目覚めよ!

文明批判と心の探求と

カール・マルクスの思想を読み解くー壱 今日本には何故マルクス主義への理解が必要なのか?-

中日・木下雄介投手がワクチン接種後に「重篤」危機 専門家は「接種を忌避しないで」と訴え | デイリー新潮

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さて皆様は此の話の流れから果たして何を思われることだらうか。

私はズバリ此れは「ワクチン死」なのだとさう思います。

 

其のワクチン接種に関しては元よりネット上で賛否両論が渦巻いて居ます。

 

ですが私は以下のやうに考える。

1.元々免疫機能が低下して居る八拾歳以上の高齢者はコロナ感染予防の為にワクチンを打つメリットがある。

2.免疫機能が万全に近い若年層、青年層にはむしろ免疫機能に未知の害を齎す可能性の高いワクチン接種は控えるべき。

3.六拾代は本来其れを打っても良い年齢であらうが私はどちらかと言えば過敏体質ー但しアレルギー体質には非ずーなのでとりあえずは控えて置くこととした。

4.おそらく人により打たぬ方が良い場合も多々あることかと思われる。

 

コロナに罹る前からワクチン接種死して居たのではまさしく意味がありません。

それにワクチンはおそらく万能では無い。

 

何故なら此の文明其れ自体が信ずるに値せぬものなのだから。

此の文明はさうして無理を押し通し何でも破壊して仕舞うまるで👿のやうなところのある文明です。

 

果たして其処にほんたうの意味での理性が機能して居るのでせうか?

機能して居ないと云うところこそがまさにほんたうのところなのではなからうか。

 

 

さて私は此のバカバカしい文明に就き相変らず考えて来て居ります。

エッ?だってもう無視すると決めたのでせう?

 

さう決めては居ますがまだまだ理性を信じては居ますので其処で全部がダメだと云う悲観に陥った訳では無い。

で、昨日よりかのマルクス主義のことを御勉強し始めました。

 

マルクス主義は昔ー學生時代にー壱度はかぶれて居ますが其れ以降はむしろ遠ざかって居た思想的展開です。

また私は四拾位の頃から保守の立場を標榜しむしろ左翼思想の矛盾点を批判し尤も彼等を毛嫌いして居た訳では無いが決して好きでは無いと云う立場を貫いて来ました。

 

其処は丁度思想家の西部 邁先生や京大の佐伯 啓思先生の如くに左翼かぶれ→左翼が分かった保守派、としての道を歩んで参ったのだと思います。

ですが私は露西亜文學にお詳しい五木 寛之先生や共産主義者と目される倉本 聰先生を以前から尊敬させて頂いて来ても居る。

 

要するに双方の良さを知りまた双方の誤り、カン違いの部分もまた見えて来るやうな御勉強だけはして参りましたつもりです。

其れが逆に今はバリバリの左の方へと歩み寄って居るやうな気が致します。

 

左と言えば私の母方の祖父は其の左で其れは何故かと申しますと大企業の工場の職長ー日本車輛のーだった人でしたのでバリバリに思考が労働者寄りである訳です。

私が學生の頃其の祖父に共産党系の新聞か何かに記事を書くので其れを清書して呉れと言われたので勝手に其れを改変しじぶんの意見まで入れて書きましたので其の時祖父はおそらく内心怒って居たのだと思います。

 

でも私は何せかうしてストレートな人間ですので兎に角さうしてじぶんを押し通して仕舞うのでした。

 

病院に居た祖父が危篤となり其処へ出向いた私は「仕事が樂しいか?」と聞かれたが正直に「イヤで仕方がありません。」とさう答え其れが祖父との最後の会話となったものだった。

 

当時は塾の講師を辞め實社會へと出て行った丁度其の折でしたが結局私には其の實社會よりも教育だの御勉強の世界の方がずっと向いて居たのでした。

其れも今思えば確かにさうです。

 

其の共産党であるのは祖父の居た🏥の方で、祖父自身は社會党支持者であり在野の佛教研究者なのでもまたあった。

 

其の祖父は大學へは行って居ませんでしたが明らかにインテリジェンスの持ち主だった。

其の祖父のインテリジェンスの継承者はまさに此の私だとずっと信じ切り私は生きて来たのです。

 

 

かうして世の中には大學へは行かずとも知性的な人が居るものですしたとえ大學を出て居てもコイツはアホか?と思うやうな人もまた一定数は居るものです。

尚私が左翼思想に懐疑的だったのは、

 

1.唯物史観に事實上での限界が感ぜられたこと

2.平等、平等と叫び障碍者や女性を持ち上げ過ぎること

3.日本國には革命思想は不向きであること

 

などからさう判断されるものでした。

 

特に近代的権利の所有者としての障碍者の持ち上げ方は凄まじく、其の事を身を持って知ったのは私が其の障碍者を主に入院させる病院に八年に亘り勤めて居たからです。

ですが最後の年に私はとある部署の責任者であるのに壱人の障碍者から罵倒されても居ます。

 

其の障碍者が多数殺害される事件がかってあり、また今回は「幸せさうな」女性を殺そうとする事件が列車内で起きて居る訳です。

勿論其れを擁護するつもりは毛頭ないが左の思想若しくは近代的人権思想が彼等ー社會的弱者ーを崇拝し始めて居ることもまた確かなことです。

 

此れもまた秩序維持の観点からすればやり過ぎと云うこととならうかと思う。

障碍者であれば無理難題を押し通せる筈も無くまた健常者であれば絶対に彼等を優先して扱わねばならぬ理由も無い。

 

ところが現實には障碍者や女性がむしろ健常者や男性よりも偉いとされる場合が屡見受けられるのです。

 

ですが其処で被害を被るのはむしろ健常者であり昔は威張って居られた🚹の側です。

だから其の男性としての鬱屈が爆発しさうして事件が起こるのは必然としてのなりゆきです。

 

 

いずれにせよ左翼思想を基に据え未来の体制を築いて行くにせよ其の「やり過ぎの人権保護」の面には是非修正を加えて行く必要があらうかと思う。

 

さて私が今マルクス主義を指向し且つ其れを大きく評価し始めたのは他でも無い此の世の中での現實の姿が余りにも酷い状態へと陥って居るからです。

其れはコロナ感染によりまさにとどめをさされて居るかのやうですが實は其ればかりでは無く様々な要因が複合的に絡み合いさうなって居るものでせう。

 

さうして其のバランスの悪さや其れにより齎される破壊、まさに庶民にとっての苦しみや不安、インテリジェンスにとっての悲観や絶望の様を生んで居るのは誰あらう、結局其れは「資本の論理」なのだ。

 

 

1.「資本の論理」により今日本社會は破壊されつつある

2.文明にとり大問題である環境問題を引き起こして居るのも其の「資本の論理」によるものだ

3.所謂「格差」や日本社會の未来の不安を生むものもまた其の「資本の論理」である

 

特に資本主義経済はグローバル化しー具象的拡張ーさらに金融化してー抽象的拡張ーつまりは際限無き拡張を推し進めるに至って居る。

其処で行われる止めど無き経済的競争、飽くなき技術開発の波の中に果たして我我が心より望むものがあるのだらうか。

 

いやむしろ要らぬものばかりなのではなからうか。

 

もはや全部が要らんので、逃げます。

逃げて自転車に乗ります。

 

うわあー、此のクソ暑いのに死んじゃうぞ。

實際死にさうです。

 

だから自転車で移動するのは朝か夕方に限る。

其れでも死ぬ程暑い訳だ。

 

だが少なくとも革命を目指すのであれば、其のマルクスの考えを奉じ理性的闘争へと身を投じるのであれば此の位の暑さなど屁でもありません。

 

 

事實として●糞いやマルクスは死ぬ程貧乏でした。

其れも飯が食えるか食えぬかギリギリのところだったのです。

 

マルクスはそんな超貧乏な家庭を抱えつつも図書館へ出向き御勉強ばかりをして居ます。

全く何をして居るものなのやら。

 

彼はさうして資本主義をやっつける為の口実を探し続けて居た。

彼にとり資本主義だけはどうしてもやっつけねばならぬものだった。

 

何故ならじぶんもさうして兎に角金が無かったからなのだ。

 

さうして四十過ぎてからようやく「資本論」と云う本を出版した。

 

 

資本論#『資本論』の大要

 

資本主義はかうして我我の生活を豊かにした。

おまけに此処日本は戦後ずっと平和でした。

 

ですが其の「豊かで平和」であることに胡坐をかくこと即ち平和ボケすることで果たして我我のとっての眞の幸福が訪れるのだらうか?

確かに我我は豊かさと平和を其の國家の繁栄と安全、安心である様を享受し続けて来た。

 

だが其れは所詮「壊れる」平和であり且つ豊かさだったのではないか。

事實として今我我は其れを失う一歩手前に至って居るのではないか。

 

では壱體誰がそんな収奪と搾取を繰り返して来たのだ?

言うまでも無く其れは資本家の論理即ち「資本の論理」が其れをこそ為し遂げて来たのだ。

 

 

人類にとっての豊かさ⇔自然にとっての破壊

 

結局其のやうにしかならぬものなのだ。

だが眞の問題は自然破壊のみに存するのでは無い。

 

眞の問題は其の「資本の論理」が我我人間の心を破壊して行く面にこそある。

 

事實として特に今世紀以降は、

 

1.長時間労働による過労死

2.所謂ブラック企業の増加

3.派遣社員の増加による低収入化

4.終身雇用制の崩壊

 

と云った労働関係に於ける大問題が際立って来て居る。

其れは資本主義がより抽象的に合理化された為と考えられる。

 

 

合理化、効率化と云うことは元々人間を生身の者として扱わず逆に物のやうに扱うことであり最終的には其処で利益を最大限に確保すると云うことでしか無い。

其れとは対極の考え方が日本型企業経営であり終身雇用制であった訳だ。

 

終身雇用制とは謂わば幕藩体制の続きをやったものだった筈。

其の藩なり會社なりの中で身を粉にして働けば死ぬまで面倒を見ますよ、と云うまさに👪主義のやり方である。

 

終身雇用制はさうして藩なり會社なりに父ちゃんを縛り付けた訳だが其の分温情に篤く其れこそ死ぬるまで面倒を見て貰えた訳だった。

逆に言えば👩や子供も其の安定度の高い暮らしの元でまさにのびのびと暮らして居られた訳である。

 

さうして父ちゃんが長時間會社にこきつかわれ母ちゃんはさうして毎日毎日掃除洗濯針仕事をこなす。

そんなものは自由でも人間性の解放でも無いだらう?

 

さうですよ、だから封建体制では眞の意味での自由もまた人間性の解放も達せられぬ。

でも少なくとも今より社會は安定して居たことだらう。

 

 

ところが例の小泉の馬鹿がまた其れ以前からも新自由主義イデオロギーに汚染されし米國の言うことをヘエヘエと聞いてスッカリ日本の社會を弱肉強食の世界へと引き摺り込んで仕舞った訳だ。

 

どんぶりー。

イキナリ何だ、其れは?

 

いや我が國もまた地に落ちたものだなあとさう思いましたのですが…。

 

いや確かにさうだ。

今我が國で最も強い思想となって居るものこそがまさに其の「資本の論理」なのだ。

 

ところで「資本の論理」は所謂「体制の論理」と同じものであることを果たして君は知って居るだらうか?

「体制の論理」即ち軍國主義の論理と其れはまるで変わらぬものなのだ。

 

たとえば、

 

「御國の為には死をも厭うな」

 

とのことだったが實は其れ、

「會社の為には残業もまた転勤も厭うな」

 

とまるで同じ論理なのである。

要するに組織的に邁進する価値に対しては個は死のうが気が狂おうがまるで構わぬと云う論理なのだ。

 

 

きゃああー、今でも結局日本國は其の軍國主義民族だったのですね?

さうだよ、其の「たとえ死んでも組織に従え」と云う部分こそがまさにさうなのだ。

 

でもアンタみたく其処から逃げたらうとすると必ずや●糞いやマルクス並に貧乏人となるのですね。

 

最終的には其れは、

 

「國の為には派遣社員にも甘んじてなれ」

との恐ろしい圧力となりまたそのうちに年金の額も減らして良い。

六拾歳以上から老害税と云うものを取ろう。

 

などとエスカレートして行き仕舞いには、

 

「おまえ達はたとえ死んでも國家の為に金を残せ」

おまえがもしも死んだら腎臓でも心臓でも全部國家が売り飛ばしてやる。

 

すると必ずや其れがエエ金にならう。

さうして其れが全て國の金となるのだ。

 

 

しかも日本人は結局其の組織の決定には従う。

組織としての価値に重きを置く限りさうならざるを得ぬ。

 

たとえ派遣社員化するにせよ。

またウーバーの配達員となるにせよ。

また死して猶體を切り刻まれ臓器を売り飛ばされるにせよ。

 

でもそんなんじゃ人間では無いのではありませんか?

人間の尊厳だとか権利だとかさうしたものは壱體何処へ行ったのですか?

 

だからそんなものは改憲するか又は新憲法へと移行すればまたどうにでもなる。

 

でも此処日本がまさかそんなナチスのやうな國家であらう筈が無い。

だから逆にアンタの言うてることこそがオカシイ。

ヤッパリ信長詩人は頭がおかしかった。

 

 

へへへへへ、さうかな?

果たして其れで良かったのかな?

 

何故ならマルクスはな、どう見ても彼は天才だ。

其の天才が言って居ることは眞實だ、しかも完璧の論理だ、まさに理性の権化だ!

 

只おまえらが其れを理解出来なかっただけだ。

 

マルクスは自分がやりたいこととは闘争であり服従では無いと語ったさうだ。

 

其の服従は理性が最も嫌うところでのものだ。

また彼はワインを愛し其れをコレクションしていたやうでもある。

 

其れも超貧乏な癖につまりはさうして理想に生きて居たのである。