目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

連休スペシャル第四弾ー「カラタネオガタマ」のバナナの香りとCurryの香りー

連休に入り参度目の相生山で初めて心の癒しを与えられるーニンゲンに取りむしろ壱番大事な心の癒しであり心の糧となるものー

 

 

 

 

 

さて五月七日木曜日に再再度「徳林寺」へ行って参りました。

ナニをさうコダワルのかと申せば無論のこと「カラタネオガタマ」の🌸のニオイを嗅ぎたいのであります。


ソノコダワリの度たるやほぼ變質者並みですが自分はゲージツ者ですのでどうもさうなるのである。


1.あれこれと新たな體験をする

2.🌸の美しさとヨイ香り

3.新緑の美しさとヨイ香り

4.限定メニューの「ザ・牛カレー」を食す


とまあそんなところです。


重要なことはコノ経験の全ては想定内で済ませられるとのことだ。

逆を申せば街中へ買い物や遊びに出れば他人の思惑の部分にどうしても影響されハッキリ申して無事では済みません。


つまりはソコで想定外のゴタゴタに巻き込まれ必ずや心中の平安を乱されませう。

ですので心中の平安を主に求める形にてソノ部分をむしろCUTし自然の中に遊ぶー心の安らぎを求めるー訳です。


但しかうした境地に至るのはカンタンでは無い。

わたくしもまた現状での心的境地を得るのに大體半世紀近くをかけて來ております。


どだい人間存在の心の動きなるものはむしろ賑やかなところに惹かれるきらいが有りまずはソレが間違いなんだな。

賑やかなところ=ウルサイとこ、ギャンブルに酒、さらに綺麗なネーちゃんなどが大好きだ。


また芸能界やカネまみれのトコ、さらに権力や権威やああそんなものにはもおすぐに跪いて=飛び付いて仕舞う。

はあーなんて情けないことか。


さうでは無くニンゲンはもっともっと理性的に生きねばならんと云うに。

それではまるで君、君、君、君のことでズバリケモノだらう。


ズバリケモノ=🐵じゃわな。

このおー🐵めが!!!!!!


🐒のヒデヨシめが!!!!!

くっそお!大日本帝國萬歳!!!

 

…挙句にはソノ「大日本帝國」かい。

大日本帝國の建設はさう確かにやりたかった。


さすれば今程世界は狂っとらんかった可能性が髙い。

即ちかの独逸帝國が欧羅巴世界を支配し🗾國が亜細亜世界を支配す。


さすればドコでも行きたい放題でしかもやりたい放題だぞ。

さうだな中國美人や韓国美人を妾にし君は印度の大御殿でマハラジャ生活ぞ。


いやだがさうではなかった。

ほんたうの姿は「印度の山奥でもって修行に励む」のだった。


…どうでもイイのですが個人的な妄想のことを書かずにちゃんと作文して頂きたい。

さう印度の山奥でもって修行に励むのは果たして誰か?


あ、ソレって多分レインボーマンですね!!!

でもソレって多分若い人達ー五拾五歳以下の人人ーはまるで知らないことかと…。


アノレインボーマンをそも知らないとは!!!!!!!!!

ソレもアノ提婆達多の弟子ですよ、弟子。

 

14時半頃ココ壱番屋にて「ザ・牛カレー」をお持ち帰りす。

「ザ・牛カレー」を🚲の籠に入れたまま相生山の農道をゆっくりと進む。

 


農道の際に矢車草(ヤグルマギク)が多く生えて居る。ヤグルマギク - Wikipedia

その矢車草の群落の中に杜若なども観える。カキツバタ - Wikipedia


尤も杜若なのかソレとも菖蒲なのか判別が付かん。菖蒲 - Wikipedia

いずれにせよさう靑系の🌸🌸が多く観られた。


御花畑になってるやうな所さえ有る。

以前に確かココでバザーが開かれたり兎に角意識が髙い系の人人が何かと集って居たものであった。


ソノ意識が髙い系の人人はナゼ反文明主義となるのですか?

ソレは多分文明が単にウルサイからなのでせう。


少なくとも自分に取ってはさう。

ウルサイ=非自立的、自律的でもって汚れてる。


要するにそんな感じですか。

でもソノ意識が髙い系の人人の意識がほんたうに髙いかどうかは實際のところ良く分からん。


つまり意識が髙い系の人人の中にはむしろ思い切りに文明的な価値ヒエラルキーに汚染されとる人達が居ます。

なのでそんな奴等(恰好ダケ意識が髙いわやう系の人)はボクのやうに反文明主義のゲージツ家とはむしろ合わないのだよ。


ま、でもしかしながらソノ御花畑はダレに取っても御花畑です。

即ち其こそが自然界に於ける普遍的価値だと云うことでせう。

 

やがて相生山の木立が現れて來る。

ソレと共に新緑の香りが我を包み込む。


あああーまた何てイイ香りなんだ!

逆を申せば街中はなんであんなに臭いのだ!!


うわっくっせええ。

もしやソレはケモノ臭ですか?


いやさう云うのとは違うぞ。

ことケモノ臭とのことであれば自分はむしろなかなかにケモノ臭い。


さう云うのとは違い何やら掃き溜め臭いとでも申すか兎に角😣のならん都市の生活臭のことですよ。

うーん、さう云うのが確かにアナタの髙感度から言えることであり凡人と申すか普通の人には分からん部分ですか。

 


やがて路の両側に髙い木立に囲まれた林が現れる。

またソノ森の香りが余計に鋭さを増す。


コノ左の林ね、確かココに四半世紀程前に♀🐱の死骸を埋めたな。

でもイイところだよな、屹度埋めた♀🐱もさぞや喜んでおることじゃらう。


少し進むと最近出來た意識が髙い系のフォト・スタジオが左手に現れる。

以前ココの前で美人のモデルさんが写眞家に撮影されていて何かとポーズを取っておった。


やがて難所の拾番坂へ着く。

ココからは弐百米も急な坂を登る。


だが木洩れ日が美しくさらに森の香りがかぐわしくほんたうはそんな急坂でさえ難儀でも何でも無いのである。


坂を登ると今度は下り。

坂を下りると相生山のメイン道路に突き當たるがソコには4、5年前に意識が髙い系の別荘が建った。


ところがソノ家の横が広範囲(三百坪程か)に造成中でつまりは意識が髙い系の人人の別荘がまた近く建つのであらう。

ソコから五百米程進むとすでに徳林寺だ。


ちなみに父の兄(伯父)はかってココ相生山に夫婦でもって住んで居た。(今から六拾年程前に)

だが寂しいからと云う理由で家の近くに越して來幼い頃我はソコへ良く遊びに行った。


参歳年上の従兄には重い障碍が有り全盲者である。

ソノ従兄がまだ生きているかどうかは分からん。


父の兄は神経質な人でいつも着物を着てまるでかの芥川 龍之介のやうななりであったが文學には縁の無い元自衛官の人である。


それにしてもソノ美人のモデルさんのことをもう少し良く観て置くべきではなかったか。

ちなみに家の親戚(従兄)にもプロの写真家が居ますが彼NORI君(何とかの立木 義浩氏の弟子)はすでにフォト・スタジオをたたんで仕舞ったとのことです。


のみならず血圧が髙く困って居るとのこと。(今は七拾歳位)

 

 

徳林寺は丁度本堂が修理中で職人が行き來しておる。

職人には興味が無いのでサッサと鐘楼へ。


前回と同様に鐘楼の廿米前からすでに「カラタネオガタマ」の香りが押し寄せて來る。

そんな「カラタネオガタマ」の香りは壱言で言えばまさに別世界=浄土世界のものとなる。


でも禅でも浄土なんですか?

いやココ徳林寺は變わった寺なのでまさに何でもアリ、なのだ。

 

クンクン、スーハー。

さう何時ものやうに「カラタネオガタマ」の香りを満喫す。


だがニオイは所詮ソノ場の幻。

ええっ?だって臭いものは臭くかぐわしいものはドコ迄もかぐわしい筈だが。


確かにさうではあれ所謂感覚は所詮ソノ場の幻。

だからニンゲンのニオイや都市の生活臭や森の香りもまた壱時の幻。


たとえ壱時の幻であれまあイイものはかぐわしく惡いものはクサい。

では「實存」とはイイものを選別するソノ力のことなので?


さう都市の生活臭を避け森に籠り修行をするとのことでせう。

でもサルトルとかの言う「實存」とはまるで意味が違いますよソレは。


するとサルトルよりももっと前のズバリショーペンハウアーの考えなのか!

いえ単にワタシの考えです。


ところで鐘楼の前には蓮の池が有り中央に白い観世音菩薩像が立って居る。

白い観世音菩薩像はどうも白いマリア像に似ておるぞ。


蓮の池の際には白い芍藥の🌸が群れて咲く。シャクヤク - Wikipedia

コノ際ソノ白い芍藥の🌸のニオイも嗅ぐ。白のシャクヤクの花 - Wikipedia


くうわあーこりゃまた髙尚な香りだこと。

 

以前にも瑞穂区の寺で芍藥の🌸のニオイをずっと嗅いで居たがヤッパリ同じニオイがする。


うん、コレはな、まさに観世音菩薩様でありマリア様の香りソノモノだ。

芍藥のニオイを嗅ぎ終えるとサッサと家へ帰る。


もう面倒臭いので「アンナプルナ」と「柊五番館」はコノ際パスしやう。

 

 

髙根台(高級住宅街)の方から何時も帰る。

昔髙根台の方から塾へ來て居た小利口な小学生が居ましたがアノ子はどうなったのか。


母親が物凄い教育ママみたいな人だったので屹度苦勞したのだらうな。


家に着くなり「ザ・牛カレー」を温めずに食す。

ソレも東海漬物の「しば漬け」と共にソレを食す。


うん、確かに美味い。

美味いが別に「野菜🍛」の倍程も美味い訳では無い。


でも東海漬物の「しば漬け」は凄い。

つまりは🍛にピッタリなんだ。


ところで今回はビニール袋が💩色に染まりませんでしたか?

はい今回はナゼカ完璧でまるでカレーが零れておらず。


のみならず弐時間ばかりを「森の香り」に包まれてまさに精神的な安らぎを覚えた日となり申した。

「自然」と云うものの力とはむしろさうした部分にこそ発揮されやう。


ソレは常にカネを生まず美女を寄せ付けずさらに静けさを貫く。

されどニンゲンに取りむしろ壱番大事な心の癒しであり心の糧となるものなのだ。


ー大事なことを書き洩らしましたがソレは徳林寺が「花祭り」をして居ることでした。寺の掲示板にソノ旨が出て居た。ソレもなんと四月の初めに壱週間に亘り行われるとのこと。だがよーく考えてみると四月の八日は興正寺にて大日堂の大祭だった訳で…。するとソノ四月の初めの壱週間にもうどんだけ祭りへ参加せんとイカンことか佛弟子は。そんな訳で無論のことまだ生きておったら是非來年はソレにも参加せねばなるまいて。ー