#さう文明を離れてやる壱種カルトな鉱物趣味とは?ーさうまさに✨でもって感覚的に完遂されることだらう非観念的な価値としての鉱物趣味ー
さてもココのところはようやくのこと春なのか?
だがまだまだ寒い。
全くのところ地球が温暖化して居る筈なのに随分と気候のバランスが惡い。
ソレに個人的にストーヴを使わないのでまた妙に冬が長くも感ぜられる。
兎に角本日も寒い。
ならばと云うことでつい先程「味噌煮込みおでん飯」を作りました。
丁度朝湯煎をした小松菜が有るのでコレをソコへ投入す。
そんな「味噌煮込みおでん飯」の作り方
1.永谷園の昼餉弐袋分を湯に溶く
2.おでん弐袋分の汁を捨てる
3.飯ー老人🍱の飯=大盛りーの確保
1.と2.を混ぜさらに小松菜をブチ込む。
4.壱次煮込み(電子レンジにて凡そ4分間煮込む)
5.飯を温め味噌おでん汁にブチ込む。
6.ソレに七味唐辛子を大量にかけ弐次煮込み(凡そ4分間煮込む)を行うと完成す。
まずはソレを半分食う。
注意点としては自分は生臭いモノがキライですので事前にソレを取り除き🐱のエサとなすのである。
つまりはさうニンゲンと🐱が仲良く生きる生き方にこそ努めておる。
「味噌煮込みおでん飯」を食うと冬場で気温が低くともすぐに體がほてりまた自分などは何かと高感度にて反応が早いニンゲンなのですぐに汗ダラダラとなる。
故に防寒具を着た侭食うと服がベトベトになるゆえソコは注意が必要となる。
でもって残りはまた20時頃にでも食えば宜し。
いずれにせよそんな「味噌煮込みおでん飯」を食うのもおそらくコノ冬では最後とならう。
ナゼナラ兎に角體が温まる「味噌煮込みおでん飯」はかうして冬場にのみ食す食い物なのだから。
ではワタシは本日そんなことばかりをして居たのでせうか?
無論のことさうでは無く昼から布団を干したりまた洗濯をしたりさらに鉱物観賞にも勤しんでもおった。
こんな晴天なのでもう瓶を引っ張り出した時点ですでに✨なのだ。
うわあー久し振り(参ヵ月振り位に)に観たがどんだけ翡翠を持ってるのだコノ石詩人は。
しかもありとあらゆるタイプの翡翠標本が中瓶でもって五本程も出て來る。
中でもピンク翡翠と黄色(檸檬)翡翠、また摺りガラス様翡翠と金山谷産の黑緑翡翠は透過度が抜群なり。
金山谷産の黑緑翡翠は四年前に鉱物展で京都の加工業者(アクセサリー屋)から求めた物で壱番カネがかかって居る。(確か四萬五千円のところを四萬程にまけて貰い購入)
そんな「奇跡」の「糸魚川産ピンク翡翠」に就いてー+とある💎ハンター氏の人格にこそ感動すー - 目覚めよ!
摺りガラス様翡翠は矢張りヤフオクにて拾年位前に新潟の人(夫婦で翡翠を集めて居るとのこと)から買った物だ。
他にもどう見ても翡翠かどうか疑わしいやうな凄い石が結構有るがソレ等は翡翠に詳しい神奈川の人から求めた物が多くよってソレ等もつまりは翡翠なのであらう。
またミャンマー翡翠の凄いのが有りコレは緑色が僅かながらあちこちにソレが散らばるしかも透過度がおそらくNo.1の優れ物の標本となる。
またさうしたミャンマー翡翠のデカい石を売って居るのは大抵の場合オオサカとなり實は頗る怪しいのであるがコレはでもどう観てもイイ翡翠原石なのでオオサカの物が全部ニセモノだと云うことではまるで御座りません。(現役の頃に確か五萬位は出して居る標本だ)
兎に角さう翡翠原石は緑の石が多いので気が休まると申しますか自分は大好きです。
さうわたくしは「緑色の石」が兎に角好きである。
また何でも緑色の物には目がない。
昨年末などはイオンにて伊太利亜製の長👛を買ったがソレも靑と緑とで30分近くも迷った挙句に結局緑色の方を求めて御座る。
男物の財布で色財布はソノ伊太利亜物で決まりであらう。
だが高価な伊太利亜物ばかりではなく安い伊太利亜物もまた探せば有るものなのだ。(ソレが凡そ四千円程)
男物の財布で色財布が余り無いのは男性が色財布を出して買い物をするとドコか恥ずかしいのでソレをやらぬダケのことだらうが自分に限り両性具有の天才なので恥ずかしいも何も無く赤でも靑でもそんな緑でもむしろ見せびらかすが如くにソレを取り出しカネを払ったりもまたする。
さてソノ👛を買った時に年寄りの女店員さんが「あら物凄く御洒落な👛です。」と本心よりさう述べられたので自分はもう65ですがオシャレなことは若い時分とまるで變わりは無くつまりはこんな死ぬまでオサレなジジイですぞ、とか何とか申しておったやうな気が致します。
ソノ財布は中華製の緑の財布がほぼ役に立たず求めたものだった。
よって昨年の自分の中華安物蒐集趣味は半分程間違いだった。
だが中華🖋バカリはほんたうに良い。
また中華産は石もまたイイのである。
だから石は共産党壱党独裁との體制とはまるでカンケー無い御話なのです。
いいですか、まずはコノモノと政治、経済、國の規模等は無関係なのだとさう考えて置くべきだ。
また戦争や紛争の類とモノの価値とはまたまるで別箇の問題です。
とは言えココ🗾がもしも北朝鮮やまた露西亜にでも空爆されたらボクやアナタの持ち物は全て破壊されて仕舞う。
でもソレは仕方が無いことなのでありつまりはソノ破壊の瞬間迄石も👛も服も🚲もソノ侭にソコに存在し続けやう。
なのでソノモノの選び方としての具體例を御話して居るダケのことでありよってソレが物の歴史、物の生涯に関する御話なのだ。
つまりはさうして物と人との健全で且つ理性的な出合いにより我我ニンゲンは屹度幸せになれる、とさう自分は考えて來て居るのです。
またソノことは政治や経済、また國の規模などと云ったデカいヒエラルキーの世界とはまるで別箇での眞實なのだから。
「具象的な事實の積み重ね」
モノの世界とはつまりはそんなこととなる。
モノの世界とはさう所謂科学的、唯物的に規定されし世界のこととならう。
そんな唯物的に規定されし物質世界を生き抜くことは我我🗾人に取りむしろ得意なこととなる。
よって戦後世界をさう物質に於ける進歩世界となしつつ我我🗾の民は歩んで参りました。
ですのでそんな職人技がものを言う世界でただひたすらにモノを創り続けて來たがふと気付くとどうもモノが多過ぎる。
ソレもコレも加工物バカリである。
そんな加工物バカリだとドコか心が落ち着かない風にもまたならう。
でも道端に落ちてる石はそも未加工なのだ。
要するに人為によらず自然界そのものを標榜する物質なのだ。
また諸諸の世界の情勢とは無関係にタダかうして石は何時の間にか売られても行く。
いやあまさに立派なる「灰鉄輝石」だ。
灰鉄輝石は透輝石よりは地味な鉱物ながらかうして立派な物はふるいつきたくなるが如くに素晴らしい。
尚灰鉄輝石は暗緑色ですが兎に角魅力的な緑の石となる。
灰鉄輝石は岐阜柿野鉱山産の物を壱昨年求めて居る。
されどソレ以前より壱つ大きな標本を持って居てソレは輝きが失せればまずは石を洗うことにして居る。
石を洗うと灰鉄輝石ソノモノが再び輝き出す。
ソノ灰鉄輝石の親類の石が「透輝石」となりこちらは💎の壱つにも数えあげられる。(ダイオプサイド)
また國産鉱物として有名な透輝石が岐阜県の洞戸にてかって出て居たものだった。
ソノ洞戸鉱山にはかって何度も足を運んだ覚えがある。(都合五度程も)
緑区の方から高速道路を使い行くがまた高速を降りてからの道のりが兎に角長い。
されど岐阜県のソレも知らぬ田舎町をドライヴするのはいつも樂しかった覚えがある。
洞戸鉱山は梅保木抗と杢助抗とがありかって透輝石が採れたのは杢助抗の方である。
梅保木抗では緑色の柘榴石や紫水晶などが採れた。(さうズリより僅かに採取することが出来た)
ところが共に非常に分かりにくい場所となる。
分かりにくいが當時(廿年程前)すでに採集の為のガイドブックが出て居りソレを見つつソノ通りに山を歩くとちゃんと辿り着けるやうになって居たものだった。
半年ぶりの洞戸 05 ここが梅保木坑だ! | Kの鉱物採集記録+α
岐阜県関市・洞戸鉱山へ。( 鉱物採集第20回 紫水晶? &石榴石:ガーネット) | マホガニーなDaily☆
ココで採れる石は大體こんな感じだ。
ですが當時すでに良い石は出なかったので紫色の石英の断片やらまた緑色の柘榴石のソレもちっこいのを探し回って何とかGETして帰る位のものであった。
但し緑色の柘榴石は壱センチ程度の壱級品を壱個だけ得た。
洞戸鉱山 杢助坑 02 鉱山跡に到着 | Kの鉱物採集記録+α
洞戸鉱山の透輝石 | clarinetchocoの鉱物ブログ
ソノ杢助抗の方では透輝石のかけらが採取出來たものだった。
こちらは産地がさらに🏔の中でソノ🏔の中に車を駐め🏔の中を澤伝いに歩き産地へと向かう。
こちらも五度程は訪れて居るかと思う。
でもって當時(2003~2010年頃)はズリ(捨て石+砂)をふるいにかけたりすれば何とか透輝石の欠片位は採取し得たものだった。
さてそんな鉱物採集の樂しさは、
7.知らない土地を訪れ
8.綺麗な石を拾い
9.ニンゲン界を離れ🏔歩きをする
と云うことに尽きて居やう。
要するに所謂ニンゲン関係だの金儲けだのとは別箇での価値となるのである。
また多分に「感覚的」な世界となるので「観念的価値」とは無関係なものとなりがちである。
従って欲望の質などもまた「価値分別」的な尺度より「感覚的な価値」へとシフトされて行き易い。
つまりはデカくてしかもキレイな石が拾えればもうソレダケでまさに天にも昇る心地がするものなのだ。
だがそんな素晴らしき世界もすでに現在では著しく限定されるに至って居る。
と申すのもかっては自由に石を採取し得た鉱物産地の多くが現在は「採集禁止」となって仕舞って居る。
ココの透輝石はとりあえず🗾壱有名な石なのですが他にも🗾の各地より透輝石は産出しまたソレゾレに石の感じが異なって居る。
ソノ透輝石は基本的に緑色なのですが稀に暖色系の色味の物が出ます。
ちなみにワタシは杢助抗産の透輝石の良晶も壱つきり持って居ますがソレは後にヤフオクにて求めたものでありました。
さらに群晶タイプでの母岩付き標本もデカいのを弐ヶばかり持って居る。
薄い緑色での透輝石の母岩付き標本(中サイズ)…タケダ鉱物標本でソノ後購入した物
濃い緑色での透輝石の母岩付き標本(大サイズ)…ヤフオクにてソノ後購入した物
杢助抗産の透輝石の形状はまるで🗾刀のやうに剣状ですので主に🗾の鉱物愛好家には概して受けが宜しい。
個人的にはソノ蛭に悩まされたことはナゼカ壱度も無かった。
いずれにせよ洞戸鉱山は何せ遠いので行くのが大變でしたが周辺の岐阜の村なり集落なりがなかなかイイ感じを醸し出して居りナゴヤ人の自分に取りとても新鮮だったことを今でも屡思い出します。
が、實は田舎の奴等は鉱物趣味なんぞをノンビリとやって居られずよって食い扶持を探さんが為に大都會へと出て行きたいバカリなのだらう。
つまり田舎にはそもカネがネエだよ。
また大都市にはカネが有ってもそも自然がネエだよ。
たった今自分の人生でナニが壱番良かったか、また樂しかったかと云うことを改めて思い返しますとつまりはソノ石採りがもうダントツに面白かったやうに思います。
但しソノ頃自分は🖋と藝術を語る掲示板の主筆でありまた當然に別に仕事を持ちカネも稼いで居りましたのでもう兎に角忙しくさう休みになっても石採りにて忙しくもうナニやってるのだか分らぬ位でしたがソレはまだ40代でしたのでやれたことでしたのです。
なのであくまでわたくしは人生の主な価値の部分を文筆とさうして石採りとに懸けたのであります。
ですが文筆の方は中途半端ですのでつまりはこんな参文ライターしかやれぬ訳なのだ。
ソレばかりか石採りの方も實は弐流、参流ですがとりあえずはソノ石採りでの歓びを深く知る者としてはひょっとすれば壱流の人なのやもしれません。
確か2004年のことだったか杢助抗へと至る山道の入り口の近くにBMWが壱台駐めてありありゃナンだ金持ちが石を採りに來てるぞ。
とさう思いつつ産地へ向かうと山奥で壱人の青年がセッセと透輝石を探してズリを掘り返して居ます。
でもって基本的に他人には興味の無い自分はまず人には話しかけないが奴は間違い無く金持ちでしかもオオサカナンバーの🚙の所有者だ。
だったらまずはドンナニンゲンか探りを入れてみやう。
こんにちは、そんなアナタはダレですか?
兎に角さう會話をしたのでしたが彼は耳が聞こえないらしくソレでもって筆談をやりましたのです。
でもどうもココはもうイイ石が出ないな。
ならば今度田口鉱山の坑内へと共に突入しないか?
あんな田口鉱山の坑内は兎に角怖いぞ。
だが君とならナゼカイケる気がするよ。
とのことで實はソノ時にさう彼と約束しまたメールアドレスも交換し合いました。
ソノ後弐度に亘り彼と田口鉱山にて合流し坑内へと突入しせり。
さうして彼もまた自分もとりあえずはイイ石をGETしたのでした。
でもってして何せ彼は身障者ですので高速道路にかかるカネが安くよって🗾全國でもって鉱物採集をして居るやうな道樂者だった。
いずれにせよソレもまた今となっては貴重な経験です。
ですが言ってみれば彼は特殊能力者でしたのです。
どんな能力者かと言えば「妙に石を引っ張る力の強い人」だったのです。
ナゼナラ彼と出會った日も「コバルト華」と云う赤っぽい綺麗な石をすでに彼は見つけて居た。
でも壱緒に石を探して居たにもかかわらず自分にはまるでそんな石は見えなかった。
尚海外産(おそらくブラジル産)の透輝石の大きな標本を壱つだけ持って居る。
ソレは四半世紀程も前に岐阜県の博石館にて求めて参った物だ。
ところがソレを握り石にして居た時期があり故にか現在ではボロボロに形が崩れて仕舞って居る。
ソノ透輝石もまた暗緑色の色合いをして居る。
さて個人的に自分はたった今緑色の石をもうドコ迄も追及して行く。
特にペリドット(橄欖石)の結晶標本をたった今眞面目に狙って居る。
さうかうして居たところ先の日曜日にヤフオクにて石を探していたところ応札したくなる標本にたまたま出くわしたのだった。
ソノ石の出品者は北海道の人である。
でもって動向を眺めて居るとナゼカソノ石ダケがドンドン値が上がる。
でもって止めて置けば良いのについソノ値上がりの修羅場へと参加しついに落札するに及んだのだった。
だがナゼこんな石にかうまで人気が有るのだらうか?
10.結構高価な石
11.母岩付きの標本がほとんど出ない
12.とりあえずは💎鉱物の壱つ
との理由がまずは考えられやう。
されど自分の場合はあくまで、
13.ココ地球を代表するであらう石(マントルを構成する鉱物)
とのことがより重要なのだ。
つまるところ自分に取りたった今壱番大事なものとは文明でも無く且つ長生きなのでも無い。
自分に取りたった今壱番大事なものとはまさに地球であり健全なる自然環境の保全のことである。
だから地球を壊して迄文明をやり続けてソレが果たしてナニになる?
地球を壊して迄金儲けに勤しみソレが果たしてナニになる?
地球を壊して迄イイ大學に入り且つイイ大企業へ入り是非高給を貰いたい?
御前等ホントにアホなんか?
ホントにバカかタワケかキチ外かえ?
まあですのでまずはそんな視点よりボクは主に文明世界の常識的な意味での価値観ソノモノに對し大きくギモンを抱いておる。
なので石と云うものは自分に取りむしろ反文明的な要素=反文明的な視座であり視点を多分に盛り込んだ世界のものとなる。
だけれどもまたソレも最終的には「たった今タダ石が美しい」との即物的な次元にて完遂される価値ともなる。
要するにイイとかワルイとかさうした道徳的な分別価値が働く以前での「快感」の世界のことだらう。
「快感」即ち感覚的な意味での樂の価値のことなのでつまりは「道樂」のことでありソレ以外のなにものでも無い価値なのだ。
ですからそんな「道樂」をさうバカにして居てはイカン。
じゃからオバカなのはむしろ君等世間での価値の方だよ。
むしろそんなデカくて観念度の高い価値に縛られるからこそ何時迄経ってもニンゲンはシアワセになどなれぬ。
とのことで本日は主に鉱物の世界より文明の齎す価値観を足蹴にしてみました。
そんな足蹴詩人がたった今欲するのは健全なる地球の姿であり且つ健全なる橄欖石標本なのだ。
あああー、そんな橄欖石の標本が早く家に届かないかなあ。
もうソレが來たらボクは文明なんぞに決して負けやしないんだ。
でも實は送料をケチり定形外郵便にしましたので五拾パーセント位ですがソコが心配は心配なんです。