目覚めよ!

文明批判と美の探求と

夏休みカルト映画特集ー喰はれよ!他ー

壱.「常識人が決して視てはイケナヒ変態映画」の巻

 

ムカデ人間 (字幕版) ー2011-

其れも1.2.3と三作も創られて居るのでおそらくはカルト的な人気のある映画なのでせうがヤッパリ気持ちが悪ひので實はまだ視る勇気が出て来なひ作品です。

所謂マッド・サイエンティストものなのでほんたうは興味があるのですが生きた人間を其れこそムカデのやうに繋げて仕舞ふと云ふ部分が兎に角気持ちが悪過ぎわざわざ好んで善人や良ひ子が視るものでは無ひ筈だ。

 

グリーン・インフェルノ (吹替版)ー2015-

以前にも此処で取り上げましたが食人族に白人が喰はれると云ふ大恐怖の様を描ひた作品です。

実際に確か二人ばかり体がバラバラとされ食はれますので兎に角其処がとてもグロテスクなところです。

 

ペイン PAIN(字幕版)ー2011ー

兎に角痛さうな映画です。

 

 

 

弐.「好きなカルト映画」の巻

 

サプライズ ー2013ー

動物のお面を被った奴等にみんながやられて行くと云ふホラー映画です。

 

透明人間(字幕版)ー1934ー

つまらなひのですが兎に角古ひ映画なので全体としての感想は悪くはありません。

 

マタンゴ [東宝DVD名作セレクション]

いまだにマタンゴです。

 

武器人間ー2013-

是非高ひ評価を与へたひソヴィエト連邦の半分狂ったやうな作品です。

しかもわたくしが好きな所謂マッド・サイエンティスト物でもある。

 

 

参.「今後視たひカルト映画」の巻

 

拷問男(字幕版)ー2017ー

皆様も一度位こんな風に拷問されたくはありませんですか?

 

 

江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間 [DVD

江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間 - 予告編

と云ったやうにまさにおどろおどろしひ雰囲気を持った實に好みの乱歩の作品です。

 

 

サイレント ランニング [DVD] ー1972ー

植物の無ひ世界とはさても一体どうなるのか?

 

 

蛇にピアス -2008-

かうして評価が分かれて居るやうですがアングラ的なのださうです。

然し此れも良ひ子が視るやうなものでは無ひのかもしれません。

 

 

エスター (吹替版)ー2009ー

此れも評価が分かれるのですが兎に角面白さうですね。

 

 

マシニスト [DVD]

不眠症をテーマとする病的な作品であるやうですね。

 

 

追悼のざわめき デジタルリマスター版[レンタル落ち]

此れぞカルト映画としては可成に評価が高ひ作品でもまたあるやうです。

 

イレイザーヘッド デイヴィッド・リンチ リストア版 [DVD]

ー●カルト映画の頂点に君臨する、リンチの長編デビュー作がリプライス!ー

とのことでまた此れも凄ひ作品のやうです。

 

さよなら、人類

面白さうです。或は監督による社会に対する批判が強ひのやもしれませぬ。

 

 

穴ー1957ー

此れが所謂「サイコー」なのださうです。

でも怖かったりグロかったりするのでは無ひやうで只昔の女優が色っぽいだけのもののやうです。

 

 

しかしながら其の怖かったりグロかったりすることこそが生の本質です。

 

生存其のものが實はグロくて怖ひものー負の価値ーです。

美しく明るひものー正の価値ーとは其れとの対概念です。

 

尚アングラ劇やサブカルチャーがグロくて怖ひものを追求したのは必然としての生眞面目な文化的追求です。

また此の世に生命を産み落とす👩其のものが實はグロくて怖ひものを内包することだらう👿其のものです。

と同時に聖母様でもあると云ふことです。

 

其のやうに👩はおそらく精神性に於ひて二元分裂して居ります。ー神と👿、佛と👿を同時に持つー

対する👨はおそらく肉体的に二元分裂して居る訳です。ー生と死を同時に持つー

 

 

熱狂的なファンを持つ「カルト映画」ランキング30選!

 

此処には『エル・トポ』と云ふ映画のことが出て来ます。

ー1971年1月1日ニューヨークのエルジンにて何の宣伝もされないまま『エル・トポ』深夜興行はスタートした。

のちに、ミッドナイト・シネマ・カルトの先駆けとなる本作は、瞬く間にニューヨークを熱狂の渦に巻き込み、歴史的ロングランを記録。
観客の中にはミック・ジャガーアンディ・ウォーホールら当時の最先端をいくアーティストたちの姿が見受けられ、『イージー・ライダー』を撮り終えたばかりの、デニス・ホッパーピーター・フォンダは次回作への出演の意思表示をした。なかでも、ジョン・レノンは劇場に4回足を運ぶほど惚れ込んで、本作と次回作の独占配給権を買い取ったほどの熱狂ぶりであった。

「もしフェリーニが西部劇を、クロサワがキリスト映画を撮ったらこうなったであろう。」と称され、その圧倒的世界観はすべての常識を超えていた。
日本では、1972年3月のメキシコ映画祭にて寺山修司が絶賛、1986年東京国際ファンタスティック映画祭で再度紹介され、1987年ついに一般公開された。
時を経て、2010年、HDデジタルリマスター版として22年ぶり劇場公開となった。ーエル・トポ HDリマスター版 [DVD]より

 

 

其のフェリーニの作品の方もまた凄ひ訳ですが、此のエル・トポもまた違ふ意味で凄ひ映画なのです。

わたくしもDVDを持って居りますのですが、要するに全体的に哲学的で難解、一種求道的で宗教的ですらある。

 

ー四人目の達人はもはやガンマンではない。仙人のような風貌で何も持たず、自然と一体化した達人は銃などなくても素手で殴りかかっても無邪気な子供みたいに笑いながらヒラリとかわし、銃で撃ったら虫取り網で相手の弾丸を打ち返すことができるのである。わしを倒しても何も得るものはないという達人は、だた達人の命を頂戴に来たと言うエルトポに命には何の価値も無い事と決闘の無意味さ、そして全ては無である事を悟らせる為にエルトポが持っていた銃を手に取り、それでエルトポの目の前で自らの命を捨てて見せ、エルトポは自分の破壊してきたものに打ちのめされる。

エルトポは銃を捨てた。神に見放され、そして恋人にも裏切られたエル・トポは全てを失い、長い眠りにつくのだった。主へ正義の祈りを願いながら。ーエル・トポより

 

 

要するに其の決闘と云ふのは近代的な経済的、体制的闘争状態を暗に象徴するものです。

ガンマンー西欧近代ーは次々とさうして達人と決闘して勝利して行きますが、最終的には仙人的達人ー東洋的価値観ーと対決し精神的に負ける訳です。

 

で、神にも見放されー近代的対立を離れたのでー死んだのか其れとも眠りにつひたのだったか、其れでも猶神に祈りを捧げつつ求道の道は終はりを遂げる。

但し其処は結局東洋的価値観には染まり切れぬ訳でせう。

此の映画が製作された1971年の頃は西欧近代としての文明の闘争的価値観が若者を中心に揺らひでも居たものでした。

 

尤も我我還暦世代は其の頃まだ小学五年生でむしろ大阪万博の方へと出向行き人類の科学の勝利を学校の先生や親や親戚にさう信じ込まされて居りましたものです。

 

ジョン・レノンは劇場に4回足を運ぶほど惚れ込んで、本作と次回作の独占配給権を買い取ったほどの熱狂ぶりであった。ー

 

かのジョン・レノンは頭が良く思想的な人だったので、また日本人の奥さんー小野 洋子氏ーを娶りましたので東洋的な価値観に理解を示す一方で当時キリスト教批判などをこっぴどく展開して居りました。

イエス・キリストは正しかったが其の後の者がキリスト教をダメにして仕舞った。

などとも述べたものですから当時はもう大変だったのです。

 

尚個人的には「エル・トポ」よりも「タクシードライバー (1976年の映画)」の方がよりインパクトが強かったです。

 

何故ならわたくしは元々哲學的かまたは宗教的なものには強ひ訳ですのでエル・トポに対する感情移入などはすぐに可能だった訳です。

 

然し「タクシードライバー (1976年の映画)」をDVDにて初めて視た五年程前にまさに愕然とさせられたものでした。

 

其れも壱労働者による社会浄化、社会への抗議としての行動ー悪の根絶ーが余りにも実感を伴ひ描かれて居ることに驚きを禁じ得なかった。

今までに最も感銘を受けた映画作品がまさに此の「タクシードライバー コレクターズ・エディション [DVD] 」でした。

 

まさにかのロバート・デ・ニーロが演じた壱タクシードライヴァーによる此の理不尽な社会への怒り、其の咆哮こそがわたくしの当時保守化しつつあった思想的立場をまさに殴って呉れたかのやうなものでした。

 

 

 

「時計じかけのオレンジ」の場合も屡反体制的なカルト映画として取り上げられたりもして居る作品ですが個人的にはさほど影響は受けませんでした。

其れはむしろアノあさま山荘事件を思ひ出させるやうな無軌道な暴力に充ちた社会への反抗の形であり個人的には余り感心しませんでした。

 

タクシードライヴァーは街に蔓延る悪人たちを一掃しヒーローとして迎へられる訳ですが此の映画の場合には全てがハッピーエンドで終はった訳ではありません。

後の米國映画では単純な米國流の國是を守るヒーロー達が多く描かれることとなりましたが、70年代の時点では必ずしもさうでは無くもっと悩みがあり屈折した感情を抱へ込むのが米國としてのヒーロー像だったやうに思ふ。

 

わたくしは悩まぬ人間は結局馬鹿になる他は無ひとさう近年結論付けるに至って居ります。

即ち其のヒーロー馬鹿、さうしてヒーローの部分以外での「阿呆の健全」主義こそが其の馬鹿を生み出して行くのでありませう。

 

人間は自分を馬鹿だとは一般に認め得ぬ訳ですが其の馬鹿を認めねばならぬのはむしろ自分の方でせう。ー勿論日本もまた米國もさうー

 

 

今では名作カルトでも公開当時は大問題になった映画10選

 

『フリークス』(1932年)はかって視たやうな覚へがある。

カルト中のカルトとされることが多ひ『ピンク・フラミンゴ』(1972年)などはでもむしろ視てはならぬ最下劣な映画なのやもしれません。

 

うはあー、『食人族』(1980年)か。

確かに当時そんな映画が封切られたと聞ひたことさへありました。

 

カルトムービーコレクション第1弾・2008/03/07発売

 

以上でのやうに実際カルト映画などは細かひものまで含めると幾らでも出て参ります。

個人的には「喰はれる系」、其れもズバリ動物に喰はれるタイプでのドキュメンタリー映画などが出来ぬものかとむしろ其れを心待ちにして来て居ります。

 

【食人】やめて食べないでー!身の毛もよだつカニバリズム映画22選

うはあー、まだこんなにもあるのか。

 

ー本作は食人映画としてよりも、最古のファウンド・フッテージものとして知られています。ファウンド・フッテージとは、死亡もしくは行方不明の人物が撮影した映像という設定の映画作品です。後に『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』『REC/レック』などで認知度を高め、現在までコンスタントに採用されているホラー映画の一大ジャンルです。 『食人族』ではジャングルの奥地で拾われた映像と、その映像を再生しているシーンとが交互に描かれます。肝心の食人シーンもありますが、ジャケットにある串刺人間の方がインパクト大です。ー【食人】やめて食べないでー!身の毛もよだつカニバリズム映画22選より

 

串刺人間!!!

 

また其の『悪魔のいけにえ』は丁度中学から高校の折に屡話題となって居たものでした。

 

ホラー喰っちまったダ! / やめられない、とまらない人肉バーベキュー

さても何だ、此れは?

 

羊たちの沈黙などは有名なカニバリズムの映画ですがわたくしに限れば人間界での人肉食にはほとんど興味が御座りません。

もっともっと自然的に人間こそが餌として喰はれて行かねばなりません。

 

 

ソイレント・グリーンは名作SF映画で、勿論わたくしもDVDを持って居ます。ソイレント・グリーン  (字幕版)

1973年アメリカ映画ハリイ・ハリスン小説人間がいっぱい』をベースとした、人口爆発により資源が枯渇し、格差が拡大した、暗鬱な未来社会で起こる殺人事件とその背景を描いたSF映画

2022年、留まるところを知らない人口増加により、世界は食住を失った人間が路上に溢れ、一部の特権階級と多くの貧民という格差の激しい社会となっていた。肉や野菜といった本物の食料品は宝石以上に稀少で高価なものとなり、特権階級を除くほとんどの人間は、ソイレント社が海のプランクトンから作る合成食品の配給を受けて、細々と生き延びていた。そしてある夜ソイレント社の幹部サイモンソンが殺害される。ニューヨークに住む殺人課のソーン刑事は、同居人の老人・ソルの協力を得て捜査に乗り出すが、様々な妨害を受けた後、新製品ソイレント・グリーンの配給中断による暴動のどさくさに紛れて暗殺されそうになる。

そんな中、自室に戻ったソーンは、ソルが「ホーム」に行ったことを知る。慌ててホーム=公営安楽死施設に向かったソーンは、真実を知ってしまったが故に死を選ぶしかなかったソルの最期を見届けることになる。草原や大海原などの映像とベートーヴェン交響曲第6番「田園」の響きに包まれてソルが死んだ後、ソーンはその遺言に従い、裏づけをとるために死体を追跡する。そしてソルをはじめ多数の死体がトラックでソイレント社の工場に運び込まれ、人間の死体からソイレント・グリーンが生産されている事実を突き止める。その後、暗殺者の襲撃を受け、彼らを倒したものの自身も深手を負ったソーンは、病院に搬送されながら声高に真実を叫ぶのだった。ーソイレント・グリーンより

 

 

人口爆発と格差拡大はまさに世界の現状其のもののことです。

高齢者を安楽死させた上で其の肉をもとに食料を生産すると云ふまさに何とも恐ろしひ話ですが今後は充分にあり得ることでむしろSF文學としては現實味のある作品でせう。

 

事實日本でもかっては「姥捨て」なる風習があったことともされて居る。

 

 

姥捨て山の”真相”に迫る(上) 棺ごと尾根から谷底へ 集落に伝わる「ガンコガシ」の伝説

 

其の「姥捨て」は否定されることもまた多ひのだが個人的には場合によりあったことだらうとさう見て居る。

ーその昔、老人を生きたまま棺桶に入れて、集落の裏山にあたる「松尾山」の山腹の急峻な尾根から谷底に向けて投げ落としていたというのだ。人々はその場所を「ガンコガシ」「ガンコロガシ」などと呼び、今でも地域の年配者の間で、悲しい歴史秘話として伝わっている。ー

 

近代以降は人間の生が無制限に、とまでは言はずとも可成に時間的空間的に拡張されて来たことは事實だが實は其の拡張に見合ふだけの物理的要件が無ければそんな拡張は元々無理であり人間が其れを押し通して居るだけのことに過ぎぬ訳だ。

 

近現代とはまさに其の無理を押し通す時代であった訳だ。

であるが故にむしろ最初から其の求めるところでの欲としてのバランスを欠ひて居るのだ。

 

SF文學などもさうした部分をこそ描き出して居ることかと思ふ。

 

ー見内から直線距離で約8キロ離れている同市今田町下立杭の生まれで、出版社の平凡社を創業した下中弥三郎(1878―1961年)の伝記「平和に架ける虹―人間・下中弥三郎」(立石巖著、東京印書館発行)にも、口減らしの話題にふれた文章で、「六十歳を越したら桶の中に入れられ、かいまわり池をまわって見おさめをして鬼がゆりまで上り、そこからころがり落とされたのです。カンコロガシされたのです」―という一節が登場する。ガンコガシの伝承は、かつて周辺地域で広く知られていたようだ。ー姥捨て山の”真相”に迫る(上) 棺ごと尾根から谷底へ 集落に伝わる「ガンコガシ」の伝説より

 

 

ぎゃあー、還暦でもってさうして棺桶に入り谷底へ落されるのだとな。

でも還暦ではまだまだ元気で死んでは居なひと思ひますのですがね。

 

さうか、もはや我も終はったな、此の肉体を😸にでも食はせやう。

 

注ー😸=猫で、👿=悪魔です。ー

 

やがて温暖化が進み今から二十年後には人口増加と食料生産量の減少にて國家間での資源の奪い合ひとなることだらう。

尤も其のずっと前に自称の詩人はさうして猫のエサとなっておったのです。

 

其処でみんなが人肉食を始める遥か以前に家の周りで増へ過ぎた猫共によりさうして喰はれ極楽浄土の方へと旅立って行ったのです。

極楽浄土へと?

 

いへより正確にはお釈迦様の元へとさうして旅立って行ったのでした。

ー合掌ー

 

サア、では早速😸共にエサでもやるか。

然し餌やりも全く面倒臭ひ限りだな。

 

生きることとはさうして何処までも面倒臭ひもの其のものなのだ。

でも本日の此のカルト映画特集は息抜きの映画論としてはなかなかに面白かったことでせう。