目覚めよ!

文明批判と心の探求と

世間とはまるで無関係な夏の食の追求の話

さてかうして日頃忙しい中でも人間であれば誰しも食に於ける追求は止められ無い訳です。

尤も食に於ける過分な快樂の追求は本質的に神をも畏れぬ行為なのでありまた謗法ですらあることでせう。

 

よって神父様やまた僧侶の方々などは其の余分な意味での食に於ける追求を良しとせず其れどころかむしろ食を限定して行く方向でこそ生きて居られる筈です。

どだい佛教徒は夜に大食いなどを絶対にすべきでは無い。

 

かって沙門は日に壱度か弐度其れも日が暮れる前までに食事を摂ることが常でありしかも其れは布施された食事でもあった訳だ。

要するに今から見れば考えられぬ程に質素でかつ貧しい食生活だった訳だ。

 

ですが今や御坊様や神父様方でも思いっきり飯を食うことさえもがあることでせう。

第壱此の資本主義の世の中が食欲を否定出来ぬ社會にして仕舞って居ります。

 

 

しかしながら其のやうな野放図な飯の食い方はおそらくは神に背く行為であり謗法である可能性が高い。

でも現代人の行いを逐一眞理と照らし合わせ其れこそ潔癖にアレはイカン、コレはイカンとして仕舞いますと實は時代とのバランスが取れなくなりかねない。

 

飯を食うことよりは飯を食わぬことの方が明らかに聖なる世界には近づくことでせうが其れでは如何にも腹が減りませう。

其れは何でかと申しますと現代社會がそも巨大なエネルギー消費を我我に対し強いて来て居るからだ。

 

左様に現代社會とは弐百年、百年前の百倍、拾倍程ものエネルギー消費を強いる時代なのだからこそ。

だから逆に申せば食わないととても體が持ちません。

 

 

いや其れも山奥や無人島でもって脱俗した暮らしなどもしもするのでしたら消費カロリーを抑えることが出来るのでせうが特に都會に住んで居る場合には其れではまるで生きては行けません。

要するに都會とはさうした余分な物凄くデカいカロリー、何だか分からぬやうな非理性的巨大価値を消費するところなのだらう。

 

まあ其れは最終的には理性的選択では無い=馬鹿者としての人間の行動となる訳でだから現代人と云うか現代社會はまさに其の眞理に背く形で現實を推進させて行くこととなる。

だから其れが問題なのでまずは世間の常識なるものを遮断し自らにとっての眞理への契機となるものだけを守りませう。

 

 

じゃあ盆に皆で集まり美味い物をたらふく食い其れにビールを飲みどんちゃん騒ぎをやることは佛に背く行為なのか?

当たり前でせう、そんなことは。

だから我が家はもう盆に皆で集まり美味い物を食いビールを飲むなんてことはとっくの昔に止めました。

 

盆には今や御坊様が弐名来られるだけで其れがまさに浄土眞宗曹洞宗の御住職なのです。

おおっ、愈佛教の話に戻るのですね?

いやまるで戻りません。

 

あくまで今日は食い物の話のみです。

 

 

其の佛教の考え方の根底には諸の欲望を「抑制」し最終的には「消去」すると云う放棄の思想があります。

また其れは余分なことはせず社會とは距離を取りまさに意識を高く保ちつつ生きると云う老荘での脱俗思想にも何処かで通じるものです。

 

だがさうして放棄し脱俗するのであれば其処ではまさに「霞」を食って生きろとでも言うのか?

だから其れは時代が許さないと言ったでせう。

 

なら何を食うのだ?

まあ食うものは食いますが私はなるべく「小さく」食うことにして居ます。

 

ですが食うのが何よりの樂しみですので多くの人は多分食わない菓子なども好んで食う。

 

おまえ其の食い方は明らかに眞理に背く食い方だぞ。

でも私はね、こんな文人さんですのでおまえらよりは頭を使うのだ、頭を!

 

で、頭の働きには甘いものが實は壱番効きます。

ですので漱石も龍之介もまた室生犀星も皆甘党だったのです。

 

但し私は甘いのだけでは満足せず草加せんべいだのまたカレーせんべいだのと何でも食っちまいます。

 

こんなクソ暑い夏に菓子を食う話などするな如何にも暑苦しいわ。

 

 

ビールは何処だ、其の冷えたビールは?

金輪際酒は飲みません。

 

代わりに冷えた伊賀の天然水檸檬味を沢山飲みます。

其れは小泉の息子が宣伝して居るものか?

 

其の通りで最近は其れをアマゾンにて買って居りますが何せ重いものなので店で買って来るより遥かに樂です。

其の伊賀の天然水檸檬味を凍らせてみたところ爆発せずちゃんと凍り其れをまた少し解凍してみたところむしろ無茶苦茶に美味いではありませんか。

 

もしやおまえは今年の夏其の冷凍のことばかりをやって居ったのか。

 

確かに其の冷凍のことばかりをやって居りました。

オリムピックだのコロナ感染爆発だとかとは無関係に只只色んなものを凍らせ其れを食って居ったのです。

 

で、結論から申せば其の冷凍技こそが大成功でした。

従ってアイスクリームやアイスバーを買う必要が無くなり買って来るのは百%ジュースのスジャータ雪印の珈琲牛乳のみです。

 

 

雪印の珈琲牛乳?

其れも凍らせたのか?

 

より正確には雪印の珈琲牛乳とブラックの珈琲ーマキシムかゴールドブレンドーを六対四、若しくは七対参程の比率にて混ぜまさに其れを凍らせるのだ。

其の容器だが当初はガストのサラダの容器を使って居たのだったが結局🍚ードンブリーが壱番であることが分かり毎日其れでもって珈琲氷を作るのだ。

 

但しブラックの珈琲ーマキシムかエクセラーのみのブラック氷を作ることもまた屡ある。

其れに糖尿病の母が愛飲する羅漢果と云うものを混ぜる。羅漢果とは|カロリー0の自然派甘味料『ラカントS』 公式サイト

羅漢果(ラカンカ)の魅力

 

ところがまたコレが最高に美味くなるのである。

私は最初まさか!とさう叫んで仕舞ったものだった。

 

どちらかと言えば珈琲に黑糖を混ぜた方向性での味なのだが兎に角コクがあり甘くて美味いのである。

が、そればかりか珈琲牛乳を其の侭凍らせる方向性での氷もまたとんでもなく美味いのである。

 

 

さうか、では紅茶の方は?

いや其れがまだソコまでは開発出来ては居らぬのだ。

 

兎に角家の大掃除の方で毎日キリキリ舞いなので紅茶の方まで手が回らなんだのだ。

が、紅茶はな、ローソンで売って居るアールグレイこそが異常に美味い。

 

此のアールグレイをたまたまローソンで求め飲んでみたところまさしく其れが紅茶の味なのでビックリして仕舞ったものだった。ー伊藤園アールグレイ

なる程、すると其の辺りから攻めて行きたとえばスジャータ入りのアールグレイとか檸檬入りのアールグレイとかをやってみると最高の傑作となるのかもしれないね。

 

いや無論のことさうなるであらう。

だが氷は凍らせる時間がなかなかに難しいのだ。

 

凍らせ過ぎるとカチカチの氷となりスプーンやフォークで崩せなくなるのでかき氷にはならない。

さうか、何でも加減が難しいと云うことなのだな。

 

 

で、其の氷を食うのが「小さく」食って居ることなのか?

まさに其の通り。

何故ならスジャータのジュースにせよ雪印の珈琲牛乳にせよまたペットボトル入りのブラック珈琲にせよコンビニの氷菓よりも安いからである。

 

其れもガリガリ君よりも安いのだよ、其の「大人のガリガリ君」よりも。

おまけに量は其のガリガリ君の拾倍程にもなる訳だ。

 

だからガリガリ君は壱度ちょろりと食うだけで終わるのだが僕の氷菓は壱パックあたり参日は持つのである。

ガリガリ君は「限定復刻イチゴ味」が特に美味かったのだが其れもコンビニからすぐに無くなって仕舞った。

 

いずれにせよ眞の意味での安くて美味い氷菓を作って居るのはメーカーでは無くまさに今の我なのだ。

かうしてたとえ「小さく」食っても美味いもの、食った時の満足感を得て行くやうな方向性が此の世にはしかとある。

 

 

只其れを発見することが様々な理由から難しいのであらう。

同様にどんな分野であれさうした意味での庶民の喜び、生きる上での愉しみと云うものはまさに金をかけずとも可能なのだと思われる。

 

さて丁度壱ヵ月程前にイオンにてドラゴンフルーツなる南洋の果物を買い初めて食してみたが其れが悪くは無い淡い味をして居た。

 

其の味はスイカやキュウイの甘く無い奴のやうな感じで少なくとも夏向きの味ではある。

但し上には完熟したドラゴンフルーツを食うのなら國産をと云うやうなことが書いてあるがおそらく其れはまた高くなるのであらう。

 

さう國産の品は壱番良いのではあるがかってとは違い我が國では庶民には金が回らぬやうな経済体制を築き上げて来て仕舞ったので他ならぬ日本人が其れを買う気分にはとてもなれぬ訳だ。

そんな社會にしたのは誰あらう、自民党の歴代総理の方々である。

 

で、今関東圏では特に感染が爆発して居る訳ですが其処から遠く離れた私に言えることとは文明社會からは少し距離を置く位で丁度良いのではないかと云うことである。

つまり此れ迄通りに文明生活を享受する、其れも東京の如くに第壱級の文明生活を続けるとなると如何にも危ないやうにも思われる訳だ。

 

ですが我のやうに適当に自然と戯れ基本的には人嫌いであれば元々街中へ出向き皆でビールを飲むだの騒ぐだのと云ったことは嫌いなのでごくたまに丸善だの百貨店に寄るにせよ決まって用が済めばもうサッサと家に帰る訳だ。

元々がそんな生活ですのでコロナには罹りにくい生活をして居るものとも思われる。

 

 

だからワクチンはまだ打って無い。

高齢の母は打ったのだが私はまだ死にたくは無く免疫に影響が出ると目されるワクチン接種はなるべく無しにしたいとさう考えて居る。

 

代わりにかかりつけ医にてPL顆粒を半年程前から貰って来て居る。

其れでもって多分コロナ感染は重症化しない筈だらう。

 

ですが日本全國でもって拾萬人とかが感染する未来が訪れる可能性もまたある訳だ。

もしもさうなったらワクチン接種をするつもりである。

 

 

ワクチンよりも何よりも兎に角氷の出来具合の研究に今没頭中であり要するにすでに浮世離れして仕舞って居り社會に何が起きようと動揺はしないつもりである。

別に関係無いわいな、だって今僕等は美味い氷を食いたいだらう?

 

其れも35度以上の室温の中で食う其の氷の凄まじい美味さったら無いのだ!-さうして家の場合台所にはエアコンが付いて居ない-

 

其れと最近美味い即席🍜を見つけた。日清のラーメン屋さん 札幌みそ 5食パック

定番のインスタントラーメンよりも百円近く安く売られて居たのでつい其れを買って仕舞う。

 

だがちゃんと理由もあるのだ。

夏は謂わば體への冷やしと温めー加熱ーこそが大事なのだ。

 

要するに其の二元分裂としての価値をこそ履行すべきだ。

冷やしだけではむしろダメで炎天下の下で汗だくになり運動したり辛いものをしこたま食い汗をかき切ることだ。

 

其の後にエアコンが効いた部屋で體を冷やすと其れが素晴らしく爽快なのだ。

また其れが出来る季節が他には無い。

 

なので私は其の二元的な夏が大好きなのだ。

 

 

尚🍜屋さんの札幌味噌は麺とスープが85点位は取れて居るものだ。

即席麺にはほんたうに美味しいものがほとんど無い中でまさに此れは奮闘して居るのだと思う。

 

ちなみに私は北海道へ行ったことが無く従って本場の味噌ラーメンと云うものを食したことが無い。

なのだが美味い味噌🍜はかって食ったことがあり其れは矢張りと言うべきかコーンとかバターとかが入って居たやうに覚えて居る。

 

 

美味しい赤味噌ラーメンと云うものがもしあるにせよ此の夏場では食う気がまるで起きない。

赤味噌は矢張り冬場に食してこそ特におでん、其れにかけてみよ、さすればもう信じられぬ程に美味くもなるものだ。

 

尚カレーの方はカレーの方でまたしぶとくも追求を続けて居るのだが實はひとつ悲しい出来事があった。

 

其れは新瑞橋にあるカレー屋、かって私が取材を兼ねて印度カレーを買いに行き野菜カレーをお持ち帰りにて食ったことのあるあのカレー専門店。

其れが何と閉って居るのである。

 

或は印度型のコロナにやられたのであらうや?

 

但し我がカレー人生はあくまで順調である。

1.レトルトのジャワカレーの激辛はジャワカラーの中辛と混ぜると最高に美味しい

2.レトルトの松阪牛カレーなるものを食ったが其れがまずまず美味かった

3.カリー屋カレー辛口を何でもぶっかけて食うやうになったこと

 

2.に就いて

本当は飛騨牛カレーを食いたかったが其れが五百円以上もして居た。

レトルトカレーはどんなものでもあるが其れが皆観光料金化して居り五百円以上もするものが實は多い。

 

だが私はそんなのは認めて居ない。

其れもみんながかうして金が無いのに其の金の無い財布から五百円以上もの金を毟り取ろうとする魂胆が許せぬ訳だ。

 

だからそんなもんは買わぬ。

ところが松阪牛カレーだけが何と三百円台だったのだ!

 

で食ってみたところ味の方もまずまずなのであった。

 

3.に就いて

最近は仏蘭西パンを良く食うやうになり其れにレトルトカレーをかけると簡単でしかも美味く幾らでも食える訳だ。

さらにドラッグストアにて超安く売られて居る饂飩だのラーメンー地元の個人商店のものか?ーを沢山買い込んでも来る。

 

其れに構わずカレーをぶっかけて食う。

其れがまた美味い!

ほれ、昔学校の給食にカレーうどんと云うものがあり其れが大人気だった訳だ。

 

其れも實は其れに近い味をして居るのだ!!

 

昨日などはさらにおそろしいことをして仕舞った。

夜冷蔵庫を開け在庫を確認したところ、饂飩が一つとラーメンが一つきりであった。

 

然し私はレトルトカレー壱に対し饂飩弐か又はラーメン弐として食って居るのである。

さうでないとまたすぐに腹が減る訳だ。

 

 

ええい、此の際混ぜてみたれ!!!

とのことで其の饂飩とラーメンをねちゃねちゃと混ぜこぜにし其処に徐にカリー屋をかけ食ってみたのだった。

 

實は其れでも其れがとても美味かったのだった。

 

美味くてさうして腹も膨れ其処には如何なる問題も無い訳だ。

なる程、其のやうな問題の解決法が實際何処にでもあるのだらうな。

 

つまり余り固定観念には捉われずに失敗を懼れること無くやってみるべきなのだ。

 

氷の話とカレーの話はまさに其のことが言いたいばかりに今回語ってみたのである。