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第6回ミネラルフェスタinナゴヤ奮闘記

第6回ミネラルフェスタinナゴヤ奮闘記

 

 

 

幸いなことに本日12月25日は朝より晴れ間が広がり🚲にて移動するのが苦になる程の寒さでもなかった。

でもって14時頃には現地第6回ミネラルフェスタ in 名古屋 | 名古屋国際会議場 (nagoya-congress-center.jp)へ到着した。

 

ちなみに其のミネラルフェスタの方では余り石を買って居ない。

 

1.高額な標本が多いこと

2.ルース(磨いた石)が多いこと

3.石の蒐集家による出品が少ないこと

 

以上の理由から個人的にはどちらかと言えば高額な鉱物標本の観賞の方を主な目的として此処を訪れて居る。

 

4.250萬円のオパールの原石標本ー但し磨いてあるー

5.100萬円のロードクロサイトの単結晶標本

6.他5~10萬円程もするトルマリン原石のかけら等

 

などを主に観賞して来た。

特にオパールは弐店専門店が出て居り其処にてなかなか良いものが見られた。

 

また千円の屑オパールエチオピアオパールーなども売られて居たがヤフオクにて弐千円迄で入手出来る原石の方が少し質が良い為其れは購入せず。

また他の店でルース(磨いた石)としてのオパールが壱つ弐千五百円にて多数出て居たが此の辺りは模造品である可能性もまたあり危ういのでまた手は出さず。

 

 

石は左様に難しい部分もまたあるのだ。

万年筆に模造品などはほぼ無いのだが石は兎に角骨董品などと同じで其の眞贋を見極めるのが難しい。

 

が、石には元元個性があり言わばオンリーワンでの価値を有するのでそんな屑石であれ価値が無いと云うことには決してならない。

だが其のオンリーワンでの価値以上に大抵の場合「グレード」の差にて其の価値は決まって仕舞う。

 

故に250萬円だの100萬円だのの石は其処にあるだけでもうどう見ても壱級品である。

であるから其れはさうして眺めて樂しむ為の石なのである。

 

無論のこと金持ちならば其れ等を悉く蒐集して行くと云う手などもまたあらう。

だけれども我が石趣味はまたさう云うのとも違い只単にいつも手元に石を置いて置きたいのである。

 

石の蒐集はさうして「金をかけずとも出来る趣味」である。

極論を言えば其の種の鉱物フェアの石は只見て来るだけにして置き其の代わりに自分で拾った石を後生大事にして居たりすることなどもまた可能である。

 

 

どだい此処日本列島は各地に色んな石が出るので其れを拾って来たりすることは基本的に可能である。

だが其の採集も結構面倒臭いので最終的には現金での採集の方に流れて仕舞う場合が實は多い。ーまた多くの鉱物産地が採集禁止ともなりつつあるー

 

ちなみに自分の場合は其の自己採集と現金採集が半半だったがすでに🚙を手放して仕舞ったこともあり近くの山での石英の採集以外はやれなくなって仕舞った。

尚中には道端の石を拾い其れを寶物と見做して居るスゴイ愛好家の方なども居られるさうだ。

 

そんな腐ったやうなつまりは不細工な石を御寶のやうに思える其の心こそがほとんど宗教的な次元での感性であらう。

つまりは非常に石趣味の度が深いと言い得るのではなからうか。

 

だが普通は誰しも値段の高い石の方を御寶だとさう思う筈だ。

我は意外と其の石に於ける価値ヒエラルキーには弱く要するに値段の高い石にはコロリと惹き付けられて仕舞うのであるが、されどあくまで精神的には屈折して居るつまりは単純では無いのでそんな値段の高い石ばかりを崇めて居るのでは無く「自己本位」としての石の価値をむしろ築き上げやうとさう日頃から画策しておる。

 

要するに反骨精神のやうなものがあるのでそんな価値ヒエラルキーばかりには騙されないぞとさう石の世界に於いてもまた闘って居るのである。

結局のところ其れはそんな価値ヒエラルキーに負けさうな己が心と闘って居るのだと言っても良い。

 

 

7.外國人が売って居た五百円のペリドット橄欖石

 

をつい買おうかと思ったのだがもう少し立派なのがヤフオクにも出て居そうだったので結局買わず。

さうかうするうちにまた翡翠のブースへと惹き付けられて行く。

 

其処で、

 

8.五萬円の糸魚川翡翠原石

 

が目に留まった。

 

其れも今や高くは無い石である。

石が大きく、形が兎に角整い美しい。ー200グラム位はありさうだー

 

翡翠原石はさうして多面體をして居て要するに平面がくっきりと重なり合う石こそが理想なのだがまさにそんな石である。

だけれども今五萬はとても出せない。

 

何故ならPCをローンにて買っちゃったので。

 

尤も其の石はおそらく透明度の方は大したことはなからう。

透明度の方は今年の夏に吹上の鉱物ショーにて京都のおっさんー工芸家の先生ーから買った金山谷産の石の方がずっと上であらう。

 

だけれども其の翡翠原石は全體的に緑色で要するに色合いの方が良かったのである。

其の全體的に緑色でもおそらくは透明度の方に欠けるので五萬円止まりなのであらう。

 

全體的に緑色でしかも透明度の方もあれば五拾萬円であり百萬円もする御品となる。

なんだけれども色の綺麗な翡翠の方が個人的には好きだな。

 

其れももしや交渉すれば四萬まで値が下がったのかもしれないな。

まあこんな金食い虫のPCだけが悪い訳で他には誰も悪い人は居ませんのです。

 

 

さて其の魅力的な翡翠原石を出されて居たのが地元名古屋の翡翠愛好家の方である。

まさに其れがこちらで「春翠」さんである。名古屋ミネラルフェアでの春翠のブース

 

以前からこちらをたまに覗くことなどもまたあったが名古屋の方だとは此れ迄まるで知らなかった。

此の方は然し翡翠に對する根性が並みの方では無いやうだ。ようこそ春翠のホームページへ | 春翠 (shunsui-hisui.com)

 

尚わたくしもまた翡翠への偏執度が並みでは無いと思われるのだがまあかうして實は大したことは無い。

要するに別に翡翠が無いと死んじゃうと云う程でも無い。

 

でも翡翠が無いと狂っちゃう可能性だけはある。

嗚呼、翡翠、其の多面體でもって緑色の糸魚川翡翠…。

 

其れと此の方はあくまで「翡翠の加工」が趣味だとさう書かれて居り事實「春翠」さんのブースには澤山の翡翠の勾玉が置かれて居たのであった。

勾玉もまた嫌いでは無いのだがあくまで「加工品」となるのであくまで我の場合には「原石」への固執度の方がより高くあるのである。

 

其れに勾玉は何やら胎児の初期段階のやうに見える。

自分は所謂人間嫌いなので「原石其のもの」への拘りの方が兎に角強くある。

 

其の勾玉も少し眺めて居たが結構高く少し良いと思うと5~6萬円程もして居たやうに思う。

尚今回は「エメラルド」の良い標本などは何処にも見当たらなかった。

 

 

さて我が目の前には夏に吹上の鉱物ショーにて購入したブラジル産のエメラルドのデカい標本がしかと置いてある。

また其れの結晶部にライトを当てると頗る綺麗である。

 

石は其のやうに何故か綺麗な物である。

其れもこんな寒い夜にストーヴにて暖まりつつエメラルドの結晶に光を当てつつ愉しんで居ること自體が奇跡的に幸福なことなのではないか。

 

まあ石はまた左様に幾らでも何処からか出て来る。

だから石を買わないこともまた壱つの理性的限定なのだ。

 

逆に言えば持ってる石を忘れて仕舞ったりもまたするものなのだ。

また持ってる萬年筆をつい忘れて仕舞って居てつい先日とんでも無い御品が出て来たばかりなのだ。

 

まあだが其の多面體のくっきりと出た美しい翡翠原石には實際参ったな。

其れも閉店まで粘って参萬でどうですかと是非さう言わねばならなかった。

 

ところでクリスマスはどうなったのですか?

其の苦悩のクリスマスどころの話か!

 

其れに食い物なんぞはお茶漬けで良くもう石だ、石。

石はかうして常に物欲に負けた人人の眞の味方なのです。