての體裁」だらう。
おおまさにソコにシバられるが故に、
4.物はイイが値段が常に髙い
5.ビンボー人はまるで手が出ない
6.本質的性質はでも似たり寄ったり
とのモノと化して仕舞う。
さらにまた、
7.ブランドにコダワり過ぎ
即ちモノ自體がソコにシバられる。
ああーもっともっとキツくシバってえー!
だからむしろそんなヘンタイプレイには背を向け、アアソノ古色蒼然たる奈良時代に戻り印度や中國からの品品を「御物」として捉え直すべし。
だから兎に角資本主義は間違っとる。
さらに國家主義もまた間違っとる。
即ち共に×だ。
もう××××××の×だ。
尚印度や中國からの品品でたった今イイのが百%綿の開襟シャツです。
コレは日本や欧米には無くまた有ったにせよ髙価な物となる。
ですがTEMUなどでは壱着千円でもって普通に売ってる。
ですのでココ数年わたくしは夏場に毎日ソレばかりを着てる。
また中國物は今やモノが良くなったので数年間はちゃんと着られるのだよ。
さてすでに夏場です。
さうアイス珈琲やアイスキャンデーが美味い。
特にガリガリ君のぶどう味、コレなどはもうほんたうにうみゃあ。
またアイス珈琲にはタリーズのブラック珈琲を混ぜキンキンに冷やすとほんたうにうみゃあ。
後はスギヤマで買って來る冷やし中華ととろろソバ、もうコレがほんたうにうみゃあ。
但しソコにはスギで買って來るサラダを混ぜ込む。
すると少しヤセるし💩の出が良くなる。
ありゃさうかうして居たらすでにヒメボタルの季節だわ。
無論のこと毎夜行きます、相生山へ。
昨夜は拾匹位が光っておった。
さても今夜は何匹出るのじゃらう。
昨夜は帰ってから腹が凄く減ったので今日は🍛を作っときました。
また20日には東山植物園で🌹の苑を観て來し。
丅度ボランティア・ガイドが案内しており自分は金を払わずにソレを聞きつつ共に回った。
初めて氣付きましたが独逸産の薔薇には結構良い品種が多く有る。
しかしながら🌸はしぼみやがて枯れる。
要するに「なまもの」なのだ。
ですがそんな「なまもの」にはまた🖋や石には無い魅力が有る。
まあヒメボタルもそんな「なまもの」です。
それにワタシや読者様もみな「なまもの」です。
なのでイツどうなるものか分らん。
さて先の15日の朝に突如左足が痛くなりもう寝たキリかとさう思いしがあえてハードに買い物をすると動けるやうにはなった。
また20日の夜に🐱の子四匹を引き取って貰う。
だが今迄で壱番出來が良く可愛い子🐈であった。
そんな断腸の思いをして迄子🐈と別れるのはソレが「なまもの」だからなのだ。
己を含め「なま物」の生死は辛い。
たったイマ我が家の庭には白いドクダミの🌸が群れて咲く。
ソレに混ざって靑い露草もまた咲き始めた。
なので「なまもの」にもまた魅力は有る。
だがなるべく減らして置きたし。
まさに自分以外の「なまもの」の世界を。
そんな訳で現在Sirius氏は改造🖋(印度の🖋を含む)と中華🖋を交互に使いつつ「なまもの」以外での世界をさう生き抜いておるのです。