目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

此の度感動したプラチナ万年筆と理想の🖋の御話ープラチナの🖋の整理とジミントーの修羅場に就いてー

此の度感動したプラチナ万年筆と理想の🖋の御話ープラチナの🖋の整理とジミントーの修羅場に就いてー

 

 

 

 

岸田総理「マイナス支持率」83%で退陣勧告!(1)「嫌いではない」は圧倒的少数派 (msn.com)

 

そんなキシダはもう広島へ帰るべきだ!

其れも貧乏人にカネをバラ撒いてから帰って呉れい。

 

自民党の山口晋・衆議院議員が20代女性と不同意“泥酔キス”トラブル 妻子ある大物世襲議員がエレベーター内で…女性の母親が目撃してショック|NEWSポストセブン (news-postseven.com)

 

あららららー!

なんだか怖ーい。

 

其の如何にも強い性欲が兎に角怖い。

さうしてジミントーの國會議員は理性の方は微塵も働かずして其の下半身ばかりがおお其の本能欲がもう何処までも何処までも嗚呼まるで「ココぞ!」とばかりに何処であらうとお構いなしにさう炸裂して行くのだ。

 

其の様や政治経済どころではない下等民の様ぞ。

 

其の様やおおまさに「精力のドレイ」ぞ。

嗚呼地獄の底から湧き上がるが如き其の精力の物凄さ!

 

御前はたった今國會議員を辞め是非クロネコヤマトか佐川急便にて働きなされ。

即ち其の精力を其の流通の世界に全てぶちまけて御仕舞い。

 

さすれば其のハードな御仕事こそが汝の其の過剰なる性欲を自然と鎮めて呉れやう。

 

はあージミントーはもはや終わりぞ。

潰れよ潰れよもう弐度と世に出て來るでないぞ。

 

 

東大生が語る「シャーペンを使うと成績が伸び悩む」根本理由 (msn.com)

???

 

さていつも申して居るやうに「筆記具」こそが「理性の友であり武器」なのです。

故に医師や教師は大抵の場合其の「筆記具」のことが大好きだ。

 

例えば養老 孟司先生などもまた動画で拝見致しましたが「万年筆」を御使いであった。

さらに先月我がかかりつけ医である中学の先輩に自分は此処愛知県でもおそらく五本の指に入る万年筆愛好家である旨を伝えたところ即診察室の机の引き出しより万年筆が入れられた箱を取り出し見せて下さりもした。ーウオーターマンの箱ー

 

なので今月の診察時には何ぞペンを持って行くつもりである。

例えば中國の🖋をあげやうかとも思うのですが先生は所謂右翼の方なのでそんな革命ペンは御嫌いなのやもしれん。

 

いやですがモノはあくまで思想とはカンケーが無い。

其の政治的思想とはカンケーが無く良し惡しが有るのが筆記具の世界なのだ。

 

革命!!

 

もう師走ですので革命どころでは無く掃除でせう?

仰る通りですがまだほとんど其れがやれて居ません。

 

まだやれんのか?

そも何時迄待ったらやれるのだ?

 

いえアナタに待って頂く必要などは無い。

要するに毎日同じことをして居るから其処へ「大掃除」を割り込むことが非常に難しい訳だ。

 

 

どだい暇が出來れば「本」を読んでみたりまた「石」を観賞したりでさうかうするうちに飯も作らねばならずさらに洗濯も布団干しもやらねばならん。

そんな中で心を👹と化しまずは筆記具の整理ダケを行って來たのだった。

 

でもって其の筆記具の整理を行ったところ實は可成に「感動」することが出來た。

 

1.コレクター氏の筆箱ー保存用のペンの箱ーの中身は流石に凄い

2.ちゃんと屋久杉軸の兜木金ペン先モデルが出て來大感動した。ー拾段階評価で価値は10ー

3.限定品は限りなく減った

4.限定品の代わりに🗾の古い萬年筆が増えた

5.古いプラチナー主に70年代物ーが澤山ありつまりは多過ぎるので東京の店に今売りに出して居るー其処には可成にレアーな御品が混じって居るー

6.古いプラチナ其れ自體に感動した

 

 

兜木銀次郎★加藤清★オリジナル高級屋久杉 限定万年筆★モリソン

 

 

6.に就いて

 

元元我はプラチナ萬年筆のコレクターである。

故にパイロットやセーラーの万年筆は持って居ても数が少ない。ーそれでもかっては弐拾本位づつ持って居たが今は拾本位づつかー

 

プラチナ萬年筆の蒐集で自慢出來るのが其れ等がネットで求めた物では無くむしろ其れ以前に名古屋市内の文房具店を回って集めたものである点である。

まさに其のことをやったのが1980年代の後半のことであった。

 

自分は其の頃塾の先生であり小中学生に御勉強を教えて居たので兎に角筆記具はむしろ仕事上の道具だったのである。

 

プラチナ萬年筆は昔も今もずっと自分に「夢」を見続けさせて呉れた。

自分に取り「夢」とは綺麗な姐ちゃんなどでは無く筆記具の良いのを手に入れることだった。

 

其の割りに当時は普通の姐ちゃんと付き合って居たがまさに其れは「若気の至り」のことでありつまりはつい下半身が反応して仕舞うから仕方が無くさうして居たのだった。

だから我が性欲其のものがジミントーの議員のやうに強い訳では無くまた諄くも無い。

 

要するに其れは容易に「🖋欲」へと転化して仕舞うものなのだった。

尚経験上其の性欲の強い頭の良い人もまた居る。

 

だがほんたうに頭の良い人は最終的に性欲よりも「理性」の方をこそ必ずや選ぶ。

まさに自分はそんなタイプであらう、其れもま、自分で言うのも何ですが。

 

 

「🖋欲」

 

實はまさに其れがしつこい欲でありある意味では食欲や性欲並みに強くあるものなのだ。

其れも「理性」がむしろ強い人に取りまさに其れが「武器=剣」ともなるものなのでほとんどソコに全精力を傾け其れを求めて行くのである。

 

また「理性」がむしろ強い人は「本」の方にも必ずや手を出すので必然的に其の本代及び筆記具代にて其の稼ぎの分はほとんど消えて行くのである。

すると生活の方が困るので例えば親と同居するなどして兎に角そんな知的な財の為に生涯の情熱をこそ傾けるのだ。

 

なのでまさに其れをして居れば「ギャンブル」や「酒や麻薬」や「水商売の👩」などに使う金はもはや何処にも無い。

故に至極健全な高等趣味としておおまさに其の筆記具趣味が成立するのである。

 

でもって其れをして居るとまさにひょんなことから「筆記具人」として世に立つ場合が何故か巡って來たりもまたする。

事實としてわたくしは主に万年筆を論ずる愛好家の壱人として掲示板の主筆を受け持って居た訳だ。

 

實は其の縁もまたヤフオクの方にて始まったのだった。

まさに其のヤフオクの方で東京のMATHUMOTO KIYOMIさんやYAMADAさんと知り合い其れ以降万年筆や藝術を論ずる場としての「図書談話室」が「万年筆談話室」の分室として出來其処にて自分の博學振りを披瀝して行く羽目となったのだった。

 

尚東京に於ける万年筆の師匠が其のYAMADAさんで神戸に於ける師匠が大阪大学の教授のWATABEさんであった。ーWATANABEさんでは無かったと思いますがすみませんがもはや忘れましたー

 

 

兎に角其の「図書談話室」にて自分は万年筆をまさに理論的に追及して行く。

其れはどうのかうのでは無く言わば「工業製品」なのであるから理論面であり理屈の面がまずは大事である。

 

でもって其れが13年に亘り続いたが最終的に古典の萬年筆と共にかってのプラチナ万年筆のことを持ち上げる形にて褒めて居た。

何故ならプラチナ万年筆こそが自分に「夢」を与え続けて呉れたからなのだ。

 

フォーリーブスと云うジャニーズのグループが「愛のてがみープラチナー♪」とか何とかTVのCMで歌って居たものだったが其の「愛」以上に自分に取りプラチナの🖋こそが「夢」其のものだった。

 

ハプニングス・フォー(The Happenings Four)/マイ・プラチナ(My Purachina) (youtube.com)

 

ー調べてみると其のマイ・プラチナの歌はザ・ハプニングス フォーが歌って居た。ー

 

 

でもって今回筆記具の整理をしてみると「失くなったプラチナ」と「あり過ぎるプラチナ」があることが分かった。

「失くなったプラチナ」は例えば蒔絵軸の良いものでそも大事なペンの筈なのに何故か何処にも無い。

 

プラチナ蒔絵万年筆 蘭との比較



まさに其の「蘭」の奴が無い。

 

 

さて「あり過ぎるプラチナ」とは兎に角ゴチャゴチャと昔集めた60~70年代物のプラチナのことだ。

だが其の多くが銀製や金張りのものでつまりは安っぽい品には非ず。

 

まさに其のゴチャゴチャと昔集めた特に70年代物のプラチナは現在余り本数は要らんのである。

が、さうして情熱を傾け若き日に集めたプラチナ万年筆は当然に思い出深い壱種の御寶なのだ。

 

でもソコにばかり浸り切らないのが自分ですのでたった今かうして其れを整理中なのだ。

其の蒐集に関し幾多の思い出話があるのですが其れに就いてはまた來年にでも語って行きたい。

 

でもって兎に角今回そんな古いプラチナ万年筆の何処に感動したのかと云うことに就き以下に述べる。

 

 

7.プラチナ「シープ」に大感動す

8.プラチナ18に大感動す

9.理想の🖋を自製す

 

其のプラチナ「シープ」は六拾年代後半の物か又は七拾年代前半の物か其れは分からない。

其れも以前はプラチナ万年筆の公式サイトにプラチナ万年筆の歴史が述べられて居たが今や其れも合理化されたやうでまるで出て來ない。

 

確か其処には貴重な戦前のプラチナ萬年筆が多く載せられて居たやうに思う。ー何度も繰り返し視たので其のことを覚えて居るー

だがメーカー側は其の辺りのことをむしろ重視し其れを情報として是非保存して置くべきなのではないか。

 

羊の皮を被った万年筆 プラチナ万年筆 シープ(旧) 18K 細字: 弘法よ、筆は選べ (seesaa.net)

 

其のシープの旧型とはこんな万年筆だ。

自分は確か高校の頃に此れもまた使って居たが結局ボロボロにして仕舞いとうの昔に無くなった物だ。

 

でもって今回其れが出て來たので最初は売らうかと思った。

だがシープはそんなに値段が付かぬ筈なのでむしろ使うことにしてみた。

 

 

では使ってみやう。

でもかれこれ半世紀振りに使うプラチナ・シープである。

 

まずはカートリッジにパイロットのブラックインクを注射器にて注入す。

でもって数分待つ。

 

…まるでインクは出ぬ。

今度はカチャカチャとカートリッジを振りさらに数分待つ。

 

…まるでインクは出ぬ。

うーん、こりゃ厄介だわい。

 

こりゃもうダメかもな…。

だが自分の本心はまた違うところに有る。

 

何故なら自分はそんな厄介此の上無いプラチナ万年筆のコアな愛好家なのだから。

いや、コレは、むしろイケるぞ。

 

むしろコレなどはもうサイコーの筆だらう。

でもって徐にインク瓶の中へペン先を浸す。

 

ほれ見よ、もう直った。

 

 

實際に其れ以降は快適に書き続けられて居るのだ。

では其れでもって書いてみやう。

 

うわっ、また繊細な書き心地だ!

 

其の小振りの18金ペン先は「細軟」である。

そんな「細軟」の金ペン先はプラチナ万年筆での嚆矢としての品となる。

 

其の書き心地はまさに夢の如しだ。

 

尚プラチナ万年筆はかって誤解され易い品が多かった。

例えば此の種の万年筆のプラ製ペン芯の出來が惡くインクの出に難のあるものが確かにあったのだった。

 

また此のプラチナ・シープも最初はまるでインクが出なかった訳である。

言わば癖の強い万年筆がかってのプラチナには多かったのだ。

 

だが此の万年筆に頬っぺたを殴られたやうな感じが今はして居る。

そんな如何にも繊細で且つ日本の文字が美しく表記し得る金ペン先である。

 

さうプラチナの万年筆はどちらかと言えば「美しく日本語を書く」が為の🖋なのだ。

對してセーラー万年筆などは其れとは正反對の性格でありつまりは「樂に日本語を書く」が為の🖋である。

 

 

ではどちらが🗾の筆記大衆に向いて居るかと言えばおそらく其れはセーラー万年筆の方である。

つまりはセーラー万年筆は最初からインクがドバドバと出易いと來てる。

 

だが我に限りそんな分かり易い🖋は合わないのである。

我はむしろそんな気難しくも超個性的なプラチナの万年筆の方がどうしても合う。

 

變な人…。

いやだから變な人と變な🖋との相性はむしろ抜群だらう?

 

…確かに其れは。

 

要するにプラチナの万年筆は壱種気難しく当たり外れなどもまた激しくあったのだらう。

其れも特に古いプラチナ万年筆の場合は。

 

 

ちなみに今回使い始めたプラチナ・シープの軸色は赤茶である。

さらに首軸の色合いは何と赤だ。

 

また其の程度はほとんど未使用品である。

 

さて今回此のプラチナ・シープより感じたことが「物は古びることが無い」とのことである。

無論のことあえて使わなければ物は半世紀さらに壱世紀と持つ。

 

また使ったにせよ其れが良い使い方なのであれば半世紀さらに壱世紀と持つ場合がまたある。

但し其れも「ロー・テクノロジー」での品に限られる。

 

つまり最新のテクノロジーが生み出す品はむしろ其の寿命が短くなる訳だ。

でもってPCなんぞも別に壊れては居らずとも五年位使えばまた買い替えねばならん羽目となる。

 

故に自分に取り最新のテクノロジーからの品とは「物」では無く只の技術的な流行のやうなものなのだ。

だが🖋でもまた腕時計でもさらにアナログのカメラなどでも半世紀さらに壱世紀と持つ場合がむしろ多くある。

 

其処からしても最新のテクノロジーからの品はまずもって「信用がならん」ことが多い。

また自転車でも中國の安自転車は案外造りが良くもう参年は乗ったがたった今絶好調である。

 

「ロー・テクノロジー

まずは其れこそが価値としての「持続可能性」を高める働きをするのではないか。

 

 

でもって万年筆の世界とは結果まさに其の「ロー・テクノロジー」の世界の物なのだ。

尚「ロー・テクノロジー」の品の方が人間の感性、人間の實感の部分に寄り添う物であらうこともまた確かなことだ。

 

例えば書籍は半世紀さらに壱世紀と持つことが多い。

だが電子書籍の場合はPCを止めればもはや読むことが出來ぬ。

 

そんな「ロー・テクノロジー」はまさに「職人技」などにも通じて居たりするものだらう。

 

機械式の腕時計とはまさにそんな職人技が生み出す物である。

またプラチナ・シープにも軸の革巻きの部分や金ペン先の鍛金の部分に職人技が入って居る可能性がまたある。

 

しかしながら現行の🖋には其の「職人技」が入る余地がおそらくは少ないことだらう。

尤も高額品の世界では其の限りでは無いのだが。

 

さてそんな訳で今年はむしろ筆記具にて明け筆記具にて暮れるが如く年となった。

 

 

9.理想の🖋を自製す

 

さて8.の方を話す時間が無くなって仕舞ったので引き続き9.のことを述べます。

 

此の「理想の🖋」を得ることこそが🖋蒐集に於いて最も難しいこととなる。

何故なら其の「理想」とはあくまで「己に取っての理想」だからなのだ。

 

即ち其れは「世間の評価」とはまた違うものなのだ。

故に🖋蒐集も結局はあくまで自分でもって歩む道となり故に大金さえあれば何でも買え其れが完遂される訳でも無いのである。

 

でもって此の際ズバリ言います。

自分は今年「己に取っての理想の🖋」をしかと得ました。

 

10.購入した理想の萬年筆

11.自製した理想の改造万年筆

 

10.の方は11月にようやく得ました。

11.の方はつい壱週間程前に出來ました。

 

当然ながら此れ等に就き語ると作文壱回分となるが故にまさかココからは語り切れません。

 

其れでもってごく大雑把に其れ等の御品のことを述べて置きます。

 

10.とはヤフオクにて東京より引っ張って來たおそらくは昭和廿~参拾年代位に作られただらうまさに化け物みたいな御品である。

要するに軸が太く金ペン先がデカい萬年筆である。

 

11.とは以前自製した改造🖋の軸にプラチナ#3776の14金ペン先+首軸を取り付けたものです。

其れも何でプラチナ#3776の14金ペン先を付けて居らなんだのかまるでもって分からずまさにピッタリなのですが其れは要するに此の世の事象は理詰めでは解明出來ぬと云うことをこそ示して居るのではなからうか。

 

そんな訳で實際今何やらホクホクして居るのですが相變わらずストーヴはありませんのです。

要するに其れを母用に取られたので新たに買いませんと永遠にストーヴは我が部屋にありません。

 

ですが今日程暖かいとまた理想の🖋弐本にかうして囲まれて居ると兎に角もうホクホクとしてストーヴは事實上要らんのです。

でもって來週は極めて忙しいのでこちらへは出て來ない予定です。

 

其れもストーヴは買わないかんわ、医者へ行くわ、掃除はしたいわで兎に角趣味をやる余裕の無い週となりさうだ。

ですがまた次の週には勿論出て参ります。

 

 

文明に取りまた自分の趣味に取り狂おしい程の此の壱年がやがて終わるのです。

其処にて文明はより惡くなるやうですが何故か僕の🖋趣味は充實の度を飛躍的に高めて行く。

 

きっと僕の場合は日頃の行いが良いのでせう、其れ即ち酒色を断ちまた金にも無頓着で最終的には万年筆と石のみを増やして行く。

逆にジミントーはカネに執着し👩が極めて好きでさらに國會で寝て居るからこそこんな修羅場になるのですよ、其れもこんな師走にね。